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A保険会社自宅待機・解雇仮処分申立事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
A保険会社自宅待機・解雇仮処分申立事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 − 平成13年(ヨ)第21081号
当事者
債権者 個人2名A、B
債務者 損害保険会社
業種
金融・保険業
判決・決定
決定
判決決定年月日
2001年08月10日
判決決定区分
一部認容・一部脚下
事件の概要
債務者は損害保険を主たる業務とする株式会社で、債権者A(昭和23年生)は昭和46年3月に大学を卒業し、昭和48年10月、債務者の前身であるE日本支社に採用され、債務者の従業員として勤務しており、債権者B(昭和25年生)は大学を卒業した昭和51年に債務者の前身であるN保険会社に採用され、以後債務者の従業員として勤務してきた者である。

債務者は平成10年8月、組合に対し、1)従来の年功を基本とする賃金制度を職務給を中心とする「グレード給」に変更すること、2)臨時給与の支給額に債務者の業績及び従業員の個別査定を反映させることを主な内容とする「新人事制度」を提案した。組合は当初からこの提案に反対していたが、平成11年3月1日、債務者は一方的に組合員資格のない管理職に対し、4月1日から新人事制度を実行した。更に債務者は、人員削減や支店の統廃合を前提とした「中期経営計画」を組合に示し、同年7月12日、「賃金に関する労使協定書」を締結した。しかるに、その直後、米国本社から従業員25%(150人)の人員削減を12月までに実施するよう命令を受け、債務者は希望退職を募集するとともに、「社内公募」を実施して選ばれなかった者は退職させることとした。組合は、同年8月31日、中労委に斡旋の申請を行い、更に争議通告を行ったが、債務者は同年9月10日から希望退職募集を実施し、更に同月20日、既に新人事制度による格付がされている管理職に対しても社内公募を実施した。

組合はこのような債務者の行動に対し、都労委に救済の申立を行ったところ、都労委は人員整理について労使が誠実に交渉することを要望した。また組合は、同年10月27日、債務者は社内公募に応じないことを理由に労働条件の不利益な取扱をしてはならない旨の仮処分を地裁に申し立てた。その後の組合交渉で債務者が「整理解雇には組合との協議が絶対条件である」との確認を得たとして、組合は当該申立てを取り下げたが、債務者はそれにもかかわらず、第4次までの希望退職募集を実施し、同年11月29日までに149名の従業員が希望退職に応じた。債務者は更に、平成12年秋には、労使協議において「早期退職者優遇制度」、「第2次中期経営計画」を発表して同年12月に早期退職者募集を行い、36名がこれに応募した。

債権者Aは、平成11年12月1日付けで熊本支店営業課に、同Bは同日付けで前橋支店に営業職として配置された。そして債務者は平成12年8月31日、債権者両名に対し、9月14日までに自主退職することを勧告し、退職しない場合は就業規則53条1項3号「労働能力が著しく低く債務者の事務能率上支障があると認められたとき」に該当するとして解雇する旨通知した。また同日付の自宅待機命令以降2週間毎の自宅待機命令を13回繰り返して翌13年3月16日まで職場への立入りを禁じた。債務者は、同月14日、債権者両名に対し、就業規則53条1項3号により、同日付けで解雇する旨の通知を交付した。

これに対し債権者らは、本件解雇は労働協約所定の労使交渉を経ていないこと、解雇理由が存在しないことを主張した外、支店の営業職の経験のない債権者らを不適切な部署に配置し、他の従業員に対する見せしめとし、債権者Aに対しては支店長がやくざまがいの人格攻撃や脅迫による退職強要をしたこと、長期間自宅待機を命じたことなどから、本件解雇は権利の濫用として無効であると主張し、債務者の従業員としての地位保全の仮処分を申し立てた。
主文
1債務者は、債権者Aに対し、361万4410円、並びに平成13年8月から平成14年12月又は本案の第1審判決言渡しに至るまで毎月25日限り78万3635円、及び平成13年12月10日限り204万7140円を仮に支払え。

