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G社解雇事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- G社解雇事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成14年(ワ)第12830号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年09月22日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部脚下・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、日米合弁の広告会社であり、原告(昭和21年生)は、昭和45年から49年まで国連本部のNGOに、その後弁護士秘書として勤務した後、昭和54年2月に被告に採用された女性である。原告は、社長秘書として勤務した後、平成元年11月からはインターナショナル・コーディネーターとして、主に秘書業務、英文による情報提供業務等に従事していた。
被告は、平成13年6月以降、同年4月の新人事制度の導入によりグレード4以下となった原告を含む従業員に対し、出勤簿記帳義務を課したが、1)原告は再三の注意にもかかわらず出勤簿の記載を拒否したこと、2)同年4月に行った従業員から会社に対する意見を聴取するためのアンケートについて原告はその提出を拒否したこと、3)原告は業務用のパソコンを利用して、就業時間に多数の私用メールを送受信し、被告の内部のみならず外部に対しても、被告の経営陣を「わがアホバカCEO」などと呼び、経営陣が被告を私物化して不公正で恣意的な人事を行っているなどと繰り返し批判したこと、4)社外秘の人事情報を私用メールにより外部に漏洩したこと、5)少なくとも5回にわたってNY及びAPに対し、被告の経営陣が不正人事を行い、被告内に混乱がある旨の文書を送付したこと、6)被告社員の転職を競業会社にあっせんしたことの事実を指摘し、加えて、平成13年6月19日の事情聴取の際、「あんた達の方がよっぽどひどいことをやっているから報復だ」などと反省を見せなかった外、同年7月以降の数回にわたる事情聴取の際も、送信先については回答を拒むとともに、経営陣批判をしたことを理由として、原告に任意退職の意思の有無を確認した上で、同年9月26日、本件解雇に及んだ。
これに対し原告は、出勤簿記帳義務を知ってからはその義務を履行していたこと、アンケートは提出したこと、被告はこれまで私用メールを黙認してきたから職務専念義務違反とはいえないこと、私的な場面での上司批判が許されないわけではなく、上司を批判したからといってこれを解雇理由とすることは著しく相当性を欠くこと、原告がメールで送信した人事情報は公表されたもので機密には当たらないこと、NY・APへ文書を送付したのは、以前来日したCEOであるBからどんな意見、提案も直接報告して欲しいと言われたからであること、Dに対しては人事についての影響力を持たないK社営業部の従業員を紹介したに過ぎず、他の従業員の転職あっせんには当たらないことなどを主張し、本件解雇は解雇権の濫用として無効であるとして、被告の従業員としての地位の確認と未払賃金の支払いを請求した。
なお、被告の就業規則35条1項では、1)第37条によって懲戒解雇の処分を受けたとき、2)事業縮小、閉鎖その他やむを得ない事業上の事由のある場合、3)身体若しくは精神の障害により、又は虚弱、疾病等のため、業務に耐えられないと認めたとき、4)業務能力又は勤務成績が著しく不良のとき、5)その他前各号に準ずるやむを得ない事由のあるときには解雇する旨規定されている。 - 主文
- 1 原告の本判決確定後の賃金支払請求に係る訴えを却下する。
2 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3 被告は、原告に対し、628万6800円及びこれに対する平成14年7月2日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告に対し、平成14年6月25日から本判決確定に至るまで毎月25日限り52万3900円、毎年6月10日限り83万8240円、毎年12月10日限り125万7360円及び各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は、被告の負担とする。
7 この判決は、第3項及び第4項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 就業規則35条1項4号、5号該当事由の有無
(1)職務命令違背の有無
平成13年6月4日に行われた会議において、原告を含むグレード4以下の従業員に対して出勤簿記載義務を課すことが決定され、同決定は翌5日C局長から従業員に対しメールで知らされた。上記会議に出席していなかった原告は、出席した者から聞いて内容を知ったものの、公式な指示がなされていなかったため、同月5日及び6日は出勤簿に記入せず、C局長からのメールを見て、翌7日から出勤簿に出退勤時刻を記入すると共に、同月1日から6日まで遡って記入した。この事実によれば、原告は、出勤簿記帳義務が新たに課されることについて公式に指示が出されたことを知った翌日から同義務を履行し、それ以前の分についても遅滞なく追完したのであるから、この点について原告に職務命令違反があったということはできない。
平成13年4月下旬、被告から従業員に対してアンケート用紙が配布され、C局長からメールで回収方法が指示されたが、C局長は原告からの提出がないとして原告に問い質したところ、原告は既に提出した旨回答した。原告は、本件アンケートの不提出について問い質された時点から一貫して同旨の供述をしていること、被告の経営陣に不満を持つ原告が自己の意見を伝える好機としてアンケートをいち早く提出したのはむしろ自然と考えられること、他の従業員が原告から本件アンケートに回答したと聞いた旨供述していること、C局長はその後改めて原告に本件アンケートの提出を促していないことを考慮すると、原告の上記供述を全く信用なしとして排斥することはできない。
(2)就業時間中の私用メール
