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京都(信用金庫)諭旨解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
京都(信用金庫)諭旨解雇事件(パワハラ)
事件番号
京都地裁舞鶴支部 - 昭和45年(ワ)第20号
当事者
原告 個人5名 A、B、C、D、E
被告 信用金庫
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1976年04月28日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 原告Aは昭和33年4月、同Bは昭和32年4月、同Cは昭和31年4月、同Dは昭和34年4月、同Eは昭和36年10月にそれぞれ被告に雇用され、それぞれの職場で勤務をしていた。

 昭和39年10月20日、当時被告の本店営業部外務課員で組合執行委員であったNは、架空名義の預金30万円があるように装い、そのうち25万円を引き出す事件(N事件)を起こした。被告は、Nについては他にも不正事案の可能性もあると考えて更に調査にかかったが、Nはこれに応じなかった。被告はNを集金係に放置するのは不適当と考え、組合の同意を得られないまま、本部業務課に配置換えしたところ、今度はNの異動による引継ぎに関連して、他の職員らが被告の公金1800万円を使い込んだ事実が発覚し、刑事事件として調べることになり、Nは昭和40年10月4日、詐欺罪により懲役10月(執行猶予1年6月)の有罪判決を受けた。

被告と組合との間の労働協約は昭和40年4月1日に期間が満了することになっており、同年1月30日に被告は協約改定案を組合に提示したが、協約改定交渉は同年8月になって初めて開始された。同年8月に、組合は協約改悪反対と春闘要求の団交を申し入れたが、妥協点が見出せず、協約は同年9月30日をもって失効したが、組合は、同年8月20日、協約改悪反対のステッカーを各自の椅子に貼り、被告がこれを取り除いたところ、原告Bはこれに抗議し、支店の業務を妨害した。

被告は、協約失効以降、労使関係についての方針を従業員に周知、徹底させるため、告示文書を本店及び各支店に貼付したところ、組合は右文書の撤去を要求し、被告がこれに応じないときは告示文書の上にビラを貼ることを決定し、原告Aは執行委員長、同Bは書記長、同Cは執行委員としてその実行に当たった外、原告D及び同Eもそれぞれの支店においてビラ貼り闘争を行った。

昭和40年10月8日、原告Bは本町支店の職員を引き連れて本店に行こうとしたところ、次長が外出届を求めたことに抗議して支店長を吊し上げ、強引に外出許可を取って広小路支店及び本店に赴いてN解雇に抗議した外、注意した専務に対し「スクラップ専務。いくらもらった」などと20分に亘り罵倒した。また、翌9日、原告A、同C、同D及び同Eは、N解雇抗議のため被告本店に赴き、理事長との面会を強引に求め、専務や常務を口々に罵倒するなどし、退去命令にも従わなかった。

被告は、同月11日、原告Bの同月8日の職場放棄、業務妨害行為、集団による威圧行為について、同人の同月9日付戒告及びステッカー事件を加味した上、諭旨解雇とすべきところ、1等を減じて同人を同月13日から23日までの謹慎処分に、原告A、同C、同D及び同Eの同年10月9日の業務妨害業務、集団による威圧行為について、同月7日付戒告を加味して同原告4名を謹慎処分にした(第一次謹慎処分)。ところが、原告らは第一次謹慎処分にもかかわらず、同月19日及び20日に出勤し、上司が出勤してはならないと命じてもこれを聞き入れなかったため、原告らの立入禁止の仮処分を申請し、その決定を受けて、原告らに対し第二次謹慎処分を行った。原告らは、謹慎処分の不当をあくまでも主張し、同年10月26日及び27日、多数の地労協組合員の応援を得て、京都地裁福知山支部に押し掛け、裁判官を取り囲んで激しく前記仮処分の取消を求めた。

