判例データベース

情報収集・市場調査等会社解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
情報収集・市場調査等会社解雇事件
事件番号
東京地裁 - 平成21年(ワ)第28745号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年09月14日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は、電話帳、新聞等の広告に関する情報の収集、市場調査等を目的とする小規模会社であり、原告(昭和54年生)は、平成20年11月10日、期限の定めのない雇用契約を締結して被告に入社した女性で、郵便物管理、備品発注等の一般事務に従事し、12月からは電話による営業活動もするようになった。

 被告は、平成21年1月(以下全て平成21年)、本来3ヶ月間の試用期間を短縮して原告を本採用にしたが、代表取締役Cは原告の仕事に慣れるペースが遅いと感じており、電話の取り方について助言した。原告は、2月27日、取引先のX新聞社の担当者に対し、過剰入金の有無を電話で問い合わせたとき、相手から「調べて電話する。名前は」と尋ねられたので、「私ですか」と問い返したら、「あんたに決まっているだろう」と強い口調で言われたことから、強い口調で「Aです」と言い返した。その様子を見ていた上司Dは、泣き出した原告を慰めようとしたが、原告が「本気で死ねばいいと思った」とチャットに記載したのを見て言葉を失った。当日の午後、Cは相手の立場に立って応対するよう原告に忠告し、Dは何時までも顧客に対して怒りの感情ばかりだと成長できないと助言した。

 Cは、3月6日、原告の仕事について社内でヒアリングしたところ、様々な問題点が指摘されたことから、行動、態度を改め、責任を自覚して仕事をするようになることが原告が今後社員であり続けるための絶対条件である旨指示し、これに対し原告は、善後策を検討したこと、来客に気を付けること、私用のインターネットは自粛することなどを挙げた。しかし原告は、3月16日、Dに対する態度を一変し、反抗的な文言をチャットに記載したところ、Dはこれにショックを受け、原告の上司を降りた。

 3月23日、Cは原告に対し、仕事上のミスに対する考え方をまとめて提出するよう指示したが、原告はこれを提出せず、3月30日、31日と出勤しなかったため、Cは原告を呼び出し、退職する方向で考えて欲しい旨伝えたが、原告は同日うつ病の診断を受けた。原告は、その後欠勤し、4月6日、Cに対し、改めて解雇理由を書面にして郵送するよう求めたが、Cは原告に対し被告に戻る気持ちがあるか否かを答えることを勧めたが、原告はこれに返信しなかった。

 原告は、4月9日、被告に対し、「うつ状態のため、4月6日から5月6日までの間休職する」という休職届を郵送したところ、被告はこれを受理せず、4月10日、原告に対し、4月6日付けで本件解雇の通知をした。

 これに対し原告は、集団的ないじめや嫌がらせを受けて多大な精神的苦痛を受けたとして、被告に対し慰謝料300万円及び弁護士費用46万円を請求するとともに、本件解雇理由は事実無根であるか、著しい誇張によるもので、解雇理由になり得ないものであるとして、本件解雇の無効による従業員としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 集団的いじめや嫌がらせの有無について

 原告は、Cの指示に従い日報を提出していたが、日報に反省点を記載しなければ叱責されたため、どんな些細なことでも反省点を探し出して記載せざるを得ず、不合理な自己批判を強制されたと主張する。しかし、原告は日報に反省点を記載しなかったことを理由にCから叱責された形跡は窺われず、またCは、仕事に慣れるペースが遅く、電話対応にも助言を必要とした原告に対し、教育指導的観点から少しでも業務遂行能力を身につけさせるために日報の作成を命じたと考えられるのであり、不合理な自己批判を強制したものではないことが明らかである。

