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G大学アカデミックハラスメント控訴事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
G大学アカデミックハラスメント控訴事件(パワハラ)
事件番号
名古屋高裁 - 平成22年(ネ)第94号
当事者
 控訴人(附帯被控訴人) 個人1名 
 被控訴人(附帯控訴人) 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年11月04日
判決決定区分
控訴取消、附帯控訴棄却
事件の概要
 被控訴人(附帯控訴人・第1審原告)は、中国の国籍を有し、平成15年4月、G大学地域学部に研究生として入学し、平成16年4月、同大学大学院地域科学研究科(本研究科)修士課程に入学した者であり、控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)は、第1審被告大学法人(大学法人)に雇用される地域科学部の講師で、被控訴人の指導教官である。

 控訴人は、原告の修士課程1年次である平成16年10月以降、被控訴人に対し、現段階では修士論文の提出を認めないこと、後期は休学した方が良いことなどを示唆するなどしたが、被控訴人はあくまでも修士論文の提出にこだわった。その後、被控訴人が教授の助言を受けて修士論文のテーマを変更したところ、控訴人は被控訴人を「人間のクズ」などと罵倒するなどした。

 被控訴人は、控訴人に対し、理不尽な叱責に抗議するとともに、休学も退学もしない旨のメールを送信したところ、控訴人は、自分の承認なしに修士論文を書くことはできないこと、指導教官を変更することは制度上不可能であること、学生は指導教員の承認がなければ、休学も退学も修士論文の提出もできないこと、自分の指導の正当性を認めない限り、今後指導することはあり得ないことなどを内容とするメールを送信した。

 平成17年10月、被控訴人は教務厚生委員長に対し、控訴人以外の教員に修士論文を見てもらうよう依頼をし、同委員長は教授に原告の指導を依頼したところ、控訴人は被控訴人を激しく罵倒し、その後両者は会うことがなくなった。

 被控訴人は、控訴人の一連の行為はアカデミックハラスメントであって不法行為に該当し、大学法人はその使用者責任及び債務不履行責任を負うと主張して、控訴人らの不法行為及び大学法人の債務不履行による損害として、逸失利益、慰謝料、弁護士費用など総額928万0250円を請求した。
 第1審では、控訴人の一連の言動は不法行為に該当し、大学法人にもその使用者責任及び債務不履行責任があるとして、控訴人及び大学法人に対し、慰謝料100万円及び弁護士費用10万円を被控訴人に支払うよう命じた。控訴人はこれを不服として、国立大学法人は国家賠償法の適用を受けるところ、職員は職務上の行為については賠償責任を負わないことを主張して控訴に及んだ。一方被控訴人は、賠償額を330万円に引き上げることを求めて附帯控訴した。
主文
1 本件控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2 被控訴人の請求を棄却する。

3 本件附帯控訴を棄却する。
4 訴訟費用のうち当審において生じた部分及び原審において控訴人と被控訴人との間に生じた部分は被控訴人の負担とする。
判決要旨
 当裁判所は、被控訴人の控訴人に対する請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。

1 国立大学法人は国家賠償法1条1項の「公共団体」に該当するか

 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし、公務員個人は民事上の損害賠償責任を負わないこととしたものと解される。

 国家賠償法1条1項の「公権力の行使」は、国又は公共団体の作用のうち、純然たる私経済作用及び同法2条の営造物の設置管理作用を除くすべての作用であって、権力的作用のほか非権力的作用も含み、公立学校における教職員の教育活動も「公権力の行使」に当たると解されるから、国立大学法人が設立された平成16年4月1日より前における控訴人の行為は「公権力の行使」に該当し、それが故意又は過失によって違法に被控訴人に損害を認めたと認められる限り、国立G大学を設置する国が国家賠償法に基づく損害賠償責任を負い、控訴人個人は民事上の損害賠償責任を負わないこととなる。

 他方、国立大学法人が設立され、国立大学の設置主体が国から同法人に移行した平成16年4月1日以降の国立大学法人の職員による職務行為に国家賠償法1条1項が適用されるか否かが問題となる。

