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N社(休職命令・退職)事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
N社(休職命令・退職)事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 − 平成21年(ワ)第32867号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社



個人1名
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年02月25日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
被告会社は、物流事業全般を営む株式会社であり、原告(昭和39年生)は平成元年4月被告会社に入社し、平成13年3月に本件事業所営業係長に任ぜられた者、被告Aは本件事業所長である

平成17年6月29日、被告会社は原告に対し、ビジネスセンターへの異動内示をしたが、原告はこれに強い拒絶反応を示し、翌30日、急性口蓋垂炎による呼吸困難で倒れ、災害医療センターに搬送されて治療を受けた。原告は翌7月1日に本件事業所に出勤したが、同月4日以降欠勤し、うつ病の診断を受けた。原告は、同年9月13日、主治医のB医師から、なお3ヶ月間の休養加療を要する旨の診断を受けて欠勤届を出し、その後も同医師から休養加療を要する旨の診断を受け、欠勤を継続した。

原告は、平成17年8月頃から、被告会社に対し、「被告Aは原告を追放しようとしている、」「被告A一派の犯罪行為(痴漢、暴力、職場内飲酒)」、「被告Aの恐喝罪、労働基準法違反、強要罪、私文書偽造」など被告Aを激しい調子で非難・攻撃する手紙を繰り返し送付するようになり、その後も被告会社に対し手紙を送付して、「事実を改竄偽装」、「人命蔑視」、「悪質な法律違反行為」など激しい調子で被告Aを犯罪者呼ばわりするなどした。

一方、被告会社は原告に対し、本件異動内示の経緯や理由、被告Aの実際の言動、欠勤期間は平成18年9月15日までであり、それまでに復職しないと休職発令をする旨説明した。人事担当のF次長は、本件休職発令の直前に同発令の予定を説明したところ、原告は納得できないと激昂し、その際労働時間管理の不備により支払われていない時間外労働についての割増賃金を請求する旨の主張があったことから、F次長は事実を確認した上、2年分の時間外労働に係る割増賃金222万円余を支払った。

本件事業所の産業医であるC医師は、原告に対し診療情報の提供を求めたが、原告がこれを拒否したため、B医師にその旨依頼し、平成20年1月21日、傷病名を「恐怖性不安障害」との情報提供を受けた。これを受けてC医師は、原告の症状は改善し、就労可能な状態になってきているが、本人の信頼感の回復を待たずに職場環境に入ることは、症状を悪化させる可能性が極めて高いという意見書を被告会社に提出した。被告会社は、平成20年2月1日、原告に対し、休職期間満了日(1月31日)までに疾病が治癒し、休務療養の必要がなくなったとは認められないとの理由で、同日付けで本件退職扱いをした旨通知した。

これに対し原告は、本件配転命令は無効であり、原告が欠勤を余儀なくされた原因は、被告Aが長年真実と異なる労働時間を記入するなどして時間外労働手当の受給を妨害したこと、被告会社はB医師の「ストレスの少ない職場であれば復職可能」との診断書を無視して本件休職命令の発令を強行したこと、本件退職直前には症状が改善しており復職は可能だったのに被告会社は復職させず退職としたことを主張し、仮に本件休職命令が無効でなくても、被告会社は原告の休職の原因を作り、しかも復職可能とする診断を無視したから、退職扱いすることは信義則に反し許されないと主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めた。また、原告は、被告Aが上司の立場を利用して金銭の交付を強要した外、時間外労働について虚偽の記載をし、是正要求を妨害したなどとして、被告会社に対しては不払い賃金、被告会社及び被告Aに対しては、慰謝料各200万円、割増賃金相当損害686万9141円、弁護士費用88万6914円を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件休職命令が無効か否か

被告会社は、当初、本件休職命令の発令を、疾病による欠勤開始の1年後である平成18年9月16日に予定していたが、その直前に被告会社の労働時間管理の不備などが判明して2年分の割増賃金を支払うなどしたため、平成19年2月1日まで遅らせた。その過程で、F次長は、原告が被告Aに対し理不尽ともいうべき非難・攻撃を繰り返していたにもかかわらず、根気よく対応して、再度診断書を提出するよう求め、また原告に対し、発令の内示をした際、復職に前向きに取り組むよう励まして、その後も何度か電話をするなど接触を図っている。このような事実によれば、被告会社は、原告の当時の状況を踏まえてその立場に配慮した働きかけ等をしたものということができるから、被告会社が原告を退職に追い込む目的を有していたとは認められない。

