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T大学出版会再雇用拒否事件(パワハラ)

事件の分類
雇止め
事件名
T大学出版会再雇用拒否事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成21年(ワ)第10447号
当事者
原告 個人1名
被告 財団法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年08月26日
判決決定区分
認容
事件の概要
 被告は、T大学における研究とその成果の発表を助成し、優良学術書を刊行する等により学術の振興、文化の向上に寄与することを目的とする財団法人であり、原告(昭和23年生)は、昭和48年7月に被告に就職し、平成21年3月31日に被告を定年退職した者である。

 原告は、平成17年2月に開催された販売会議において、担当していた講座社会学第3巻の部数、価格、印税等の設定についての被告の方針に不満を表明し、著者らから預かった原稿を所持したまま編集作業を中止してしまった。被告は、第3巻の著者であるD教授との間で、印税を支払わないことで了解していたが、原告はこれに反対し、編集作業を再開しないまま1年以上経過した。被告は、平成18年6月上旬から中旬にかけて、原告に対し、口頭で原告の引渡しを求めたが、原告が原稿を渡さないため、被告は原稿の引渡しを求める職務命令書を交付した。しかし、なお原告がその命令に従わないため、再度同趣旨の命令書を郵送したが、原告は応答しなかった。被告は、同年7月24日、原告に対し、再度原稿の引渡しを求めるとともに、引き渡さない場合には処分する旨伝えたが、それでも原告は原稿の引渡を拒否したため、被告は原告を懲戒解雇処分とすることして組合に意見を聴取したところ、組合から懲戒解雇処分について反対された。その後原告は反省文を提出した上、D教授を通じて被告に原稿を返還したことから、被告は原告に対し、出勤停止7日間及び減給10%3ヶ月の懲戒処分をした(再雇用拒否理由1)。

 原告は、本件懲戒処分の明けた平成18年9月6日、編集局長付編集員を命じられたが、席は従前と変わらなかった。被告は、平成19年9月、職員の座席配置を変更し、原告に席の移動を求めたが、原告は、自分の人事異動があったわけではないこと、業務に支障を来すことを理由に、席の移動を拒否した。そうした中、同年10月31日に部屋移動が実施され、原告は自らの席に荷物を残したまま、コピー室内の作業台に席を移し、執務を続けた。その後、平成20年7月1日付け人事異動に伴い、原告用に確保された席に他の職員が着くことになったため、被告は原告に対し荷物の撤去とコピー室の明け渡しを求めたものの、原告はこれを拒否し、その後コピー室から編集会議室に荷物を移し、平成21年3月31日の定年退職までの間、同室において執務した(再雇用拒否理由2)。

 被告の再雇用契約社員就業規則は、被告を定年退職した職員のうち再雇用を希望する者についての取扱いを定めたものであるところ、1)健康状態が良好で、規定された勤務日、勤務時間での勤務が可能な者、2)通常勤務できる意欲と能力がある者を、1年間の契約期間で、所定の年齢に達するまで更新することができる旨規定されていた。原告は、同規則に基づき、平成20年5月20日に再雇用の申請をしたところ、同年9月22日、被告は、就業規則に定める誠実義務及び職場規律に問題があり、通常勤務できる能力がないと判断し、再雇用拒否理由1及び再雇用拒否理由2に基づき、採用しない旨原告に口頭で伝え、同年10月15日、原告に対し、本件再雇用拒否の通知書を交付した。

 これに対し原告は、再雇用就業規則3条は継続雇用等を事業主に義務付けた法の趣旨に照らすと、定年退職者で再雇用を希望する者は、「通常勤務できる意欲と能力がある者」でないことが明らかになった場合を除いて再雇用されるべきものであり、本件再雇用拒否には解雇権濫用法理が類推されるところ、原告には職務を遂行する上での身体的・技術的能力があることは明らかであるから、本件再雇用拒否は解雇権濫用に当たり無効であるとして、被告の職員としての地位の確認を求めた。
主文
1 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 再雇用就業規則3条の趣旨

 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(法)が、継続雇用制度の導入による高年齢者の安定した雇用の確保の促進等を目的とし、事業者が高年齢者の意欲及び能力に応じた雇用の確保等に努めることを規定し、これを受けて、法附則は、事業者が具体的に定年の引上げや継続雇用制度の導入等の必要な措置を講ずることに努めることを規定していることによれば、法は事業主に対して、65歳までの雇用確保措置の導入等を義務付けているものといえる。また、継続雇用制度の導入に当たっては、各企業の実情に応じて労使双方の工夫による柔軟な対応が取れるように、労使協定によって、継続雇用の対象となる基準を定め、当該基準に基づく制度を導入したときは、継続雇用の措置を講じたものとみなすとされており、翻って、かかる労使協定がない場合には、原則として希望者全員を対象とする制度の導入が求められているものと解される。

 この点、被告と本件組合との間においては、継続雇用の対象となる高年齢者に係る基準を定める労使協定は結ばれていないものの、被告においては、労使交渉を経て、再雇用の条件等を定めた再雇用就業規則が制定され、同規則の中で再雇用の条件として3条所定の各要件が定められるに至った。そして、同規則の実施後に再雇用の対象となった定年退職者のうち、原告以外に再雇用を拒否された者はいないことが窺われる。

