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S区勤労福祉サービスセンター定年後再雇用者解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
S区勤労福祉サービスセンター定年後再雇用者解雇事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成17年(ワ)第11537号
当事者
原告 個人1名
被告 S区勤労福祉サービスセンター
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年08月25日
判決決定区分
一部認容、一部棄却
事件の概要
被告は、中小企業勤労者福祉に関する調査研究・情報提供・各種セミナーの実施等を目的として設立されたS区の外郭団体の財団法人であり、原告は昭和36年5月に東京都職員として採用された後、昭和41年4月にS区職員に移籍して、平成14年3月に定年退職するまで同区の職員であり、退職と同時に被告に管理課長として就職した。

被告の組織は、平成15年度は、事務局長にA、管理課長に原告、事業課長にBであったところ、Aの退職により平成16年4月からは事務局長が空席となり、原告が次長で事務局長代行を兼務し、その下に事業管理課長としてBを置き従来の2課制を1課制にした。

原告は、被告に入社以降5級4号の給与を得ていたところ、平成16年度には次長兼事務局長代行となったことから、7級3号に一時昇格をし、平成17年に新事務局長Cの赴任により、原告は再び5級4号の給与格付に戻された。被告は平成17年度から更に人員削減することとして、平成16年11月25日、原告に対し区政調査員への就任を打診した。しかし原告は、Aが辞めた後に被告の債権運用が批判されたことから原告を排除しようとしているように感じられたこと、給与が大きく下がることから、この申し出を断った。被告はその後も原告に対し区政調査員への就任を説得したが、原告が頑としてこれに応じなかったため、平成17年2月末日をもって原告を解雇した。

これに対し原告は、就業規則に定年年齢が65歳と規定されていること、被告による原告への実質的職場異動の打診は、「草の根通信」やAからの執拗な攻撃を受けた原告の事務処理上のミスを嫌悪して、原告を被告から引き離そうとしたもので、何ら合理性を有しないことを主張した。その上で原告は、本件解雇は整理解雇に当たるところ、整理解雇の4要件のいずれも満たさず無効であるとして、雇用関係の存在の確認及び給与の支払いを請求するとともに、事務局長Cの就任により給与を7級3号から5級4号に減給したことは違法であるとして、従前の給与との差額の支払いを求めた。
主文
1 原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、平成17年3月以降、毎月15日限り金28万7842円を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、これを4分し、その1を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件給与減額の有効性について
原告は平成16年度は次長職としての5級4号にあったこと、前事務局長Aについて問題ある人物と位置付けられ、後任事務局長については公募を予定して一時的に空席としていたものであり、その間暫定的に原告が事務局長代行として職務を遂行する都合上事務局長と同待遇の7級3号に格付けしたものであることが認められる。したがって、原告の事務局長職代行は身分の保障されたものではなく、あくまで一時的なものに過ぎず、本来の事務局長が補充されれば原告は本来の次長職に戻り、同様に5級4号になることが予定されており、原告もこのことは十分知悉していたものと考えられる。

原告は、平成17年2月1日の人事が、被告(S区)からの人事異動を断った報復であることや公募制によることとしたのに従前と同様区のOBをもって充てていることなどから人事権の濫用に当たるとするが、S区ないし被告を取り巻く情勢からこの時期に新事務局長を急遽公募によることなく充てたことが必ずしも人事権の濫用とまでは見ることができない。それゆえ、本件給与減額が無効であるとする原告の主張は採用できない。

2 雇用契約の性質及び本件解雇の有効性
まず、原被告関の雇用契約については、被告がS区の100パーセント出資による外郭団体であることから、実態として被告の管理職が定年退職した後の再就職先の一つとして受皿になっているところはあるものの、法人格としてはS区とは別の財団法人であり、それゆえ、平成14年4月1日以降の原被告間の労働契約は、公務員労働関係とは別のものであり、労基法の適用を受ける雇用契約であることは明らかである。

