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埼玉(物流会社)所持品検査事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
埼玉(物流会社)所持品検査事件(パワハラ)
事件番号
浦和地裁 − 平成元年(ワ)第658号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1991年11月22日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告は昭和40年5月に被告に入社した従業員であり、昭和63年11月21日当時、大和営業所の引越作業の責任者として稼働していた。同日午前8時頃、原告は被告の下請会社の従業員Y、T、Sと共に、中野区のK宅に引越作業に出掛けた。原告は玄関で梱包作業をしていた際、下駄箱の上に財布らしい小物があって邪魔だったため、これを台所に移したところ、同日午後4時15分頃、Kから営業所に電話があり、財布がなくなったので至急調べて、引越し先の神戸に連絡して欲しいと強い口調で要請があった。

 この電話を受けたZは、営業所に戻ったT及びYを守衛室に呼び、客の貴重品がなくなったことを説明し、ポケットの中身を出すよう指示し、両名はこれに従った。その後原告とSが営業所に戻ったことから、Zは両名に客の財布がなくなった旨説明し、原告に対しポケットの中身を全部出すよう指示し、原告はこれに従った。Zは原告に対し、これで全部かと尋ね、更に手で同人の身体を着衣の上から、胸から腹部、腰にかけて触って財布が入っていないかを調べたが、その過程で原告が腰痛防止ベルトをしていることがわかった。その後、Zは、Sの所持品検査と身体検査をし、引越から持ち帰ったゴミの中に財布が紛れている可能性を考えて、あちこち探し回った。

 翌22日、原告は組合の委員長に本件所持品検査及び本件身体検査について話し、またZからの窃盗犯人の疑いを晴らすためにKに電話したところ、Kのところから同人の財布が発見されたことを知るに至った。そこで原告は、Zに対し怒りをぶつけ、Kのところから財布が発見されたことを告げると、Zは後味の悪い思いをさせた、胸にしまってくれと言ったが、原告は絶対に許せないと答えた。

 被告は、Zの本件措置がいささか妥当性を欠く憾みがあった点を認め、原告に対し、Zの上司である東京西営業部長が口頭で、Z及び首都圏営業本部総務部長が文書で、それぞれ謝罪した。しかし原告は、本件所持品検査は就業規則等に基づいておらず、原告を窃盗犯人として扱ったものであること、本件身体検査により、職場の同僚、上司、部下ばかりか、妻子に対する信用も傷つけられたこと、腰痛防止ベルトは原告の肉体上の弱点に関する秘密事項で、そのプライバシーを侵害されたことなどを主張し、本件所持品検査によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料として、被告に対し500万円を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、金30万円及びこれに対する昭和63年11月22日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを3分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件所持品検査の違法性について

 使用者が企業の従業員に対して行う所持品検査は、従業員の基本的人権に密接に係わる事柄であるため、その実施に当たっては常に被検査者の名誉、信用等の人権侵害のおそれを伴うものであるから、たとえ、それが企業にとって必要かつ効果的な措置であるとしても、当然に適法視されるものではない。右所持品検査が適法といえるためには、少なくともこれを許容する就業規則その他明示の根拠に基づいて行われることを要するほか、更にこれを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。

 これを本件についてみるに、被告においては、本件のような引越し作業員の所持品検査について、これを許容する就業規則その他明示の根拠規定は存在しないことが認められる。したがって、Zの行った本件身体検査を含む本件所持品検査は、この点で既に違法であるといわざるを得ない。

2 被告の主張する本件所持品検査の適法性について

 被告就業規則21条に「保安員が必要ありと認めた場合は、その求めにより、社員はその所持品検査を拒むことができない」と定められているが、右規定は、専ら危険物を車内や機内へ持ち込むことを禁じる趣旨の規定に止まるものであって、本件のような引越し業務において客の物品が紛失した場合、引越し作業員の所持品を検査する権限を営業所長にまで認める趣旨の規定ではないことが認められる。したがって、本件所持品検査が右規定に準拠し、適法なものと評価すべきであるとする被告の主張は採用できない。所持品検査が常に従業員の人権を侵害するおそれを伴うものである以上、単に所持品検査が企業にとって必要かつ効果的な措置であるからというだけではその違法性を否定することはできない。

 原告が本件身体検査を含む本件所持品検査を明示的に拒否したことは認められないが、原告が翌日直ちに組合の執行委員に本件所持品検査及び本件身体検査について話すとともに、Zに対し怒りをぶつけたことを考慮すると、本件所持品検査を承諾していたとは到底考えられない。そして、本件所持品検査は、ブラインドを降ろした守衛室内で、原告の明示の同意なしにその身体に触れて行われたものであるから、その方法が妥当であったとはいい難い。

 本件身体検査を含む本件所持品検査の方法は、これを客観的にみると、原告が顧客の財布を窃取したとの疑いを持たれたとの印象を与えるものである。そして、原告が本件所持品検査を受けた事実は、営業所の従業員やT、Sにも知られたとみることができるから、本件所持品検査により原告の社会的評価が低下され、その名誉や同僚らに対する信用が侵害されたことが明らかである。また本件身体検査により、原告が腰痛防止ベルトをしていることが暴露されたものであって、原告の私生活上の秘密保有の利益いわゆるプライバシーが侵害されたということができる。

 原告が、身体検査を受けない自由や所持品携帯の自由が、就業規則や労働協約によって保障されたものであるかどうかは別として、本件身体検査を含む本件所持品検査が、原告の承諾を受けたものとは認められないことは前記のとおりであるから、これにより原告が有する身体的自由に対する侵害がされたということはできる。

 Z及び所長が、原告に対し、行動が行き過ぎで、適切を欠いたことは認め、お詫びの書面を提出したことが認められるが、これにより、本件所持品検査の違法性が完全に消滅し、原告が受けた損害が完全に回復されたとまでいうことはできない。

 原告が従来社内で受けていた評価、本件身体検査を含む本件所持品検査の目的・態様・その後のZらの対応等諸般の事情を考慮すると、原告が名誉毀損等により被った精神的苦痛を慰謝するためには金30万円が相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例624号78頁
その他特記事項
 ・法律憲法、民法、労働基準法

 ・キーワード慰謝料