 以上のとおり検討した法の趣旨、再雇用就業規則制定の経過及びその運用状況等に鑑みれば、同規則3条所定の要件を満たす定年退職者とは、被告との間で、同規則所定の取扱い及び条件に応じた再雇用契約を締結することができる雇用契約上の権利を有するものと解するのが相当であり、同規則3条所定の要件を満たす定年退職者が再雇用を希望したにもかかわらず、同定年退職者に対して再雇用拒否の意思表示をするのは、解雇権濫用の法理の類推適用によって無効となるというべきであるから、当該定年退職者と被告との間においては、同定年退職者の再雇用契約の申込みに基づき、再雇用契約が成立したものとして取り扱われることになるというべきである。

2 本件再雇用拒否が労働契約法16条所定の解雇権濫用法理の類推適用によって無効となるか

(1)再雇用拒否理由1について

 再雇用就業規則3条は、再雇用の条件として、当該定年退職者の健康状態及び同規則が定める勤務日、勤務時間の下での勤務が可能であること、通常勤務できる意欲と能力があることを掲げている。かかる同規則の制定経過、目的、再雇用の条件を定めた規則からすると、定年退職者が再雇用されるための条件としての「能力」とは、その中心的なものとして、当該職務を遂行する上で備えるべき身体的・技術的能力を意味するものと解するのが相当であるが、当該職務そのものの内容や性質のほか、職務遂行に必要な環境及び人間関係等に照らして、当該職務を遂行する上で備えるべき身体的・技術的能力を計るに当たって、協調性や規律性等の勤務態度についてもその要素として考慮しなければならない場合もあるものと解される。

 これを本件について見るに、原告は被告に在職中、一貫して編集局に所属し、社会科学・人文科学の分野の学術書・教科書又は教養書の編集に携わっていたものであるから、特段の事情がない限り、再雇用後も同様に編集者としての職務を担当する可能性が高いといえる。そして、出版社の編集者の職務については、その性質上、編集対象の書籍等の執筆者等との連絡・調整に加えて、当該出版社の出版方針等を理解し、上司の指示命令に従った編集作業を遂行することが求められるのは公知の事実であるから、その職務遂行上備えるべき身体的・技術的能力を測るに当たっては、再雇用就業規則所定の「能力」の解釈の中で、協調性や規律性等の勤務態度についても、一定程度考慮せざるを得ないものと解される。具体的には、上記身体的・技術的能力を減殺する程度の協調性又は規律性の欠如等が認められるか否かという枠組みの中で検討すべきである。

 原告の編集者としての職務上の知識や経験は申し分ないことが認められ、原告が当該職務を遂行する上での技術的能力を備えていることは否定できないといえる。加えて、原告の健康状態等に問題があることを窺わせるに足りる証拠もないから、原告には、当該職務を遂行する上で備えるべき身体的能力がないともいえない。

 原告は、第3巻の刊行に関する被告の方針に従わずに編集作業を勝手に中止し、1年余りの間原稿を抱え込んだ事実が認められるが、反面、1)原告が被告の方針に従わなかった理由が、被告とD教授との関係悪化を懸念する等、その理由におよそ理解できないわけではないこと、2)被告も1年余りの間、原告による原稿抱え込みを放置していることから、その当時、一連の問題の重要性を認識していたのか疑問があること、3)原告は、最終的に組合の取りなしに応ずる形で被告に原稿を引き渡した上、反省文を作成して被告に提出したため、懲戒解雇処分を免れ、本件懲戒処分の限度での懲戒処分を受けてこれに服したこと、4)原告は入社以来、本件懲戒処分を受けるまで、被告から何らかの懲戒処分を受けたことはないし、その他原告には深刻な服務規律違反があったことを認めるに足りる証拠もないこと等の諸事情に鑑みれば、原告には、その職務を遂行する上で備えるべき身体的・技術的能力を減殺する程度の協調性又は規律性の欠如等が認められるということはできず、再雇用就業規則3条所定の「能力」がないということはできない。

(2)再雇用拒否理由2について

 被告の本件席移動の理由には一定の合理性が認められるにもかかわらず、原告は、被告による再三にわたる席の移動の依頼に応じず、自らの都合ばかり主張してこれに従わなかったことが認められ、これを原告の協調性又は規律性の欠如の現れの一端と評価することも可能である。反面、被告も、本件席移動に関して、原告に対し、一貫して被告の方針に理解を求めつつ任意の席移動を求める態度に終始するばかりで、席の移動を命ずる業務命令を発したり、本件席移動の拒否を理由に原告の懲戒処分を検討したりした形跡もなく、長期間にわたって問題を放置したことが認められる。被告のかかる態度に徴すると、その当時、本件席移動に関する問題について、原告はその重要性をおよそ認識していなかったと解されるし、翻って、被告においてもさほど重視していなかったものと評価せざるを得ない。上記の事情に鑑みれば、再雇用拒否理由2の事実をもってしても、原告には、職務上備えるべき身体的・技術的能力を減殺するほどの協調性又は規律性の欠如等は認められず、再雇用就業規則3条の「能力」がないと認めることはできない。

 以上によれば、本件再雇用拒否は、原告が再雇用就業規則3条所定の要件を満たすにもかかわらず、何らの客観的・合理的理由もなくなされたものであって、解雇権濫用法理の趣旨に照らして無効であるというべきである。そうすると、原告の再雇用契約の申込みに基づき、原被告間において、昭和21年4月1日付けで再雇用契約が成立したものとして取り扱われることになるというべきである。したがって、原告は被告に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることが認められる。
適用法規・条文
労働契約法16条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2085号3頁
その他特記事項