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ペンション経営研究所懲戒解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
ペンション経営研究所懲戒解雇事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 − 平成8年(ワ)第13398号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1997年08月26日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
原告は昭和60年11月被告に雇用され、昭和61年11月、被告がT鉄道とともに設立したTリゾート開発に、被告に在籍したまま出向し、ペンション開業指導の業務を行っていた。原告に対する給与の支給は被告が行い、Tリゾート開発は自己の負担額を被告に支払うこととされていたが、Tリゾート開発は平成7年9月末日をもって営業を廃止し、原告は出向を解かれた。しかし、被告は業績が悪く、出向期間の平成7年8月及び9月分の賃金を原告に支払えない状態であって、この間も原告の給与はTリゾート開発が一時肩代わりして支払ったところ、被告は同年10月以降原告に賃金を支払えないとしてTリゾート開発に原告の雇用を要請したが受け入れられなかった。

被告は、同年10月1日以降も原告に賃金を支払う余裕がないとして、原告に対し、被告を退職した上で代理店を営む等の提携関係を持つよう勧めたが、原告は未払賃金の支払いが先決であるとしてこれを受け入れなかった、被告は原告を従業員として仕事をしてもらうことを考えていなかったため、職務を指示することは全くなく、一方原告も1ヶ月に2回程度被告に赴き未払い賃金の支払を請求する程度であった。

原告は被告に対し、平成9年4月8日到達の書面において、被告の賃金不払いによる債務不履行を理由とする労働契約解除の意思表示をなし、被告に対し、平成7年8月以降、同9年4月28日までの未払賃金及び退職金を請求した。

これに対し被告は、原告が平成7年10月以降出社せず、たまに出社しても直ぐに帰宅してしまい、社員としての労務提供義務に違反しているとして、平成8年1月24日、原告を懲戒解雇したため、原告はこれを無効として、労働契約上の権利を有する地位の確認を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、金856万0752円及びこれに対する平成9年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その1を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
4 この判決は、第1項にか限り、仮に執行することができる。
判決要旨
労働契約に基づく労働者の労務を遂行すべき債務の履行につき、使用者の責めに帰すべき事由によって右債務の履行が不能となったときは、労働者は、現実には労務を遂行していないが、賃金の支払いを請求することができる(民法536条2項)。そして、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときも、労働者の労務を遂行すべき債務は履行不能となるが、労働者は同項の適用を受けるためには、右の場合であっても、その前提として、労働者が客観的に就労する意思と能力を有していることを主張立証することを要すると解するのが相当である。

すなわち、労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供したのに、使用者が受領を拒絶した場合には、使用者が受領を拒絶することにより、労働者が労務を提供することは不可能となるといえるから、労働者の債務は右受領拒絶の時点で履行不能となると解するのが相当である。そうすると、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているため、労働者が労務を遂行する債務を履行することが不可能であることがあらかじめ明らかであるときには、労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供しなくても、労働者の債務は右受領拒否の時点で履行不能になると解するのが相当である。これが継続的に労務を提供する債務である場合には、右履行不能の状態は、使用者が労働者に対して右受領拒否の意思を撤回する旨の意思表示をするまで時の経過ととともに続くというべきである。

次に、民法536条2項の文理、趣旨からすれば、労働者が使用者に対し就労する意思を有することを告げて労務を提供することは、同項適用の要件とはならないが、他方、同項の適用を主張する労働者は、使用者の責めに帰すべき事由によって債務の履行が不能となったことを主張立証しなければならず、そのためには、その前提として、自らが客観的に就労する意思と能力を有していなければならないから、この事実をも主張立証しなければならないと解するのが相当である。

労働者が客観的に就労する意思と能力を有しているとの事実は、使用者が解雇の意思表示をすることにより労務を受領拒絶した場合に、労働者がいかなる法規範に基づく請求権を行使するかの分水嶺としての意味を有することになる。この点に関し原告は、同年10月1日以降十分な労務を提供したと主張するが、右の時点で原告が客観的に就労する意思と能力を有していたことについては、これを認めるに足りる証拠はない。すなわち、この間の事実経過は、まず、被告は業績が悪く、平成7年8月分及び9月分の賃金すら原告に払えない状態であり、原告に対し、被告を退職した上で代理店等の提携関係を持つよう勧めており、原告に対し、被告に従事すべき職務を指示することは全くなかったのであって、これらによれば、被告は同年10月1日の時点で原告の就労を拒絶する意思を有していたということができ、同日の時点で原告が客観的に就労する意思と能力を有していたことが主張立証されるのであれば、被告の受領拒絶はその責めに帰すべき事由によるものということができよう。しかし、他方、原告は被告による大店等の提携関係を被告が提案しても、未払賃金の支払いが先決であるとの姿勢を一貫して崩さなかったものの、就労する意思を告げて自己の従事する職務について指示を求めることも全くしなかったのであって、原告に就労する意思があったことを認めるに足りない。

そうすると、原被告間の本件労働契約関係は平成7年10月1日以降も存続していたが、同月分ないし12月分及び平成8年1月1日から4月24日までの間の賃金支払請求については、原告の賃金債権の発生根拠事実を認めることができないから、理由なきものといわざるを得ない。

被告は原告の就労を事前に拒否する意思を明確にしていたというべきであり、被告が原告の就労義務違反を理由に懲戒解雇をするには、まず原告に対し、右受領拒絶の意思を撤回する旨の意思表示をしておく必要があるというべきである。しかるに、被告が原告に対して右撤回をしたことについては何らの証拠がない。よって、被告主張の懲戒解雇の抗弁は、その意思表示をしたこと自体を認めるに足りる証拠がなく、また、被告が受領拒絶のままでは、原告の就労義務違反を理由に懲戒解雇を前提を欠くといわざるを得ない。

原告の代理人が被告に対し、平成8年5月20日到達の内容証明郵便で原告が就労できるよう指示を与えることを求めた事実を認めることができるから、この時点では原告が客観的に就労する意思を有していたことを認めることができる。

原告は、被告に対し、平成9年4月8日到達の書面で、被告の賃金不払いによる債務不履行を理由に本件労働契約を解除する旨の意思表示をしたから、これによって原被告間の本件労働契約関係は終了したというべきである。

被告には退職金規程が存在し、勤続年数2年未満の者又は日雇若しくは臨時職員を除き、社員が退職する場合には退職時の本給の月額に勤続年数に所定の支給率を乗じて算出した金額を退職金として定めていること、右支給率は、退職事由がやむを得ない業務上の都合による解雇又は定年であるか、それとも、社員の自己都合又は業務上の事由による傷病かによって異なると定められていることの事実が認められる。

右事実に基づいて考えると、被告の債務不履行に起因する労働契約解除の場合は、やむを得ない業務上の都合に準じた支給率で算出した退職金を支給することと解するのが相当であり、原告の勤続年数と被告の退職金支給規程所定の支給率とを考えると、原告は、給与月額50万円に4.5を乗じて得られる金225万円を下回らない退職金支払い請求権を取得したものというべきである。
適用法規・条文
民法413条、536条2項
収録文献(出典)
労働判例734号75頁
その他特記事項