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福岡(トラック運転者)髪染解雇事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- 福岡(トラック運転者)髪染解雇事件(パワハラ)
- 事件番号
- 福岡地裁小倉支部 - 平成9年(ヨ)第285号
- 当事者
- 債権者 個人1名
債務者 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 1997年12月25日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下
- 事件の概要
- 債務者は、酒類の製造販売、一般貨物運送、ガソリンスタンド経営等を業とする会社であり、債権者(昭和47年生)は、平成3年2月、債務者の正規社員として採用され、トラック運転手として稼働してきた。
平成9年6月23日の会議で、出席した債権者の派手な黄色の髪の色が専務や課長の目に止まり、債権者のこの風貌が取引先に悪い印象を与えかねないと懸念した専務らは、社長と相談の上、課長から、取引先のM社から苦情があったという口実で、債権者に対し髪を元の色に戻すよう指導した。債権者は、同課長に対し、髪の色のことで会社が干渉することはおかしいこと、M社にも髪を染めた人はおり、他社にも沢山いること、構内ではヘルメットを被っており余り見えないことを主張して、反論した。これに対し課長は、運転手は会社を代表する営業マンとしての立場が大きいこと等として、改めて髪を元に戻すことを強く求めた。
その後、債権者の髪の色に変化が見られなかったことから、課長は同年7月初め頃、債権者に対し、散髪代は援助するから2、3日以内に元に戻すよう申し入れた。これに対し債権者は、クビになるなら元に戻すが、クビにならないのなら戻さない、髪を染めてから女性にもてるようになったなどと言って、髪の色を変えるつもりのないことを強調した。課長は、同月8日、債権者に対し、最後の頼みとして髪の色を元に戻すよう求めたが、債権者の返答は変わらなかったため、専務は、再三の指導を無視した債権者の態度は社内秩序を乱すものであり、社外に対しても悪影響が出るとして、同月10日、債権者に対し、同月15日までに髪を黒く染め、始末書を出すよう命じた。
債権者は、同月12日、自分で少し茶色が残る程度に髪を黒く染め直したが、専務はほとんど変わっていないとして、更に理髪店で髪を黒く染めて来るように指示すると共に、始末書の提出を命じた。これに対し債権者はこれ以上染める気はなく、始末書はクビにつながるから提出しないと回答したため、専務はその場で債権者に対し諭旨解雇を通告した。
これに対し債権者は、本件諭旨解雇は解雇権の濫用で無効であるとして、労働契約上の地位にあることの確認と賃金の支払いを求めて、仮処分を申し立てた。 - 主文
- 1 債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、債権者に対し、平成9年8月以降本案判決の言渡しに至るまで、毎月25日限り、1ヶ月当たり金25万9016円を仮に支払え。
3 債権者のその余の申立てを却下する。
4 申立費用は債務者の負担とする。 - 判決要旨
- 一般に、企業は、企業内秩序を維持・確保するため、労働者の動静を把握する必要に迫られる場合のあることは当然であり、このような場合、企業としては労働者に必要な規制、指示、命令等を行うことが許されるというべきである。しかしながら、このようにいうことは、労働者が企業の一般的支配に服することを意味するものではなく、企業に与えられた秩序維持の権限は、自ずとその本質に伴う限界があるといわなければならない。特に、労働者の髪の色・型、容姿、服装などといった人の人格や自由に関する事柄について、企業が企業秩序の維持を名目に労働者の自由を制限しようとする場合、その制限行為は無制限に許されるものではなく、企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲内にとどまるものというべく、具体的な制限行為の内容は、制限の必要性、合理性、手段方法としての相当性を欠くことのないよう特段の配慮が要請されるものと解するのが相当である。
これを本件につきみるに、債務者では、一般にトラック運転手は粗暴なイメージが強いため、運転に際して身だしなみや運転マナーに心掛けるとともに、車に派手な飾りやスモークガラスの取付けを禁止し、少しでもイメージアップを図る必要があること、あるいは、言葉遣い、服装、身だしなみ等に十分注意すること等を常日頃から指導していたことが窺える。したがって、課長がM社から忠告があったとの作り事まで言って債権者の髪の色に難色を示したのは、会社側に善意に解釈すれば、それだけ債権者の黄髪の程度が極端であったことを示すものといえようが、別に取引先から具体的な苦情が出されたわけではなく、むしろ、課長らは、対外的な影響よりも社内秩序維持を念頭に置いて前記発言に及んだものと推測される。
会社側の言い分は、要約すれば、「髪の色は自然な色でなければならないというのが会社の方針で、この方針に従いたくないのなら辞めてもらうしかない」というにある。これに対して、債権者は当初好みの問題と反論していたが、次いで、自ら白髪染めで染め直すなどしており、一応対外的に目立つ風貌を自制する態度に出たことが窺えるところ、債務者は追い打ちをかけるように始末書の提出を債権者に求めるに至っている。このような債務者側の態度は、社内秩序の維持を図るためとはいえ、労働者の人格や自由への制限措置について、その合理性、相当性に関する検討を加えた上でなされたものとは到底認め難く、むしろ、あくまで債権者から始末書を取ることに眼目があったと推認され、専務らの態度が「企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲内」の制限行為に止まるものとまではいまだ解することはできない。
かようにみてくると、債権者は黄髪をある程度元の黒髪に染め直すなど専務らの指導に一応従う態度を示したにもかかわらず、専務らが自然色の黒髪以外は許されないとこだわったのは、頑なに過ぎる嫌いがあったといわざるを得ない。かかる債務者の態度は、単に債権者の髪の色という風貌だけでなく、債権者の会社に対する応接態度や言動が問題と捉えた結果であるとしても、更に何か別の目的を含んでいたのではないかと疑わしめるものがある(債務者では、平成7年7月賃金が一方的に10万円ほど切り下げられ、同年11月に債権者を含む8名が労働組合を結成し、上部団体に加入した上、同団体福岡地方本部北九州支部H分会を結成し、労使交渉の末11万円の賃上げ成果を獲得したこと、しかるにその後会社側に立つ企業内組合が結成され、右分会の組合員数は7名まで減少していること、債権者は同分会に結成当初から所属し、職場委員を務めていたこと等の事実が認められる)。
以上要するに、債権者が頭髪を黄色に染めたこと自体が債務者の就業規則上直ちに譴責事由に該当するわけではなく、上司の説得に対する債権者の反抗的な態度も、会社側の「自然色以外は一切許さない」とする頑なな態度を考慮に入れると、必ずしも債権者のみに責められる点があったということはできず、債権者が始末書の提出を拒否した点も、それが「社内秩序を乱した」行為に該当すると即断することは適当でない。してみると、本件解雇は、解雇事由が存在せず無効というべきであるが、仮に、債権者の右始末書の提出拒否行為に懲戒事由に該当する点があったとしても、本件の具体的な事情のもとでは、解雇に処するのが著しく不合理であり、社会通念上相当として是認することができない場合に当たることは明らかであり、いずれにしても、本件解雇の意思表示は解雇権の濫用として無効というべきである。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例732号53頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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