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大学(ハラスメント)事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
大学(ハラスメント)事件(パワハラ)
事件番号
金沢地裁 - 平成20年(ワ)第667号
当事者
原告 個人1名
被告 国立大学法人R大学
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年01月25日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 被告は、国立大学法人法に基づき被告大学を設置している法人であり、原告は、平成17年4月、被告大学の大学院医学系研究科助教授に就任し、平成20年4月、被告大学医薬保健学域保健学系准教授となった女性である。

 原告は、平成17年度に学生(17年学生)らの卒業研究(本件卒業研究)の指導担当となり、IT機器を使用した交流による高齢者の生き甲斐・孤独感への影響等を研究することを目的とし、その第1調査として、主に市内の高齢者に対しアンケートを依頼し、第2調査として、アンケートの結果、携帯電話を使用したことのない高齢者十数名に対し、2ないし4週間程度携帯電話を使用してもらい、その使用が高齢者の生き甲斐や孤独感等にどのような影響を与えたかを質問用紙を使用して調査した。この調査のリーダーであった学生Bは、この頃、体重減少、めまい、微熱、腹痛などの症状が現れ、調査期間中に軽症うつの可能性があると診断された。Bは診断書を原告に見せ、卒業研究を休ませて欲しいと申し出たところ、原告は「体調を管理できない自分が悪い」、「(体重が減って)羨ましいわあ」などと言い、診断書を受領しなかった。Bは卒業研究を休んだが、原告から再三メールを送られ、卒業研究を再開した。

 平成19年度の本件園芸療法は、毎月土曜日3ヶ月にわたって、高齢者20名を対象として、ボランティアらと共に花壇の植込み等を行い、その結果を検証するものであった。原告は学生Aをボランティアのリーダーとして扱い、19年学生らが行った性格分析テストの結果、「あなたは引きこもりタイプ」、「あなた達は全員看護師に向いていない」などと発言した。19年学生らは、3年生の副担任のアドバイスを受けて、原告に対し、本件ボランティアを辞めたい旨のメールを送ったところ、原告は電話で、Aに対し、このような事態を招いたのはリーダーの責任と叱責し、Aは不安発作と診断された。

 平成19年7月10日、担任教諭は本件をハラスメント問題として扱うこととし、相談員はAら学生及び原告と面談したが、原告は名誉毀損及び教育研究妨害としてそれ以上の面談を拒否した。同年10月23,25日、ハラスメント調査委員会は原告に対し、それぞれ1時間半程度事情聴取を行った

 平成20年2月22日、ハラスメント防止委員会は、調査委員会からの報告書を了承し、学長に報告し、これを受けて審査委員会が設置され、同委員会は保健学科に対し原告の主張の再確認を依頼し、保健学科調査委員会は原告に対し2度にわたって呼び出しをかけたが原告は同委員会に出席しなかった。そこで、同年3月6日、教育研究評議会は、平成19年度事案(懲戒事由1))及び平成17年度卒業研究(懲戒事由2))を理由として、原告を出勤停止6ヶ月の懲戒処分に付することを承認し、同日、被告大学は本件処分を公表する記者会見を行った。
 これに対し原告は、被告の主張する懲戒事由に係る事実は存在しないこと、弁明の機会を奪ったまま処分を行ったことから無効であると主張した外、出勤停止処分期間の賃金及び賞与の支払い、精神的苦痛に対する慰謝料1500万円、研究室からの私物の搬出・搬入費用7万5600円、弁護士費用150万円の支払いを請求した。
主文
1 被告が原告に対して平成20年5月16日にした出勤停止処分が無効であることを確認する。

2 被告は、原告に対し、以下の(1)ないし(3)の金員をそれぞれ支払え。

(1)平成20年6月から同年10月まで、毎月17日限り、48万2742円及びこれらの金員に対する各支払日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員

