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地公災基金静岡支部長(小学校教員)自殺控訴事件

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
地公災基金静岡支部長(小学校教員)自殺控訴事件
事件番号
東京高裁 − 平成19年(行コ)第132号
当事者
控訴人 個人1名
被控訴人 地方公務員災害補償基金静岡県支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年04月24日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容・上告)
事件の概要
M(昭和27年生)は、昭和54年4月に静岡市公立学校教員として採用され、その後静岡県内の小学校の勤務を経て、平成8年4月からQ小学校に勤務した。MはQ小学校において、平成9年度は養護学級で授業を3、4時間受け持ち、平成10年度には自ら希望して養護学級の担任をしており、平成11年度もそのまま持ち上がりで担任を希望したが、平成11年4月から本件小学校教諭として勤務することとなった。Mは本件小学校着任と同時に、新設された養護学級の担任となったほか、校務として、研修、養護教育、適正就学指導委員会、教科指導(算数科主任)、委員会活動(園芸)、通学区児童会、クラブ活動(スポーツ)、渉外(教育研究会係)を分掌していた。

Mの担任するクラスには知的発達停滞児の1年生男子2名(在籍児童Y、F)がおり、Mは彼らに対する生活単元・教科学習を中心とした教育指導、他学年との交流教育、日常生活指導、就学指導の内容及び計画等にかかる職務を行っていた。

児童相談所は、児童福祉法に基づく措置により親元を離れて県立B養護学校A分教室に通っていた1年生児童Nについて、試験的に本件小学校の養護学級に通わせて様子を見た上で措置解除の可否を決するとの方針を固め、平成12年1月20日から2月2日まで、試験的に本件小学校の養護学級に通学させてみる(体験入学)ことになった。Mは、当時、Yに対する指導方法に悩んでおり、本件体験入学が実施されれば、体験児童NよりもYの方が対処が難しいかも知れないと考えており、またNのことを知る在籍児童の母親から本件体験入学の不安を訴えられたことなどから、本件体験入学について、できることならやらずに済ませるよう校長に伝えていた。

Mは、NがYやFと喧嘩を繰り返したり、自分に唾をかけるなどすることから、本件体験入学の途中から胃痛や喉の痛み等で体調を崩し、それは体験入学終了後も続いた。平成12年2月21日、Mは、落ち込む、朝が辛い、胸が締め付けられる、ぐっすり眠れない等の症状を訴えて受診したところ、うつ状態と診断され、同年4月21日から3ヶ月間休職した。休職後、Mの症状はかなり良くなり、生活も改善され、同年6月12日には主治医から職場復帰可能な状態にあると診断されるまでになったが、その後再び症状が悪化した。Mは睡眠薬を自分の判断で半分にしたり、更年期障害の治療を開始するなどする中で、職場復帰日が近くなるにつれ症状が悪化し、主治医の勧めもあって9月まで休暇を取得することとした。同年7月27日、Mは主治医に対し、死にたくなることがあると訴え、主治医は入院を勧めたが、症状がよくならないまま、Mはが取得することとしたが、同年8月2日午前5時頃、実家の作業小屋内において縊死により自殺した。

Mの母親である控訴人(第1審原告)は、Mの自殺は公務による精神的ストレスによるものであるとして、被控訴人(第1審被告)に対し、地公災法に基づき、遺族補償給付の支給を請求したが、被控訴人はMの自殺を公務外とする処分(本件処分)をしたため、控訴人は本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。

第1審では、Mの日常の職務や本件体験入学の実施による負荷が、社会通念上、客観的に見て、うつ病を発症させる程度に過重であったと認めるのは困難であるとして控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。

