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R社解雇・割増賃金不払等事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- R社解雇・割増賃金不払等事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成20年(ワ)第17196号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年10月29日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は学習塾の経営等を目的とする株式会社であり、原告は平成19年7月5日、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結した者である。なお、原告は昭和62年4月被告に入社して講師として勤務していたが、平成15年3月末に自己都合により退職し、その後他の学習塾勤務等を経て被告に再入社したものである。原告は、小学校4年生から6年生及び中学生に対して、文系科目(英語、国語、社会)を指導していた。
被告では年4回生徒にアンケートを実施しているところ、平成19年8月の生徒アンケート調査では、原告は70名68位であった。同年9月下旬頃から原告に対し、中身が多すぎる、板書が多すぎる、何を言っているのかわからないなどのクレームが発生し、一般研修会における模擬授業でも、参加者から同様な指摘があった。同年10月から11月にかけて実施された生徒アンケートにおいて、原告は69名中最下位であり、平成20年1月に実施されたアンケートにおいても、原告は68名中最下位であった。
同年3月、被告は原告を一旦授業から外した後同年4月に再び授業を担当させ、原告を本部で実施する授業研修に毎週参加させて授業改善に向けて指導を行っていたが、原告の授業内容は改善されず、同月に行われたアンケートにおいても78名中77位、同年6月のアンケートでも84名中最下位であった。
被告は、同年7月4日、原告には授業能力の向上、改善の意欲が認められず、生徒アンケートの評価は最低線から向上しなかったとして、就業規則「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職種にも転換できない等、就業に適さないとき」、「勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、社員としての職責を果たし得ないとき」に該当するとして、原告を解雇した。
これに対し原告は、生徒アンケートの結果のみで勤務成績を計ることはできないこと、大勢の生徒を相手にしている以上、一定数のクレームの発生はやむを得ないこと、原告の授業等に関する能力は十分なものであること、解雇の理由が変遷していること等を理由に、本件解雇の無効を主張するとともに、休憩時間、予習時間、経営会議への参加、勉強会への参加はいずれも実態として労働時間であると主張して、この間の未払賃金、賞与の支払い、時間外労働に係る割増賃金及び付加金の支払いを請求した。 - 主文
- 1 被告は原告に対し、金403万4243円及びこれに対する平成20年9月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告に対し、金403万4243円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを3分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件解雇の有効性
(1)生徒アンケート等について
生徒アンケートは「教え方」「発声」「板書」「熱心さ」「集中度」「継続」等の項目毎に集計し、このうち「教え方」が最も評価点比率が高く、同アンケートは生徒のアンケート元票を光学読み取り方式で電算処理している。以上のような同アンケートの内容や集計方法等に鑑みると、同アンケートは単なる生徒の人気投票ではなく、教え方、授業への集中度、講師の交代希望等を調査するものであって、各講師の技術力や集客力等の客観的かつ総合的な評価指標となっていると認められる。
(2)本件解雇理由の存否について
原告は、平成19年7月、被告に再入社した後、4教室において45クラスを担当し、延べ約1000名の生徒を教えたところ、同アンケートは、これらの多数の生徒を対象としたものであること、原告の後任講師は概ね生徒アンケートの評価が大きく改善されていること、他の進学塾においても実施されており、その結果は人事評価や人事配置上重要視されていることからすると、同結果については、生徒の性格や属性の影響が大きいとは認め難い。