 被告は、原告らに反省の色が見られなかったことから、謹慎処分の最終日である同年11月6日、原告らに対し誓約書の提出を求めたが、原告らはこれを拒否したことから、もはや原告らに反省の色なしと断じ、翌7日付けで原告らを諭旨解雇した。
 原告らは、原告らの一連の行動は正当な組合活動の一環であり、解雇事由には当たらないこと、労働争議に関し、団結権、団体行動権に重大な影響を与えるような仮処分は軽々に発するべきではなく、最小限審尋を行うことは裁判所の最低限の義務であるのに、これをしないで一方的にした仮処分を裁判所に抗議することは当然であること、被告が求めた誓約書は就業規則に規定する始末書ではなく、労働者の内心にまで立ち入って反省を求めるものであり、包括的な異議申立権の放棄を強要するものであること、このような誓約書提出命令は違法であり、このような誓約書を提出しなかったからといって業務命令違反にはならないこと、被告の一連の行為は不当労働行為に該当すること等を主張し、本件解雇の無効を主張した。
主文
1 被告に対し、

(1)原告Aが、被告の本店営業部の為替係として、

(2)原告Bが、被告の本町支店預金係として、

(3)原告Cが、被告の本店営業部貸付係係長として、

(4)原告Dが、被告の広小路支店得意先係として、

(5)原告Eが、被告の岡ノ町支店預金係として、

 いずれも労働契約上の権利を有することを確認する。

2 被告は、

(1)原告Aに対し、12,057,729円及び昭和50年9月1日以降毎月20日限り151,300円の割合による金員を、

(2)原告Bに対し、12,632,589円及び昭和50年9月1日以降毎月20日限り157,600円の割合による金員を、

(3)原告Cに対し、13,074,217円及び昭和50年9月1日以降毎月20日限り162,200円の割合による金員を、

(4)原告Dに対し、11,630,,172円及び昭和50年9月1日以降毎月20日限り145,400円の割合による金員を、

(2)原告BEに対し、10,710,587円及び昭和50年9月1日以降毎月20日限り135,800円の割合による金員を、

それぞれ支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決の2項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 N解雇事件について

 本件は、被告において、職員による不正事件が続発しているさ中に発生したN事件が発端となり、Nの処分問題に労働協約改定問題及び春闘などが重なって労使間の対立が深まり、そのあげく生じた解雇事件であったということができる。

 ところで、N事件はこれを正当化する理由の認められないものであり、しかも、当時被告内で発生した他の数々の不正事件と比べれば少額であるとはいえ、当時の原告らの月給の10倍くらいに相当する公金を詐取したものであって、金融機関の職員の行為としては到底許すことのできないものであったというべきである。したがって、被告がNを解雇することはやむを得なかったといわざるを得ない。そうすると、原告らがNを擁護して同人の解雇に反対し、その撤回を求めることには元々無理があったといわざるを得ない。

 他方、被告も、組合が春闘解決の遅延と協約改定問題で不満を募らせているときに、スト回避のためとはいえ、組合執行部批判する文言を含んだ文書を配布したり、N問題について原告らを中傷する文書を配布したことや、更には専務の不穏当な言動等が原告らを刺激し、その行為を一層先鋭化させることになったと認めざるを得ない。

2 原告らに対する戒告について

 被告が昭和40年10月1日に各店舗の食堂等に掲載した告示文には特に非難すべき点があるとも認められないし、仮に組合にとっては反感を覚えるものを含んでいたとしても、組合のビラを殊更右告示文の上に重ねて貼付してこれを読めなくなるようにし、更にそのうちには「スクラップ専務、馬にけられて死んでしまえ」などと書いたものもあったことなどに徴すると、組合のした右ビラ貼り闘争は、正当な組合活動の範囲を逸脱したものであったと認めるほかはない。したがって、右闘争に参加した組合員に対し、書面による注意としての戒告をすることは相当というべきである。しかし、右ビラ貼り闘争は、職場集会の討議・決定に基づき、多数の組合員が参加して実行されたものである以上、原告らのほか数名の組合員だけをその他の組合員と区別して戒告したことは、合理的理由に欠けるところがあるといわざるを得ない。

