判例データベース

S区定年退職後嘱託職員雇止事件

事件の分類
雇止め
事件名
S区定年退職後嘱託職員雇止事件
事件番号
東京地裁 − 平成21年(ワ)第19505号
当事者
原告 個人1名
被告 A 杉並区 B 任意団体
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年09月06日
判決決定区分
棄却
事件の概要
被告Aは地方公共団体、被告Bは地域区民センターなどの集会施設を使用して学級講座などの事業を実施する任意団体であり、被告Aの補助金によって運営されている。一方原告(昭和21年生)は、昭和51年4月、被告Aの職員として採用され、平成18年3月31日に被告Aを退職し、退職後、被告B運協事務局長に就任した者である。

原告は、平成19年6月に被告B会長にFが就任した際、同時に就任した副会長の分も含め、名刺の準備をせず、挨拶回りの手配もしない外、同月に行われた職員の送別会の席上、女性職員Gに対し自宅に宿泊すると言ってGを追いかけるなどした。そのためFは原告について、被告Aの課長Hに対し、セクハラ行為や問題行動があって困るなどと話していた。

Fは、同年11月4日、Hに対し、原告の処遇を検討するよう依頼し、一方原告は被告A区長に異動希望を依頼した。Fは平成20年1月にも、原告の更迭と別の事務局長の推薦を要望し、これを受けたHはFの要望を容れるべく調整をした。Eは同月31日、原告に対し、希望する高円寺運協への推薦はできないとして、中央図書館の嘱託員のポストを提示し、管理職退職者の格付給料は保証すること、今後は退職者が増加するので、年金が満額になった人から順次辞めてもらうことなどを伝えた。原告は同年2月13日、Eに対し、異動希望を撤回し、現ポストに残りたい旨話したが、Eは既に決定済みであることを伝えた。原告は、委員の一部に対し、自分は辞めされられる旨訴えたことから、新事務局長の承認が得られず混乱したが、結局、同月末で原告の被告Bの事務局長の任期は終了し、原告は、同年4月1日、中央図書館にして辞令を受け取った。しかし原告は、Eに対し被告Bでの賃金を保証すると言ったと追及して引上げを迫ったが、Eはこれを拒否した。同年5月20日、原告とEが賃金について協議したが平行線を辿り、その後原告はシニアユニオンに加入して被告A及び同Bと複数回の団体交渉を行った。

被告Aは、平成21年2月25日付けの文書で、原告の嘱託員の任期が同年3月31日で満了すること、次年度の更新は予定していないことを記載した通知書を原告に送付し、これによって、同年3月31日をもって原告の嘱託員の任期は満了した。

これに対し原告は、原告と被告Aとの関係は労働関係であるところ、1)被告Aの定年退職者は希望すれば65歳まで就労することが前提になっていること、2)嘱託として採用された時点で5歳の児童を扶養していることを挙げ、本件再委嘱拒否は解雇権濫用として無効であるとして、嘱託員としての地位の確認と65歳までの賃金の支払いを請求した外、被告Aは被告Bの人事に不当介入し事務局長退任を強要した不法行為があるとして、精神的苦痛に対し200万円の慰謝料の支払を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 原告の期限付きの委嘱の法的性質

地方公共団体である被告Aが、地方自治法、地公法並びに要綱及び要領に基づき、原告を、地公法3条3項3号の特別職の非常勤職員とし、期間を定めて図書館業務補助を委嘱したことが認められるから、原告の期限付き委嘱については、上記関係法規により規律される行政処分であって、これに基づく原告と被告Aとの関係は、公法上の任用関係であると認められる。

2 原告の任期付き委嘱に解雇権濫用法理の類推適用があるか

私法上の雇用契約において、民法上の原則によれば、雇用契約に期間の定めがあれば、当該期間の終了により契約の効力は当然に終了するところ、期間の定めのある雇用契約が多数回にわたって反復更新されて、期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になった場合、または期間の定めのない契約と実質的に同視できない場合であっても、雇用の継続が期待され、かつその期待が合理的であると認められる場合には、解雇権濫用法理の類推適用の余地があると解されている。これらは、雇用継続に向けた当事者の合理的な意思解釈として実質的に期間の定めのない契約を締結したと認定した上で、または当事者双方の意思を推定する規定である民法629条1項を媒介として、期間の定めのある雇用契約に解雇権濫用法理の類推適用を認めるものと解される。

しかし、地方公共団体においては、非常勤職員について条例による定数化がなされず(地方自治法172条3項)、報酬等に関する予算措置に合わせて任期を1年に限っていることなどからみて、期間の定めのない任用の意思を考えることはできないから、期間の定めのない任用行為を認定することもできない。また任用行為は行政行為であって、当事者の諾成契約のように契約当事者の明示又は黙示の意思表示の合致のみでは任用の効力は生じないから、当事者双方の意思を推定する規定である民法629条1項を類推適用することも困難といわざるを得ない。結局、公法上の任用関係に解雇権濫用法理を類推適用することはできないというほかない。

3 被告らの不法行為の成否

原告は、被告らが共謀の上、原告に対し退任を強要したと主張する。しかし、原告と被告Bとの間の雇用契約は、原告が退任を了承したか否かとは無関係に、期間の満了によって終了したと認められるから、原告と被告Bとの間の雇用契約の終了が、被告らによる退任強要行為によって生じたということはできない。

4 被告Aの国家賠償法に基づく損害賠償責任の有無

原告と被告Aとの関係が公法上の任用関係である以上、当事者間の合意によって勤務条件が決定されることはあり得ず、被告Aは、条例、要綱、要領などに従って勤務条件を設定するほかない。そして、被告Aが公正、公平であるべき任用関係において、原告の勤務条件のみを優遇すべき義務を負うと解すべき事情も認められない。なお、被告Aが原告との間で、従前の賃金額と同額の賃金の支給及び65歳までの任用を合意したと認めることはできない。

平成20年5月20日の原告とEの会話によれば、Eは原告に対し、1)被告B運協事務局長を違法に退任させられたとして争うのか、2)不満を封印して嘱託員の職務に当たるのかの二者択一を求めたものと認められ、二者択一を迫って恫喝したとは認められない。Eは、原告に中央図書館の嘱託員を勧める際、原告の家庭環境については考慮する旨述べたこと、被告Aの嘱託員は、被告Aを定年退職した職員を再雇用する制度であり、定年後の職員の雇用確保の一方策であること、原告が従事していた業務自体は継続していることなどが認められる一方、原告は嘱託員として一度も再任用されていないこと、Eは、今後は退職者が増加するため、年金が満額になった人から順次辞めてもらうことにしているなどと述べて、無条件の更新ではない旨を明言していることなども認められる。また原告は平成21年度から年金が満額支給となる。

以上の事実に鑑みれば、原告が再任用を期待することが無理からぬものとみられるような行為を被告Aがしたというような特別な事情があるとまでは認められず、原告の任用に対する期待は、法的保護に値するということはできない。
適用法規・条文
民法536条2項
収録文献(出典)
労働経済判例速報2126号3頁
その他特記事項