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工業技術専門学校私用メール懲戒解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
工業技術専門学校私用メール懲戒解雇事件(パワハラ)
事件番号
福岡地裁久留米支部 − 平成15年(ワ)第375号
当事者
原告 個人1名
被告 学校法人K工業大学
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年12月17日
判決決定区分
一部認容、一部棄却
事件の概要
原告は、昭和52年4月、被告の経営するK工業技術専門学校(被告学校)の前身学校に自動車科教師として採用され、平成8年4月、被告学校の自動車工学科進路指導課長に就任し、教師としても授業を担当していた。

原告は、平成12年12月頃から、学外の交際相手の女性Aとの間で、被告から貸与されたパソコンを使用して連日のように頻繁に私用メールを交わしていた。また原告は、平成13年4月頃から、出会い系サイトで知り合った複数の女性とメールを交換するようになり、同サイトに登録するようになった外、平成14年5月及び6月には、複数の出会い系サイト及び結婚相談所のサイトに登録した。更に原告は、平成15年1月、本件メールアドレスを使用して新たに出会い系サイトに登録し、そこで出会った女性Bと連日のように何回もメールを交換し、同年7、8月頃、SMパートナーの募集などの投稿(本件投稿)をした。そして、原告のパソコン内のメール送受信記録には、平成10年9月21日から平成15年9月3日までの受診記録1650件余及び平成11年5月18日から平成15年9月4日までの送信記録1330件余があるところ、Aとの私用メールが、送信・受信各370件、330件、出会い系サイト関連と思われるものが、送信・受信各440件、470件程度あった。また平成15年6月について見れば、送信・受信各100件ずつあるところ、そのほとんどはBとの私的メールで、業務に関連するものはほとんどなかった。

被告は、平成15年8月6日、「通行人」と称する者から通報を受けて原告の私的メールを知り、同月末までにメールサーバーの調査をしたところ、上記のような原告のメールのやりとりを把握した。そこで同年9月4日、被告学校の校長が原告から事情を聴き、事務局長と三者面談を行って自主退職を勧めたところ、原告は事実関係は認めたものの、罪悪感が乏しかったことから、被告はパソコンを引き上げるとともに、同月8日、原告に対し出勤停止の措置をとった。そして被告は懲戒委員会を開催したところ、全会一致で原告の懲戒解雇が相当とされ、これを受けて理事会は、同月25日付けで原告を懲戒解雇した。

これに対し原告は、同月29日、本件懲戒解雇について、1)被告が本件投稿判明から約1ヶ月間原告に注意・確認をしなかったこと、2)被告が本件投稿を消去しなかったこと、3)「M嬢」とのメールの送受信はなかったこと、4)メールの交換について説明したいこと、5)本件懲戒解雇の手順が納得できないことを指摘し、不服申立をしたが、これを受けた苦情処理委員会は、手続きに不備はなかったとの結論を原告に通知した。

原告は、出会い系サイトに書込をしたこと等は事実だが、処分理由の資料が非開示とされ、弁明の機会が与えられず、他の事例と比べて処分が均衡を欠くことから、本件懲戒解雇処分は権利の濫用により無効であるとして、被告に対し、雇用契約上の地位の確認と未払の給与の支払いを請求した。
主文
1 原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、金755万6470円、幣制16年12月5日限り金98万8132円及び同年10月から本判決確定に至るまで毎月22日限り金46万8592円を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件懲戒解雇が有効か否か
原告は、学生・生徒の人間性、人格形成等についても関わることが予定される専門学校の教職員として、自ずと職業上高い倫理観を要求され、また被告学校における校長に次ぐ地位の管理職として、日々の業務の遂行に対し、職場での規律保持等について、一般職員より重い責任を負っていたことはいうまでもない。

かかる立場からすれば、原告が職場において、勤務時間内外を問わず、業務用パソコンを使用して、極めて多数回の私用メールを送受信していたこと、合計7つの出会い系サイト及び1つの結婚相談所サイトに登録し、出会い系サイトで出会った者と多数回メール交換をしていたことは、服務規則に違反するし、とりわけ、原告が本件メールアドレスを使用して本件投稿を行ったことは、その投稿内容に照らし、破廉恥とのそしりを免れない点や、本件メールアドレスを通じて投稿者が被告関係者であると判明し得る点からも、モラルを欠き不適切であって、服務規則に違反するものである。これら一連の行為は、被用者として職務専念義務や職場の規律維持に反するというだけでなく、原告の教職員としての適格性にも疑問を生じさせるし、更には被告や被告学校の名誉信用にも係るものであって、これらは服務規則75条1号(学園、学校等の名誉信用を傷つけたとき)及び18号(その他前各号に準ずる違反又は不都合な行為があったとき)の懲戒解雇事由に一応は該当するものである。しかしながら、懲戒解雇は、被用者に対し従業員としての地位を喪失させるという極めて重大な不利益を負わせるものであることから鑑みると、規律違反の種類、程度、被処分者に関する事情、その他諸般の事情を考慮して、相当なものでなければならず、客観的に合理的な理由を欠き、又は社会通念上相当として是認し得ない場合には、懲戒権の濫用として無効になると解すべきである。

原告には、このように職務専念義務や職場規律の違反があるほか、教師としての適格性に疑問がないではないにしても、本件投稿に基づくメールのやりとりは、紹介者との間の送受信が数回あるだけであり、本件投稿以外では出会い系サイトで知り合った者と私的なメール交換を繰り返しており、その内容はいずれも直接性的関係を求めるなどの卑猥なものとは性質を異にしている。そして原告は、本件懲戒解雇当時、自らの職務である学生に対する授業や学生の就職関係の事務を特に疎かにしたことはなく、メールの送受信自体によって被告学校の業務自体に著しい支障を生じさせてもおらず、生徒に対して格別の悪影響を及ぼしたことも窺えない。

また、本件投稿等に関連する反響が生じたのは、本件訴え提起後の新聞報道以降のことであるから、本件投稿等自体が、具体的・現実的に被告ないし被告学校の名誉・信用を毀損し、その社会的評価を低下させたとは直ちにはいい難い。更には、被告においては、パソコンに関する使用規程はなく、他の職員もこれを少なからず私的に利用していたという事情もあり、本件のような結果を招いたことに、その経緯において、被告にはこれに適宜対処しなかった落ち度がないともいえない。これらに加え、原告は被告学校に昭和52年4月に勤務して以来本件懲戒解雇まで長期間にわたり、教師あるいは進路指導課長としてまじめに働いてきたものであって、校長着任拒否事件で平成12年に減給1ヶ月の懲戒処分を受けたほかにはみるべき処分歴もなく、本件につき謝罪文を提出するなど自らを反省改悟している。

以上のような諸事情を総合勘案すると、原告に対し、他の懲戒処分ではなくて最も重い懲戒解雇をもって臨むのは、いささか苛酷に過ぎるといわざるを得ず、本件懲戒解雇は解雇権の濫用として無効というべきである。したがって、原告は、被告に対して、雇用契約上の地位を有することとなる。

2 賃金及び賞与について(略)

適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例888号57頁
その他特記事項
本件は控訴された。