次に、原被告間の雇用契約が、純粋な私法上の契約関係にあるとしても、本件解雇が原告が主張するような整理解雇であるかどうかについては慎重に検討すべきである。本件では、被告が営利法人ではなく多額の財産をS区ひいては国の補助金に負っている公益法人であり、その規模も10人以下で、事実上はS区の監督・指導のもとに運営されている団体であることからすると、本件解雇を整理解雇とりわけ解雇の合理性、解雇回避努力、適正な手続き、人選の合理性といった事柄に定型的に当てはめて考えることの妥当性には疑問がある。むしろ、被告団体の性質、背後の支援組織、その置かれた情勢、経済的側面その他事業計画の実施の必要性といった使用者側の事情と原告が本件解雇により被る不利益とを総合的に考慮した上で、就業規則の解雇要件である「事業の縮小その他やむを得ない事業上の都合によるとき」に該当するか否かを解雇権濫用法理に照らして慎重に検討すべきである。

被告は、(1)S区の財政状況に基づく5カ年間にわたる中期計画を策定する中で人件費の削減を検討しており、当初は平成13年から17年までの計画を情勢の変化に対応して毎年見直ししていること、(2)被告においては、平成15年度にも1課を廃止して2課体制に移行し、平成16年度にも1課体制にし、平成17年度は管理事務は事務局長に集中させ、これによって人員は、平成15、16年度が11名、平成17年度が9名となっていること、(3)平成16年度は事務局長が空位だったことから実際は10名であったこと、(4)被告は独自の判断で人員削減をする事情にはなく、区の意向によっている実態にあること、(5)被告は、財政基盤の安定を図るため事業収入や会費収入による収益の増加を計画していること、(6)管理経費はどうしても補助金に依存せざるを得ない構造にあること、(7)国からの補助金は平成15年度が1080万円であったのが、平成16年度からは900万円に減額されており、平成20年度には国からの補助金は打切りとなる予定であるものの、S区からの補助金は依然として相当額にのぼること、(8)原告が定年年齢の65歳まで勤務すると平成19年度までであり、国の補助金打ち切りの前年度までであること、(9)被告ないしS区は、平成16年6月以降、前事務局長Aの告発等の中身には原告が管理課長のときに行った債権購入のための事務処理のあり方とその事務処理決裁文書の日にちの記載変更があり、被告の運営上何らかの対応を迫られていたと考えられること、このような事情の下に、被告(S区)は、平成16年11月頃原告に次長を辞めて区政調査員への就任を要請し、原告がこれに応じなかったため、平成17年2月に空席となっていた事務局長に前教育長のCを就任させ、その後も原告が説得に応じなかったため、同年2月28日限りで原告を解雇した上で新たな次長を就職させ、それとともに就業規則を改正している。

以上からすると、なるほど被告あるいはS区には、財政的に被告の経営を改善していく必要にある程度迫られていたことは窺われるものの、S区からの補助金も漸次これまでにも低減されてきており、被告においても補助金以外からの収入の増加のための方策と支出削減のための組織改革、人員削減の努力は平成15年度、16年度に実行してきており、財政面から平成17年度に必ずしも原告を解雇して組織改革を図らなければならなかったかどうかは疑問である。

むしろ、被告(S区)は、外部における被告内の批判をかわすために、当該批判の矢面に立たされている原告を被告以外の別のポストに異動させて事なきを得ようとしたものと受け止められても仕方のない対応であったのではなかろうか。確かに債権購入に当たって当時の事務局長との確執が窺われるものの、いわば原告の独断専行で行った行為及びその後の決裁文書の期日についての変更書き換えについては原告に問題が認められるものの、これをもって本件解雇という対応をとらなければならなかったとは評価できない。それゆえ、被告による原告に対する本件解雇は濫用にわたるものとして無効である。

なお、整理解雇によったとしても本件解雇が有効であるか検討するに、整理解雇の4要件に当てはめて検討するところ、S区の財政が被告への補助金、ひいては原告を解雇して人件費を削減しなければならなかったほどの状態であったとは認められないこと、解雇回避努力としても区政調査員への斡旋をもってしては、これに原告が応じなければならないとすると年間160万円程度の減収になり、原告に不利益であることは明らかであること、本件解雇に至る手続き及び人選の合理性においても、区政調査員への再就職の説得を繰り返しているほかには建設的な提案がなく、新次長に原告がどうして就けないのかについて説明義務を尽くしているとはいい難いことなどから、いずれも不十分との誹りを免れない。

そうすると、本件解雇は無効であるから、原告は被告との雇用契約上の地位を依然有しており、原告は被告から平成17年3月1日以降毎月5級4号の月例給与を受け得ることになる。
適用法規・条文
労働基準法39条4項
収録文献(出典)
労働経済判例速報1951号22頁
その他特記事項