判例データベース
大阪(鋼球製作所)小脳出血等控訴事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 大阪(鋼球製作所)小脳出血等控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成20年(ネ)第1455号
- 当事者
- 控訴人 株式会社
被控訴人 個人3名A、B、C - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2011年02月25日
- 判決決定区分
- 一部認容(原判決一部変更)・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 被控訴人(第1審原告)A(昭和50年生)は、平成10年4月、各種金属球等の製造・販売を業とする控訴人(第1審被告)に雇用され、同年7月から平成13年3月まで情報システム課に、同年4月から生産企画課に所属した。情報システム課における被控訴人Aの業務は単純作業であったが、生産企画課では、被控訴人Aは慣れない業務を担当することとなり、連日長時間労働で、土日にも出社していたところ、同月13日、勤務中に嘔吐し意識障害を発症し、小脳出血及び水頭症と診断された。その後被控訴人Aは症状固定と診断され、昏睡状態及び全介護状態となった。被控訴人Aが先天的に有していた脳動静脈奇形(AVM)は、動脈と静脈が毛細血管を経由せずに直接連続する血管構築上の異常であり、被控訴人AのAVMは発症前には出血等の症状は見られず、自覚症状等もなかった。
被控訴人Aは、平成13年10月2日、労災保険法に基づき、療養補償給付、休業補償給付が支給決定され、更に平成15年1月20日に後遺障害等級1級1号に該当すると認定され、傷病補償年金、傷病特別支給金、傷病特別年金が支給決定されている外、控訴人も公傷見舞金、障害見舞金、退職金合計610万円余を被控訴人Aに支給していた。
そこで、控訴人A、その父(訴訟途中で死亡)及び被控訴人Aの母である被控訴人Bは、本件発症は、過重な業務が原因であるとして、控訴人の注意義務違反ないし安全配慮義務違反に基づき損害賠償総額3億4603万6410円を請求した。なお係争中に被控訴人Aの父が死亡したため、被控訴人Aの姉である被控訴人Cがその損害賠償請求権を相続した。
第1審では、控訴人の責任を認める一方、被控訴人Aが罹患していたXAVMが本件発症に寄与していたとして減額を認め、控訴人に対し総額1億8989万4235円の支払を命じたことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決を次の第2項以下を次のように変更する。
2 被控訴人Aの請求について
(1)控訴人は、被控訴人Aに対し、1億2555万5278円及びこれに対する平成13年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人は、被控訴人Aに対し、82万5000円及びこれに対する平成13年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)控訴人は、被控訴人Aに対し、26万3500円及びこれに対する平成15年5月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人Bの請求について
(1)控訴人は、被控訴人Bに対し、330万円及びこれに対する平成13年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人は、被控訴人Bに対し、165万円円及びこれに対する平成13年4月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人Cの請求について
控訴人は、被控訴人Cに対し、82万5000円及びこれに対する平成13年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
6 控訴人と被控訴人Aとの間に生じた訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを100分し、その78を被控訴人Aの負担とし、その余は控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人Bとの間に生じた訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを10分し、その7を被控訴人Bの負担とし、その余を控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人Cとの間に生じた訴訟費用は、第1、2新を通じてこれを10分し、その7を被控訴人Cの負担とし、その余を控訴人の負担とする。
7 この判決の第2項から第4項までは、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件発症と本件業務との間の因果関係の有無について
(1)業務の過重性について
情報システム課における被控訴人Aの業務は、慣れさえすれば業務の負担がさほど重いものとはいえず、作業内容にも相当程度習熟していたと認められるから、その業務は被控訴人Aにとって困難なものであったとは認められない。情報システム課における被控訴人Aの時間外労働は、1日の休日労働を含め1ヶ月64時間30分であったが、労働の内容をも考慮すると、これが直ちに過重な負荷を与えるものであったとまでは認め難い。以上から、被控訴人Aの情報システム課における業務が過重な負荷を伴うものであったと認めることはできない。
