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O社解雇控訴事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
O社解雇控訴事件(パワハラ)
事件番号
仙台高裁 - 平成21年(ネ)第54号
当事者
控訴人 株式会社
被控訴人 個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年07月30日
判決決定区分
控訴棄却(上告)
事件の概要
 控訴人(第1審被告)は建設機械器具の賃貸などを業とする会社であり、被控訴人(第1審原告)は、平成12年8月16日に被告に雇用され、平成19年5月1日には統括事業部長を兼務する取締役に就任した者である。

 被控訴人は酒に酔った状態で出勤したり、勤務中居眠りしたり、取引先の担当者の前で呂律が回らなくなるほど酔ってしまったりすることがあったが、飲酒を止めたり、控えたりすることはなかった。控訴人には、部下や取引先から、被控訴人の勤務態度や飲酒癖について苦情が寄せられていたが、社長は勤務態度や飲酒癖について被控訴人に強く注意や指導をしなかった。被控訴人は、平成19年6月4日、取引先の担当者と打合せの予定があるのに出勤せず、常務から電話で出勤を指示されるなどしながら、結局終日欠勤した(本件欠勤)。同日、社長は被控訴人から電話で「自分を辞めさせたらどうか」と言われたこともあって、被控訴人に退職届を提出するよう指示した。この時、被控訴人は酒に酔った状態であった。

 同月6日の朝取締役会で被控訴人の退職は承認されたことから、被控訴人は社長から退職願の提出を求められたが、同月11日、社長に対し退職願は提出しないと回答するともに、解雇通知書の交付を求めたところ、社長はこれに応じて本件解雇通知をし、同月15日付けで被控訴人を解雇した。控訴人は、被控訴人に対し、1ヶ月分の賃金全額、賞与の全額、退職金、餞別を支給したところ、被控訴人は異議を留めずこれらを受領した。

 被控訴人は、控訴人の信用を落とすような振る舞いをしたことはなく、その他就業規則で定める解雇事由はないから、本件解雇は無効であるとして、本件解雇がなければ得ることができた逸失利益1790万9300円を請求した。

 第1審では、被控訴人の勤務態度には問題があるとしながら、社長らもそのことを十分に注意することなく行った本件解雇は、社会通念上相当として是認することはできないとして、解雇の無効と6ヶ月分の賃金相当額の支払いを命じたことから、控訴人はこれを不服とし、更に被控訴人には取引先からバックマージンを受け取る背任行為があったとして、これも解雇事由に加えて控訴に及んだ。
主文
1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
1 除斥事由の有無について

 原判決をした裁判官は、本件訴訟に先立って行われた労働審判事件において労働審判官として労働審判に関与した裁判官である。しかし、労働審判は異議の申立によりその効力を失うものであり(労働審判法21条3項)、事件につき終局的・確定的判断を行うものではないから、事件についての仲裁判断ということはできないし、また異議により訴えの提起があったとみなされる事件についての直接又は間接の下級審の裁判でもないから、その前提ということもできない。よって、民訴法23条1項6号に規定する除斥事由があるということはできない。

2 合意退職の有効性(心裡留保)について

 控訴人は、仮に被控訴人の退職申出が真意でなかったとしても、被控訴人は、解雇予告手当等を受領し、失業保険金も受給したのであるから、合意退職を争えない旨主張する。しかし、被控訴人は、平成19年6月4日に、控訴人の社長に対し「辞めさせたらどうですか」と言ったことがあるとは認められるものの、これは酒に酔った上でのことではあるし、しかも自ら退職すると申し述べたわけではないのであって、同月5日以降は社長から求められた退職願の提出を一貫して拒んでいることをも併せ考慮すれば、被控訴人の4日の発言をもって退職の意思表示をしたものとは到底認められないというべきである。

3 解雇事由(追加)について

 控訴人は、既に主張した解雇事由に加え、被控訴人は取引先から取引高に応じたバックマージンの現金を要求しては個人的に懐を肥やすという背任行為を行っており、これが解雇事由に当たる旨の新主張を行った。しかし、控訴人は、平成19年6月28日付けの被控訴人に対する本件解雇の理由についての回答書において、17項目にわたる解雇理由を記載していながら、被控訴人が取引先にバックマージンを要求していたことを解雇理由に挙げていなかったのであるから、控訴人は本件解雇に当たり、これを解雇の理由とは考えていなかったものといわざるを得ない。そうすると、控訴人の当該主張が時機に後れたものであるかどうかはともかくとして、控訴人主張事実を本件解雇が違法であるか否かを判断するに当たり考慮することは相当ではないというべきである。

4 過失相殺及び損益相殺について

 控訴人は、仮に本件解雇につき不法行為責任が認められるとしても、被控訴人の勤務不良は被控訴人の生活状態に起因するものであるから、9割以上の過失相殺がなされるべき旨主張する。そして、本件解雇の直接のきっかけは、平成19年6月4日に被控訴人が本件欠勤をしたことであり、被控訴人は飲酒を原因とするトラブルをしばしば起こしていたことを考えると、被控訴人の飲酒がこの本件欠勤の一因となっていることが窺われるところである。しかし、控訴人は被控訴人の勤務態度の改善を図る機会を与えずに本件解雇をしたのであり、本件解雇が違法と認められるのは、控訴人がこのような機会を与えることなく、いきなり解雇を選択したことが社会通念上相当なものということができないということによるものであるから、本件解雇の直接のきっかけが本件欠勤にあり、被控訴人の飲酒がその一因となっていたことが窺われるとしても、被控訴人に過失があったとみるのは相当ではない。

 また控訴人は、被控訴人が控訴人から解雇予告手当等を受領し、多額の失業保険金も受領したから、これを損益相殺すべきである旨主張する。しかし、解雇予告手当は、予告除外事由の存しない場合において即時解雇するための要件として法律が定めた特殊な性質の手当であり、退職金は賃金の後払い的な性格のものと解されるものであり、餞別は、被控訴人の離職に伴い社会的儀礼として支払われたものと認められるから、いずれも本件解雇により被控訴人が被った損害を填補する趣旨のものとは解されない。また失業保険金は、労働者が失業した場合にその生活の安定を図る等のために給付されるものであり、これも本件解雇により被控訴人が被った損害を填補する趣旨のものとは解されない。よって、控訴人の過失相殺及び損益相殺の主張はいずれも理由がない。
適用法規・条文
民法93条、709条、722条2項、労働基準法20条1項、民事訴訟法23条、労働審判法21条3項
収録文献(出典)
労働判例1018号9頁
その他特記事項
本件は上告された。