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P社派遣労働者雇止事件(パワハラ・派遣)
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- P社派遣労働者雇止事件(パワハラ・派遣)
- 事件番号
- 名古屋地裁 − 平成21年(ワ)第4374号
- 当事者
- 原告 個人2名甲、乙
債務者 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 2011年04月28日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、空調機器、環境機器等の開発・製造・販売等を業とする株式会社であり、原告甲は平成16年8月2日にA社に有期雇用され、同日から被告春日井工場で特定化学物質の含有量の調査(ROHS業務)に関する業務に従事するようになり、契約更新を繰り返していた。A社は平成15年頃から特定労働者派遣事業を行っていたが、平成18年2月1日になって初めて被告との間で労働者派遣契約を締結した。A社は平成20年10月末日をもって被告への労働者派遣から撤退することになったため、同年11月1日、原告甲をB社に派遣し、それ以降原告甲は派遣労働者としてB社のROHS業務等に従事した。また原告乙は、C社の派遣労働者として事務職で登録していたところ、平成19年11月19日から平成20年5月19日までの派遣労働の有期雇用契約を締結し、有圧換気扇の性能実験業務に従事するようになり、平成20年5月20日以降も契約更新を繰り返していた。ところが、原告甲はB社から平成21年3月31日をもって雇止めを通告され、原告乙は、平成21年4月以降も当然更新されると思っていたにもかかわらず、同年3月末になって突然にC社から不況のためとの理由で同年4月末日をもって被告への派遣が打切りとなることから、雇止めになるとの通告を受けた。
原告甲及び同乙は、本件派遣労働は専門26業務に該当せず、受入可能期間を超えているから、被告としては直接雇用義務を負っており、被告との間で雇用契約が成立していると主張し、被告に対し、従業員としての地位の確認と、本件派遣切り以降の賃金及び慰謝料各300万円の支払を請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告Aに対し、金100万円及びこれに対する平成21年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Bに対し、金30万円及びこれに対する平成22年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、原告Aに生じた費用の4分の1、原告Bに生じた10分の1及び被告に生じた40分の7を被告の負担とし、原告Aに生じたその余の費用と被告に生じた費用の40分の15を原告Aの負担とし、原告Bに生じたその余の費用と被告に生じた費用の40分の18を原告Bの負担とする。
5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 原告甲と被告との黙示の雇用契約の成否
A社及びB社は、いずれも被告とは資本関係や人的関係などは全くない独立した事業者であり、労働者派遣事業もそれぞれ事業者として行っており、両社の被告春日井工場への労働者派遣は自らが事業者として行ったものであって、偽装請負などではなく、原告甲に対する関係でも、それぞれが雇用主である派遣元としての実態を有し、派遣元としての労務管理等を相応に行っていたものであり、被告が派遣先としての立場を超えて派遣労働者である原告甲の労務管理を行っていたことはなかった。
原告甲の被告における就労は、A社が雇用主としていた当初は偽装請負にあったが、実態は労働者派遣であったものであり、仮に原告甲の従事する業務が専門26業務に当たらないとした場合には、労働者派遣法上の派遣受入可能期間の制限に違反するという違法なものになるけれども、原告甲と被告との間に黙示の雇用契約が成立するといえる事情は、いまだ認めるに足りない。
2 被告の原告甲に対する解雇権濫用の成否について
原告甲と被告との間に黙示の雇用契約の成立が認められないのは前記のとおりであり、原告甲が、B社から雇止めされたことについて、被告に対し、雇用主であることを前提として解雇権の濫用であるとして法的責任を問うことは認められない。
3 被告の原告甲に対する不法行為の成否について
被告は、原告甲に関し、派遣元との間で労働者派遣個別契約を締結するに当たり、原告甲の従事するROHS業務を一貫して専門26業務のうち、5号及び8号業務に当たると位置付けて契約書を取り交わしていたところ、同業務を5号及び8号業務に当たると解釈するのは相当に無理があり、そうした解釈が困難であることは容易に確認できた。もっとも、ROHS業務は高度の専門的知識・技術の習得を必要とするものであり、とりわけ、原告甲に関し労働者派遣個別契約が初めて締結された平成18年8月2日の時点では、原告甲が就労を開始してから2年を経過し、原告甲の代わりが務まる人材がいないまでになっていたものであり、5号業務と質的に重なり合う部分があり、また正規雇用が圧迫されるなどの弊害が生じることも考え難く、被告が甲の従事していた業務を専門26業務に当たるものとしたことについては、こと原告甲に関する限りでは、必ずしも強く非難されるものであったとはいえない。