(2)25万7462円及びこれに対する平成20年11月18日から支払済みまで年5分の割合による金員

(3)109万8414円及びこれに対する平成20年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員

3 被告は、原告に対し、10万5600円及びこれに対する平成20年10月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 原告のその余の請求を棄却する。

5 訴訟費用は、これを2分し、それぞれを各自の負担とする。
6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 懲戒事由の存否及び処分の量定について

(1)懲戒事由1)(平成19年度事案)の存否について

 被告は、原告が平成19年学生らに、質・量ともに明らかに負担の重い作業を指示し、作業中、学生らを傷つける暴言を吐き、Aを人間失格などと激しく叱責し、Aに震えや嘔吐などの症状を現せさせた旨主張する。被告は、Aの陳述書について、被害者たる学生、その周囲の学生や教員が一致した供述をしていること等から信用できる旨主張するが、各陳述書が引用している事前面談メモ等は、ハラスメント相談員が19年学生らから聞き取った内容を要約したもので、正確性が担保されているとはいえない方法によるものである。更に、被告の提出する各陳述書は、それぞれ末尾に間違いない旨の署名押印があるが、いずれも本件提訴後に作成されたもので、陳述に係る出来事から少なくとも1年数ヶ月経過して作成されたものであり、その信用性は慎重に判断されるべきである。また、その陳述内容は伝聞や憶測に基づくものが多く、正確性及び信用性も確かなものとは言い難い。以上の点を踏まえると、事前面談メモ、A再面談記録及び陳述書はにわかに信用することはできず、これらによって、上記被告の主張を認めることはできない。また、時系列表は、誰のいかなる供述に基づいて作成されたのかなどの作成手順が不明瞭であり、直ちにその内容を信用することはできない。

 以上を踏まえると、19年学生らが本件ボランティア活動をした期間及び作業時間について、上記認定した以上に認定することはできない。そして、19年学生らが本件ボランティア活動をした期間は、平成19年6月26日から30日と1週間にも満たないこと、作業時間帯も午後5時以降遅くとも午後10時以前であり、作業時間数も2時間からせいぜい5時間程度に止まることを考慮すると、量的負担が重いとまでは評価できず、この点に関する懲戒事由該当事実は認められない。

 被告は、19年学生らに対し、重圧と罪悪感を感じさせるような拙い指導をしていた旨主張するが、19年学生らが担当する被験者の数は、1人当たり3人から3.5人程度であるのみならず、作業は専門的知識を要するものではなく、大学生の作業として困難と言い難い外、医学的見地からの記載といい得るものについても、既に栄養・生化学を履修した大学3年生である19年学生らにとって必ずしも過重な負担と評価すべきものとも解されない。したがって、19年学生らの上記作業に関して、原告の指導の巧拙はさておき、ハラスメント指針BないしC等の態様により「相手の意に反する要求又は圧力等を与えることにより、就労、修学、教育、研究又は課外活動を行う環境を害するもの」に該当すると評価する程の過重な負担を課すものであったとは認められない。よって、この点についての懲戒事由は認められない。




(2)懲戒事由2)(平成17年度卒業研究)の存否について

 被告は、懲戒事由2)として、原告が平成17年学生らに対し、平成17年6月から12月までの間、継続的に深夜・早朝に及ぶ作業を指示し、学生らを傷つける暴言を吐いた外、Bが体調を崩して診断書を提出したにもかかわらず作業を続けさせ、Bの体調を更に悪化させ、自殺を考えるほど心身ともに追い詰めたことを挙げる。17年学生らは、連日にわたって深夜ないし早朝に及ぶ作業をしていた時期があったことが認められ、これが17年学生らに相当の負担となったことは窺える。しかし、これについて具体的な経緯・状況が明らかでないばかりか、17年学らは大学4年生であり、その活動内容は卒業研究に関するものであって、17年学生らが積極的に本件卒業研究をしていたことを窺わせる事情も存すること等の諸事情に照らすと、原告の指導のあり方が不適切であった可能性は相応に窺われるものの、ハラスメント指針等に該当する事実があるとまで断ずることはできない。よって、この点についての懲戒事由は認められない。

