判例データベース

NTT西日本(D評価査定)事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
NTT西日本(D評価査定)事件(パワハラ)
事件番号
大阪地裁 − 平成15年(ワ)第5383号(甲事件)、大阪地裁 − 平成15年(ワ)第12919号(乙事件)
当事者
甲・乙事件原告 個人3名 A、D、F

 甲事件原告 個人3名 B、C、E

 乙事件原告 個人6名 G、H、I、J、K、L
 被告 西日本電信電話株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年11月16日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、地域電気通信事業を目的とする株式会社であり、原告Aは昭和45年4月、原告Bは昭和44年4月、原告Cは昭和38年4月、原告Dは昭和43年4月、原告Eは昭和41年4月、原告Fは昭和43年4月、原告Gは昭和41年4月、原告Hは昭和48年4月、原告Iは昭和42年1月、原告Jは昭和41年10月、原告Kは昭和38年4月、原告Lは昭和45年4月、それぞれ電電公社に入社した被告の従業員である。このうち原告A、B、C、D、E、F、G、I及びLは大阪電通合同労組の、原告J及びKは四国電通労組の、原告HはNTT労組の組合員であった。

 被告の前身であるNTTは、平成13年4月、電話関連業務を新会社に移管し、電話関連業務に従事していた50歳以上の従業員に対し、1)満了型(60歳まで継続雇用されるが、広域配転の対象とする)、2)繰延型(50歳時点でNTTを退職の上、新会社に再雇用される)、3)一時金型(2)のうち、NTT退職時に退職金が半額程度支給される)を選択させることとし、原告らはいずれも選択しなかったことから、1)満了型を選択したものとみなされた。

 被告は、平成13年4月に新人事制度を実施したが、この制度は、従来業務の専門性により5級構成されていたエキスパートグループを、3級構成のエキスパート資格グループに再編し、併せて最短在級年数を原則2年から原則3年とし、各職能グループを一般資格グループに統合するという人事制度の見直しを含むものであった。また、社員資格の決定基準としては、従来、能力に着目した基準であったものを、行動に着目した行動評価基準と業績評価基準を基準として設定し、行動評価30%、業績評価70%により社員資格を決定するというものであった。

 業績評価は、A、B、C、Dの4段階で評価され、A評価は「期待し要求する程度を著しく上回る場合」、B評価は「期待し要求する程度を上回る場合」、C評価は「期待し要求する程度」、D評価は「期待し要求する程度を下回る場合」となっていた。業績評価の項目は、量的側面(会社業績の向上に向けた、迅速性、効率性、販売量、作業量等の観点からみた貢献度)、質的側面(会社業績向上に向けた、品質、正確性、信頼性、効果等からみた貢献度)、価値創造の側面(更なる会社業績の向上に向けた、市場優位性、競争力向上等の観点からみた貢献度)であり、具体的な業績の評価に当たっては、従業員が半期の間に上げた業績を直属の上長が上記3つの観点から評価し、一次評価、二次評価を経て、最後に調整者が調整を行うというもので、評価制度上、Aが10%以内、Bが20%以内、Dが10%以内で、その余がC評価として定められていた。

 平成14年度年末特別手当における業績評価において、被告は原告A、B、C、D、E、FをいずれもD評価と査定し、その結果特別手当のうち評価反映部分の手当が支給されなかった(甲事件)。また、平成15年度夏期特別手当について、被告は原告A、G、H、I、J、K、D、FをいずれもD評価と査定し、その結果、これら原告らには特別手当のうち評価反映部分の手当が支給されなかった。

 原告らは、平成14年度年末特別手当及び平成15年度夏期特別手当については、いずれも普通以上に仕事をしてきたから、C評価と査定されるべきところ、被告が原告をD評価と査定して特別手当の一部を支給しなかったことは不法行為に当たると主張して、それぞれ、1)C評価とD評価の特別手当の差額相当額、2)D評価の査定が人格権侵害に当たるとして100万円の慰謝料、3)10万円の弁護士費用を請求した。
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
判決要旨
1 本件評価制度の問題点について

 本件評価制度が全面的な成果主義賃金体系を採用しているとはいえず、また成果主義賃金体系を採用した企業において失敗例があったとしても、本件評価制度に基づく評価が違法となるわけではない。

 本件評価制度によると、業績に着目して行う評価において、A評価、B評価、C評価、D評価としているが、4段階に評価を分けること自体は使用者の裁量というべきであり、4段階に分けた際の基準を設けること自体が評価の基準として不明確ということはできない。原告らは、本件評価制度について、評価結果の開示はあっても説明はなく、また紛争処理制度もなかったと主張するが、原告ら主張のような制度が完備されていなかったからといって、直ちに同評価制度による評価が違法となるわけではない。

 以上のとおり、本件評価制度の問題点が、原告らに対するD評価の違法性に直接関連するとは認められず、原告らに対するD評価が、同評価制度に基づく評価であることをもって被告の不法行為を認めることはできない。

2 原告らに対するD評価の違法性について

 従業員に対する使用者の人事評価にあっては、基本的には使用者の裁量が認められるべきである。そして、そのような人事評価が、定められた評価制度に基づいていないなど社会通念に照らして著しく不合理である場合には、人事権を濫用するものとして、不法行為となると解するのが相当である。