原告甲は、平成16年8月2日に就業を開始して以降、ROHS業務という複雑で高度に専門的な業務に習熟を重ね、作業標準書を作成し、それがマニュアルとして用いられるまでになり、ROHS業務の担当者としては、代わる人材が他にいないほどの重要な人材になり、上司からも厚い信頼を得ていたことや、平成18年2月頃には、給料の低いこともあって上司に退職の相談をしたのに対し、給料を自己の希望に近い水準になるよう派遣料金を引上げまでして慰留してくれ、A社が労働者派遣から撤退した際にはB社を移転先として手配してくれるとともに、被告において派遣料金を再度引き上げまでして雇用の継続に配慮してくれており、自己に関して、これまで1度として被告が近い将来において派遣を終了させる意向を有しているといったことを示唆されるようなことがなかったことなどから、被告への派遣が近い将来打切りになるとは予想もしておらず、B社との間で平成20年11月1日に雇用期間を平成21年3月31日までとする雇用契約を締結した際においてもまさか同日をもって被告への派遣が終了し、雇止めになるとは思いもよらず、原告甲は同年4月以降も当然派遣が継続すると考え、勤務に励んでいた。それにもかかわらず、B社に移籍して1ヶ月を経過した平成20年12月1日、原告甲は正社員に対し業務内容の全てを教えるよう指示され、原告甲はその指示に従って、それまでに培ったノウハウの全てをその正社員に伝授したところ、更新時期の僅か1ヶ月前になって、突然あたかも騙し撃ちのように原告甲を狙い撃ちにして派遣打切りを通告され、派遣元から解雇されるに至ったものであること、派遣打切りは、原告甲に対する派遣料金が高いことが理由になっていると推認されるところ、高いとはいっても、同じPグループの研究所などにおける派遣料金と比べてもむしろ低い方であった上、原告甲が、被告にROHS業務に精通した従業員がいない中にあって、複雑で高度に専門的な業務に献身的に取り組み、作業標準書を作成し、これが被告におけるROHS業務の作業マニュアルとして用いられるようになったほか、被告におけるROHS業務に関しては上司の検査室マネージャーの下、原告甲が最も業務に習熟し、十分なノウハウも持つようになり、原告甲の代理が務まる人材がいないというまでになっていたことから、被告においてそうした人材の流出を防ぐために派遣料金を引き上げてきたものであって、派遣料金が高くなりすぎたのであれば、直接雇用してコストを低減することが可能であり、直接雇用を検討してもおかしくなかったこと、それにもかかわらず、原告甲をあたかも騙すような形で被告の正社員を代替人材として育成させ、代替人材が得られるや、原告甲に対する派遣料金の高さを理由に突然に派遣切りをしたことが認められるのであり、かかる被告の原告甲に対する仕打ちは、いかに被告が法的に雇用主の立場にないとはいえ、著しく信義にもとるものであり、ただでさえ不安定な地位にある派遣労働者としての勤労生活を著しく脅かすものであって、派遣先として信義則違反の不法行為が成立するというべきである。
なるほど、労働者派遣においては、派遣元が雇用主として派遣労働者に対して雇用契約上の契約責任を負うものであり、派遣先においては派遣労働者に対して契約上の責任を負うものではないけれども、派遣労働者を受け入れ、就労させるにおいては、労働者派遣法上の規制を遵守するとともに、その指揮命令の下に労働させることにより形成される社会的接触関係に基づいて派遣労働者に対し信義誠実の原則に則って対応すべき条理上の義務があるというべきであり、ただでさえ雇用の継続性において不安定な地位に置かれている派遣労働者に対し、その勤労生活を著しく脅かすような著しく信義にもとる行為が認められるときには、不法行為責任を負うと解するのが相当である。しかして、原告甲は、被告の派遣先としての上記義務違反の不法行為により、派遣労働者としての勤労生活を著しく脅かされ、多大な精神的苦痛を被ったことが認められるところ、かかる精神的苦痛を慰藉するには、100万円が相当である。
4 原告乙と被告との黙示の雇用契約の成否について
原告乙の被告における就労は、その従事する業務が専門26業務に当たらないことにより、当初より、労働者派遣法上の派遣受入可能期間の制限に違反する違法なものではあったけれども、実態として労働者派遣であったことは間違いのないところであり、原告乙と被告との間に黙示の雇用契約が成立するといえる事情は、いまだ足りないというべきである。
5 被告の原告乙に対する解雇権濫用の成否について
原告乙と被告との間に黙示の雇用契約が認められないのは前記のとおりであり、原告乙がC社から雇止めにされたことについて、被告に対し、雇用主であることを前提として解雇権の濫用であるとして法的責任を問うことは認められない。
6 被告の原告乙に対する不法行為の成否について
