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P社非定型精神病患者懲戒解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
P社非定型精神病患者懲戒解雇事件(パワハラ)
事件番号
大阪地裁堺支部 − 平成19年(ワ)第2025号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年12月22日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
被告は、食肉加工製造及び販売等を業とする株式会社、F社は被告の子会社で、商品の仕分け、配送等を業とする株式会社であり、原告(昭和30年生)は昭和56年1月に被告の社員となった者である。原告は、近畿食肉フードサービス課に配属されていた平成4年3月頃、家の玄関扉の内側に物を重ねてバリケードを張ったり、寝室にバットを持って来るようになり、同年4月精神科に入院した。病名は非定型精神病であり、薬物治療を受けていたが、平成9年12月15日に終診となった。その間原告は、納品や営業を担当していたが休みがちで、得意先の評判が悪かったため、対人折衝がない業務として、平成7年4月にF社に出向し、商品の積込みや倉庫業務を担当した。しかし、ここでも対人関係がうまくいかず、同僚らに食ってかかったり、物に当たったりすることがあった。原告は、平成13年5月18日、持っていたモップがT運転のフォークリフトに挟まれてバラバラにされたことに腹を立て、Tの胸を手拳で殴打し、Tに5日間の治療を要する打撲傷害を与えた。原告は事情聴取を受けた際、反省と謝罪の意を記載した誓約書を提出し、同年7月23日から7日間の出勤停止処分を受けた。

原告は、平成14年5月20日、ロッカー室で着替えをしていた際、同僚のSが入室したことから、「着替え中に何で入るんだ」と叫び、意味不明の発言をしてドア、壁、製品を蹴った。Sが相手にせずに立ち去ったところ、原告は仕分け中のチャックリブ(牛肩バラ肉)の入った発砲スチロール製の箱を手拳で殴り、5箱を破損させて使えなくし、発送準備としてパレット毎に仕分けされていた商品を入れ替えて仕分け作業を阻害し、チルド剥きタンを倉庫から無断で持ち出して近くの公園に放置した(本件行為)。原告は翌日の事情聴取の際、会社は事ある毎に自分を処分しようとしているなどと大声を張り上げ、机を叩くなどした。被告は、同年6月7日、人事部長が原告から事情聴取し、自宅待機を言い渡し、更に同月24日付けで原告を懲戒解雇し、就業規則に基づき退職金を不支給とした。

原告は、非定型精神病に罹患したのは、昭和60年頃からの上司や同僚らからのいじめが原因であること、本件行為による被告の損害額は6000円程度と少額であること、本件行為に至ったのは作業妨害を受けたことによるものであること等を主張し、本件解雇は解雇権の濫用として無効であるとして、退職金の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件懲戒解雇の有効性の有無

本件行為は大事な商品の原材料の容器を破損し、被告の業務を阻害した上、商品を会社の外に持ち出したのであるから、食肉の加工製造販売業という業務に鑑みれば、職場の秩序に違反する程度は重大というべきである。また原告は、Tに対し暴行を加えて出勤停止処分を受けたのに、再度本件行為に及んだものである。更に原告は、平成4年に非定型精神病を発症し、その病状は落ち着かない、多弁、被害念慮とされていたところ、原告は平成14年5月20日、本件行為の直前、Sに意味不明な発言をしてドア、壁、製品を蹴ったというのであるから、本件行為の時点で非定型精神病に罹患していたことは否定できない。しかし、原告の非定型精神病の発症について被告には何らの落ち度もないし、原告は本件行為の時点で是非分別の能力を保っていたと考えられる。そして、被告は原告から事情聴取を行った上、労組に対する聴聞手続きを経て本件懲戒処分を行ったものであり、その手続きには何ら問題がなかったというべきである。そうすると、本件懲戒解雇は、合理的理由を欠き社会通念上相当として是認できないとはいえないから、権利濫用には該当せず、有効というべきである。



原告は、本件行為に至ったのは、被告従業員から受けた度重なるいじめによって平成4年に非定型精神病を発症し、その後悪化したこと、被告がいじめの存在を知りながらこれを防止しなかったことによるものであるから、本件行為の責任が原告1人にあるとする本件解雇は過酷である旨主張する。しかし、これについての客観的裏付証拠はなく、原告の主張するいじめというのは原告の被害念慮によるものと考えられる。したがって、原告の主張する上司や同僚からのいじめ行為があったと認めることはできず、そのような行為によって原告が非定型精神障害を発症したと認めることもできないし、被告がいじめを防止する措置を怠ったということもできない。