3 第一次謹慎処分について

 原告Bは、昭和40年10月8日、本町支店において、多数の組合員を背景に率先して、勤務時間中約1時間にわたり時間内組合活動の許可を巡って支店長に執拗に抗議してやむを得ず時間内組合活動の許可をさせたものであって、その間支店長の執務を妨げたものと認められ、外出届を提出せずに多数の組合員が出掛けようとしたことは正当な組合活動の範囲を逸脱し、被告の業務秩序を乱したものというほかない。また、同支店長は、原告Bに対し、本店へ団交の申入れのために行くことを許可したに止まるにもかかわらず、同原告は広小路支店に行き、多数の組合員を背景に支店長に対し、約10分間にわたり、時間内組合活動の許可を巡って激しく抗議し、その間同支店長の執務を妨げたものと認められるのであり、同原告の右行為も相当ではなかったと考えられる。

 以上のとおり、原告Bの10月8日の行動、その他の原告らの同月9日の行動は、いずれも相当でなかったと考えられるから、原告らの右行為につき、被告が就業規則に基づいて原告らを謹慎処分に付したことは、正当であったと解すべきである。

4 原告らの出勤と立入禁止仮処分及び第二次謹慎処分について

 原告らが、10月19日、20日に出勤したのは、被告が、N事件につき同人が有罪判決を受けたのは原告らの責任であるかのように記載したビラを配布したり、組合事務所への立入りをも禁止しようとしたりしたことなどが原因の一つとなっていると認められる。しかし、第一次謹慎処分期間中も原告らは組合事務所に終始出入りしていたことが認められ、謹慎処分を無視して上司の命にも従わず出勤したことは、被告の秩序を乱した行為であったと解さざるを得ない。したがって、被告としては、秩序維持のため、仮処分申請をすることもやむを得なかったと認められる。原告らの出勤が右のように解される以上、被告がこれに対し、第二次の謹慎処分に付したことは、その期間の相当性を除き、相当であったと解すべきである。

5 第二次仮処分について

 被告が謹慎処分期間中の原告らの再度の出勤を防止するため、立入禁止の仮処分を申請することもやむを得なかったと認められる。

6 裁判所への抗議行動

 原告Eを除く原告らは、二度にわたる仮処分が一方的かつ不当であるとして、10月26日多数の組合員とともに京都地裁福知山支部へ抗議に行き、その行動は新聞で報道された。ところで、仮処分申請があった場合に、口頭弁論を開くかどうか、債務者を審尋するかどうかは裁判所の裁量によって決せられるものであって、審尋の要求を容れずに仮処分命令を発したからといって、これを一方的で不当な措置であるとして裁判官を取り囲んで非難することは到底許されないものである。したがって、原告らの前記抗議行動は、そもそも理由がないだけでなく、裁判官に圧力を加えるものであって妥当でないといわなければならない。そして、右のような原告らの行為は、被告の職員の資質に対する市民一般の評価を減少させる結果をもたらすことは明らかであり、そのことが、ひいては被告の預金獲得等金融機関としての業務に微妙な影響を及ぼすおそれのあることも否定できないところである。

7 誓約書提出をめぐる原告らの行動

 一般に、使用者が組織の秩序維持と業務の円満な運営並びに信用保持のため、これと相容れない行動をする者に対し、懲戒を加えることはもとより許されるところである。そして、右懲戒の一種として、右のような行動をした者の出勤を一定期間停止してその反省を促すことも認められなければならない。しかし、雇用契約は、継続的な労働力の売買にとどまり、それ以上に労働者の全人格的服従義務までも伴うものではないから、懲戒としての謹慎処分も、被処分者に自宅にだけいることを求めたり、組合活動を禁止したりする内容を持つものであってはならないというべきである。したがって、就業規則に規定する謹慎も、右の限度においてだけ認められる処分と解さなければならない。

 ところが、被告が原告らに求めた誓約書は、その文言及び体裁からみても始末書とは到底解されないだけでなく、その内容も「私の過去の職員としての行為について十分自己反省をいたしました」という懺悔意思の表明であり、更に「万一この誓約書に違背する行為をしました時には、如何なる処分を受けましても異議は申し立てません」という包括的な異議申立権の放棄をも意味するとも受け取れるものであることが明らかである。もとより、

