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社会福祉法人懲戒解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
社会福祉法人懲戒解雇事件(パワハラ)
事件番号
札幌地裁 − 平成14年(ワ)第110号(甲事件)、札幌地裁 − 平成14年(ワ)第640号(乙事件)
当事者
原告 個人6名B、C、D、J、K、L
被告 社会福祉法人、個人1名(被告A)
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年05月14日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告法人は、特別養護老人ホーム(施設)を運営する社会福祉法人であり、被告Aはその代表者理事である。原告Jは平成3年10月、原告Kは同年4月、原告Lは同年9月に、それぞれEの寮母(現在は介護員)として被告法人に採用された者、原告Bは昭和61年4月に生活指導員として、原告Cは平成2年10月に介助員として、原告Dは平成7年4月に寮父として、それぞれ被告法人に採用された者であり、原告Bは介護長、原告Dは副介護長、原告Cは。介護保険認定審査委員会委員を務めていた。

施設の入所者の中には薬の嚥下に注意を要する者や痴呆状態にある者が多く、これらの入所者の薬の服用に当たっては介助を要し、薬は食事前に与薬されていた。平成13年2月7日の昼食は特別行事食で、通常より早く食事が始まるため、それに伴い与薬も早めに始まることになっていたが、被告法人は、原告J、同K、同L(甲事件原告ら)は共謀して同日昼食前及び翌8日昼食前の与薬を拒否したことを理由として懲戒解雇した。なお、同年4月3日、施設内で発生したNの骨折事故について、甲事件原告らは町当局に匿名の投書をしたが、このことは懲戒解雇事由に含まれていなかった。

また、原告B、同C及び同D(乙事件原告ら)が被告法人から交付された辞令には、ケアマネージャーの立場を良く認識せず、同年2月7、8日の甲事件原告らの与薬拒否に対して指導的かつ管理上の役割を果たさず、それを是認して介護現場に大きな混乱を巻き起こしたとして、文書による訓告と3ヶ月間の減給処分に処する旨記載されていた。

また、被告Aは、施設の入り口に、平成13年7月17日付けで、与薬拒否の就業規則違反行為(職場放棄)、不当介護行為、老人虐待等へのクレーム、町当局への匿名の投書という園の名誉毀損事件が懲戒委員会の議を経て、原告J、同K、同Lが懲戒解雇となり、与薬拒否に加担した原告B、同C及び同Dは減俸3ヶ月と訓告処分となったので、その役職を同年7月19日付けをもって任を解いた旨その辞令を公開するという内容の張り紙(本件張り紙)をして施設内に周知した。

これに対し、甲事件原告らは、本件与薬を全く拒否していないから懲戒解雇はもちろん、通常解雇も無効であること、乙事件原告らは、与薬拒否に加担した事実はないから訓告処分及び減給処分が無効であることを主張するとともに、被告Aの一連の行為により原告らの人格や名誉を著しく傷つけられたとして、被告らに対し、原告ら各自につき慰謝料100万円を支払うよう要求した。
主文
1 甲事件原告らが被告Aとの間で労働契約上の地位にあることを確認する。
2 被告法人は、甲事件原告らに対し、それぞれ平成13年7月11日以降本判決確定に至るまで次の各金員を支払え。
ア 毎月25日限り、甲事件原告ごとの別紙「賃金請求額」中「平均賃金」欄記載の各月額金額
イ 毎年3月15日限り、同別紙中の「3月期末手当」欄記載の各年額金額
ウ 毎年6月15日限り、同別紙中の「6月期末勤勉手当」欄記載の各年額金額
エ 毎年12月15日限り、同別紙中の「12月期末勤勉手当」欄記載の各年額金額
オ 毎年8月15日限り、同別紙中の「寒冷地手当」欄記載の各年額金額

3 被告らは、連帯して、甲事件原告らに対し、それぞれ50万円及びこれに対する平成14年2月15日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被告法人が乙事件原告らに対して行った平成13年7月11日付け訓告処分が無効であることを確認する。

5 被告法人は原告Bに対して1万0575円及びこれに対する平成14年4月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を、原告Cに対して8128円及びこれに対する平成14年4月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を、原告Dに対して8395円及びこれに対する平成14年4月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を、それぞれ支払え。

6 被告らは、連帯して、乙事件原告らに対し、それぞれ50万円及びこれに対する平成14年4月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

