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ピアノ非常勤講師雇止事件

事件の分類
雇止め
事件名
ピアノ非常勤講師雇止事件
事件番号
東京地裁 - 平成19年(ワ)第33860号
当事者
原告 個人1名
被告 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年04月14日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 原告は平成15年4月に被告のピアノ科の非常勤講師として採用され、委嘱期間1年を更新されていた。被告においては、就業規則で、服務について、第5条で「非常勤講師は、上野学園の建学の精神と伝統を守り、同学園の教育方針を理解し、教育の向上に積極的に向上しなければならない」と規定し、第13条で「第5条に違反する行為が認められたときは契約を解除する」と規定している。また被告は、学校の施設・設備を利用しての学生に対する有料個人レッスンを禁止しており、主任教授により原告を含む新任のピアノ科非常勤講師に伝えられていた。しかしながら、原告が平成17年7月頃から被告の学内において複数の学生に対し有料での個人レッスンをするようになり、更に被告を受験する前から有料の個人レッスンを継続していたMに対し、被告に入学後の2回にわたって被告学内において個人レッスンを行った。

 被告は、これら原告の有料個人レッスンは、教育の現場では許されることではなく、また被告の信用を傷つける行為であるとして、平成19年3月31日をもって満了する雇用契約を更新しないことを原告に告知し、同日以後の原告の就労を拒絶するに至った。

 これに対し原告は、本件雇用契約に係る書面は作成されていないこと、就業規則の交付もなく、本件雇用契約の契約期間が1年であるとの説明もなかったこと、仮に本件雇用契約が1年の有期雇用契約であったとしても、長期雇用を前提としてものであるから、一方的な意思表示により本件雇用契約を終了させることは解雇権濫用法理が類推適用されることを主張するとともに、有料の個人レッスンを禁止する規範は定立されておらず、その禁止に合理性もないから原告が個人の有料の個人レッスンをしたことをもって不利益に取り扱うことは不当であると主張し、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 解雇権濫用法理の適用又は類推適用の有無

 本件就業規則、更に「ピアノ非常勤講師採用の件」と題する書面において、原告ら6名の採用期間が平成15年4月1日から1年間とされていることが認められるから、被告において、本件雇用契約を1年とする有期雇用契約とすべきものとしていたことが明らかである。そうすると、原告は、本件雇用契約が期間を1年とする有期雇用契約であるとの説明を受け、これを受け入れていたということができるから、本件雇用契約は期間を1年とする有期雇用契約であったというべきである。

 原告は1週間に1度だけ上野学園大学に出勤し、概ね10名程度の学生の個人授業(ピアノ実技)を担当していたにすぎず、またその1週間当たりの授業時間数は140分から330分にとどまり、その賃金も、通勤費の外、担当授業時間数に応じた給与(平成18年度は37300円又は2万8300円)の支払を受けただけであった。更に非常勤講師は校務に携わることもなく、ピアノ部会を含め、大学の意思決定等に参加する権利も義務もなかったと認められる。そうすると、被告におけるピアノ科非常勤講師は、実技科目としてのピアノのレッスンを受ける生徒数に増減が生じることから、これに柔軟に対応するために採用されるものであったといわざるを得ず、その意味で臨時的色彩のあるものであったということができる。

 しかしながら、同大学においては、非常勤講師がもともと臨時的な色彩の強い地位であるにもかかわらず、相当長期間にわたって有期雇用契約が反復更新されるという実態があり、そうすると、原告において、非常勤講師であっても、ピアノの実技を選択する生徒の著しい減少等の事情がない限り、本件雇用契約が相当長期間にわたって反復更新されるとの期待を有することには合理性があり、その期待は法的保護に値するといわなければならない。したがって、本件雇用契約及びその後に更新された雇用契約を被告の一方的な意思表示により更新しないものとすること(本件雇止め)については、解雇権濫用法理を類推適用すべきである。

2 本件雇用契約の終了が解雇権の濫用に当たるか

 被告においては、その教員に対し、学生に対する有料の個人レッスンを禁止しており、そのことは被告の学校運営上の裁量の問題であって、原告はそのことを主任教授から予め注意され、その事実を認識していたにもかかわらず、自ら担当していた複数の学生に対し、有料の個人レッスンを繰り返しており、その内容は学年末試験の課題曲や、前期・後期の試験前にはその試験曲を中心とするものであり、個人授業の補講と位置付けるべきものが含まれ、しかもMに対しては、同人の都合を斟酌したものとはいえ、2回にわたり、大学のレッスン室を利用して有料の個人レッスンをしたというのであるから、その態様は相当に悪質なものといわざるを得ない。

 本件雇止めに至る経緯をみても、被告は、平成18年9月にMの母から原告による有料の個人レッスンの事実を知らされた後、教授が同人と面談して事実関係を確認したところ、原告は有料の個人レッスンをしたとの事実を認めつつ、それが禁止されていることは知らなかったとの弁解をするのみであった。被告は、このような経緯とピアノ部会の意見を踏まえ、本件雇止めを決定したのであり、その手続きに特に不当というべきところはない。

 そうすると、器楽演奏等を職とする者にとって、大学の教員であることがもたらす便益が非常に大きい等という原告の主張をいかに考慮しても、被告が本件雇用契約を更新しないものとしたことはやむを得ないものであったというべきである。本件雇止めをもって、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができないものであるということはできない。したがって、原告と被告との間の雇用契約は、平成19年3月31日をもって終了しているといわなければならない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
平成22年労働判例命令要旨集66頁
その他特記事項