右文言が訴権の放棄や救済命令申立権の放棄までも意味するものであるとすれば無効であることはいうまでもないから、原告らが右のような権利を行使することは法律上何ら制限されないというべきである。しかしながら、誓約書不提出の場合には解雇する旨告知された法律の専門家でない原告らにとって、これを短時間のうちに合理的に解釈することは至難であったと考えられる。のみならず、一旦右のような誓約書を提出すれば、後日原告らが処分を受けた場合、紛争の解決を長期化させるなど、その処分の当否を争うについて多大の支障をもたらすに至ることは容易に推認されるところである。したがって、本件解雇に至る背景の下で、右誓約書の提出要求を考えるとき、原告らが自己の行動の正当性を主張してその提出を拒み、提出期限の延長を求め、結局これを提出しなかったことをもって不当とすることはできず、まして、このことを新たな懲戒処分の理由とすることは到底許されないというべきである。

8 本件解雇の効力

 就業規則91条は、諭旨解雇事由を列記しており、その3号に「再度減給処分を受けて反省しない時」と定められているところ、懲戒処分としての謹慎は減給より重い処分であるから、同号の規定を準用し、再度謹慎処分を受けて反省しないときには、解雇処分をなし得るものと解するのが相当である。ところで、同号の「反省」の有無は、人の内心の意思に関わることであるから、内心の自由意思の法理念に照らし、「再度謹慎処分を受けて反省しないとき」とは、前回の処分事由と同一又は類似の非行を行った場合若しくはこれを行う高度の蓋然性が客観的に認められる場合に限ると解すべきである。

 これを本件についてみると、原告Eを除く原告らの裁判所への抗議行動については不当であることは前述のとおりである。そして、その際の同原告らの行動に徴すると、右行為は、第一次謹慎処分の処分理由となった集団による抗議に基づく秩序紊乱、業務阻害行為と類似の非行行為を行う高度の蓋然性を示すものというべきである。したがって、同原告らの裁判所への抗議行動は、同原告らが「再度の謹慎処分を受けて反省しないとき」と認める事由に一応該当するといわざるを得ない。

 しかしながら、被告が主張する処分事由のうち、誓約書の提出をめぐる原告らの一連の行為を処分理由とすることのできないことは前に述べたとおりである。のみならず、原告らの裁判所への抗議行動の被告に及ぼす影響は、職員の資質に対する市民の評価の若干の減少とそれによる被告の業務への間接的な影響のおそれにすぎないと解されること、原告らの解雇の前提となった2度の謹慎処分も、通じて25日に及ぶ極めて長期間のものであったこと、その処分事由である原告らの行動については、その原因につき被告側にも非難されるべき点があったこと、懲戒処分の理由とされた原告らの行為は、いずれも労使関係が極めて緊迫・悪化している最中になされた組合活動であったことなどの諸事情に、解雇が、被処分者をその職場から追放するもので、場合によってはその生活の基盤を全く失わせる結果を招くおそれの大きいものであることを併せ考えると、原告らに対する本件諭旨解雇はいずれも酷にすぎ、妥当性を欠くものであって、解雇権の濫用に当たり、無効であるといわなければなららない。

9 原告らの賃金債権

 原告らに対する本件解雇は無効であるから、原告らは被告の従業員として労働契約上の権利を有するものであり、被告は原告らに対し、基本給相当の賃金をそれぞれ支払う義務がある。この点に関し、被告は「原告A、B、Eは解雇通知後他で勤務して取得した収入があるから、民法536条2項但書によりこれを控除すべきである」旨主張する。ところで、右条項の「自己の債務を免れたことによって得た利益」とは、債務者が本来の給付を免れたことによって直接的に得た利益及びこれと相当因果関係のある利益を意味するものと解すべきである。
 そこで、これを雇用契約について検討すると、もともと雇用契約は、特定の使用者と労働者との間で、特定の種類・内容の労務の提供とこれに対する賃金の支払いを約するものであるから、不当な解雇という使用者の責に帰すべき事由によって履行不能になった場合に、労働者が他の使用者との間で新たな雇用契約を締結して得た収入は、元の使用者に対する労務提供の免脱と条件関係はあっても、別個の原因によって生じたものというべきであり、相当因果関係を有しないと解するのが相当である。そうすると、原告らの前記収入は民法536条2項但書の利益に該当しないから、被告らの右主張は理由がない。
適用法規・条文
民法536条2項
収録文献(出典)
労働法律旬報915号50頁
その他特記事項
本件は控訴された。