判例データベース
全国建設工事業国民健康保険組合北海道東支部事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- 全国建設工事業国民健康保険組合北海道東支部事件(パワハラ)
- 事件番号
- 札幌地裁 - 平成15年(ワ)第1873号
- 当事者
- 原告 個人2名 A、B
被告 健康保険組合支部 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年05月26日
- 判決決定区分
- 一部却下・一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 被告は、全国の建設工事業に従事する労働者の国民健康保険に関する事務処理を目的として設立された組合の支部であり、原告A(昭和29年生)は昭和57年7月に被告に採用された女性、原告B(昭和39年生)は平成3年9月に被告に採用され、健康保険の適用、給付等の業務を行っていた女性である。
被告は、S事務局長が就任した後の平成15年3月1日から機構改革を実施し、従来の1課制を3課に分け、それまで課長だった原告Aを業務2課長としたが、原告Aはこの機構改革により実質格下げになったとして不満を抱いた。S局長は、一部職員間で勤務時間中に頻繁な私的メールの交信がなされているとの申告を受け、原告ら及び他2名のパソコンの調査を行ったところ、この調査結果に基づき、被告は、原告Aは課長として職員を指揮すべき立場にありながら、課員らの頻繁な私的メールを黙認し、自らも課員らとの私的な連絡、上司に対する批判等を内容とするメール交信を行ったとして、平成15年5月1日より3ヶ月間基本給10%の減給処分とし、かつ課長職を免じ係長に降任する分限処分を行った(原告Aに対する第1次処分)。また被告は、原告Bが平成14年7月頃より、チャットを利用して勤務時間中に外部の者との私的連絡や会話を行う外、就業時間内に頻繁に職員間で私的なメール交信を行っていたとして、平成15年5月1日より3ヶ月間基本給の10%の減給処分を行った(原告Bに対する第1次処分)。
被告は、原告Aが同年6月3日、S局長らとの会議中、正当な理由なく、許可を受けずに一方的に退室し、会議をボイコットしたこと、既に懲戒処分によって戒慎中の身でありながら反省がないことが職員として適性を欠くとして、同年10月1日から1ヶ月間基本給の10%の減給処分を行った(原告Aに対する第2次処分)。また被告は、平成16年7月20日の就業時間内に原告Bが上司の承諾なく私的文書をプリントアウトし、プリンター及びファックスを用いて本件訴訟に提出予定の陳述書を外部に送信したとして、職務専念義務、私的利用禁止義務の違反を理由に、同年9月1日から1ヶ月間基本給を3.5%減給する懲戒処分を行った(原告Bに対する第3次処分)。
原告らは、これら一連の降任処分及び減給処分はいずれも処分事由の不存在ないし懲戒権の濫用により無効であるとして、本件各処分の無効確認の外、原告Aについては課長の地位にあることの確認、減給分の賃金及び降任前との賃金の差額並びに慰謝料100万円、原告Bについては、賃金の減給分及び慰謝料50万円の支払を請求した。 - 主文
- 1 原告Aの被告が同原告に対して平成15年4月25日になした降任処分及び減給処分の無効確認請求、同原告が被告の課長の地位にあることの確認請求並びに被告が同原告に対して平成15年9月9日になした減給処分の無効確認請求をいずれも却下する。
2 原告Bの被告が同原告に対して成15年4月25日になした減給処分の無効確認請求及び被告が同原告に対して平成16年8月24日になした減給処分の無効確認請求をいずれも却下する。
3 被告は、原告Aに対し、35万9600円及び平成17年3月25日以降本判決が確定するまで毎月25日限り1万円を支払え。
4 被告は、原告Bに対し、7万9800円を支払え。
5 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
7 この判決は、3項及び4項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 確認の利益について
過去の法律行為の効力は、その行為を基礎に多数の第三者を巻き込んで複雑な法律関係を生じさせる等その効力を確認する実益がある場合でない限り、確認の利益はないというべきところ、原告らの本件各処分の無効確認請求はそのような場合ではなく、また原告らは本件各処分の結果生じた金銭的不利益につきその支払を併せて請求していることからすると、本件各処分の無効確認請求は確認の利益を欠くものとして不適法というべきであって、いずれも訴え却下とするのが相当である。
