判例データベース

T電力会社塩山営業所思想・信条上告事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
T電力会社塩山営業所思想・信条上告事件(パワハラ)
事件番号
最高裁 − 昭和59年(オ)第415号
当事者
上告人 個人1名被上告人 個人4名 B、C、D、E
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1988年02月05日
判決決定区分
上告棄却
事件の概要
 亡S(上告審審理中に死亡したため、B、C、D、Eが承継)は、控訴人会社山梨支店塩山営業所の所長、上告人(第1審原告・第2審被控訴人)は被上告人(第1審被告・第2審控訴人)会社の従業員で、当時、亡Sの下で塩山営業所に勤務していた女性である。

 昭和49年2月15日、亡Sは上告人と約1時間にわたって2人だけで話合いを行った(本件話合い)。その内容は、上告人は亡Sから共産党員であるか否かを尋ねられ、これを否定すると、共産党員でない旨を書面にして提出するよう再三求められたが、あくまでもこれを拒否したというものであった。

 上告人は同月18日、T電労組塩山分会の委員長に本件話合いの状況を伝え、同委員長及び弁護士が亡Sに抗議をし、謝罪文を要求したところ、亡Sはあいまいな回答をした。そして、亡Sは、上告人を含めた共産党員若しくはその同調者が、塩山営業所の業務内容を赤旗に漏洩したと考えたこと、以前被上告人会社の従業員であったAが懲戒解雇された裁判において、被上告人会社の部外秘たる労務関係の書類等が提出されたことがあったこと(A事件)などから、これを質す趣旨で本件話合いの機会を持ったものであった。

 結局亡Sは、同日、本件話合いについては、全面的に取り消して上告人に謝罪し、上告人もこれを一応了解する旨の回答をしたが、その後上告人は、本件話合いにおける亡Sの言動により精神的苦痛を蒙ったとして、被上告会社及び亡Sに対し、それぞれ慰藉料80万円を請求した。

 第1審では、本件話合いにおける亡Sの言動により、上告人の思想信条の自由が侵害され、これによって上告人は精神的苦痛を受けたとして、被上告人会社及び亡Sに対し、各10万円の慰藉料の支払いを命じたことから、被上告人会社及び亡Sはこれを不服として控訴に及んだ。

 第2審では、本件話合いでは、上告人が亡Sを凌駕し、上告人は恐怖心を抱くようなことはなかったとして、第1審判決を破棄して損害賠償請求を棄却したことから、上告人はこれを不服として上告に及んだ。
主文
 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。
判決要旨
 亡Sが本件話合いに至った動機・目的は、本件営業所の公開されるべきでないとされていた情報が外部に漏れ、赤旗紙上に報道されたことから、当時、本件営業所の所長であった亡Sが、その取材源ではないかと疑われていた上告人から事情を聴取することにあり、本件話合いは企業秘密の漏洩という企業秩序違反行為を調査するために行われたことが明らかであるから、亡Sが本件話合いを持つに至ったことの必要性、合理性は肯認することができる。右事実関係によれば、亡Sは、本件話合いの比較的冒頭の段階で、上告人に対し本件質問をしたのであるが、右調査目的との関連性を明らかにしないで上告人に対して共産党員であるか否かを尋ねたことは、調査の方法として相当性に欠ける面があるものの、前記赤旗の記事の取材源ではないかと疑われていた上告人に対し、共産党との係わりの有無を尋ねることは、その必要性、合理性を肯認することができないわけではなく、また、本件質問の態様は返答を強要するものではなかったというのであるから、本件質問は、社会的に許容し得る限界を超えて上告人の精神的自由を侵害した違法行為であるとはいえない。更に、本件話合いの中で、上告人が本件質問に対し共産党員ではない旨の回答をしたところ、亡Sは上告人に対し本件書面交付の要求を繰り返したというのであるが、企業内においても労働者の思想、信条等の精神的自由は十分尊重されるべきことに鑑みると、亡Sが、本件書面交付の要求と右調査目的との関連性を明らかにしないで右要求を繰り返したことは、このような調査に当たる者として慎重な配慮を欠いたものというべきであり、調査方法として不相当な面があるといわざるを得ない。しかしながら、本件書面交付の要求は、上告人が共産党員ではない旨の返答をしたことから、亡Sがその旨を書面にするように説得するに至ったものであり、右要求は強要にわたるものではなく、また本件話合いの中で、亡Sが上告人に対し、上告人が本件書面交付の要求を拒否することによって不利益な取扱いを受ける虞のあることを示唆したり、右要求に応じることによって有利な取扱いを受ける旨の発言をした事実はなく、更に上告人は右要求を拒否したというのであって、右事実関係に照らすと、亡Sがした本件書面交付の要求は、社会的に許容し得る限界を超えて上告人の精神的自由を侵害した違法行為であるということはできない。したがって、右確定事実の下において、上告人につき所論の不法行為に基づく損害賠償請求権が認められないとして原審の判断は、これを正当として是認することができる。
適用法規・条文
憲法19条、民法1条の2、709条、715条、労働基準法3条
収録文献(出典)
労働判例512号12頁
その他特記事項
 ・法律憲法、民法、労働基準法

 ・キーワード慰謝料