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G大学アカデミックハラスメント事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
G大学アカデミックハラスメント事件(パワハラ)
事件番号
岐阜地裁 - 平成19年(ワ)第91号
当事者
原告 個人1名
被告 個人1名 A、国立大学法人G大学
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年09月16日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告は、中国の国籍を有し、平成15年4月、研究題目を近現代の日中関係史としてG大学地域学部に研究生として入学し、平成16年4月、同大学大学院地域科学研究科(本研究科)修士課程に入学した者であり、被告Aは、被告大学法人に雇用される地域科学部の講師で、原告の指導教官である。

 被告Aは、原告の修士課程1年次である平成16年10月22日、原告に対し、現段階では修士論文の提出を認めないこと、原告が来年度修士を修了したいと考えているならば、この後期によほど心を入れ替えて勉強しなければ無理であることを伝えたところ、原告も同じ認識で、修士論文は書けなくても単位だけでも取って留学を終わらせたい旨返答した。

被告Aは原告に対し、平成17年2月24日、修士論文に何年かかろうと、全面的な協力を惜しまない旨、同年5月16日には後期から休学することを勧めるメールを送信したところ、原告は今年度修了できるよう頑張る旨のメールを返信した。原告は、同年6月14日、修士論文の構想を発表したが、被告Aに批判され、「教えるのが指導教員の責務である」と言ったのに対し「責務ではない」と否定されたことからふて腐れた態度をとって叱責された。原告と被告Aは、同年6月19日に話合いを行い、その中で被告Aは、後期を休学すること、次年度以降に修士論文を提出するよう求めたが、原告はこれを拒んだ。

 地域科学研究科の教授Bは、同年7月又は8月頃、原告に対し、修士論文のテーマの変更を助言し、原告はこれを受け容れて「中国の抗日運動」を新しいテーマに設定し、同年9月1日にその旨被告Aに伝えたところ、被告Aは原告に対し、「バカ野郎」、「頭おかしくないか」などと発言し、原告が退学するかのような発言をすると、「人間のクズ」、「社会のクズ」と罵るとともに、貸していた本を返さないと窃盗罪で通報すると言った。この後、被告Aは「1)2005度年には修士論文を提出しないこと、2)2005年度後期には休学すること、3)2006年度前期以降に必ず修士論文を提出すること」という内容の誓約書を書かせようとしたが、原告はこれを拒否した。原告は、翌2日、被告Aに対し、理不尽な叱責に抗議するとともに、休学も退学もしない旨のメールを送信したところ、被告Aは、自分の承認なしに修士論文を書くことはできないこと、指導教官を変更することは制度上不可能であること、学生は指導教員の承認がなければ、休学も退学も修士論文の提出もできないこと、自分の指導の正当性を認めない限り、今後指導することはあり得ないことなどを内容とするメールを送信した。

 同年10月5日、原告は教務厚生委員長に対し、被告A以外の教員に修士論文を見てもらうよう依頼をし、同委員長はBに原告の指導を依頼したところ、被告Aは院生実習室のドアを叩き、原告を激しく罵倒し、その後両者は会うことがなくなった。
 原告は、被告Aの一連の行為、即ち被告Aは指導資格がないにもかかわらず原告の指導教員となり、原告の修士論文作成のための適切な指導をしなかったこと、休学について強要したこと、原告に対し侮蔑的表現を用いて人格を中傷し、研究を妨害したこと、被告Aを修士論文の審査委員主査に任命したこと、それらによって修士論文が不合格になったことはアカデミックハラスメントであり不法行為に該当すること、被告大学法人は使用者責任と共に債務不履行責任を負うことを主張し、被告らの不法行為及び被告大学法人の債務不履行による損害として、就職内定取消による1年分の給与に当たる逸失利益270万円、慰謝料500万円、弁護士費用85万円など総額928万0250円を請求した。
主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して110万円及びこれに対する平成18年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告Aの原告に対する不法行為責任の成否及び被告大学法人の責任又は使用者責任

 国立大学法人は、法令上、行政処分の権限が明示されていないこと、独立行政法人通則法51条が準用されず、同法人の設置・運営する大学の職員は公務員ではないこと、私立の学校法人と学生との間の在学契約と国立大学法人と学生との間の在学契約とに何らの差異も見出せないことからすると、国立大学法人は、国家賠償法1条1項にいう「公共団体」に当たらないと解される。そうすると、国立大学の教員の教育活動及びこれに関連する行為が不法行為を構成する場合に、国立大学を設置、運営する国立大学法人は民法715条に基づく損害賠償責任を負い、また当該教員個人は不法行為の相手方に対し民法709条に基づく損害賠償責任を負うというべきである。