原告が降任処分前の地位にあることの確認請求については、特段の事情がない限り不適法と解するのが相当である。第1次処分前の原告Aの地位は業務2課の課長であり、第1次処分により業務2課の課長はS局長が事務局取扱となり、その下で原告Aは係長として就業していたが、平成16年6月1日施行の機構改革により、業務1課と業務2課が業務課となり、原告Aは業務課給付・求償係として就業していることが認められ、現在も原告Aが課長たる地位にあることを確認することは、原告Aの法律的地位に危険ないし不安を除去する方法として有効適切とはいい難く、原告Aの降任処分による金銭的不利益につきその支払を併せて請求していることからすると、現在原告Aが課長の地位にあることの確認請求は、確認の利益を欠くものとして不適法というべきであり、却下とすべきである。
2 原告らの第1次処分の効力について
まず、職員服務規程(規程)23条1項は、「職員は勤務時間中みだりに所定の勤務場所を離れてはならない。」と定めているところ、その趣旨が職務専念義務にあるとしても、その文言上は執務時間中の離席を禁じたものに過ぎないから、これを根拠に懲戒処分を課すことは、懲戒処分が労働者に対する制裁であり、罪刑法定主義の見地からも許されないというべきであって、勤務時間内に私的なメール交信を行った行為を規程23条1項に違反するということはできない。
次に、規程27条2項は「職員は物品を私用のために用いてはならない。」と定めており、職場規律・企業秩序として公私混同を禁止したものと解されるところ、原告Aが行ったメール交信のうちでその殆どは私的なメール交信であり、被告の備品であるパソコンを私用のため用いたものであるから、同条項に違反することは明らかである。
原告Aの私的メール交信は、約7ヶ月間で28回に過ぎず、1回の所要時間も短時間のものであり、内容的にも業務関連のものが少なくないこと、被告事務局では業務用パソコン取扱規則等の定めがない上、各職員のパソコンの私的利用に対して注意や警告がなされたことはなく、S局長や管理職においても私的利用の実態があったこと、第1次処分に当たっての調査について、被告が全職員から漏れなく保存記録を公平に全部提出させたかどうかは明らかでないなど調査方法には公平性の点で問題が多く、交信回数の多寡は信頼性に乏しいこと、原告Aが加入している地域労組と被告との間の労働協約には「被告は、業務に支障を来さない限りにおいて、組合に事務用品の使用、電話、複写機、ファックスの私用などを認める」との定めがあること、加えて、原告Aの第1次処分当時の平均賃金の1日分は1万2927円であるから、合計9万7200円の減給処分は懲戒処分としての合理性に乏しく、社会通念上重過ぎて相当性を欠き。懲戒権の濫用として無効といわざるを得ない。
更に、規程44条(3)は、降任又は免職処分事由として、「前2号に規定する場合のほか、その職務に必要な適格性を欠く場合」と規定しており、「前2号」とは勤務成績不良の場合及び心身障害による職務遂行に支障がある場合であり、適格性の欠如もこれらと同程度の場合であることが予定されているところ、原告Aに対する第1次処分の対象となった私的メールの交信及びそれに関して職員に注意をしなかったという行為は「前2号」と同程度の適格性の欠如を基礎付けるものとしては不十分というほかなく、同条に該当するということはできない。確かに原告Aの上記行為は、私的メール交信の頻度のほか上司に対する不穏当な批判や侮辱的表現は課長としての適格性に疑問を感じさせるものではあるが、被告事務局ではパソコンの取扱規則等がなく、職員のパソコンの私的利用に対し何ら注意や警告がなされなかったことからすると、私的メール交信の事実のみをもって降任処分を課するのは重すぎる処分というべきである。したがって、原告Aに対する第1次処分の降任処分は、その根拠を欠き、無効というべきである。