 まず、国立大学法人法は、独立行政法人通則法51条を準用していないから、G大学の職員である控訴人は、刑法その他の罰則の適用に関する場合を除き、みなし公務員ではない。しかし、国家賠償法1条1項にいう「公務員」は、国家公務員法、地方公務員法等の定める身分上の公務員に限られず、国又は公共団体の公権力を委ねられた者をいうと解されるから、控訴人が国家公務員法等に定める公務員に該当しないからといって、そのことから直ちに控訴人の行為について国家賠償法1条1項の適用がないとすることはできない。

 国立大学法人は、国立大学法人法の定めるところにより設立される法人であり、国立大学の設置、運営等を業務としており、各国立大学法人の名称及び主たる事務所の所在地並びに当該国立大学法人の設置する国立大学の名称は国立大学法人法によって定められており、国立大学法人制度の下でも国立大学の設置が国の意思であることが明らかにされている。国立大学法人の資本金については、法人設立の際に国が有する国立大学に関する一定の権利を承継し、基本的に承継した当該権利に係る財産の価額に相当する金額が政府から国立大学法人に対して出資されたものとされ、この金額が国立大学法人の資本金となるものとされている。国立大学法人においては、学長の任命は文部科学大臣が行うこととされ、監事も同大臣によって任命される。また、国立大学法人については、6年間において国立大学法人が達成すべき業務運営に関する目標を中期目標として策定し、国立大学法人は、中期目標に基づき当該目標を達成するための計画を中期計画として作成し、文部科学大臣の認可を受けなければならないこととされている。このように、国立大学法人においては、国立大学法人の自主性、自律性や教育研究の特性に配慮しつつも、引き続き国から必要な財政措置を受けることを前提として国による一定の関与が行われる。更に国立大学法人の財務及び会計については独立行政法人通則法の財務及び会計に関する規定が準用され、国立大学法人に対する国の財政上の責任が明確化されている。

 以上のとおり、国立大学法人が法律によって設立され、我が国における高等教育、学術研究等に関して重要な役割を担う国立大学の設置運営等の目的及び権能を付与された法人であり、国からの必要な財政措置及びこれを前提とする一定の関与を受けながら国立大学の設置運営等に当たっている等からすれば、国立大学法人は国家賠償法1条1項の「公共団体」に該当するというべきである。

2 国立大学法人の教職員による教育活動上の行為が国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に該当するか

 国立大学法人成立前の国立大学教職員による教育活動については「公権力の行使」に該当し、国家賠償法1条1項が適用されるところ、前記のとおり新たに国立大学の設置主体となった国立大学法人に公共団体性が認められること、国立大学法人制度は国の機関として位置付けられていた国立大学を法人化して予算、組織及び人事に関する大学の裁量を拡大し、国立大学の自主性、自律性を高めること等を目的とする制度であり、同制度自体が国立大学における教育活動の性質を変更するものとは解されないこと、国立大学法人の成立時において、従前の国立大学が国立大学法人の設置する国立大学となり、現に国が有する一部の権利及び義務を国立大学法人が承継し、従前の国立大学の学長が原則として任期満了まで引き続き国立大学法人の学長を務め、従前の国立大学の職員が原則として国立大学法人の職員となるなど、従前の国立大学と国立大学法人の設置する国立大学との間に同一性が認められることを考慮すれば、国立大学法人が設立され、国立大学の設置主体が国から国立大学法人に変更されたからといって、教職員による教育上の行為の性質が異なるとする実質的な根拠を見出すことはできない。

したがって、国立大学法人G大学の教職員である控訴人による教育活動上の行為の性質に変化はなく、法人化前と同等に「公権力の行使」に該当するというべきである。よって、国立大学法人G大学に講師として雇用されて学生に対する教育活動を委ねられた控訴人は国家賠償法1条1項の「公務員」に該当する。
以上によれば、本件における控訴人の被控訴人に対する各行為については国家賠償法1条1項が適用されるから、国立大学法人G大学が控訴人に代位して損害賠償責任を負うべきものであって、控訴人が個人として民事上の損害賠償責任を負うことはない。
適用法規・条文
国家賠償法1条1項
収録文献(出典)
その他特記事項