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O社内部告発配転命令無効確認等請求事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- O社内部告発配転命令無効確認等請求事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京高裁 - 平成22年(ネ)第794号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 個人2名 B、C、株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2011年08月31日
- 判決決定区分
- 一部変更(上告)
- 事件の概要
- カメラ、医療用内視鏡等の製造販売を業とする被控訴人(第1審被告)会社に勤務する控訴人(第1審原告)は、営業職として勤務していたが、平成17年10月よりIMS事業部に異動し、平成18年11月、同事業部IMS企画営業部のチームリーダーからONDTジャパンに異動し、NDT(非破壊的に鉄鋼製品等の傷を探知する検査機器)システムの営業を担当することになった。同年12月、被控訴人の取引先であるS社から被控訴人会社の関連会社に従業員が入社し、更に平成19年4月、S社から2人目の転職者が予定されていると知った控訴人は、2度も社員を引き抜くことは企業倫理上問題があり、S社の営業秘密の不正使用を企図した不正競争防止法に違反すると考え、上司のIMS事業部事業部長(被控訴人B)に対し、これを止めるべきと進言したが、口頭とメールで控訴人の提言は大間違いと叱責され、S社のことはIMS事業部の1部門である販売部の部長(被控訴人C)に任せていると伝えられた。更に同年5月21日、被控訴人B及び同Cは控訴人を呼び出し、「あれほど口を出すなと言ったじゃないか」などと恫喝した。
控訴人は同年6月11日、被控訴人会社のコンプライアンス室長らに対し、取引先からの引抜きの件を説明し、顧客からの信用の失墜を防ぎたい旨相談したところ、そのことで被控訴人B及び同Cから「覚悟して言っているのか」などと厳しく叱責された。控訴人はIMS国内販売部NDTシステムグループへの異動を希望したが、同年10月1日付けで同事業部IMS企画営業部長付へ配転(本件配転)された。
これに対し控訴人は、本件配転命令は労働契約の基本部分を変更するものであるとして配転拒否を主張した外、本件配転命令は人選の合理性、業務上の必要性もないのに、控訴人が引抜き行為についてコンプライアンス室に通報したことに対する報復としてなされたものであって、公益通報者保護法に違反し、控訴人に著しい不利益を与えるものであるとして、被控訴人会社に対し配転命令後の就労先で勤務する義務の不存在と、被控訴人B、同C及び代表取締役(第1審では被告)に対し、慰謝料876万円を含む1000万円の損害賠償を請求した。
第1審では、本件配転(第1配転)によって控訴人に生じた損害は僅かであること、控訴人による通報を理由に本件配転命令をしたとは考えられないことなどを挙げて控訴人の請求を棄却したため、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。なお、被控訴人会社は、控訴人に対し、平成22年1月1日付けでライフ・産業システムカンパニー統括本部品質保証部部長付きへの異動(第2配転)を命じ、更に同年10月1日付けで、同部システム品質グループへの異動(第3配転)を命じたことから、控訴人は第2、第3配転についても無効確認を請求した。 - 主文
- 1 本件控訴及び当審における訴えの変更に基づき、原判決中、被控訴人会社及び被控訴人Bに関する部分を次のとおり変更する。
(1)控訴人が、被控訴人会社ライフ・産業システムカンパニー統括本部品質保証部システム品質グループにおいて勤務する雇用契約上の義務がないことを確認する。
(2)被控訴人会社及び被控訴人Bは、控訴人に対し、連帯して220万円及びこれに対する平成20年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)控訴人の被控訴人会社及び被控訴人Bに対するその余の請求を棄却する。
2 控訴人の被控訴人Cに対する控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、控訴人と被控訴人会社及び被控訴人Bとの間では1・2審を通じ、これを5分し、その2を控訴人の、その余を被控訴人会社及び被控訴人Bの負担とし、控訴人と被控訴人Cとの間では、控訴費用のすべてを控訴人の負担とする。
4 この判決は、大1項(2)に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 キャリアプランの結果に基づく人事配置を労働契約上義務付けられているか