なお、本件は、控訴人の審査請求以前に、Mの父(控訴人の夫)がMの死亡が公務災害に当たると主張して審査請求をし、その棄却の裁決を受けながら再審査請求をしなかったことから、被控訴人は父の請求と同内容の控訴人の請求は却下されるべきであると主張した。
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対し平成15年10月9日付けでした公務外災害認定処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第1審及び第2審を通じて被控訴人の負担とする。
判決要旨
1 本件訴えの適法性
地公災法32条から35条までの遺族補償年金を受ける権利を有する者に関する規定と同法44条3項とを対比し、これに同法45条を併せて考えれば、同法は、遺族補償年金を受ける権利を有する者が二人以上あるときは、該当者に個別に遺族補償年金を受ける権利を付与し、各人が個別に補償の請求をすることができることとしているのであって、該当者全員が遺族補償年金を受ける権利を共有することとしたり、遺族補償年金を受ける権利を不可分1個の権利としたりしておらず、また該当者全員による権利の共同行使を義務付けていないものと解するのが相当である。したがって、本件処分の取消しを求める本訴訴えは適法である。

2 本件自殺に至るまでの経緯
Mの症状、医師の意見を総合すれば、Mは苦労して真摯に取り組んだ本件体験入学の実施によって自らの収穫となったと感じられるものが何もなく、自らの教員としての存立基盤が揺らぎ、教員としての誇りと自信を喪失することとなって、精神的に深刻な危機に陥って、気力を使い果たして疲弊、抑うつの状態になったと考えられるのであり、本件体験入学実施期間中のから胃痛や喉の痛み等で体調を崩し、その頃から睡眠障害、朝が辛いという自覚症状、胸が締め付けられて息苦しいという自覚症状や精神的な落ち込みに苦しみ、その後専門科医による治療を受けて一時的に改善の兆しが見られたものの、職場復帰の日が近づくにつれて病状が悪化し、無力感、劣等感、自責の念、罪悪感、自信喪失等により、職場に復帰するのが辛く、自ら命を絶つことで楽になりたいと思い詰めて自殺したものであり、これによれば、Mは本件体験入学実施期間中に本件体験入学による精神的重圧によりうつ病に罹患し、復職間近になって重症化し、うつ病に基づく自殺企図の発作によって自殺したものと認められる。

3 Mの自殺と公務との間の相当因果関係(公務起因性)の有無について
Mは、本件体験入学実施期間中に本件体験入学実施による精神的重圧によりうつ病に罹患し、復職間近になって重症化し、うつ病に基づく自殺企図の発作によって自殺したものと認められるのであり、Mの自殺と公務との間には相当因果関係があるということができるから、公務上死亡したものというべきである。Mが几帳面、まじめ、職務熱心、責任感、誠実、柔軟性にやや欠けるといううつ病に関係の深い性格傾向を有していたことは前記のとおりであるが、几帳面、まじめ、職務熱心、責任感、誠実という性格傾向を有していても、柔軟性にやや欠ける者であれば教職員としてふさわしくないとは到底いえないのであり、このことは、Mが20年間に及ぶ教員としての十分な勤務実績を上げたことによって裏付けられているところ、Mは養護教育に情熱を傾け、本件体験入学の実施にも結局逃げることなく苦労して真摯に取り組んだが、本件体験入学実施によりそれまで経験していなかった尋常でない事態に次々と遭遇し、精神的にこれに付いていくことができず、挫折感を味わい、自らの教員としての存立基盤が揺らぎ、教員としての誇りと自信を喪失することとなって、精神的に深刻な危機に陥って、気力を使い果たして疲弊、抑うつ状態になったのであって、本件体験入学の実施の公務としての過重性は優に肯定することができる。

以上によれば、被控訴人がMの自殺と公務との間の相当因果関係を否定して本件処分(公務外認定処分)をしたことは違法であるというべきである。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条、42条
収録文献(出典)
労働判例998号57頁
その他特記事項
本件は上告されたが不受理とされた(最高裁 平成21年10月27日決定)。
(注)本件は、静岡地裁平成16年(行ウ)225号、2007年3月22日の控訴審