(1)平成14年度年末特別手当における評価

 原告A、B、E及びFは、平成14年7月から、中小企業、商店等に対する通信サービス等の導入提案・販売の業務に従事していた。そして、大阪支店ソリューション営業本部の平成14年度上半期における従業員の月額平均受注額は約4万3000円で、全728名中677名が1万円以上であるところ、原告Aは716位、原告Bは723位、原告Eは681位、原告Fは728位で、いずれも1万円を下回っており、以上の原告らについて、質的側面や価値創造の側面に関して積極的に評価できる業績はなかったことから、被告は前記原告らをD評価と査定した。原告Dは、健康上の問題があったため、外販活動には従事しておらず、簡単な庶務的業務しか行えなかったことから、被告は同原告をD評価と査定した。原告Cは、SOHOユーザーを対象とした訪問活動を通じてIP系ネットワークの拡販業務に従事していたが、売上げの実績がなく、質的側面や価値創造の側面に関して、積極的に評価できる業績はなかったことから、被告は同原告をD評価と査定した。

(2)平成15年度夏期特別手当における評価

 原告A、L、F、G及びIは、前記と同様な業務に従事していたが、大阪支店ソリューション営業本部の平成14年度下半期における従業員の月額平均受注額は、全652名中614名が2万円以上であるところ、原告Aは645位、原告Lは639位、原告Fは649位、原告Gは618位、原告Iは615位で、いずれも2万円を下回っており、以上の原告らについて、質的側面や価値創造の側面に関して積極的に評価できる業績はなかったことから、被告は前記原告らをD評価と査定した。原告Dについては、前回評価時と状況が変わっていないことから、被告は同原告をD評価と査定した。愛媛支店ソリューション営業部に所属していた原告Kは総受注額が1万7000円、原告Jはゼロであって、51名中、50位と51位であり、総受注額が21万4000円以下の8名中1名を除く者がD評価と査定されているところ、前記原告らもD評価と査定された。原告Hは、大分支店において営業担当者のサポート等を行い、書面の作成等を行ったが、間違いが多く、その修正を指示されることが多かったことから、被告は原告HをD評価と査定した。

(3)このように、本件において、被告は、本件評価制度に従い、1)量的側面、質的側面及び価値創造の側面を基準として従業員の業績を評価し、一次評価、二次評価と最終調整によって、A、B、C、Dの4段階で評価するという本件評価制度を採用していたこと、2)原告らについては、量的側面に関してその成績が低かったことなどから、D評価と査定され、評価を反映して支給される部分について手当を支給しなかったことが認められるが、その評価過程における具体的な評価基準の設定や、実際の評価の結果について、不合理であると窺わせる事情は見出せない。

(4)D評価基準の約定について

 原告ら主張の平成13年5月の団体交渉において、被告側が「D評価が実行される例はほとんどない」という趣旨の発言をしたことが認められるが、一方で、C評価、D評価の内容を説明していたのであるから、D評価をほとんど出さないことを約したものとはいえず、単に、期待し要求する程度の実績を上げることのできない従業員が多数生じることはないという希望的観測を述べたにすぎないと理解するのが相当である。実際の評価に関しては、評価者間において評価についての意識合わせが行われ、量的側面についての具体的基準が取り決められ、これに基づいた評価が行われたことが認められるが、上記基準を満たすことができなかった原告らを含む従業員に対する量的側面の評価が低くなることはやむを得ず(全体の10%以内であることは明らか)、これらの従業員に対し、量的側面において、被告の期待し要求する程度を下回っていると評価された結果、D評価としたことについて、著しく不合理であるということはできない。

 平成14年度年末特別手当に関しての評価において、月額平均受注額が1万円未満でありながら、51名中10名が、平成15年度夏期特別手当に際しての評価においても、月額2万円未満でありながら、47名中5名がD評価を免れているが、これらの従業員については、業績評価の中でも、質的側面や価値創造の側面を評価されることによって、基準に達しなかった他の従業員との違いが生じたものと思われるが、裁量を逸脱したという事情は窺えない。

(5)量的側面の評価に当たっての条件について

 原告らは、被告による量的側面についての評価は、営業経験のない原告らを営業経験のある者と単純に比較したり、担当した顧客の実態を無視し、同一条件のもとで比較されておらず、不合理である旨主張する。しかし、人事評価に当たっては基本的には使用者の裁量が認められるところ、仮に営業経験のない者にとってはおよそ上げることが不可能な成果を求めたり、担当した顧客によってはおよそ上げることが不可能な成果を求めたりして、その成果を上げられないことを理由に原告らをD評価と査定したという場合には、その評価に合理性が認められない場合もあり得るが、本件においては、前記のとおり、平成14年度夏期特別手当までは、業績の如何にかかわらず、D評価はつけられることはなく、新体制による配転後しばらくした後、量的側面の基準が明確に定められたが(平成14年度年末特別手当については売上高1万円相当、平成15年度夏期特別手当については売上高2万円相当)、原告らと同じ満了型の者でも、その基準を満たしている者の方が多かったものであり、原告らの担当した顧客についても、成果を上げることが不可能なものであったとは認められない。また、以上の点に照らせば、本件におけるD評価の査定が、満了型の者に対する報復的なものであるということもできない。

 また原告らは、質的側面や価値創造の側面については、その定義自体曖昧で、質的側面は量的側面についての評価に影響されると主張する。しかし、大阪支店ソリューション営業本部の従業員の中で、量的な基準に達しなかったにもかかわらず、D評価を免れた従業員が、平成14年度年末特別手当の際に51名中10名(うち8名は満了型)、平成15年度夏期特別手当の際に47名中5名(うち2名は満了型)おり、量的側面についての評価を質的側面で挽回することも可能であることが推認される。したがって、原告らの前記主張を採用することはできない。

 原告らは、原告Hについてもその評価の不当性を主張するが、同原告については、ミスが多かったものと認められるのであって、D評価との査定が社会通念に照らして著しく不合理であるということはできず、原告らの主張を採用することはできない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例910号55頁
その他特記事項
本件は控訴された。