判例データベース
S社事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- S社事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成11年(ヨ)第21055号
- 当事者
- 債権者 個人1名
債務者 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 1999年10月15日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下
- 事件の概要
- 債務者は、業務用娯楽機械・家庭用ゲーム機器の製造販売を業とする株式会社であり、債権者は大学院博士課程前期を終了した平成2年4月、債務者に採用された者である。債権者は、当初人事部採用課に配属された後、同年9月から人材開発部人材教育課、平成3年5月から企画制作部企画制作一課、同年7月から開発業務部国内業務課、平成6年9月から組織変更に伴い第二設計部ソフト設計課、平成9年8月1日からCS品質保証部ソフト検査課に配属された。
債権者は、人事部採用課所属時、札幌の会社説明会に行くのに飛行機に乗り遅れたこと、人材教育課配属時補助業務に従事し、3泊4日の学卒者の研修に同行した際、業務を的確に行えなかったこと、企画制作一課所属時、イギリス史専攻ということで英語力を期待されたが、海外との折衝には不十分であり、主として国内の外注業務に従事していたこと、ゲーム開発会社からのクレームにより担当を交代させられたことがあった。企画制作部企画制作一課が解散されて開発業務部国内業務課に配属された債権者は、主としてアルバイト従業員の雇用事務、労務管理及び品質検査業務を担当し、更に平成6年9月1日の組織変更により、債務者の所属は変更されたが担当業務に変更はなく、技術教育の試験の結果は平均点前後であった。
債務者において、全従業員を対象に毎年3回人事考課が実施され、0から10までの11段階評価(5が標準)とされているところ、債権者の考課結果は、平成9年昇給時が4、同年夏季賞与時が3、同年冬季賞与時が4、平成10年昇級時、夏季賞与時が3、同年冬季賞与時が2と評価され、勤怠順位については、5段階評価で概ねC評価であった。
債権者は、CS品質保証部ソフト検査課に勤務していた平成10年11月中旬、上司から「当部には与える仕事はない、社内で仕事を探せ」と通告され、社内各部署で面接を受けたが、主として「前向きな意欲が感じられない」などの理由で異動は実現しなかったことから、同年12月、債務者は債権者に退職勧告をした。その後債権者は、同年12月10日付けで、パソナルーム勤務を命じられた。パソナルームでは特定の業務はなく、みだりに職場を離れることは禁じられており、債権者は担当業務もないままパソナルームに勤務していたところ、平成11年1月26日付書面で、同年3月末日をもって退職するよう勧告を受けた。しかし、債権者は退職の意思はなかったため、組合に入り、債務者との交渉を任せたが、債務者は債権者に対し、同年2月18日付けで、就業規則19条1項2号に該当するとして、同年3月31日をもって解雇する旨意思表示をした。
債権者は、パソナルームへの異動は、退職勧告に応じないことに対する嫌がらせであり、本件解雇は解雇権の濫用として無効であるとして、債務者の従業員としての地位の保全、賃金の支払いを求めて仮処分を申し立てた。 - 主文
- 1 債務者は、債権者に対し、金26万7520円及び平成11年10月から平成12年8月まで毎月25日限り、金26万7520円を仮に支払え。
2 債権者のその余の申立てをいずれも却下する。
3 申立費用は債務者の負担とする。 - 判決要旨
- 債権者が人事部採用課に所属していたのは、入社直後から5ヶ月間であり、札幌の件も含め、そのほとんどが試用期間中である。そして、その間、債権者がその業務遂行態度について、札幌の件を除けば注意や指導を受けた形跡はなく、入社後3ヶ月を経過して債務者に正式に採用されたことからすると、当時労働能力ないし適格性が欠如していたということはできない。また、債権者の人材開発部人材教育課への異動についても、債権者に正式採用されてから2ヶ月後のことであることからすると、債権者に労働能力ないし適格性がないことを理由として行われたものと認めることはできない。
債権者は、人材開発部人材教育課において、的確な業務遂行ができなかった結果、企画制作部企画制作第一課に配置転換させられたこと、同課では海外の外注管理を担当できる程度の英語力を備えていなかったこと、苦情が出て国内の外注管理業務から外されたこと、アルバイト従業員の雇用事務、労務管理についても高い評価は得られなかったこと、加えて、平成10年の債権者の3回の人事考課の結果は、それぞれ3、3、2で、いずれも下位10%未満の考課順位であり、債権者のように平均が3であった従業員は、約3500名の従業員のうち200名であったことからすると、債務者において、債権者の業務遂行は、平均的な程度に達していなかったというほかない。
右人事考課は、役員を除く全従業員を対象に行われ、複数の考課者によって行われた結果を調整する方式になっており、考課項目には抽象的なものもあり、主観の入り込む余地が全くないとはいえないとしても、相当程度に客観性は保たれているというべきであるし、特に債権者について恣意的な査定が行われたことを窺わせる事情もない。ただ、債権者が、債務者の従業員として平均的な水準に達していなかったからといって、直ちに本件解雇が有効となるわけではない。
就業規則19条1項各号に規定する解雇事由をみると、「精神又は身体の障害により業務に耐えないとき」、「会社の経営上やむを得ない事由があるとき」など極めて限定的な場合に限られており、そのことからすれば、2号(労働能率が劣り、向上の見込みがない)についても、右の事由に匹敵するような場合に限って解雇が有効となると解するのが相当であり、2号に該当するといえるためには、平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能率が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならないというべきである。
債権者については、確かに平均的な水準に達しているとはいえないし、従業員の中で下位10%未満の考課順位ではある。しかし、右人事考課は相対評価であって、絶対評価ではないことからすると、そのことから直ちに労働能率が著しく劣り、向上の見込みがないとまでいうことはできない。債務者は、債権者に退職を勧告したのと同時期に、やはり考課順位の低かった者の中から債権者を除き55名に退職勧奨をし、55名はこれに応じている。このように相対評価を前提として、一定割合の従業員に対する退職勧告を毎年繰り返すとすれば、債務者の従業員の水準が全体として向上することは明らかであるあるものの、相対的に10%未満の下位の考課順位に属する者がいなくなることはあり得ないのである。したがって、債務者は、毎年一定割合の従業員を解雇することが可能となる。しかし、就業規則19条1項2号にいう「労働能率が劣り、向上の見込みがない」というのは、右のような相対評価を前提とするものと解するのは相当でない。右解雇事由は、極めて限定的に解されなければならないのであって、常に相対的に考課順位の低い者の解雇を許容するものと解することはできないからである。債務者提出にかかる各陳述書には、債権者にはやる気がない、積極性がない、意欲がない、あるいは自己中心的である、協調性がない、反抗的な態度である、融通が利かないといった記載がしばしば見受けられるが、これらを裏付ける具体的な事実の指摘はなく、こうした記載は直ちに採用することはできない。債権者は、企画部制作一課に所属当時、エルダー社員に指名されたこともあり、平成4年7月に開発業務部国内業務課に配属されて以降、債権者は一貫してアルバイト従業員の雇用管理に従事してきており、ホームページを作成するなどアルバイトの包括的な指導、教育等に取り組む姿勢も一応見せている。
これらのことからすると、債務者としては、債権者に対し、更に体系的な教育、指導を実施することによって、その労働能率の向上を図る余地もあるというべきであり、いまだ「労働能率が劣り、向上の見込みがない」ときに該当するとはいえない。したがって、本件解雇は、権利の濫用に該当し、無効である。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例770号34頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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