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東京都人事委員会(判定取消請求)事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- 東京都人事委員会(判定取消請求)事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成20年(行ウ)第467号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 東京都 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年05月28日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- 原告は、昭和49年4月に臨床検査技師として被告に採用され、平成12年4月から老人医療センター研究検査科主任として配属され、一般検査・血液検査部門に属し、機器による赤血球等の数の測定・血液凝固因子の検査などの業務を交替で分担していた。
被告の人事考課は、業績評価、自己申告及び人材情報をいい、このうち業績評価は、職員が割り当てられた職務を遂行した業績及び職務遂行過程(プロセス)を、規程の定めるところにより評定・記録することであり、自己申告は、職員が自ら職務上の目標を設定し、その達成状況及びプロセスについて自ら評価するとともに、人事異動等に関する意向及び意見を表明して記録することであり、人材情報は、職員の職務適性、人事異動、昇任等に関する情報である。定期評定は業績評価の一つとして定められており、毎年度1回、1月1日を基準日として実施されていた。
平成16年度の定期評定において、原告の第一次評定者は技師長のX、第二次評定者は事務局長のYであったところ、原告は、第一次評定において、業績評定の要素、プロセス評定の要素につき、いずれも5段階絶対評価の「D」(当該要素につきやや劣る部分や問題点があり、職務を遂行する上で時には支障を来すことがある水準)評定、総合「D」評定を受け、第二次評定においても総合「D」評定を受けた。被告においては、業績評価のうち、一般職員にかかる定期評定の第一次評定総合及び第二次評定総合の結果等により、各評定総合がいずれも「D」又は「E」評定を受けた者に対しては、次期昇給を3ヶ月延伸することとされていて、原告は本件各評定により、その昇給が3ヶ月延伸された。
平成17年2月17日、原告はXから第一次評定の要素別評定及び総合評定の結果がいずれも「D」評定であったこと等の開示を受けた。原告は本件各評定及びこれに基づく3ヶ月の昇給延伸措置等を不服として、同年3月8日に苦情を申し出たが、総務部長は原告に対し、定期評定の修正及び評定者に対する指導の有無につき、いずれも「無」とする「平成16年度評定結果に係る苦情検討結果通知書」と題する書面を交付した。
同年6月8日、原告は人事委員会(都人委)に対し、平成16年度定期評定の修正、評定者に対する指導及び昇給延伸の解除求める措置要求を申し立てた。都人委はこれを受けて、原告の所属長である福祉保健局長に意見を徴し、資料の提出を求めたところ、同局長は同年9月13日付けで意見書を提出した。これに対し原告は、平成18年10月12日付反論書を提出して更なる事実調査を求めたところ、被告は、平成19年2月5日付、8月3日付及び10月3日付で意見書を提出したほか、同月10日付で補足資料を提出した。都人委は、関係者から直接事情聴取したり、本件各評定がされる以前において日々記録された原告の業務に係る業務記録やデータ等を徴して、これらを検討するといった事実調査をすることはなく、平成20年1月31日、上記措置要求を棄却する旨の本件判定をした。棄却の理由は、Xの「D」評定の理由、すなわち、原告には業務遂行に積極性がなく、その業績が主任に求められる水準に達していないと判断して指導したが、その成果が上がらないことから、主任職として平均目標をクリアーしていない、仕事の取組みに積極性が見られないとしたことに事実誤認や恣意的な評価があったとは認められないというものであった。
原告は都人委が行った本件措置要求に対する判定を不服として、その取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 東京都人事委員会が平成20年1月31日付けでした原告の措置要求を棄却するとの判定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件各評定の違法性
X技師長は、原告に対する否定的な評価の根拠として、原告が設定した目標が他の主任級の職員に比して低いことを摘示するが、原告は、当時の研究検査科全体の目標となっていた経費節減のほか、業務が円滑に推進されること、当直機器の積極的な利用を平成16年度の目標として設置したものであるところ、これら目標の内容そのものには否定的な要因は何ら見出すことはできないし、むしろ、研究検査科の業務全体に資するものであって、積極的に評価すべき内容であると認めることができる。Xは、これらの目標について否定的な評価材料として位置付けたのであるが、X自身が原告に対してそれらの目標についての具体的な問題点を指摘したり、助言指導する等して更に質の高い仕事に導く等の対応をしたことを認めるに足りる証拠はない。また、原告以外の主任級の設置した目標内容が不明であり、ことさら原告の目標設定が他の主任級の職員のそれに比して見劣りすると認めるに足りる証拠がないことも併せると、Xによる原告の目標設定に対する否定的評価が相当であると認めることはできない。