B医師は平成19年1月23日、「病状は改善し、就労は可能と思われる」という診断をしている。しかし、この診断書は同時に「可能であればストレスの少ない職場への復帰が望ましい。尚今後6ヶ月程度の通院加療が必要と思われる」という留保があり、またストレス反応性不安障害を発症していた原告は、不安の除去が復職の条件であるのにその内容についてB医師と話をしたことがなく、これを聞いたF次長がB医師と話をするよう助言している。この事実によれば、F次長はこの診断書の信用性に疑問を抱いたと考えられるが、これは合理的といえる。したがって、被告会社が復職可能診断を不当に無視したとは認められないから、本件休職命令は無効とはいえない。

2退職扱いは信義則に反し許されないものか否か

原告は、仮に本件休職命令が無効でなくても、被告会社は原告の休職の原因を作り、しかも復帰可能診断を不当に無視したものであるから、本件退職扱いするのは信義則に反し許されないと主張する。しかし、原告は平成13年3月から約4年4ヶ月にわたり、被告Aと通常の部下と上司の関係を維持しており、被告会社は原告の主張どおり時間外労働を認め、原告に謝罪して2年分の割増賃金を支払っており、この事実によれば、被告会社はその時点で考えられる相応の対応をしたということができる。また、平成13年頃に始まったと考えられる労働時間管理の不備と、原告の口蓋垂炎や不安障害との間に、直ちに相当因果関係を認めることはできない。したがって、被告会社が原告の休職の原因を作ったとは認められない。

B医師は、平成20年1月21日、C医師に対し、会社に対する信頼回復が重要との留保付きで、復職可能との情報を提供した上で、原告の病状経過等について、職場復帰は可能であるが、会社が信頼回復の努力をすること、発病時の職場、当時の上司が関わる職場は望ましくないこと、産業医は原告の病状が改善していないと主張するが、主治医に情報を求めず、原告に面談もせずに判断することは問題であること、異動の発令が直接発症(恐怖性不安障害)の心因になったと思われることなどの意見を述べた。しかし、B医師は、原告が被告会社に送付した多数の名誉毀損ともいうべき手紙の存在と内容を詳しく知っていたと認めるべき証拠がない。

原告と被告会社との信頼関係が失われた原因は、主に原告が本件異動内示に対し強い拒否反応を示して、被告Aを犯罪者呼ばわりするなど激しい調子で非難・攻撃を繰り返すなどしたところにあると考えられる。B医師の意見には、被告会社が信頼回復のために努力することが必要という部分があるが、努力といっても結局原告の要求を受け入れなければ成立しない。一方C医師は、原告の手紙の存在と概要を知っていた上、原告から、一旦同意したはずの診療情報提供を不可解な理由で拒否するという手紙の送付を受けたこともあったから、信頼回復の責任を被告会社だけが負うものではないことを理解していたと考えられる。このような点に基づき、原告の病状が回復していたとは思えないとしたC医師の意見は、相当の説得力があるというべきである。

以上の事情等に、原告は、休職期間満了日を超えて平成20年9月頃まで抗不安薬等を服用していたことも考慮すると、被告会社が復職可能診断を不当にも無視したものと認めることはできない。以上によれば、本件退職扱いが信義則に反し許されないという原告の主張は失当というべきである。

3 被告Aの不法行為の有無及び消滅時効の成否

被告Aが平成13年頃原告から3万円を借りたことは争いがないが、その際、強いて金銭を交付させたと認めるに足りる証拠はない。原告は、口蓋垂炎で倒れるまで被告Aと通常の部下と上司の関係を維持していた。原告は被告会社に送付した多数の手紙において、被告Aに対し、激しい非難・攻撃を繰り返しているが、その中で、被告Aが原告に対し無理矢理2万円を交付させたことに言及した部分が見当たらないから、このような事実を認めることはできない。したがって、原告の強いて金銭を交付させたことなどに基づく慰謝料の請求は失当というべきである。

本件事業所における労働時間管理の不備の原因は、被告Aが出勤表に真実と異なる労働時間を記入するなどの不適切な取扱いをしたところにある。しかし、被告会社は、消滅時効期間を考慮して、2年分について原告の主張のとおりの時間外労働を認め、労働時間管理に不備があったことを謝罪した上、平成19年1月、原告に対し、割増賃金約222万円を支払った。そうすると、被告Aの不適切な扱い(不法行為)に基づき原告の被告らに対する割増賃金相当の損害賠償債権(平成15年6月分羽前のもの)が発生したとしても、これは時効により消滅した。
適用法規・条文
民法95条、96条1項
収録文献(出典)
労働判例1028号56頁
その他特記事項
本件は控訴された。