原告Bの行為はいずれも業務用パソコンを私的に利用した行為であり、他の職員にチャットの利用を誘ったことのほか、就業時間内の外部者とのチャット交信などその行為は悪質であり、職場規律・企業秩序の点からも軽視できないものであるから、規程27条2項(物品の私用禁止)に該当するというべきである。しかしながら、原告Bに対する第1次処分は、私的メールやチャットの頻度が多いとはいえないこと、原告Aに対する処分と同様に、当時の被告事務局では、パソコンの取扱規則等が定められておらず、パソコンの私的使用に対し注意や警告がなされたこともなかったこと、交信記録の調査方法には公正性に疑問があること、原告Aの減給処分は労基法91条に違反すること、原告Bが一般職であることなどの諸事情を考慮すると、原告Bの減給処分は懲戒処分としての合理性に乏しく、社会通念上重過ぎて不当というべきで、懲戒権の濫用として無効である。
3 原告Aに対する第2次処分の効力について
原告Aは会議室から退室するに当たり、一応の理由を述べて退席する旨断っており、その際S局長は原告Aに対し会議室に留まるようにとの指示はしていないのであって、原告AがS局長に反発して話合いを拒絶する形で会議室を出て行ったからといって、それをもって「会議をボイコット」したとまで評することはできず、規程5条の「職務を遂行するに当たって、上司の職務上の命令に従い越権行為をしてはならない」に反するということはできない。原告Aの発言内容や態度には管理職としての適格性に疑いを生じさせるものがあるとしても、部下の配置換えの実行を現実に阻止するような行動に出たわけではないから、原告Aの上記行動が上司の職務上の命令に反したものとは認められない。そうすると、原告Aに対する第2次処分は規程に基づかない処分として無効というべきである。
4 原告Bに対する第3次処分の効力について
原告Bに対する第3次処分の理由は、1)就業時間内に陳述書原稿をプリントアウトした行為が職務専念義務に違反する、2)備品のプリンター及びファックスで陳述書をプリントアウトし、又は送信した行為が物品の私用禁止に当たるというものである。
まず被告は、1)の根拠として規程23条1項(職員は勤務時間中みだりに所定の勤務場所を離れてはならない)ないし労働契約を挙げるが、それをもって懲戒処分をすることはできない。次に2)に関し、原告Bは備品のプリンターで3回にわたり合計約60枚の陳述書原稿をプリントアウトし、備品のファックスで2回にわたって合計27枚の同原稿を外部に送信したが、これはあくまでも私的な文書であり、同文書を備品を利用してプリントアウトしたり送信したりすることは備品の私的利用に当たるのであって、原告Bが使用している間は他の職員が業務のため使用することができない状態にあったのであるから、公私混同として職場規律・企業秩序に反するものであり、原告Bの上記行為が規程27条2項(物品の私用禁止)に該当することは否定し難い。
原告Bの上記私的利用の殆どが勤務時間外の使用であり、その使用時間は短く、使用枚数及び使用回数も少ないこと、本件訴訟は原告Bの個人的な行為ではあるが、所属する労働組合にとっては労働組合活動といった側面があり、従前の労働協約では、被告は組合に対し業務に支障を来さない限り事務機器の利用を認める取扱いをしており、同解約後でも被告の承諾があれば事務機器の利用が認められる余地があったこと、更には原告Bの平均賃金の1日分の半額は4577円であるところ、第3次処分の減給処分の額は8400円であるから、労基法91条に違反することなどに照らすと、原告Bが第1次処分において物品の私的使用で懲戒処分を課されていたことを考慮しても、原告Bの上記行為に対し第3次の減給処分を課すことは、懲戒処分としての合理性を欠き、社会通念上重過ぎて不当というべきであり、懲戒権の濫用として無効である。
5 原告らの被った不利益ないし損害について
原告らは、本件各処分後も正常に就業し、本件各処分のとおり減給文を控除された給与を受け取っていたのであるから、本件各処分が無効である以上、被告は原告らに対し減給分の支払をすべきである。また原告らは被告に対し慰謝料の支払いを求めているところ、本件各処分は結果的に無効と判断されるものではあったが、これらの処分は事実上及び法律上の根拠を明らかに欠いたものとまではいえないばかりか、本件各処分によって原告らが被った不利益は本件各処分が無効と判断され、経済的不利益の救済がなされることによって、一応の回復が図られたとみることができ、被告が原告らに対しそれを超えて更に慰謝料の支払いをなすべき特段の事情は窺えないから、原告らの慰謝料請求は認めることができない。 - 適用法規・条文
- 労働基準法91条、民法709条
労働判例929号66頁 - 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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