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N社再雇用拒否事件(パワハラ)

事件の分類
雇止め
事件名
N社再雇用拒否事件(パワハラ)
事件番号
札幌地裁 − 平成20年(ワ)第3702号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
卸売・小売業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年03月30日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
被告は、農業用機械器具の販売及び輸出入等を業とする会社であり、原告(昭和23年生)は、平成2年9月1日に被告との間で雇用契約を締結し、被告の流通基地において、通関関連業務等の業務に従事していた。

被告には、従来ユニオンショップ制をとるA組合が存したところ、原告がA組合の中央執行委員長に就任した後の平成9年5月頃、被告との対立路線を歩むA組合の流れを汲むB組合と、被告との協調路線をとるC組合とに分裂し、以後、B組合とC組合は別個に被告と団体交渉を行い、労働協約を締結していた。

被告は、平成18年4月、新たに定年退職者の再雇用制度(本件再雇用制度)を設け、同制度の内容は再雇用制度規程(本件規程)によって定められ、同規程8条では、再雇用時の賃金はその時の従業員の能力等を基に個々に決定する旨規定されていた外、再雇用可否の判断基準が規定されていた。なお、原告らB組合に所属する従業員は、平成16年から21年にかけて、55歳以降の賃金の減額を定めた平成13、14年規則及び平成17年規則の効力を争う訴訟を提起し、いずれも請求が認容されていた。

平成20年4月10日、定年間近になった原告は、被告に対し再雇用を希望する旨申し出たが、被告は同年7月1日付けの文書をもって、1)本件再雇用制度はC組合との合意の上、平成18年4月から実施しているところ、B組合及び原告はこれに反対していること、2)平成17年規則の変更によって設けられた本件再雇用制度について、B組合及び原告は不利益変更であり無効であるとして同規則の有効性を争い、裁判所も同規則はB組合及び原告には適用されないと判示していること、3)仮に本件再雇用制度が原告に適用されるとしても、原告は再雇用可否の判断基準のいずれにも該当しないことを理由に、原告を再雇用はできない旨通知した。

これに対し原告は、本件再雇用拒否は、B組合を敵視していた被告の報復によるものであり、権利の濫用又は不当労働行為に当たり無効であるから、原告と被告との間には当然に再雇用契約が成立したことを主張し、再雇用された従業員の賃金は定年退職時の賃金の60%であるとして、月額23万5080円を請求した(第一次的請求)。また原告は、仮に原告と被告との間に再雇用契約が成立していないとしても、本件再雇用拒否は債務不履行又は不法行為に該当するとして、逸失利益150万3552円、慰謝料50万円、弁護士費用130万円余を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、550万円及びうち500万円に対する平成20年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告の第一次請求及びその余の第二次請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、これを5分し、その3を原告の、その余を被告の各負担とする。

4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件再雇用制度が原告に適用されるか

原告ほかB組合の従業員は、差額支払請求訴訟において、1)平成8年規則では、従業員は55歳以降も55歳未満のときと同様の給与及び賞与を支給される権利を有していた、2)しかし、平成13年規則及び14年規則はその権利を一方的に奪ったから不利益変更に該当する、3)また平成17年規則も従業員の賃金を減額するものであるから、不利益変更に該当する、4)よって原告らの賃金を減額することはできないなどと主張し、札幌地裁及び札幌高裁は、この主張を認めた。そこで被告は、裁判所がB組合の従業員に対してこれらの規則が適用されない旨判示しているから、これらの規則を前提に設けられた本件再雇用制度もB組合の従業員には適用されないなどと主張しているものである。

しかし、札幌地裁及び札幌高裁は、平成17年規則等のうち給与及び賞与の減額につながる部分の効力について判示しているにすぎず、本件再雇用制度が原告に適用されない旨判示しているわけではない。原告ほかB組合従業員も、あくまでも給与及び賞与の減額につながる就業規則の改定が不利益変更に該当すると主張しているにすぎず、本件再雇用制度の新設自体に反対しているわけではない。そして、本件再雇用制度は、被告の従業員にとって有利な制度であることが明らかであるから、当然に被告の従業員に対して適用されると解するのが相当である。これに反する被告の主張は、事業主に対して定年の引上げや継続雇用制度の導入等といった高年齢者雇用確保措置を講じるよう命じた高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年法)9条の趣旨及び同条に基づいて新設された本件再雇用制度の趣旨にも明らかに反するというべきである。よって、本件再雇用制度は原告にも適用される。

2 本件再雇用拒否は権利の濫用又は不当労働行為に該当して無効か

本件再雇用制度の内容を定めた本件規程によれば、再雇用契約における賃金は、再雇用時の従業員の能力・担当職務、勤務形態等を基に個々に決定することになっている。したがって、定年退職時の雇用契約における賃金がそのまま再雇用契約における賃金となるのではなく、再雇用を希望する従業員と被告との合意により再雇用契約における賃金の額が定まることになる。そして、本件において被告は原告と再雇用契約を締結することを拒否しており、再雇用契約における賃金の額について何らの意思表示もしていないから、仮に本件再雇用拒否が無効であるとしても、賃金の額が不明である以上、原告と被告との間に再雇用契約が成立したと認めることはできない。