キャリアプランに関して被控訴人会社に義務を定める規定はなく、上司の承認も単なるコメントの色彩が強く、人事部は人事異動の際、従業員の希望に沿った人事異動を実現できるよう尽力するにすぎず、キャリアプランの記載自体を根拠として従業員の配置についての被控訴人会社の労働契約上の義務を認めることはできない。したがって、被控訴人会社は、労働契約において職種が限定されていない限り、業務上の必要性に応じ、その裁量により労働者の勤務内容を決定できるものと解され、控訴人と被控訴人との間に営業職、開発職というような職種の限定に関する明確な合意があったことを認めるに足りる証拠はない。
2 不当な動機・目的の有無について
被控訴人Bは、控訴人の言動によってS社からの2人目の転職を阻止されたと考え、更にはその後もIMS事業部内における控訴人との人間関係の悪化が解消しなかったことを問題視し、不快な念を抱いたと推認できる。これに加えて、第1配転命令は、控訴人がNDTシステムグループ営業チームリーダーの職位に就いた僅か半年後にされたものであること、被控訴人Bが第1配転命令を検討し始めたのは控訴人が本件内部通報をしたことを知った直後の平成19年7月であり、第1配転命令の予定が控訴人に説明されたのが同年8月27日であること、及び第1配転命令の内容や、これについての業務上の必要性の程度に鑑みれば、被控訴人Bは、控訴人のS社従業員転職に関する本件内部通報を含む一連の言動が控訴人の立場上やむを得ずされた正当なものであったにもかかわらず、これを問題視し、業務上の必要性とは無関係に、主として個人的な感情に基づき、いわば制裁的に第1配転命令をしたものと推認できる。そして、控訴人が本件内部通報をしたことをその動機の一つとしている点において、第1配転命令は、通報による不利益取扱を禁止した運用規定にも反するものである。
第2配転命令及び第3配転命令により控訴人が配置されたライフ・産業システムカンパニー統括本部品質保証部は、IMS事業部長である被控訴人Bの担当する部署ではないが、第2配転命令が控訴人の本件訴訟提起後に、第3配転命令が第2配転命令の9ヶ月後にされたものであること、各配転命令による配置先における控訴人の担当職務は、第1配転命令前の控訴人の経歴にそぐわないこと等を斟酌すると、第2配転命令及び第3配転命令は、いずれも本来の業務上の必要性や控訴人の適性とは無関係に、第1配転命令の延長として行われたものと推認できる。
3 業務上の必要性の有無について
SHM技術の専門性は著しく高度であり、工業高等専門学校出身の控訴人がこれを理解するのは多大な努力をもってしても相当に困難であり、控訴人の英語力も技術的専門性の高い専門英語についてのものではない。またSHMの実用化は相当先であり、実用化された技術の販売戦略を検証する段階にはなく、第1配転命令は、控訴人に新事業創生探索活動の業務に専心することを求めるものであった。以上を総合すると、新事業創生探索活動の担当者として控訴人に適性があると判断したことについては、合理性・必要性を全く否定することはできないものの、相当程度疑問があり、NDTグループリーダーの職に就いて僅か半年しか経過していなかった控訴人に新事業創生探索活動の業務に専心させることとしたことについて、業務上の必要性が高かったものとは認め難い。
50歳になろうとする控訴人が第2配転命令及び第3配転命令により担当することとされた業務は、顕微鏡及び品質保証の勉強と月1回のテストであって、この業務は新入社員と同じであり、控訴人の能力や経験とも関係がないから、品質保証業務の担当者として控訴人を選択したことには大きな疑問がある。控訴人を、その営業職におけるキャリアプランとは異なる職種に配転することは労働契約上の義務に反するものではないが、平成19年当時47歳であった控訴人を全く未経験の異なる職種に異動させることは、従来のキャリアの蓄積をゼロにして、事実上、昇給及び昇格の機会を失わせる可能性が大きいといえる。実際、第1配転命令後、控訴人の昇格はなく、平成21年4月及び同22年4月の昇給もなかった。更に、控訴人にとって著しく達成困難な課題、あるいは全くの新人と同様の課題を設定することは、それ自体不合理であり、いずれも控訴人に屈辱を与えるなど精神的負担を与えるものと認められる。
以上のとおり、1)第1配転命令は、被控訴人Bにおいて、S社から転職者を受入れできなかったことにつき控訴人の言動がその一因となっているものと考え、被控訴人会社の信用の失墜を防ぐためにした控訴人の本件内部通報等の行為に反感を抱いて本来の業務上の必要性とは無関係にしたものであって、その動機において不当なもので、内部通報による不利益取扱を禁止した運用規定にも反するものであり、第2及び第3配転命令も、いわば第1配転命令の延長線上で、同様に業務上の必要性とは無関係にされたものであること、2)第1ないし第3配転命令によって配置された職務の担当者として控訴人を選択したことには疑問があること、3)第1ないし第3配転命令は控訴人に相当な経済的・精神的不利益を与えたものであることなどの事情が認められるから、第1ないし第3配転命令はいずれも人事権の濫用というべきであり、控訴人はこれを拒絶できるというべきである。