被告の入塾説明会では、講師をチェックする体制として、生徒アンケートを重視し、この評価が悪ければ教壇に立てないことがあることを保護者に説明していること、入塾説明会の説明文言は原告も出席していた経営会議で検討されている上、原告も入塾説明会に何度も参加していること、被告は生徒アンケート結果をその都度各講師に講師ランキングとともの交付していたことが認められ、これらの点からすると、原告は、生徒アンケートにおける講師に関する評価の重要性については十分に認識、理解していたと認められる。
被告が開設する類塾は、有名校への進学を目指す学習塾であること、クレームが発生した場合、リストに記載され、各講師は必ずリストに目を通す必要があるとされていたこと、クレームが発生した場合には、授業終了後のミーティングで報告がなされ、調査・指導等の対策が講じられていたこと、以上の点が認められ、これらの点に、本件クレーム一覧表記載の原告に対するクレーム内容はいずれも具体性があること、原告に係る生徒アンケートの結果は低評価が続いていたことをも併せ鑑みると、本件クレーム一覧表は十分に信用できるというべきである。そうすると、原告に対しては、生徒・保護者から多数のクレームが寄せられていたと認めるのが相当である。
原告は、第1回の模擬授業に当たって、その趣旨が事前に伝えられていなかった旨主張するが、原告の授業に関しては、多数のクレームがつけられていたこと、原告に対する模擬授業は、教室内のミーティングにおいて決定されたこと、原告は社内掲示板に教室スタッフの協力を得て授業改善のため努力する旨記載していること、以上の点が認められ、これらの点からすると、同模擬授業の趣旨目的については、原告も十分に認識・理解していたと認められる。また原告は、生徒アンケートの評価の低迷やクレームに関する指摘はなかったと主張するが、同教室では毎日授業終了後ミーティングを実施しており、クレームが発生した場合にはその都度対応等を協議していたこと、原告に関しては、授業終了後、教室内において特別模擬授業が3回実施されていること、同教室には生徒・保護者からのクレームが寄せられていたことからすると、同教室のミーティングにおいて、この点が出なかったことは考え難い。他方、第1回の模擬授業終了後、他の講師から原告の授業の内容について感想等が述べられたこと、特別模擬授業は3回実施されたこと、原告は被告が実施する一般研修においても模擬授業を行ったこと、同授業終了後、参加者から個別具体的なアドバイスや指導注意がなされたものの、原告の授業内容等は改善向上しなかったこと、以上の点が認められ、これらの点からすると、原告は、自身の授業内容に問題があるということについて十分認識・理解し、また個別具体的なアドバイスを得ていたにもかかわらず、授業内容の改善がなされなかったといわざるを得ない。そして、研修への参加回数が多いということは、研修参加を継続せざるを得ない状況が継続したと考えざるをえないから、原告の研修回数が多いことは、とりもなおさず原告の授業能力に問題があったことを示していると認められる。原告は、平成20年3月から本部教材担当になった際、代理講師として授業を担当し、その後1ヶ月で講師として復職していることをもって、原告の授業内容等に問題はなかった旨主張するが、被告が原告を本部教材担当としたのは、原告の授業にクレームが多発したことから、一旦授業を外したものであること、代理講師は1回限りの授業であること、4月以降も原告を教材担当部署に配置しておくことは余剰人員となること、1ヶ月間原告を授業から外したことによって、原告自身も反省する期待があったことから教室に配置したこと、以上の点が認められ、これらの点からすると、本部教材担当になったことやその後教室に講師として復帰したことをもって、原告の授業能力があったとはいえない。以上のとおりであって、原告については、客観的に、被告が本件解雇理由として挙げる各事由があったと認められる。
(3)解雇権濫用の成否について
1)原告の生徒アンケート評価はほぼ最下位であったこと、2)生徒、保護者からクレームが多数寄せられていたこと、3)被告は原告に対し、授業技術研修を複数回にわたって実施したこと、4)原告が在籍していた教室においては、3回にわたって特別模擬授業を実施したものの、原告の授業内容が改善向上したとはいえないこと、5)被告は、原告の配属先を変更したこと、6)かかる被告の注意指導があったにもかかわらず、原告のアンケート評価は向上せず、また生徒・保護者からのクレームも多く寄せられる状況が続いたこと、以上の点が認められ、これらの点に、7)被告が開設する類塾が進学塾であること、8)他の進学塾との競争が激しいこと、9)一般的に進学塾の優劣や生徒・保護者が当該進学塾を選択する要素としては、有名校への進学率もさることながら、担当講師の評価も一要因となっていると考えられることをも併せ鑑みると、本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる。