以上のとおり、原告の第一次請求は理由がない。

3 本件再雇用拒否が債務不履行又は不法行為に該当するか

原告はB組合の執行委員長として、10年以上にわたって被告と対立路線を歩み、その間、いくつかの労使紛争の解決を裁判所や労働委員会に申し立ててきた者であると認められる。そして、被告はその原告から再雇用を申し込まれると、第一次的にはB組合及び原告が本件再雇用制度に反対していること、及びB組合及び原告が平成17年規則の有効性を争い、裁判所も同規則がB組合及び原告に適用されない旨判示していることを理由に、本件再雇用拒否を行っているものである。しかし、既に判示したとおり、本件再雇用制度は被告の全従業員に適用されると解するのが相当であり、被告がこのような失当な理由によって第一次的に原告の再雇用を拒否したことからすると、それまで被告と対立路線を歩んできた原告に対し不利益を与えることを目的としてなされたものと強く推認される。このことは、平成20年7月1日に原告と面接した相談役が、原告に対し、「覚悟してやったんだろう」、「うまい話通るわけない」などと話をしたことからも推認できる。

これに対し被告は、仮に本件再雇用制度が原告に適用されるとしても、原告は本件規程の再雇用可否の判断基準のいずれにも該当しないから、再雇用の対象とならないと主張する。確かに、本件規程ではインセンティブ評価が中(5)以上が再雇用の判断基準とされているところ、原告の3年間の評価は2.44とこれに達していないことが認められる。しかし、同評価は従業員の勤務成績及び勤務態度だけでなく、被告の営業利益も考慮して決定されることになっており、また従業員の勤務成績及び勤務態度によって決定される部分についても、何ら基準が設けられておらず、専ら評価権者の主観によって決定されているため、同評価を再雇用の判断基準で用いることについては、高年法9条の趣旨に照らし、なお問題があるというべきである。

もっとも、原告は自己の担当業務については良好の評価を得ていたが、他方でそれ以外の業務に関心を示さなかったこと、協調性が不足していたこと、先輩として後輩の模範となっていなかったこと等から、厳しい評価を受けていたと認められる。そうすると、インセンティブ評価の問題点を考慮したとしても、原告は直近3年間のインセンティブ評価が中に達しておらず、本件規程の第4条5号に該当しなかった可能性がある。しかし、仮にそうであったとしても、原告は本件規程の第4条8号(自宅若しくは自己が用意する住居より通勤可能者であること)に該当すると認められるから、本件規程の再雇用可否の判断基準を満たしていたと認められる。そうすると、仮に本件再雇用制度が原告に適用されるとしても、原告は再雇用の対象にならないとした本件再雇用拒否の理由がないことは明らかというべきである。

以上のとおりであるから、本件再雇用拒否は、原告に対して不利益を与えることを目的としてなされたものと認められ、そのような目的でなされた本件再雇用拒否が権利の濫用に該当し、かつ原告に対する不法行為に該当することは明らかである。

4 原告の損害額

原告は、被告が再雇用していたら定年退職時の給料額の60%である月額23万5080円を4年間取得することができ、国から高年齢者雇用継続給付金として月額5万8770円(退職時給与の15%)の支給を受けることができたと主張する。

しかし、仮に被告が原告と再雇用契約を締結することにしたとしても、賃金の額は退職時給与の60%となっていた可能性は極めて低く、また被告が提示した賃金の額を原告が直ちに了承するとも認め難いから、原告と被告の間で再雇用契約が締結される可能性は低かったと推認される。よって、原告が月額23万5080円を4年間取得することができた、あるいは国から高年齢者雇用継続給付金とし月額5万8770円の支給を受けたとは認められないから、原告の主張は理由がない。もっとも、原告は本件再雇用拒否によって被告との間で再雇用契約を締結する機会を奪われたと認められるから、原告はその機会を奪われたことによる財産的及び精神的損害が発生したというべきである。そこで、本件再雇用拒否の違法性の程度、原告と被告との間で再雇用契約が締結された可能性の程度、原告と被告との間で再雇用契約が締結された場合に原告が取得することができたと推認される経済的利益の額及びその額を取得することができなくなったことによる原告の精神的苦痛の程度等、本件に顕れた一切の事情を総合考慮し、原告の相当な損害金を500万円と認める。また弁護士費用は50万円が相当である。
適用法規・条文
労働組合法7条、民法709条
収録文献(出典)
労働判例1007号26頁
その他特記事項
本件は控訴された。