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T美容院美容師解雇事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- T美容院美容師解雇事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成20年(ワ)第8154号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年04月16日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は美容院の経営等を業とする株式会社であり、原告(昭和55年生)は、平成13年4月4月、被告との間で雇用契約を締結し、平成15年5月にスタイリストになり、平成17年1月にはR店の店長になった者である。
原告は、店長就任後しばらくは熱心に練習していたが、同年4月頃から練習を怠るようになり、またスタッフの分担作業にも著しく非協力的であった。被告では出退勤時刻をタイムカードに打刻することになっていたところ、原告は遅刻した時はあたかも営業開始時刻前に出勤したかのようにタイムカードに出勤時刻を手書きして遅刻を申告せず、平成18年7月以降は打刻よりも手書きの方が多くなっていた。
被告は、以上のような原告の言動について指導していたが、その技術力や勤務態度・接客態度に余り改善が見られなかったことから、原告をテクニカルリーダーに降格させた。原告は平成19年3月から4月にかけて、常連客からのクレームについて、責任を客にかぶせるような言動をしてトラブルを起こしたことから、被告はこれまでの勤務状況と併せて、これ以上原告を雇用することはできないと考え、原告と面談した。そこで原告から、アシスタントからやり直したい旨の申入れがあったため、被告はこれを受け入れ、努力目標を明確にさせた上で、アシスタントとして3ヶ月の期間を区切って最後のチャンスを与え、その間の様子を見て最終的に解雇するか否かを決めることとした。
原告は、同年5月1日付けで南青山店に異動し、最初の2週間は改善の意欲を見せたものの、その後は、ダラダラ施術を行う、スタッフが手助けを頼んでも無視する、立ち姿勢や言葉遣いが悪い、馴れ馴れしい態度で接客する、だらしない格好をする等、従前同様の勤務態度に戻ってしまい、注意・指導されても一向に改まることはなく、南青山店の雰囲気が極めて悪くなったことから、被告は同月中旬、原告を洗足店に異動させた。そして被告は、原告については、技術的進歩を期待できず、接客態度や勤務態度も劣悪で、何度注意しても改善する意欲もなく業務に支障が生じたことから、同年7月27日、就業規則「勤務成績または効率が著しく不良で就業に適さない」に該当するとして、原告を解雇した。
これに対し原告は、技術水準は被告の要求する水準に達しており、意欲も十分であること、遅刻は年数回にすぎないこと、クレームの発生は被告が原告に責任を押し付けたものであること等を主張し、本件解雇は解雇権の濫用により無効であるとして、被告に対し、従業員としての地位の確認と慰謝料100万円の支払を請求した。また原告は、始業開始時刻の30分前には出勤を義務付けられおり、休憩時間は120分とされながら、30分の食事時間しか取れなかったとして、時間外労働賃金222万円余の支払を請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、43万6015円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを25分し、その2を被告の、その余を原告の各負担とする。
4 この判決は1項につき仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件解雇の有効性について
原告は、被告の定める標準施術時間の範囲内で施術を行うことができず、またカットのバランス・デザイン・形の悪さ、パーマのロッド巻の拙さ、カラーの仕上がりの悪さなど、施術の基礎が身に付いておらず自己流となっており、これらに対する改善指導に対しても真摯な改善意欲がないために改善の見込みも認められないことや、被告の要求する技術・方法を敢えて無視して施術していること、遅刻が極めて頻繁に繰り返され、度々の注意・指導にもかかわらず改善しなかったばかりか、遅刻したのにタイムカードの出勤時刻欄に手書きで虚偽の出勤時刻を記載することを繰り返し、店長ミーティングでは虚偽の報告をしたり、客からのクレームに対し、自己弁護や自己の正当性を主張して謝罪することなく、かえって客に責任があるかのような言い方をするなど不適切な対応をしただけでなく、被告に対する必要・適切な報告も怠ったこと、だらしない服装や不適切な接客態度が度重なる注意・指導にもかかわらず改善しなかったこと、勤務態度が不良であってスタッフの分担作業にも著しく非協力的であり、これら問題ある勤務態度・勤務姿勢について、3ヶ月間の最後のチャンスにおいて、再三再四にわたり、ほぼ毎日のように注意・指導されたが、一向に改まることがなく、かかる最後のチャンスを原告自ら放棄したような勤務態度であって真摯な勤務姿勢が見受けられないこと、そのため、スタッフからも客からも原告に対する苦情が止まなかったことからすれば、原告には、被告の就業規則38条1項3号が定める「勤務成績または効率が著しく不良で就業に適さない」との解雇事由が存在することは明らかである。
