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広島(化学薬品製造等会社)降格等事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
広島(化学薬品製造等会社)降格等事件(パワハラ)
事件番号
広島地裁福山支部 − 平成9年(ワ)第164号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年10月12日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴・附帯控訴)
事件の概要
 被告は、各種化学工業薬品及び医薬品の製造販売等を目的とする会社であり、原告は昭和45年5月、一般事務員として被告に雇用され、本社勤務を経て、昭和63年4月箕沖工場業務2係に配属され、平成4年4月から郷分事業所の主任(4級・監督職)に就いた女性である。

 被告においては、就業規則上、従業員の能力及び勤務成績などを基準とした職分を設けるとされ、別に職能資格等級規程を定め、従業員をその職務遂行能力に応じて1級から9級までの職能資格等級により格付けし、能力の向上により昇格させる一方、懲戒に該当するとき又は勤務成績が著しく悪いときには降格させることができるものとされていた。

 監督職になってからの原告は、期待される部下の指導等について物足りないと評価され、その後も「独りよがりの傾向が強い」、「クレーム等の対応に問題がある」など、応用的な判断力・指導力の欠如等の問題があるとの評価を受けた。更に原告は、平成6年度には「主任としての認識が甘い」などとして責任の取り方に問題があるとの評価を受けていたところ、同年6月2日、原告が心酔するKが取締役として再任されずに顧問に就任することを知り、「会社は血も涙もないことをする」などと現経営陣を批判する発言をした。事業所長はこの発言について原告に対し即座に強く注意したが、この発言がU会長の耳に入ったため、U会長は原告と面談して、言動を慎むように直接注意をした。しかし、原告は信念に基づいて発言しているとして非を認めず、かえってU会長に対し「地元財界の名士がそんな発言をしても良いのか」などと反撃に出たため、面談は物別れに終わった。

 以上の経緯から、被告内部には原告を懲戒審査委員会にかけるべきとの意見もあったが、結局それに代わる措置として、平成7年4月の昇給のための人事評定において、4級(監督職)の能力が欠如していること、U会長に対する従業員としてあるまじき行為があったことの両方を考慮し、「職務成績が著しく悪いとき」に当たるものとして、3級に降格する処分(本件降格処分)がなされ、その旨社内に掲示された。

 これに対し原告は、被告から違法な降格処分、昇給差別及び賞与の減額を受けた上、右降格処分の内容を掲示されて名誉を毀損されたとして、被告に対し、降格処分がなければ支給を受けていた役付手当、昇給差別による基本給差額及び平成6年から平成8年までの賞与減額分の支払い、右降格処分の無効確認及び名誉毀損に対する慰謝料並びに名誉回復のための謝罪文の掲示を求めた。
主文
1 被告は原告に対し、金105万2256円及びこれに対する平成9年5月28日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、これを4分し、その3を原告の、その余を被告の各負担とする。

4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件降格処分は違法か

 企業の行う人事考課は、その性質上広範な裁量に委ねられるから、査定方法が不合理であるとか、恣意的になされたものと認められない限り、適法なものというべきである。換言すると、右の例外的な場合には不法行為を構成するというべきである。

 平成3年以降平成7年4月1日の本件降格処分まで、原告は4級(監督職)に要求される能力(適切な責任の取り方、応用的な判断力、部下に対する指導力)が不十分であると評価された。そうすると、原告は4年間にわたり右能力が不十分であったのであるから、「勤務成績が著しく悪いとき」に当たるものとして、被告から本件降格処分を受けてもやむを得ないというべきである。したがって、本件降格処分は、その査定方法が不合理であるとか、恣意的になされたものとは認められず、違法とはいえない。

2 本件各昇格決定は違法か否か

 原告は就業規則上の服務心得により、上長の指示に従うこと、秩序を保つこと、会社の名誉・信用を傷つけるような行為をしないことが求められているにもかかわらず、会長を批判する事件を起こし、生産本部長及び事業所長より少なくとも平成6年12月、平成7年7月の2回にわたり現経営陣批判の件で謝罪するよう説得されたが、信念に反するとして謝罪せず、不利益な処遇は甘んじて受けるとの意思を表明したのであるから、このような点を重視して被告は原告に対し平成7年4月1日付昇給では人事評定上Eランク(昇給率前年比約1.2%)と決定し、平成8年4月1日付昇給では人事評定上Eランク(昇給率前年比約0.8%)と決定したものと推認される。

 ところで、企業の行う人事考課は、その性質上広範な裁量に委ねられるから、例外的な場合(査定方法が不合理であるとか、恣意的になされたものと認められる場合)には不法行為を構成するものというべきところ、以上の事実によると、本件各昇給決定には合理的な理由があり、その査定方法が不合理であるとか、恣意的になされたものとは到底認められない。よって、本件各昇給決定は違法ではない。

3 本件各賞与は違法に減額されたものか

 被告は、U会長事件が平成6年7月期賞与の査定対象期間後に起きているにもかかわらず、しかも従前の原告への査定はCランクであったにもかかわらず、右同期分はEランクの最低評価に基づいた支給をし、かつ、その後は賞与を支給しない旨の決定をし、ただ恩恵的に原告に対し、賞与の一部相当分を各支給したが、右各支給はU会長事件及びその後の原告の謝罪しない態度に起因していたのであるから、右各支給は原告がU会長事件を起こしたこと及びその後の原告の謝罪しないことへの制裁としてなされたものというべきである。

 ところで、労働基準法第91条は「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない。」と規定し、同法第11条は「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と規定するところ、右賞与は同法第91条所定の「賃金」に含まれると解する。よって、被告の賞与支給規程第5条に定める「社内の秩序を乱す者」及び「上司に反抗し、又はその指示に従わない者」に該当する者に対しては賞与を支給しなくても良い旨の規定は、それが労働基準法第91条所定の制裁規定に反する限度で無効というべきである。

 そうすると、被告は原告に対して賞与を全く支給しないとすることはできず、一部支給しないとすることができるとしても、労働基準法第91条所定の10分の1の限度で減額できるに止まり、その限度を超えて減額した部分は原告の受給権に対する違法な侵害として不法行為を構成するものといわざるを得ない。

4 原告の損害額如何

 本件降格処分及び本件各昇給決定は違法とはいえず、不法行為を構成しないので、原告の役付手当関係、昇給差額関係の主張は採用できない。

 原告の本件各賞与関係の損害額は、平成6年7月期から平成8年12月期まで、合計105万2256円となる。

5 慰謝料及び謝罪告示の必要性

 本件降格処分は不法行為を構成しないというべきであるから、原告の慰謝料関係の主張は採用できない。また本件告示も不法行為を構成しないから、原告の謝罪告示請求は理由がない。
適用法規・条文
民法709条、労働基準法11条、91条
収録文献(出典)
労働判例811号37頁
その他特記事項
本件は双方から控訴された。