 被告は、平成17年6月から12月までの間、原告がBに対して人の存在そのものを否定する言葉を使うことが良くあったなどと主張する。しかし、被告主張の証拠は相当時間経過後に作成され、その信用性は低いといわざるを得ない外、人の存在そのものを否定する言葉の具体的な内容は不明である。したがって、ハラスメント指針に該当する事実があるとは認められず、この点に関する被告の主張は採用できない。


(3)懲戒事由1)及び2)以外の部分について

 被告は、処分の理由において、「正式な保健学科調査委員会の調査に対しても再三にわたって不誠実な態度を取り続けたことは、大学人として、教育者としての資質にも疑問を抱かざるを得ない」旨指摘する。ハラスメント規程4条2項には、構成員等は、ハラスメントの解決に向けて協力を求められた場合は協力しなければならない旨規定しているが、原告はハラスメントをしたとされる当事者であり、当事者がハラスメントの事実を否定する旨の弁解をしたり、ハラスメントとされる内容について求釈明すること自体は直ちに上記規程に反するとは解されない。また原告は、2度にわたる面談に応じており、協力をしなかったとはいいきれない。非違行為をした者が懲戒手続きにおいて真摯に対応したか否か等を処分の量定において斟酌することは必ずしも否定できないが、前記原告の対応自体をもって、懲戒事由とはいえないのみならず、原告が大学人ないし教育者としての資質がおよそないとまでは解されない。

(4)処分の相当性

 被告では、懲戒処分として、譴責、減給、出勤停止、諭旨解雇及び懲戒解雇を規定しているところ、懲戒事由1)及び懲戒事由2)は、いずれも直ちに犯罪行為に該当するようなものではなく、被告の懲戒処分標準例の出勤停止事例に直接該当するとは解されないこと、原告がこれまで何らの懲戒処分を受けたことがないのみならず、訓告や厳重注意も受けたことがないのであって、訓告、厳重注意、譴責ないし減給によって原告らの改善がおよそ期待できないような事情は窺えないこと、及び本件処分が6ヶ月間に及ぶ長期間の出勤停止処分であって、大学教員としての活動ができないのみならず、その間の収入を絶つものであることを考慮すると、上記懲戒事由1)2)に該当する事実の存在を前提としても、本件処分をすることは重きに失し、被告が懲戒権に関する裁量を逸脱しているというべきである。よって、本件処分は無効である。

2 給与及び賞与請求権の有無について

 前記のとおり、本件処分は無効であるから、原告は被告に対し、平成20年6月から同年10月までの賃金請求権を有している。よって本件賃金請求は理由がある。

 被告では、平成20年6月30日に成績率72%から103%の範囲で賞与を支給しており、原告について成績率72%の場合、109万8414円になるところ、本件処分は無効であるから、109万8414円の賞与請求権を有している。

3 不法行為の成否について

 一般に、懲戒処分された従業員が被る精神的苦痛は、当該処分が無効であることを確認され、懲戒処分中の賃金が支払われることにより慰謝されるのが通常であり、これによってもなお償えない特段の精神的苦痛を生じた事実が認められるときに初めて慰謝料請求権が認められると解するのが相当であるところ、原告には懲戒事由該当事実が存在することも併せ考慮すれば、本件について、このような特段の事実は認められないから、本件処分を不法行為に当たるとして慰謝料の支払いを求める原告の請求は理由がない。
 本件処分は無効であるところ、原告は本件処分を受けたため、平成20年5月末頃、研究室から私物を搬出することを余儀なくされ、その費用として3万7800円を支出し、本件処分の期間満了後にその私物を再び研究室に搬入する必要があり、同額の費用が必要になった。よって、原告には、被告の不法行為により7万5600円の損害が生じていると認められる。また、弁護士費用として3万円を認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条
労働判例1026号116頁
収録文献(出典)
その他特記事項