2債務者は、債権者Bに対し、平成13年8月から平成14年12月まで又は本案の第1審判決言渡しに至るまで毎月25日限り25万円を仮に支払え。

3債権者両名のその余の申立てをいずれも却下する。

4申立費用は債権者の負担とする。
判決要旨
就業規則上の普通解雇事由がある場合でも、使用者は常に解雇し得るものではなく、当該具体的な事情の下において、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当として是認できない場合は、当該解雇の意思表示は権利の濫用として無効となる。特に、長期雇用システム下で定年まで勤務を続けていくことを前提として長期にわたり勤続してきた正規従業員を勤務成績・勤務態度の不良を理由として解雇とする場合は、労働者に不利益が大きいこと、それまで長期間勤務を継続してきたという実績に照らして、それが単なる成績不良ではなく、企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要し、かつ、その他、是正のため注意し反省を促したにもかかわらず改善されないなど今後の改善の見込みもないこと、使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき事情がないこと、配転や降格ができない企業事情があることなども考慮して濫用の有無を判断すべきでる。

なお、債務者には、作業効率が低いにもかかわらず高給である債権者らの存在が債務者の活性化を阻害し、あるいは業績が低いのに報酬が高いこと自体が債務者に損害を与えているから、債権者らを債務者から排除しなければならないという判断が存するようであるが、仮に債権者らがその作業効率等が低いにもかかわらず高給であるとしても、債権者らとの合意により給与を引き下げるとか、合理的な給与体系を導入することによってその是正を図るというなら格別、自ら高給を支給してきた債務者が債権者らに対しその作業効率が低い割りに給料を上げすぎたという理由で解雇することは、他国のことはいざ知らず、我が国においては許容されないものというべきである。

解雇権濫用の判断に必要な範囲で債務者主張の解雇事由を見るに、個々の事由自体は重大なものではなく、エース・リミテッドによる買収及びその後の合理化策がなければ債権者らが解雇されるような事態とはならなかったであろうこと、作業効率が低いにもかかわらず高給である債権者らの存在が債務者の活性化を阻害するという判断が解雇の真の理由であることが窺える。

本件配転は、リストラの一環として全社員の配置を一旦白紙にして配置し直すという目的で短時間で実行されたもので、本人の希望や個々具体的な業務の必要性を考慮したものではなく、かつ結果としても債権者らにとって適切な配置ではなかった。そして、このような債務者の一方的な合理化策の結果、不適切な部署に配置された債権者らは、そのため能力を充分に発揮することについて当初から障害を抱え、かつ債務者に対し多大な不安や不信感を抱かざるを得なかったのであるから、この点において既に労働者に宥恕すべき事情が存する。しかも、そのような中でさらに、債権者Aについては、支店長から繰り返し些細な出来事を取り上げて侮辱的な言辞で非難され、また退職を強要され、恐怖感から落ち着いて仕事のできる状況ではなかったのであるから、このような状況下で生じたことを捉えて解雇事由とすることは甚だしく不適切で是認できない。債権者Bについても、人員を実質半分以下とし、正社員は2名とも配置換えされ、K取締役すら不安をもった状況で、あえて上記のとおり不適切な配置をするなどしたのであるから、その中で生じた過誤等はむしろむしろ債務者の人事の不適切に起因するものというべきで、債権者Bの責任のみに帰することは相当ではない。更には、債務者は当初から債権者らを他の適切な部署に配置する意思はなく、また研修や適切な指導を行うことなく、早い段階から組織から排除することを意図して、任意に退職しなければ解雇するとして退職を迫りつつ長期にわたり自宅待機とした。以上の点に債務者が解雇事由と主張する事実がさして重大なものではないことを考え併せると、仮にこれが解雇事由に該当するとしても、本件解雇は解雇権の濫用として無効である。
適用法規・条文
民法44条、709条
収録文献(出典)
労働判例820号74頁
その他特記事項