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M社元支店長解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
M社元支店長解雇事件(パワハラ)
事件番号
大阪地裁 − 平成10年(ワ)第2533号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
卸売・小売業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2000年05月08日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
被告は、エレクトロニクス商品・時計・喫煙具、健康食品等の販売を業とする会社であり、原告は平成42年3月に大学卒業後被告に入社し、大阪支店を振り出しに営業職に就き、千葉支店長、大阪中央支店長、大阪支店南部営業部部長等を歴任してきた。

被告では、バブル経済崩壊後業績が不振となったことから、不採算部門の撤退、不要資産の売却等の経費削減や組織改革も行ったが、なお債務超過状態が続いた。そのため被告は、平成7年下期には課長以上の者の給与カットを行うとともに、同年から平成8年にかけて希望退職の募集についての説明を行った。被告は平成8年4月に組織改編を行い、大阪支店の営業部門を27名から15名とすることとし、希望退職募集と併せて退職勧奨を行って、平成9年7月には15名態勢とした。

原告は、組織改編の際、協調性に欠けるなどとして上司から退職勧奨を受けたがこれを拒否し、本社総務部付となった(本件配転命令)ところ、被告は、原告を配置するため新たに市場調査室を設置し、フィールドマネージャーとして原告を配転した。被告は平成9年4月、原告に対し、この1年の業務内容では市場調査室を継続できないこと、原告の能力からして希望部署に配属することはできないこと、他の同僚からも嫌われていることを告げて別の道に進むよう勧奨した外、業績評価が全社平均を大きく下回っていること、現行資格の在籍が7年以上となったこと及び協調性が著しく欠如していることを理由に、資格等級を3級から4級に降格した(本件降格処分)。これに対し原告は退職勧奨は納得できないと回答し、自己申告書において、現勤務地以外の勤務は不可とするものの、営業職以外の職種についても希望する旨記載していたが、被告は、平成9年5月15日付けで市場調査室を廃止し、これに伴って同年6月8日付けで原告を解雇した。

原告は、本件解雇は、解雇の必要性、解雇回避の努力、人選の合理性、労働者への協議のいずれも満たしておらず、整理解雇の合理性が認められないことから無効であると主張するとともに、市場調査室で成果を上げていないことを理由とする普通解雇についても、原告1人では十分な成果を期待できないから、これを理由とする普通解雇も無効であると主張し、労働契約上の地位の確認を請求した。また原告は、本件配転命令及び本件降格処分も無効であるとして、これらがない場合の賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告の訴えのうち、本判決確定後に支払期日の到来する賃金の支払を求める部分を却下する。
2 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3 被告は、原告に対し、平成9年6月以降本判決確定に至るまで、毎月25日限り、54万5100円及び右各金員に対するその各支払月の26日からその支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用はこれを5分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。
6 本判決は、第3項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 訴えの利益について
原告は、被告に対し、従業員たる地位の確認を求めるとともに、既発生部分及び将来分の賃金を請求するところ、右将来分の賃金の請求のうち、本判決確定後に支払期が到来するものについては、少なくとも現段階において、原告の労務提供の程度等賃金支払の前提となる諸事情が確定していない。従って、右本判決確定後の賃金支払い請求部分については訴えの利益がない。

2 本件整理解雇の有効性
いわゆる整理解雇については、これが労働者の責に帰すべき事由がない経営上の理由により、特定の労働者を解雇するものであることからすれば、人員削減の必要性がない場合、使用者が解雇回避努力を尽くさない場合、被解雇者の人選に合理性がない場合、さらには労働者との協議を尽くさない場合の解雇については、社会通念上合理的な理由がなく解雇権の濫用として無効になるとするのが相当である。

被告において、平成8年初め頃には、大幅な人員削減を行う必要があったことは認められるが、その人員は、平成9年には、被告全体としては予定の人員規模を10名程度上回るまで減少し、大阪支店においても、平成9年2月には、予定人員を2名上回る17名であったものの、そのうち5名の異動、退職予定者がおり、販売市場の維持のため2名を移籍しなければならない状況であったことからすると、人員削減には未達成の部分はあるとしても、その必要性は相当程度減少していたということができる。市場調査室の廃止は同年4月に決定されていたところ、原告の成績は決して優良とはいえず、また就業態度も他の部署からの応援要請を断るなど良好でなかったことは窺われるが、営業成績自体は、被告の経営姿勢に沿わない部分があるとしても、平均的なレベルであったし、原告を右営業要員とすることが困難であったという事情は認められない。また、原告は、平成9年4月の自己申告書において、現勤務地以外の勤務は不可とするものの、過去には千葉、名古屋等大阪以外で勤務したこともあり、被告において配転に従業員の承諾が要件となっているものでもなく、また現実に他の地域への配転を提案して拒絶されたという事実もない。更に、営業以外の職種についてもこれを希望していたことからすると、原告の配置については、関連会社への出向をも含めて、検討の余地はあったということができる。

以上のとおり、人員削減の必要性が小さくなっており、他に配転等の解雇回避措置を採り得る状況の下では、原告ただ一人を整理解雇として指名解雇しなければならなかったというのは疑問である。これらの人員削減の必要性の程度、解雇回避努力等の諸事情を総合して判断すると、原告に対する本件整理解雇は、未だ社会通念上合理的な理由があるということはできず、解雇権の濫用として無効といわざるを得ない。

3 普通解雇の効力について
被告は、普通解雇の理由として、原告の市場調査室での執務状況及び支店営業活動への支援についての業務命令違反を挙げるが、市場調査室での十分な成果を期待するのであれば原告に担当させたこと自体に問題があるし、態勢としても不十分であり、その責任を原告一人に負わせるのは酷というものである。支店営業活動への支援についても、それだけで解雇を合理的とするようなものではない。結局、原告に対する解雇は、整理解雇以外の普通解雇としても、これを社会通念上合理的とする事情はないから、解雇権の濫用として効力を認めることはできない。

4 本件配転命令、本件降格処分の効力
本件配転命令後、市場調査室設置まで1ヶ月半を要し、その後、具体的な業務指示まで更に2ヶ月を要したこと、市場調査室も原告1人で十分な成果を得るにははなはだ不十分なものであったことが認められるが、資格等級に変化はなく、手当を除く賃金にも変化はないのであって、これを無効とするまでの事情は認められない。

本件降格処分は、職能部分の賃金の減額をも伴うものであるが、右賃金の額は雇用契約の重要な部分であるから、従業員の同意を得るか、あるいは少なくとも就業規則上にその要件について明示すべきである。しかし、本件降格処分においては、原告がこれを承諾した事実はないし、就業規則に懲戒処分としての降格の規定はあるものの、原告に対する降格通知書を見てもその根拠規定は明らかでない。してみれば、本件降格処分の効力はこれを認めることはできない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例787号18頁
その他特記事項