 Cは、3月6日、原告の仕事の仕方について社内でヒアリングをしたところ、書類をファイルする場所を間違えることなどが多く、そのたびに他の社員が時間をかけて探し出しても、感謝の姿勢を見せないとか、業務と関係のないウェブサイトを閲覧しているなどという問題点の指摘があり、このような指摘はいずれも真実と認められる。そうだとすると、原告は、社員らから集団的に個人攻撃を仕掛けられていると認めることができない。

 Dらは、3月13日、顧客から原告のテレアポの感じが悪いと苦情を受けたことから、原告とミーティングを持ったのであり、そこに原告に対するいじめや嫌がらせの目的は認められない。その中で、Dは原告の勤務態度についてかなり厳しく注意したことが窺われるが、その内容は、声を大きくすること、電話の件数をこなすのではなくアポイントの取得を目指すべきであることなど、改善策として至極もっともなものであり、いじめに当たるものではない。原告に対し議事録を作成させ、その場で読み合わせをしたことや、誰もが原告の上司であり先輩であることを確認したことも、部下に対する教育指導の範囲を逸脱したものということができない。Dは、原告の上司であった当時はもちろん、上司を外れた後においても、原告に助言したり、励ましたり、話合いの機会を持つことを試みたりしており、原告に対し、いじめや嫌がらせ目的で辱めと感じるような仕打ちをするとは考えにくい。したがって、被告の社長や社員による集団的いじめや嫌がらせを受けて多大な精神的苦痛を被ったという原告の主張は失当というべきである。

2 本件解雇の当否について

 3月17日の日報の「Cから受け取った請求書を早合点して投函したのはうかつであり、今後は指示されない限り自己判断を控える」という記載によれば、そのような事実があったと認められる。原告は、X新聞社の担当者との間で、軽いとはいえないトラブルが生じたことが認められる。この件については態度が横柄であった相手にも非があるということができるが、そうだとしても、「本気で死ねばいいと思った」とか、「しばらくX新聞の「X」の字も見たくない気分」という態度を見せた原告は、社会人として相当のマイナス評価を受けてもやむを得ないものというべきである。

 Cは、3月6日の時点で、原告に対し、「行動、態度を改め、自分の責任を自覚して仕事をするようになることがAさん(原告)が今後当社社員であり続けるための絶対条件です」というメールを送信しており、遅くともその頃には、原告の社員としての適格性を疑い、よほど改善の兆しが見えなければ退職させるつもりであったと考えられる。また、Cは3月23日以降、原告に対し、現状のまま勤務させるのは難しいと伝えたり、日曜日、携帯電話に翌日の早出を求める連絡を入れたり、欠勤した日の夜、自宅近くの喫茶店に呼び出して退職する方向で考えて欲しいなどと言ったりしており、かなり強く退職勧奨をしたというべきである。しかし、被告は、4月9日に本件解雇の意思決定をするまでは、原告に対し、意思表明の機会を与えて、退職を選択しない余地を残している。それにもかかわらず、原告は気持ちの整理がつかないという理由で出勤しなくなり、被告の解雇の意思決定前であるのに、繰り返し解雇理由を書面にして郵送することを求め、それが実現しないと、今度はうつ病の治療のため1ヶ月間休職する休職届を提出して解雇を避けようとした。このような経緯において、被告は、それまでの原告の勤務状況等も考慮した上で、これ以上原告の雇用を継続することはできないと判断して、本件解雇の意思決定をしたと認められる。そうだとすると、本件解雇当時の原告は、就業規則の「身体、精神の障害により、業務に耐えられないとき」、「勤務成績が不良で、就業に適さないと認められたとき」に該当すると認められるものであり、本件解雇は合理的相当性を欠くものということはできない。

 原告は、被告の社員らによる集団的いじめや嫌がらせを受けたものではないから、原告のうつ状態は、業務上の傷病と認めることができない。したがって、本件解雇は解雇理由が存在せず、もしそうでなくても合理的相当性を欠き無効という原告の主張は失当といわざるを得ない。
適用法規・条文
民法709条、715条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2086号31頁
その他特記事項