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S航空会社客室乗務員雇止控訴事件(パワハラ)

事件の分類
雇止め
事件名
S航空会社客室乗務員雇止控訴事件(パワハラ)
事件番号
東京高裁 - 平成22年(ネ)第641号
当事者
控訴人 個人2名 A、B
被控訴人 S航空株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年10月21日
判決決定区分
控訴棄却
事件の概要
 被控訴人(第1審被告)は、定期航空運送事業等を行う株式会社であり、控訴人(第1審原告)らは、平成17年12月に被控訴人に入社した期間1年の有期雇用契約の客室乗務員であって、平成18年4月、平成19年4月に、いずれも1年間の契約更新を行った。

 平成19年8月、控訴人Aは立ちっ放しでの地上業務の後の乗務について課長に抗議して翌日欠勤し、始末書を提出したほか、同年秋頃、安全教育読本を紛失して始末書を提出した。平成20年2月、控訴人Aは欠勤が多いこと、始末書を2度提出していることを指摘され、「135人中107位、ランクC」であるとして、雇止めを通告され、控訴人Bも「135人中133位、ランクD」の業務評価を受けて雇止めを通告された。

 控訴人Aは、被控訴人に対し、退職届を提出し、控訴人Bは一旦は退職届の提出を拒否したものの、結局、退職の意思がないことを明らかにした上で退職届を提出した。控訴人らは、本件雇止めは抗議に対する報復として行ったものであるから無効であるとして、控訴人Aについては再就職までの賃金相当額、再就職先との賃金差額及び慰謝料100万円を、控訴人Bについては慰謝料60万円をそれぞれ請求した。
 第1審では、控訴人Bは自らの意思で退職届を提出したこと、控訴人Aについては恣意的に評価を低くしたとは認められないことから、不法行為は成立しないとして、いずれの請求も棄却したため、控訴人らはこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 本件各控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
判決要旨
 当裁判所も、控訴人らの本件各請求をいずれも棄却すべきものと判断する。

1 控訴人Bの退職の意思表示について

 控訴人Bは、当審においても、重ねて、退職届に署名したのは事務的に必要な書類として署名押印したにすぎず、真に退職する意思で署名押印したものではない旨主張するが、控訴人Bは自らの意思に反する雇止めによって雇用契約が終了したという外形的な事実を記録に明確に残すことを避けるべく(再就職に不利になるおそれが生じる)、むしろ本意ではないが少なくとも自己の意思によって退職したことを外形的な事実として残す意思で退職届を提出したものと認められるのであり(心裡留保や錯誤の問題は生じない)、また、被控訴人が控訴人Bに対して雇止めの通告を撤回する意思はない旨を告げた際に実際には雇止め事由が存在しないことを知っていたとも認めることはできない(詐欺の問題も生じない)から、控訴人Bの上記主張は採用できないものである。控訴人Bは、その真意に基づいた退職の意思表示によって被控訴人との雇用関係を自ら終了させたものというべきである。したがって、控訴人Bの雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める請求及び賃金の支払請求は、棄却を免れない。

2 控訴人らに対する不法行為の成否について

 控訴人らの雇入通知書に記載された「地上における旅客に係る業務」にカウンター業務支援業務が含まれることは明らかであり、被控訴人が控訴人らに対してカウンター業務支援を命じることは雇用契約に違反するものではない。また、控訴人らがスタンバイ業務中の客室乗務員にカウンター業務支援を行わせることとした被控訴人の方針に反対することもあながち理解できないわけではないが、そうだからといって、それに抗議して欠勤することに正当な理由があるということはできず、その行為に対して負の評価がなされることもむしろ当然のことである。更に、控訴人らは期間1年の有期雇用契約社員であり、3年間勤務した後に正社員として登用され得る可能性があったとしても、未だ2年4ヶ月しか勤務していなかったのであるから、たとえ控訴人らが正社員と同じ機内業務を行っていたとしても、控訴人らに対する業務評価の内容いかんにかかわらずその雇用契約が更新されると期待することが合理的であるとまではいい難い。

 以上を前提として、控訴人Aに対する不法行為の成否について検討するに、1)控訴人Aは、客室乗務員がスタンバイ業務に従事中にカウンター業務支援をも行うことに抗議して欠勤したこと、2)安全教育教本を紛失して始末書を提出したこと、3)控訴人Aの平成19年度における欠勤日数は平成20年3月末日の段階で18日に及んでいたこと、4)控訴人Aの平成19年度の業務評価は、総合点では135人中107位であったが、被控訴人が契約更新をするか否かのために重視している社会人的資質項目の評価では135人中134位であったこと、5)被控訴人は、雇用契約を更新するか否かを判断するに当たり、対象者135名のうち、全15の評価項目の総点数と筆記試験の点数との合計点数の上位69名を正社員登用対象者として契約を更新し、その余の66名のうち下位25名についての平均値を算出し、この平均値を下回った14名を抽出した上、そのうち下位6名について契約を更新しないとしたものであり、この基準が妥当でないとはいえないこと、6)評価項目のうち業務的資質項目である業務知識の習得度、接客能力、クレーム対応力、勤務姿勢、理解度、乗員との連携、英語力、清潔な身なり、精神的安定、社会人的資質項目のうちの協調性、向上心、将来性の12項目については評価対象者(控訴人A)と同乗した複数の先任客室乗務員が評価項目ごとに評価するなどしており、これらの評価が恣意的になされたものとは認められないこと、7)社会的資質項目のうちの勤怠状況、スケジュール貢献度、私的トラブルの3項目についても恣意的になされたとは認められないこと、8)控訴人Aが職務命令に抗議してその翌日にスタンバイ業務を欠勤する行為に及んだことについては一定の負の評価を受けざるを得ないものであること、以上の諸点を指摘することができる。

 上記の事実、特に、控訴人Aの業務評価は、総合点では135人中107位であったが、被控訴人が契約更新に当たって重視している社会人的資質項目の評価値が135人中134位であったこと、契約を更新しないとされた他の5名の社会人的資質項目の平均値も、控訴人Bを除き控訴人Aを上回っていたことによれば、たとえ控訴人Aがその他の評価項目で平均値をかなり上回るか又は平均値とほぼ同程度の評価値を得ていたとしても、控訴人Aの雇用契約を更新しないとした被控訴人の行為が違法又は不当であって不法行為を構成するとまではいえないものである。

 控訴人Bについても、1)平成19年度の業務評価は、総合点で135人中133位であり、社会人的資質項目では最下位であったこと、2)控訴人Bの平成19年度における欠勤日数は、体調不良等のために平成20年3月末日の段階で18日に及んでいたこと、3)控訴人Bに対する評価が恣意的になされたとは認められないこと、4)控訴人Bは、課長との面談で、自己に対する業務評価を聞き、立腹して、その場で交付された業務評価を破り捨てる行為に及んだこと、以上の点を指摘することができる。
 上記の事実、特に控訴人Bの業務評価は、総合点では135人中133位であり、社会人的資質項目の評価値は最下位であったこと、契約を更新しないとされた他の5名の社会人的資質項目の平均値は、いずれも控訴人Bを上回っていたことによれば、たとえ控訴人Bがその他の評価項目で平均値を上回るか又は平均値とほぼ同程度の評価を得ていたとしても、控訴人Bとの雇用契約を更新しないとした被控訴人の行為が違法又は不当であって不法行為を構成するとまではいえないというべきである。
適用法規・条文
民法93条、95条、96条、709条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2089号27頁
その他特記事項