労働者は、労働契約上の義務として就業時間中は職務に専念すべき義務を負っているが、労働者といえども個人として社会生活を送っている以上、就業時間中に外部と連絡をとることが一切許されないわけではなく、就業規則等に特段の定めがない限り、職務遂行の支障とならず、使用者に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度で使用者のパソコン等を利用して私用メールを送受信しても上記職務専念義務に違反するものではないと考えられる。これを本件について見ると、被告においては就業時間中の私用メールが明確には禁じられていなかった上、就業時間中に原告が送受信したメールは1日当たり2通程度であり、それによって原告が職務遂行に支障を来したとか、被告に過度の経済的負担をかけたとかは認められず、社会通念上相当な範囲内に留まるというべきであるから、上記私用メールの送受信行為自体をとらえて原告が職務専念義務に違反したということはできない。
(3)私用メールにおける上司の誹謗中傷
原告が就業時間中に被告の取引先や競合会社の従業員を含む友人らに送信した私用メールの中には、人事についての不満や、「アホバカCEO」、「気違いに刃物(権力)」など上司に対する批判が含まれていることが認められる。私用メールの送受信行為が直ちに職務専念義務違反にはならないとしても、その中で上記のような被告に対する対外的信用を害しかねない批判を繰り返す行為は、労働者としての使用者に対する誠実義務の観点からして不適切といわざるを得ず、就業規則35条1項5号に該当する。
(4)人事情報の漏洩
平成13年5月30日、同月28日に実施された昇格人事の一覧を原告が被告の元社員2名にメールで送信したこと、原告が入手した同一覧の末尾には機密である旨の英文が記載されていたことが認められる。上記事実関係からすると、被告の送信するメールに機密文書であることを示す英文が付されているからといって、その内容が常に被告にとって実質的な営業上の機密に当たるものとは断定できず、むしろ、上記昇格人事については、原告のメール送信以前に既に実施されており、外部に対しても早晩明らかになるべき事項と考えられるから、被告にとって実質的な営業上の機密には当たらないというべきである。したがって、原告の上記行為は秘密漏洩行為には当たらない。
(5)NY・APへの文書送付
1)(原告名義)
原告が、平成12年10月10日、平成13年3月及び5月に、APのCEOであるBに対し、被告又はその経営陣に対する批判を記載した文書を送付したこと、これらより前に行われたミーティング等において、Bが従業員らに対し、どんなことでも直接自分に言って欲しい旨発言したことが認められる。
労働者が上司を批判することについては、これが一切許されないわけではなく、その動機、内容、態様等において社会通念上著しく不相当と評価される場合にのみ解雇事由となり得るものと解される。本件では、B自身が上記発言をしていたものであり、同人の真意はともかく、これを聞いた原告が同発言中の「会社に関して日本のマネージメントに言えないようなこと」には被告又は被告の経営陣に対する批判に当たる事項が含まれると考えたとしてもやむを得ないし、1回目の文書送付から3回目の文書送付までに約7ヶ月も経っているのに、その間、Bや被告における原告の上司が原告に対してこの件につき何ら注意や処分を行った形跡はないこと、これらの文書の中に客観的事実と異なる部分があるとしても、原告が各文書送付当時の自己の認識に照らし明らかに虚偽の事実を記載して被告の経営陣を陥れようとしたとまでは認められないこと、また読み手であるBは、被告の経営陣から直接事情を聴くなどしてその内容を検証し得る立場にあること等の事情を考慮すると、これらの文書送付が就業規則35条1項4号、5号に該当するとはいえない。
(6)他の従業員の転職あっせん
原告が、平成13年5月29日、被告と競合関係にあるK社の社員に対し、当時被告の従業員であったDの転職を紹介するメールを送信したこと、原告が上記メールを送信したのは、既に退職を決意していたDからK社の従業員の紹介を頼まれたためであること、Dはその後被告を退職し、K社以外の広告会社に就職したことが認められる。
労働者が、他の従業員の競合他社への転職を斡旋する行為は、使用者が必要とする従業員数を減少させて、その企業活動を妨げるとともに、競合他社の企業活動を支援するものであるから、使用者に対する背信行為と評価すべきであり、原告の上記行為も広い意味ではそのような背信行為として就業規則35条1項5号に該当する。もっとも、原告は、既に被告を退職することを決めていたDからの依頼に応じて同人を競合他社に勤める知人に紹介したに留まることや、結果としてDは同社への就職はしなかったことを考慮すると、その背信性は低いというべきである。
(7)事情聴取時における不適切な態度
原告が事情聴取の際に私用メールの送信先について黙秘していたことについて、労働者には社内における不正行為に関する使用者の調査に協力する義務があるとはいえ、本件で調査の対象とされているのは原告自身にとって不利益となるべき事項であり期待可能性が低いから、これについて黙秘したことをもって就業規則35条1項4号、5号に当たるとするのは相当でない。
2 解雇手続きの相当性
本件解雇が決定される前に、弁護士の立会までは許されなかったものの、原告に対する事情聴取又は面談が合計5回以上行われていることや、本件解雇が懲戒解雇ではなく普通解雇としてなされたものであることを考慮すると、本件解雇に至る手続きにおいて相当性を欠く点があるということはできない。
3 検討
被告の主張する解雇事由のうち、就業規則上の解雇事由(35条1項5号)に該当するといえるのは、私用メールによる上司への誹謗中傷行為及び他の従業員の転職斡旋行為のみであり、後者については背信性の程度が低いこと、原告が本件解雇時まで22年間にわたり被告のもとで勤務し、その間特段の非違行為もなく、むしろ良好な勤務実績を挙げて被告に貢献してきたことを併せ考慮すると、本件解雇が客観的合理性及び社会的相当性を備えているとは評価し難い。したがって、本件解雇は解雇権の濫用に当たり無効である。
4 被告の支払うべき未払賃金額(略) - 適用法規・条文
- 労働基準法20条1項、3項
- 収録文献(出典)
- 労働判例870号83頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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