Xは、原告に対する否定的な評価の根拠として、1)原告が職務に対して非協力で積極的でなかったこと、2)血液像の判定ミスと勉強会の欠席、3)検査科通信を1回も発行しなかったこと、4)トイレ案内の床導線張替共同作業への不参加、5)病院情報システム更新作業の積極性等の欠如、6)凝固検査試薬不足に起因する上司との口論、7)指示待ちで積極性がないこと、8)ローテーション時の事前トレーニング不足、9)検査システム更新に向けた話合い参加拒否、10)システム変更に対する不満、業務変更への対応困難、11)会議の欠席、12)共同作業を行わないことを挙げる。しかしながら、1)については、職務懈怠、職務遂行非協力又は消極的態度と評価すべき具体的事実が認められないこと、2)については、誤操作は他の職員によるものであり、勉強会への出席の職務命令がなされたか明らかでないこと、3)については、原告以外にも検査科通信を発行していなかった職員もおり、原告が同通信の発行につき何らかの職務命令を受けていたにもかかわらずこれを怠っていた等の事情が認められないこと、4)については、原告は他の職員とともに積極的に行っていたことが認められること、5)については、原告のいかなる行動態度をもって「積極性や協力的姿勢」が欠けると評価したのか明確でないこと、6)については、口論についてこれを認めるに足りる証拠はなく、仮にその事実があったとしても、双方の対応や責任の所在等について言及がなく、一方的に原告が責めを負って否定的評価を受けるべき正当性が認められないこと、7)については、そのような事実を聞いた場合、Xとしては原告本人に直接事情聴取する等して事実を確認し、真意を問い質す等の事後措置を講ずるべきであるのに、これを行った形跡がないこと、8)については、原告が補正操作しなければならない場面で的確に実施できず、標準物質を置く順番ミスをしたことについて、これを認めるに足りる証拠はないこと、9)については、積極的に参加しなかったという原告の具体的な行動態様が明らかでないこと、10)については、原告がシステム変更に批判的であった事実は認められるが、同意見の職員もほかに存在し、その理由には一定の合理性があること、11)については、全体会議に全職員が出席することは困難であって、そのために会議内容の周知等の措置が講じられており、原告の欠席は他の職務遂行を理由とするものであることが推認されること、12)については、他者を積極的に手伝う等協力しなかったという原告の具体的な行動態様が明らかでなく、繁忙時に原告が一人食事に行ってしまったという点についても、原告は早番、遅番の当番に従って食事を摂っていたのに、Xが原告に対し、「仕事もしないくせに飯を食うことだけは忘れないな」と発言したことが認められ、Xが経緯を全く理解していなかったことが、それぞれ認められる。
以上のとおり、各対象事項において摘示した点はいずれも事実に基づかないか、又はXが誤認した事実に基づくものである。そうすると、本件においてこれらを踏まえてされた業績評定の要素及びプロセス評定の各要素に係る各「D」評定並びにこれらを総合してされた本件第一次評定(総合「D」評定)は、不公正なものというべきであるから、Xが評定に係る裁量権を濫用した違法があるといわざるを得ない。
Y事務局長がXによる原告に対する評定結果を踏まえ、原告に対する第二次評定において総合「D」評定をしたものであるが、Yは、本件二次評定の過程において、Xによる原告に対する否定的な評価結果とXの説明等を参考にしていること、また上記対象事項において摘示された点とは別の考慮事項が存在したとは認められないことからすると、本件第二次評定は、本件第一次評定を追認したに過ぎないものであって、事実に基づかないか又は誤認した事実に基づいた不公正なものであるとのそしりは免れず、Yが本件第二次評定に係る裁量権を濫用した違法があるというべきである。
以上によれば、本件第一次評定及び本件第二次評定には、それぞれ、X及びYによる各評定に係る裁量権が濫用された違法があるというべきである。
2 本件判定手続きの違法性
本件各評定の基礎となる事実関係につき原告と評定者双方の言い分が多数にわたって食い違いがあり、また、原告が都人委に対して具体的な事情を示した上で適正な事実調査を要請していたにもかかわらず、都人委は、本件措置要求に係る審査手続きにおいて、本件各評定の基礎となる事実関係の真偽を精査するために福祉保健局長の作成に係る各意見書及び資料を検討したに留まり、客観的で合理的な資料の提出を求めてこれを検討することもせず、また容易に実施することが可能な原告本人やAに対する審問さえ実施することなく、同局長の報告事実を認定した上で措置要求を棄却したことが認められる。そうすると、都人委の催した審査手続きは、本件各評定の適否を判断するために必要な事実関係を把握するためのものとしては不十分といわざるを得ない。このことは、原告が昇給延伸措置等の根拠となった本件各評定の適否が主要な審査対象事項となっていたにもかかわらず、都人委が、本件判定の理由中において、本件第二次評定に係る十分な検討を経ないまま、本件第一次評定の適正性を裏付ける理由として、「B事務局長によって行われた第二次評定総合もDであること…からも、十分肯認できるところである」と、本件第二次評定の存在自体を本件第一次評定の正当な根拠として言及していることからも明らかである。以上によれば、本件判定は、本件各評定の適否の判断の前提となる事実関係の把握において審査手続き上の適正性を欠いた重大な瑕疵があるといわざるを得ない。
3 結 論
都人委は、本件各評定の基礎となる事実関係について、評定者らの認識した摘示事実を真実であると判断した重大な事実誤認に基づいて本件判定に至ったものである。また、都人委は、本件各評定の基礎となる事実関係について重大な事実誤認に至る結果を招来した、適正性を欠く重大な瑕疵のある審査手続きを催したことになる。したがって、本件判定は、都人委が本件判定に係る裁量の範囲を逸脱した違法があるといわざるを得ないから、取消しを免れることはできない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例1012号60頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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