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T社定年退職者雇止事件

事件の分類
雇止め
事件名
T社定年退職者雇止事件
事件番号
福岡地裁 − 平成22年(ヨ)第256号
当事者
債権者 個人1名
債務者 株式会社
業種
製造業
判決・決定
決定
判決決定年月日
2011年07月13日
判決決定区分
一部認容・一部脚下
事件の概要
債務者はサッシなどの製造販売を営む株式会社であり、債権者(昭和24年生)は、平成12年8月に債務者に入社し、平成21年9月24日に定年を迎えた者である。

債権者は、翌25日、債務者との間で雇用契約を締結し、その際債権者が加入した組合と債務者との間で債権者の雇用についての「確認書」が作成された。同確認書には、雇用期間は6ヶ月毎の更新とし、雇用継続は最大65歳の誕生日の前日までとの記載がなされており、その後債権者は、平成22年3月24日、債務者との間で本件雇用契約を6ヶ月間更新した。その後債務者は、債権者に対し、収支状況が悪化する中、技術レベルが低い債権者を継続雇用することは困難であることなどを理由として、債権者に対し同年9月23日をもって本件雇用契約を更新しない旨通知した。

なお、債務者は、同年7月7日、従業員代表者との間で、高年齢法9条2項の規定に基づく定年後の継続雇用について合意を締結した(本件雇用継続制度)。本件雇用継続制度は、継続雇用希望者のうち本件基準に該当する者と継続雇用契約を締結するものであり、その契約期間は6ヶ月とするが、従業員が65歳に達する日の前日まで更新可とされていた。また継続雇用対象者は、原則として、勤務意欲、健康状態、過去3年間における無断欠勤等の状況、本人の技術水準などに関する諸条件を全て満たすと者とされていた。

債権者は、定年後の再雇用は65歳までの更新を原則としているから、本件雇止めの実質は解雇であり、労働契約法16条を類推適用すべきところ、本件雇用継続制度は債権者には適用されず、適用されるとしても従業員代表が適法に選ばれたものでなく手続き要件に欠けるなどから無効であること、債権者はその能力において欠けるところはないこと、本件雇止めの真の理由は債権者が組合に加入して労働者の権利を主張し、残業代不払いの違法就労実態を指摘して残業代を請求したことによる報復で不当労働行為に該当することなどを主張し、雇用契約上の権利の保全と賃金の仮払を求めて仮処分を申し立てた。
主文
1 債務者は、債権者に対し、平成23年8月から平成24年7月に至るまで、毎月10日限り、12万6533円を仮に支払え。

2 債権者のその余の申立てを、いずれも却下する。

3 申立費用は、債務者の負担とする。
判決要旨
1 債権者には、本件雇用契約についての更新の合理的期待があるか

1)債権者は、入社後定年に至るまで9年間就労してきたものであること、2)本件組合と債務者は、債権者について、雇用期間を6ヶ月毎の更新とし、雇用継続は最大65歳の誕生日までとする旨の本件確認書を締結していること、3)債権者は定年を迎えた後も期間6ヶ月の本件雇用契約を債務者との間で締結し、定年後の就労を認められたこと、4)平成22年3月には同契約は更新されていることが一応認められるところ、これに高年齢法9条1項及び附則4条の定めの存在も併せ考えると、かかる債権者には、定年を迎えた後も債務者での就労が認められ、少なくとも64歳に達するまで雇用が継続されるとの合理的期待があったということができる。したがって、かかる債権者は、自らの就労能力が衰えるなどとそれまでと事情が大きく変化しない限り、再雇用を続けられる期待を持つというべきであり、本件雇止めについては、労働契約法16条の解雇権濫用法理が類推適用されると解することが相当である・

2 本件雇用継続制度は債権者について適用あるいは考慮されるか

債務者は、高年齢法9条2項に基づいて、本件雇用維持制度について従業員代表と労使協定を締結して導入した以上、債権者に対しても同制度が直接適用され、そこに定められた本件基準を満たさなければ雇用の更新は認められないと主張する。

しかしながら、いわゆる従業員代表との間の労使協定は、法律上明文がある場合に労働基準法等の法律上の規制を免除する効果を及ぼすものであるが、他の労働者に対して規範的効力が及ぶものではなく、そのような効力をまで認めることは困難である。したがって、定年後の再雇用について原則として合理的な期待までは持つことが難しい。これから定年を迎える労働者や、ひとたび定年を迎えた後、雇用継続制度の条件を示されてその条件の下で就労することを承諾した労働者とは異なり、既に定年後(雇用継続制度導入前)に再雇用を認められている労働者の契約更新の場合に、同じ基準がそのまま雇止めの合理的な理由となるかは疑問なしとしない。よって、この点についての債務者の主張は採用することは困難である。