そして、被告は、平成18年7月以降、土曜及び日曜に、接客や技術の向上を図るべく、原告を客数が多い南青山店に勤務させて直接指導してきたこと、原告の勤務状況等の不良のために平成19年1月に店長からテクニカルリーダーへ降格したが、その後も客のクレームに対して原告に不適切な対応があったことから、同年5月1日にアシスタントに降格し、3ヶ月間の最後のチャンスを与えたものの、同年5月14日までは改善の意欲を示したものの、同月17日以降は、勤務態度及び接客態度等の不良が顕著であって、真摯な勤務姿勢及び技術水準の向上に対する意欲も見られなかった。このように、段階的に原告の処遇を図り、この間、被告からは度重なる注意・指導がなされたにもかかわらず、結局、原告には改善の意欲も成果も見られず、3ヶ月間の最後のチャンスを自ら放棄したような勤務態度・勤務状況であったことに照らせば、本件解雇はまことにやむを得ないものであって、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められないとはいえないから、有効と認めるのが相当である。
2 原告の時間外労働手当の額について
被告においては、美容師の研鑽のため、営業開始時刻の1時間30分前から店舗を開放してスタッフが自主的に練習することができる場を提供しており、実際に多くのスタッフが営業開始時刻の30分以上前に出勤して、営業開始時刻まで自主的に練習していたが、被告において営業開始時刻前に出勤することを義務付けていなかった。しかし原告は、R店店長の頃には、営業開始時刻前に出勤しても、自主的に練習することもなく、私用で時間を費やすことが多かった。
原告は、常に営業開始時刻30分前に出社していたので、開始時刻は営業開始時刻の30分前とすること、営業開始時刻の30分前に遅れた場合は遅刻扱いとなり、精勤手当を控除されていた旨主張するが、客観的な証拠に明らかに齟齬するものであって、到底信用できない。そして、営業開始時刻の30分前に出勤した場合でも、営業開始時刻までの時間は、スタッフの自主的な練習時間とされていたのであるから、これを被告の指揮監督下にある労務提供時間と認定することはできない。ただ、店舗の看板を外に出したり、前日にできなかった店舗の清掃をすること等は、店舗営業開始時刻前に準備すべき作業であり、かかる準備作業が業務であることは否定できないが、時間外労働手当の請求にかかる期間中、原告がこれら営業開始時刻前の準備作業にどの程度の時間を費やしたのかは明らかではなく、他方、原告はタイムカードの出勤時刻について相当数の手書きを行い、その中には遅刻が相当程度の割合を占めていたが、その割合を認定するのは困難であること、被告の主張する平成18年1月11日の180分及び同年4月23日の52分の遅刻以外の遅刻について、どの程度の遅刻であったかを認定するのも困難であることから、本件では営業開始時刻(始業時刻)をもって一律に原告の労務の提供開始と認定するほかない。
R店については一般的にレジ締めから終業まで15分を要すること、レジ締め時刻後も退社時刻まで15分を超えるものについては、その超えた時間についての業務の存在及び必要性についてはこれを認めるに足りる的確な証拠がないことから、業務終了に関する客観的な基準時刻を、レジ締め時刻に15分を加算したものとするのが実態に最も沿うものと考えられる。そこで、原告がレジ締め時刻より遅い時刻を終了時刻として主張している場合にはレジ締め時刻の15分後を業務終了時刻とし、原告がレジ締め時刻後15分以内の時刻を業務終了時刻として主張している場合には原告の主張通りの時刻を業務終了時刻と認定するのが相当である。
R店には常時スタイリストがおり、ことに平成18年6月以後はスタイリスト3名の態勢であったこと、R店は予約制であった上に、来客者数は1日6〜8人程度であって実働時間はそれほど長くはなく、客の来店は主に夕方以降であり、昼間は比較的空いていたことから、原告が常に待機状況にはなく、細切れにせよ合計120分程度の休憩時間は十分に取ることができたものと認められる。そこで始業時刻から終業時刻までの時間から120分の休憩時間を控除すべきである。
以上の方法によって、原告の時間外労働時間を算定すると、午後10時以前は198時間29分、午後10時以降は148時間03分、休憩時間の不足合計時間は3時間31分である。したがって、原告の時間外労働の未払賃金は、午後10時以前は23万1984円、午後10時以降は20万4031円である。結局原告は、被告に対し、時間外労働手当として、43万6015円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払請求権を有する。 - 適用法規・条文
- 労働契約法15条、16条
- 収録文献(出典)
- 労働判例985号42頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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