原告は、非定型精神病によって精神に異常を来して本件行為をしたもので、故意に本件行為に及んだものではない旨主張する。しかし、原告の非定型精神病の病状についての医学的な資料は、診療碌に「病状軽躁状態(落ち着かない、多弁、被害念慮)」と記載されていることを示す診療録のみであり、非定型精神病に罹患した患者が暴力行為に及ぶとか商品等を破損するなどの傾向があると認めるに足りる医学的根拠は見当たらない。また原告は、平成9年12月15日から平成17年7月21日までの間精神科を受診しておらず、平成14年の本件行為の前後における原告の精神状態を示す医学的な資料は存在しないから、原告が本件行為に及んだのは非定型精神病の影響によるものと考えることはできない。

他方、原告は平成13年5月18日、Tに対し、その胸部を手拳で殴打する暴行を加えたところ、事情聴取の際、原告が持っていたモップがT運転のフォークリフトに挟まれてバラバラになったことについて文句を言ったところ相手にされなかったため腹を立てたのがきっかけである旨説明し、謝罪するつもりはない旨述べ、Tや職場の人間の批判を繰り返したものの、同年6月18日、人事部長らから事情聴取を受けた際、深く反省し、2度とこのようなことをしないことを誓うとともに、被害者に対し謝罪し、治療費を直ちに全額支払うこと、今後再び懲戒事由に該当する行為を行ったときは、会社の判断に従う旨の誓約書を提出している。また、上記暴行に関して、原告は当時から現在まで、いかなる理由があっても暴力行為をすることが悪いことであると十分に認識している旨主張しており、暴行のきっかけや内容、その後の事情聴取の内容について明確に供述しており、上記の暴行及びその後の処分までの当時の記憶は失われていないことが窺われる。そうすると、原告はその時点で是非弁別の能力を保っていたと見るのが相当である。


原告は、平成14年5月20日、ロッカー室で着替えをしていたところ、同僚のSが出入りしていたのに対し、「着替え中に何で入るんだ」などと大声を出した外、意味不明の発言をしてドア、壁、製品を蹴り、本件行為を行っている。原告は、ドアや壁を蹴ったこと以外の点については明確に供述しており、同年6月25日頃管理職ユニオンに加入し、身分・地位について交渉を通告する旨を記載した通告書を被告に送付した上、同年8月26日、管理職ユニオンのHとともに被告関西支店を訪れ、離職票の「懲戒解雇」との記載を「一身上の理由による退職」と書き換えることを求めたのであるから、原告は本件行為の時点で、是非弁別の能力を保っていたと見るのが相当である。したがって、原告は、非定型精神病によって精神に異常を来して本件行為をしたのではなく、故意に本件行為に及んだものと認められる。そして、被告は原告から事情聴取を行った上、労組に対する意見聴聞の手続きを経て本件懲戒解雇を行ったものであり、本件懲戒解雇の手続きには何ら問題がなかったというべきである。そうすると、本件懲戒解雇が原告にとって過酷であり、社会通念上相当性を欠くということはできない。

2 退職金不支給の有効性の有無について

被告の就業規則には、懲戒解雇された者に対しては退職金を支払わない旨が規定されており、上記のとおり、本件懲戒解雇は権利の濫用には該当せず、有効というべきである。

これに対し原告は、被告従業員のいじめにより非定型精神病を患い、被告が原告に対するいじめ及び原告の病状を知りつつこれを放置したために本件行為に及んだものであるところ、本件行為によって生じた損害が微少であることも考えれば、本件行為が原告の23年にもわたる勤続の功を抹消するほど著しく信義に反する行為であったとはいえないから、原告に対する退職金不支給は、権利濫用に当たり違法無効である旨主張する。しかし、上記のとおり、原告が被告従業員によるいじめにより非定型精神病を患い、被告が原告の病状を知りつつこれを放置したために本件行為に及んだとは認められない。そして、本件行為は、被告の業務内に鑑みれば、職場の秩序に違反する程度は重大というべきであり、しかも原告はTに対し暴行を加えて出勤停止処分を受けたのに、再度本件行為に及んだものである。そうすると、本件行為は原告の勤続の功を抹消するに足りる著しく信義に反する行為であったといわざるを得ず、原告に対する退職金不支給が権利濫用に当たるということもできない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
適用法規・条文
労働契約法15条、16条
収録文献(出典)
判例タイムズ1352号176頁
その他特記事項
本件は控訴された。