4 被控訴人らの不法行為
(1)第1ないし第3配転命令の不法行為性
第1配転命令及び第2配転命令は、いずれも被控訴人Bが人事権を濫用したものであり、第3配転命令もその影響下で行われたものであって、これらにより、控訴人に昇給・昇格の機会を事実上失わせ、人格的評価を貶めるという不利益を課すものであるから、被控訴人Bの上記行為は不法行為上も違法というべきである。これに対し被控訴人Cは、控訴人に対する第1配転命令の決定に積極的に関与したことを認める証拠はなく、業務命令等も上司である被控訴人Bの決定した方針に従ってしたことが伺われるから、これをもって不法行為法上違法ということはできない。
(2)第1配転命令後、第2配転命令までのパワーハラスメント
控訴人が本件訴訟を提起した翌日である平成20年2月19日に控訴人に対してなされた社外接触禁止命令は、当初被控訴人会社が設定した控訴人の業務目標の実施方法と相反するものであること、そもそも新事業創生探索活動の具体的内容は、文献調査に加え、シンポジウム等から情報を収集するなどしてSHMに対するニーズの状況等を把握することを重要な内容とするものであること、第1配転以降、控訴人と社外の人間との間に何ら支障が生じていなかったこと、控訴人が再三にわたりその理由の説明を求めたにもかかわらず、同年3月5日に至ってようやくメールで説明したが、その理由も結局はトラブルの予防に過ぎなかったことからすると、接触禁止命令はその必要性がなく、控訴人を孤立させて無力感を抱かせることを目的としたものと推認できる。
第1配転命令後の控訴人の査定の第三次評価はいずれも90点と最低評価であって、出勤率40%未満の病欠者等や全欠者がこれに該当し、昇格据置きレベルとされるものである。被控訴人Bも平成18年6月に、控訴人について、「卓越した推進力と、困難な利害対立の場面のその障害を取り除き、正しい方向に導く交渉能力を有する」と評していることを併せ考慮すると、担当業務が異なるとはいえ、控訴人の第1配転後の評価は総じて異例に低いといえる。そもそも第1配転命令後の配属先の上司Mが設定した業務目標は控訴人にとって著しく達成が困難であり、これを達成し高い評価を受けることはできなかったこと、社外接触禁止命令が出された平成20年2月までは控訴人は外部のシンポジウムに参加してレポートを提出し、Mもこれを承認していたから、一応の成果があったといえること等を総合すると、第三次評価において90点という控訴人の評価は不当に低いといえる。
以上のように、第1配転命令以降、第2配転命令までの間、控訴人にとって著しく達成困難な業務目標を設定し、かつ控訴人が目標を達成できないこと等を理由として著しい低評価をしたことについては、第1配転命令に至る経緯を踏まえ、本来の客観的評価を離れた要素を加えた判断がされたものと推認できる。
(3)第2配転命令後のパワーハラスメント
第2配転は品質保証部への配転であるところ、控訴人は同部署を経験したことも希望したこともなかった。配転当初の担当業務は、顕微鏡の規格の和文英訳であったが、控訴人には当該分野の基礎的知識がなく、求められる時間内に遂行することが不可能であったため、上司から取り上げられ、その後は平成22年5月7日に顕微鏡に関する新人用テキストを読み込んで勉強する、時々確認テストを受けるという状態に終始した。第3配転後も、新人社員向けの品質保証業務の初歩的テキストの独習と確認テストを受けるという従来と同様の状態が続いた。
以上によれば、第2配転及び第3配転後の控訴人の業務の状況は、顕微鏡又は品質保証についての基礎知識がないため、新人同様の勉強とテストを受ける以外にないこと、それにもかかわらずそのことを揶揄するような「控訴人教育計画」などと題する書面を交付されることは、50歳となった控訴人に対する侮辱的な嫌がらせであり、不法行為法上も違法というべきである。
5 損 害
控訴人は、第1配転前においては合格点を下回る評価を受けたことはなかったのであるから、被控訴人Bの不法行為がなければ、賞与において減額を受けることがなかったものと推認できる。したがって控訴人は、前記不法行為により、実際に受けた賞与の減額相当分として23万9100円の損害を被ったというべきである。
被控訴人Bらの行為によって控訴人が受けた精神的苦痛を慰謝すべき金額は、176万0900円を下回らないというべきで、弁護士費用は20万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条1項
労働経済判例速報2122号3頁、判例時報2127号124頁 - 収録文献(出典)
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 − 平成20年(ワ)第4156号 | 棄却(控訴) | 2010年01月15日 |
東京高裁-平成22年(ネ)第794号 | 一部変更(上告) | 2011年08月31日 |