原告は、仮に講師として問題があったとしても、本部教材担当としては問題がなかったのであるから、同担当へ配置転換し、雇用を継続すべきであった旨主張するが、そもそも原告は、文系の科目を担当する講師として被告に雇い入れられていること、上記1)ないし9)の各事情を総合すると、原告が指摘する点をもって、本件解雇が解雇権を濫用するものと評価することはできない。以上からすると、本件解雇は有効と解するのが相当である。
2 被告の原告に対する法定時間外労働及び休日労働に係る賃金支払請求権の有無及びその額
休憩時間とは、労働者が使用者による時間的拘束から解放されている時間を指すのであって、例えば具体的な業務がなされていいなくても、使用者の指揮命令下に置かれている限りは労働時間と解される。これを本件についてみると、原告を含む講師は、生徒からの質問があればこれに対応する必要があったこと、来訪者が講師との面談を求める場合には各講師が対応しなければならないこと、被告においては休憩時間が明確に設定されていなかったこと、各教室では、昼食時間中における生徒等に対する対応に関し、当番等を決めて対応していたとは認められないこと、各講師は、授業時間以外の時間において、生徒の成績の記録を付けたり、成績分析をしたり、授業の準備のための予習をしたりする必要があったこと、以上の点が認められ、これらの点からすると、原告は在社時間中、被告の指揮監督下から解放される時間を有していたとは認め難い。
被告は、予習時間について、飽くまでも授業の準備であり、自発的に行われるべきであることをもって、労働時間には当たらないと主張する。しかし、塾講師がその業務を遂行するために、その授業内容の事前準備を行う時間が不要とはいえないこと、予習して授業の質を高めることは塾講師にとって必須事項であること、経験豊富な講師であったとしても予習が不要になるとは考え難く、原告についても、授業のために必要があればそれに応じて十分な予習を行ってきたこと、以上の点が認められ、これらの点からすると、授業を行うために必要な予習を行うことは、原告の業務の一環であって、同時間については労働時間と評価するのが相当である。なお、予習に関しては、必ずしも客観的に必要な程度内容等が明確とはいえず、著しく長時間にわたって予習に費やす場合も考えられ、これらの時間を全て労働時間と認めることには疑問がないではない。もっとも、原告の担当科目(英語、国語、社会)や原告が再入社して1年に充たなかったことに照らすと、原告の予習時間については、不必要に長時間にわたるものとは認められない。したがって、原告が活動記録に予習時間と記載している時間については、労働時間と評価するのが相当である。また、経営会議への参加は、それ自体被告の指揮命令に基づくものといわざるを得ず、原告が経営参加に参加した時間は労働時間と認めるのが相当である。
被告は、勉強会への参加は、自主的サークル活動であって、労働時間には該当しないと主張する。しかし、勉強会は被告によって予め参加者が割り振られており、日時及び場所が決められていたこと、従業員には勉強会に参加した後にその内容に沿った投稿を起案して被告掲示板へ投稿するよう求められていたこと、勉強会に遅刻したり欠席したりすれば、上長から指導を受けたこと、以上の点が認められ、これらの点からすると、勉強会は、たとえ参加しなかったからといって何らかのペナルティを課されるものではなかったとしても、自主的なサークル活動とは認め難く、結局のところ、被告の指揮命令下において実施されていたと認めるのが相当である。そうすると、原告が勉強会に参加した時間は、労働時間であったと認めるのが相当である。
以上の点に、原告は定時に出勤するというのではなく、授業時間に合わせて出勤していたと窺われることをも併せ鑑みると、原告が配属教室に在社していた時間は、客観的にみて、被告の指揮命令下に置かれていたと認められ、同指揮命令下から解放される時間があったとは認め難い。そうすると、原告の本件勤務期間に係る労働時間は、在社時間であると認められる。以上からすると、原告が被告に請求できる法定時間外労働及び休日労働に係る各賃金額の合計は403万4243円となる。
3 付加金請求の成否
被告が原告に対し時間外労働賃金を支給しないことについては、何ら合理的理由が見出し難い。そうすりと、同不支給が労基法37条に違反していることは明らかである。そうすると、本件については、労基法114条に基づいて、被告に対し、原告の法定時間労働及び休日労働に係る各賃金の認容額と同額の付加金の支払いを命ずるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法96条1項
- 収録文献(出典)
- 労働判例1021号21頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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