7 甲事件原告ら及び乙事件原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

8 訴訟費用は、甲事件原告らと被告らとの間においてはこれを10分し、その1を甲事件原告らの負担とし、その余を被告らの負担とし、乙事件原告らと被告らとの間においてはこれを5分し、その2を乙事件原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
判決要旨
1与薬拒否に対する判断

施設入所者に対する与薬は、従来から介護員が行っていたが、介護員から、これを看護師が行う方が良いとの意見が出され、その調整がなされていた。これについて被告らは、与薬業務は介助の一部で介護員の職責であると主張するが、他方で、与薬が入所者に対する身体、健康の維持の上で重要なものであるともしており、また、G看護師も本来看護師が行うべきものと証言していることからすると、介護員と看護師との間での役割分担について調整する事項に当たる。そして、そのG看護師が平成13年2月7日昼食前、「私がやるからいいよ」と言って与薬を始めた場合、介護員がG看護師に与薬業務を委ねたことをもって、直ちに与薬拒否、ひいては不当な怠業ということはできない。以上からすると、同日の与薬についても、原告らの与薬拒否があったという実態にはなかったと認めることができる。

そもそも本件懲戒解雇は、1)本件与薬拒否とともに、2)甲事件原告らが共謀して平成13年4月3日に施設内で発生したNの骨折事故について、当別町へ匿名の投書をしたこと、3)施設内に設置してある「目安箱」に、甲事件原告らに対する苦情が多く寄せられていることを列挙するものである。そして、甲事件原告らの本件に関する仮処分事件でも、被告法人は、本件懲戒解雇の事由として、本件与薬拒否のみならず、1)入所者の秘密を漏洩した行為、2)目安箱への投書の内容、3)被告法人に対する名誉毀損、4)秘密書類の持ち出しを挙げる。しかし本件では、与薬拒否のみが主張され、その余の事由の主張も立証もない。そのこと自体本件処分に疑問を持たざるを得ないし、更に本件与薬拒否でも、2月8日の与薬拒否は全くこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件処分は、被告法人が調査も行き届かず、証拠の厳密な精査もないまま、相当の推測を重ねて行った上でなされたと考えられ、それ自体問題が大きい。その上、2月7日の与薬の実態もこれを認めるに足る証拠はないから、本件処分は、被告法人の懲戒権ないし制裁処分権の濫用というほかなく、本件処分は、その前提にしている処分事由がないからいずれも無効である。被告らは、懲戒解雇が認められない場合に備えて通常解雇を主張するが、原告らには本件処分の前提になった制裁事由が認められないのであるから、通常解雇の事由にも該当しない。

2 本件訓告処分の無効確認の利益
就業規則によると、訓告処分は制裁と位置付けられている。そうすると、乙事件原告らが、将来にわたり被告法人からかつて制裁を受けたことがある者として何らかの不利益な扱いを受けるであろうことは容易に想定できるから、本件訓告処分の無効確認をする利益は認められる。

3 慰謝料
本件処分は制裁事由が認められないのであるから、本件張り紙の内容は虚偽である。本件張り紙は施設内の誰でも見ることができる状態で掲示され、被告Aは本件処分事由の事実関係について、更に調査しあるいは証拠を精査すれば、上記のような張り紙をすることはなかったから、少なくとも過失が認められる。本件張り紙の記載内容を客観的に通常人の観点から見れば、原告らが不当な行為に及んで制裁処分を受けたというものであり、原告らの名誉を侵害していることは明らかである。

これに対し、被告Aは、甲事件原告らが辞令の受領を拒否したことから告示し、また乙事件原告らは一旦辞令を受領しながら返上したことから告示したと陳述する。更に原告らは与薬拒否をし、それは入所者に対する虐待であるから、規律維持、秩序保全の観点から本件張り紙をしたとも陳述する。しかし、辞令の受領を拒否したというのであれば、本件処分を掲示すれば足りることであり、本件張り紙までする必要はないし、本件張り紙の内容が虚偽である以上、原告らの名誉を毀損することは明らかである。かえって、原告らの陳述書によると、原告らが本件処分に納得できず、組織していた労働組合を通じて平成13年7月17日に団体交渉をして解決したいと申し入れたところ、翌18日に本件張り紙が掲示されたことからして、本件張り紙は労働組合に対する牽制のための側面も有するものと考えられる。

以上を前提にすると、被告Aは被告法人の代表理事として本件張り紙をしたから、不法行為責任があり、被告法人も不法行為責任が認められる。原告らの名誉を毀損したことに対する慰謝料は各自50万円が相当である。
適用法規・条文
収録文献(出典)
その他特記事項