3 本件雇止めの合理的理由の有無について

債務者は、本件雇用継続制度に従って他の従業員の定年後の再雇用が決せられている以上、債権者についても、本件基準に該当しなければ雇止めすることに合理的な理由がある旨主張する。しかしながら、そのような効力が認められるためには、最低限本件雇用継続制度の内容が周知されていることが必要と思われるところ、本件雇用継続制度に係る協定書は公表されておらず、債権者は平成22年8月30日の団体交渉で初めて知ったことを一応認めることができる。そうすると、いかに他の従業員との関係で統一的な運用をするためとはいえ、肝心の本件雇用継続制度を周知しないままにその基準を雇止めの要素として考慮することは相当とは言い難い。したがって、この点についての債務者の主張を採用することは困難である。

次に債務者は、定年後再雇用されている従業員を対象とする雇止めについては、その合理性の判断において、定年前の従業員を対象とした解雇や雇止めと比較して、より緩やかな基準で判断されるべきであるとした上で、1)債務者は、平成22年5月以降毎月の収支が赤字に転じている状況であり、今後も長期にわたり債務者の業績圧迫要因となることが予想されること、2)そのため、塗装部門において債権者の技術不足によって起こっていた生産の非効率性を改める必要があること、3)債務者の代表者が、平成22年6月頃には技術取得を怠るものは雇用の継続に関して取扱いに差異が生じることを告知したことなどを理由として、本件雇止めには合理的な理由があると主張する。

確かに、企業における定年制は、労働者の年齢が高齢化することにより一般的には業務遂行能力が衰えるとの経験則をある程度具体化した趣旨や、企業の多くが年功序列を採用していることに鑑み、余りに高額となる人件費のバランスをとる趣旨も含まれているものであるから、年齢とともに実際に労働者の業務遂行能力が低下するなどした場合や、賃金が余りに高額化した場合などに、それを雇止めの際に考慮し得ることは当然である。しかしながら、いわゆる高年齢者も、厚生年金の支給開始年齢の引上げが行われた結果、それまでの雇用が確保されるかどうかに重要な関心を持つものであるから、ひとたび雇用継続の信頼を与えた場合にはそれを保護すべきであり、具体的・個別的な事情等を考慮することなく緩やかな基準で判断することは相当ではない。

しかるに、債務者の営業損益及び当期損益は、平成22年5月ないし7月において赤字が認められるものの、8月には黒字になっており、またそれ以降の損益について疎明資料が提出されていないこと、また債権者の平均月収が12万6000円であり、新入社員の月収19万0660円に比べて低額であること、債務者は本件雇止め直前、59歳以下の塗装工を月給16万5000円から20万円で募集していることなどの事実からすると、債務者の経営状態が厳しいために本件雇止めに合理的な理由があるとは言い難い。

また、少なくとも平成21年6月以前は、債務者側でシフト等の明確な指示はなく、自然ベテランが2台しかないスプレーガンを使うことが多く、債権者として従前と異なり就労能力が劣るようになったというような事情はないこと、またスプレーガンを扱える人数の増大が直ちに生産性を高めることに直接結びつくとまでは言い難いことなども一応認めることができ、これに上記のとおり債権者の給与が新入社員よりも低額であることや、債務者は塗装技能の修得ができなければ再雇用されないことを明確に債権者に告知してその修得を促したことがないことなどが一応認められることも併せ考えると、債権者の技術不足によって起こっていた生産性の非効率性を改める必要があるとの理由についても、認めることは困難である。

更に、債務者の代表者は、平成22年6月頃従業員に対して、今後は特殊な技能のない社員については評価に差を付けざるを得ない旨告知したことは認められるものの、他方で、当時既に債務者がワークシェアリングを導入していたことが一応認められることなども併せ考えると、従業員としても、この告知をもって直ちに雇止めに結びつくとは認識し難く、これをもって本件雇止めの合理的理由とすることも困難である。

以上によれば、債務者の主張する事実を総合考慮したとしても、少なくとも債権者の就労状況がこれまでに比べて大きく衰えたことを認めるに足りる的確な疎明資料はなく、また債務者の経営状況がこれまでと比較して大きく変動し、ワークシェアリング等の解雇回避努力を行っても債権者の雇用を継続することができなかったとまでは認め難いから、本件雇止めには合理的な理由があるとは認められない。よって、被保全権利に関する債権者の主張は、不当労働行為について判断するまでもなく、理由がある。

4 保全の必要性について(略)
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例1031号5頁
その他特記事項