原告乙が被告において従事していた有圧換気扇の性能実験の業務は、専門26業務に当たらないものであった上、原告乙と同一部署には、平成15年12月頃からC社からの派遣労働者が原告乙と同一の業務に従事していたため、原告乙の就業開始当時、既に労働者派遣法上の派遣受入可能期間を超えていたものであり、原告乙の受入は労働者派遣法に抵触する違法派遣であったが、原告乙は被告からもC社からも、自己の就労について派遣受入可能期間の制限があることを聞かされず、かえってC社の担当者からは、被告からの指示で、原告乙の従事する業務は機械設計であり、政令4条2号業務に当たるとされており、そのようにしておかないと3年間しか働けないなどと言われたことから、自己の担当業務が派遣受入可能期間の制限を受けることは知らされず、そうした制限を理由に派遣打切りをされるおそれがあるということは全く予想もしなかった。
原告乙は、自己の勤務に問題がなければ被告への派遣労働者として雇用契約が更新されて継続して働けるものと理解し、勤務に励んでいたが、平成20年4月、就業条件明示書に記載された派遣期間が書き換えられていることに気付いてユニオンに相談したところ、専門26業種を装って派遣受入可能期間を超えて就労させている可能性を指摘された。原告乙は、C社からも被告からも受入可能域間の制限があるという話は全くないこと等から、むやみに派遣切りになることはなく、かえって被告から直接雇用されるかも知れないと期待し、平成21年4月4月からの契約更新も当然されるものと思っていたが、同年3月末になってC社から、不況により同年4月末をもって雇止めとなることを通告された。同日付けでC社から雇止めを受けたのは原告乙のみであった。
原告乙が従事していた業務には、その後別の派遣元から労働者が派遣されているところ、被告は労働局の再調査に対し、原告乙が従事していた業務よりもレベルの高い業務であって、同一の業務ではない旨回答したが、同じ有圧換気扇の性能実験業務に質的差異があるとはにわかに考え難く、また原告乙についての派遣打切りの理由について、被告からは何ら客観的に合理的な説明が一切なされていないことからしても、そうした合理的な理由があったとはにわかに考え難く、派遣打切りに影響を及ぼし得る事情として考えられるのは、原告乙が平成21年2月10日業務中に右手親指を負傷し、全治1ヶ月の診断を受けて労災を申請したことや、平成21年3月には、労働局が、原告乙から被告が労働者派遣法の派遣受入可能期間の制限に違反して就労させており、被告には直接雇用申込義務が生じているとの申告を受けて、同法違反の疑いで調査に入っており、他にも専門26業務に当たらないにもかかわらず就労させ摘発されるおそれを生じていたこと以外にはなく、とりわけ、後者の事情が派遣打切りにつながったと推認され得る。
前記認定事実によれば、原告乙が従事していた業務は、専門26業務に当たらないものであった上、原告乙の受入は違法派遣であって、原告乙の地位は当初から不安定なものであったこと、被告は、原告乙が従事する業務が専門26業務に当たるか否かについて何ら慎重な検討をしないまま、安易に派遣元との間で労働者派遣個別契約を締結し、そのため被告は、労働者派遣法上、派遣先として講ずべき措置等として定められた派遣受入期間を定めず、派遣元に対して派遣受入可能期間を超えることとなる抵触日も通知しなかったことから、派遣元においても、原告乙の派遣について、派遣受入可能期間の制限により派遣が打切りになるとは全く認識しておらず、まして原告乙においてはそうした事態になることは全く認識できないことであったこと、しかるに被告は、平成21年3月13日付けで原告乙を狙い撃ちにして突然に派遣打切りの通告を派遣元になしたばかりか、派遣打切りの理由について何ら誠意ある具体的な説明を一切しようとせず、原告乙が労働組合に加入して団体交渉を求めてきたのに対しても一切の交渉を拒否し、また直接雇用できないかについても何ら説明しようとしなかったこと、原告乙が派遣切りされた当時、原告乙の従事していた業務はなお継続的に存在し、原告乙の後任には他の派遣元から派遣労働者を受け入れているのであり、原告乙を派遣切りすることについて被告に客観的に合理的な理由があったとは窺えず、考えられる理由としては、原告乙の従事していた業務が専門26業務に当たらない結果、原告乙の派遣受入が違法派遣であり、そのことが問題になることを恐れたことにあると推認される。
しかして、上記のような被告の原告乙に対する仕打ちは、自らの落度によって生じた違法派遣状態を何らの落ち度もない派遣労働者に一方的に不利益を負わせることによって解消を図ろうとする恣意的なものであり、また就労開始当初からの違法派遣状態の継続から突然の派遣切りという事態になったことについて何らの説明もせず、道義上の説明責任をおよそ果たそうとしなかったことを考え併せれば、いかに被告が法的に雇用主の立場にないとはいえ、派遣労働者を受け入れる派遣先として著しく信義にもとる対応というべきであり、派遣先として信義則違反の不法行為が成立するというべきである。そして、原告乙は、上記信義則違反の不法行為により、派遣労働者としての勤労生活を脅かされ、精神的苦痛を被ったことが認められるところ、かかる精神的苦痛を慰藉するには30万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 労働契約法16条、労働組合法7条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1032号19頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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