 被告Aは、原告が大学院に入学して半年後頃から、学力不足等の理由で繰り返し執拗に休学を勧め、平成17年5月から9月まで、原告及びその家族に対し、原告に休学の意向がないことを認識しながらも執拗に休学を勧めていたこと、被告Aは、平成17年9月1日、休学に同意せず、退学をも視野に入れる原告に対して、深夜に至るまで数時間もかけて説得をし、休学する誓約書まで書かせようとしたことが認められる。また、岐阜大学大学院では、休学や退学については、学生の願い出に対して学長が許可するものとされており、休学や退学の諾否について指導教員の承認にかからしめるものではないところ、被告Aは、平成17年9月2日、これがあたかも自己の権限であるかのようなメールを送り、休学を含む被告Aの指導に従わない場合、原告は退学すらも自由にすることができず、除籍になるまで強制的に在籍させられるような誤解をさせ、不安をあおるような行為を行っていることが認められる。被告Aが、指導担当教員として、原告が2年の標準年限では修了できないことを見越して、学費負担の軽減という観点から休学を勧めたこと自体は必ずしも不当とはいえないが、上記被告Aの言動は、社会通念上相当性を欠くものであり、不法行為に当たるというべきである。

 原告が平成17年9月1日に被告Aに対し、修士論文のタイトルを変更した上で当該年度に提出すると話すと、被告Aが原告に対し、「社会のクズ」、「バカ野郎」、「頭おかしくないか」と言ったこと、被告Aが同月6日から10日にかけて、原告に対し、本とカバーの返還を求め、返還されなければ「法的措置を取る」、「刑事事件にする」などと記載されたメールを送信したことが認められるところ、上記被告Aの言動は、社会通念上相当性を欠くものであり、不法行為に当たるというべきである。被告Aは、平成17年10月頃、原告が当時の地域科学部学部長に研究指導教員の変更を申し入れたことを知ると、原告の院生実習室を訪れ、同室のドアを叩き、原告に対し、「あなたに何ができるというのか」、「一体何を考えているのか」などと言ったことが認められるが、被告Aの上記言動は、社会通念上相当性を欠くものであり、不法行為に当たるというべきである。

 研究科委員会が修士論文審査委員の主査を選任するに当たっては、主査に格別の資格が要請されるものではないから、被告Aが資格のないのに修士論文審査委員の主査となったとの原告の主張は失当であるが、被告Aが原告の論文及び最終試験についての審査委員の主査に選任されたことは、被告大学法人に求められる公平適正な論文審査を行うべき義務に違反するものであり、被告Aも積極的に原告の修士論文の審査に当たることを求めていたことからすると、被告Aが原告の修士論文審査委員に選出されたことに被告Aの過失があるというべきである。

上記被告Aの不法行為は、国立大学の職員である教員の教育活動及びこれに関連する行為であるといえるから、被告大学法人は、原告Aの不法行為につき民法715条の責任を負うと認められる。

2 被告大学法人の債務不履行又は不法行為の有無

 被告大学法人は原告に対し、在学契約に基づき、被告大学法人が定めた指導担当教員資格を有する教員を研究指導教員とする義務があったこと、それにもかかわらず、被告大学法人は、原告が専攻を予定する「日本経済発展史」を専門とする教員がいなかったため、隣接する分野を専門とし、研究指導員としての資格のない被告Aを研究指導員に専任して指導に充てたことが認められる。そうすると、被告大学法人には、原告の研究指導教員の選任やその変更につき在学契約上の債務不履行があったというべきである。

 被告Aの言動により、原告と被告Aの関係が正常な師弟関係を回復し得ないほど破壊されていたこと、教務厚生委員会の担当者は、原告からの申入れや被告Aからの事情聴取により、原告と被告Aの関係が上記のとおりであることを知り、原告の指導担当教員を変更する手続きを進めることができたにもかかわらず、被告Aを原告の指導担当教員のままにしていたことが認められる。そうすると、被告大学法人には、原告の研究指導教員の変更につき在学契約上の債務不履行があったというべきである。

 被告大学法人は原告に対し、在学契約に基づき、公平適正な修士論文審査を行う義務を有していたこと、被告Aの言動により原告と被告Aの指導関係が崩壊していたため、被告Aを原告の修士論文審査委員主査に選出することは公平適正とはいえなかったこと、研究員会は、被告Aの言動により原告と被告Aの指導関係が崩壊していることを窺わせる事情があったにもかかわらず、漫然と被告Aを原告の修士論文審査委員主査に選出したことが認められる。そうすると、被告大学法人には、原告の修士論文審査につき、在学契約上の債務不履行があったというべきである。

3 損害及び因果関係について

 被告Aの不法行為や被告大学法人の債務不履行と原告の修士論文及び最終試験の不合格との間に因果関係があると認めるには足りない。
原告は、被告Aの不法行為により、多大な精神的苦痛を被ったことが認められる。これを慰謝するには、被告Aの不法行為がなければ、原告が平成18年3月頃に修士論文や最終試験に合格した可能性を否定できないなど本件に顕れた一切の事情を勘案すると、100万円をもってするのが相当である。原告は被告大学法人の債務不履行によって精神的苦痛を受けたことが認められる。もっとも、同損害は上記損害の副次的な性格を有しており、上記損害が賠償されることにより慰謝されるものと認められる。
適用法規・条文
民法415条、709条、715条
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は控訴された。