被控訴人Aが4月2日に生産企画課で業務を開始してから同月13日の本件発症に至るまでの期間は12日間と比較的短期間であったし、同人のノートには、業務を着実に遂行していったとも思われるような記載がされている。しかし、これらの事情を勘案しても、同人の業務は長時間労働及び休日出勤が継続し、業務量も多く、質的にも理解が十分にできないものであったと評価するのが相当である。すなわち被控訴人Aは、4月2日から13日までの間、1日の休みもなく長時間の時間外労働を余儀なくされており、この間の時間外労働時間(休日労働を含む)は合計64時間05分であり、極めて長時間の時間外労働をしていたものということができる。
ところで、本件発症前1ヶ月間(3月14日〜4月13日)の時間外労働時間は合計102時間35分になるところ、厚生労働省は、業務の過重性を検討するに当たり、発症前1ヶ月間に概ね100時間又は発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって1ヶ月当たり概ね80時間を超える時間外労働時間が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと判断できることを踏まえて判断する旨、脳・心疾患に関する業務上の疾患の判断について基準を示している。本件では、本件発症前にまんべんなく長時間労働がされたのではないが、3月14日以降比較的長い時間外労働が行われ、その上に4月2日以降更に長時間の時間外労働が積み重なったものと評価できるから、本件認定基準によっても本件は業務と発症との関連性が強いとされる事例と解することができる。以上によれば、4月2日から13日にかけての被控訴人Aの業務は過重な身体的、精神的負荷を伴うものであったと認めるのが相当である。
(2)本件業務と本件発症との因果関係の判断基準
一般に、脳血管疾患は、その発症の基礎となる血管病変等の基礎的病態が長い年月の生活の営みの中で形成され、それが徐々に進行し増悪するといった自然経過をたどり発症に至るものとされている。しかし、業務による過重負荷が加わることによって血管病変等がその自然経過を超えて増悪して脳血管疾患が発症することがあり、そのような場合には当該業務と脳血管疾患の発症との間に相当因果関係があると解するのが相当である。すなわち、被控訴人Aは業務遂行中に基礎疾患であるAVMの破裂によって本件発症に至ったものであるところ、業務による過重な身体的、精神的負荷が被控訴人Aの基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、この発症に至ったものと認められる場合には、業務と基礎疾患との間に相当因果関係があると認めるのが相当である。
(3)本件業務と本件発症との間の因果関係
被控訴人Aは、4月10日頃には帰宅してすぐに就寝するといった状態になっていたものと認められるから、同人は生産計画課に異動直後から本件発症に至るまでの間に疲労が蓄積するとともに、本件発症時にはかなりの睡眠不足になっていたものと認められ、更に引継ぎ業務及びその後の業務を行うについて身体的負荷に加えて心理的な重圧も感じ、双方の過重な負荷がかかっていたと認めるのが相当である。したがって、被控訴人Aの生産企画課での業務による過重な身体的・精神的負荷とこれに起因する疲労や睡眠不足とによって、血圧の上昇や夜間睡眠時の血圧低下を妨げられる状態がもたらされ、このことが本件発症に関わったと考えることに不合理な点はないといえる。
以上によれば、被控訴人Aの生産企画課における上記のような業務が過重な身体的・精神的負荷を伴うものであり、この過重な負荷によって同人は疲労が蓄積し睡眠不足に陥っていたところ、このような負荷及び疲労・睡眠不足は日中時の血圧上昇をもたらし、また睡眠時の血圧低下を妨げる要因になり得るものであったということができる。他方、被控訴人AのAVMがその自然の経過により一過性の血圧上昇があれば直ちに出血を来す程度にまで増悪していたものとみるのは相当でない。そこで、他に確たるAVMの増悪要因を見出せない本件においては、被控訴人Aの業務による過重な身体的・精神的負荷及びこれに基づく疲労や睡眠不足が同人の基礎疾患であるAVMをその自然の経過を超えて急激に増悪させ、本件発症に至ったものと認めるのが相当であるから、本件業務と本件発症との間には相当因果関係が存在するものと認めることができる。
2 控訴人の不法行為上の注意義務違反又は安全配慮義務違反の有無について
当裁判所も、控訴人に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する生産企画課長は、使用者である控訴人の事業執行について、労働者である被控訴人Aの生命、身体、健康を危険から保護するよう配慮すべき注意義務を怠り、被控訴人Aを本件発症に至らせたものと認められるから、控訴人は被控訴人らに対し、民法715条に基づき本件発症によって生じた損害を賠償すべき義務を負うものと判断する。
3 損害の発生及び損害額について
当裁判所も、本件発症により被控訴人Aに後遺障害等級1級1号に該当する後遺障害が残存するなどの損害が発生し、被控訴人Aの損害額は2億7151万5323円と認めるのが相当と判断する。
4 損害賠償額の認定及び素因減額の可否
被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度等に照らし、加害者に損害の全額を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722條2項の過失相殺の規定を類推適用して、被害者の疾患を斟酌することができるものと解される。
本件業務と本件疾患との間に相当因果関係が認められるから、本件業務が本件発症の原因になっているというべきであるが、他方では、被控訴人AのAVMの態様・特徴、AVM破裂の状況、それが自然の経過の中で出血する危険性の程度等からすれば、AVMは本件発症の1つの、そして重要な原因になっていると評価すべきものである。したがって、被控訴人Aに生じた損害の全部について控訴人に賠償義務を負わせることは公平を失するものと思われる。そこで被控訴人Aに係る損害賠償額を算定するに当たっては、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用し、被控訴人AのAVMを斟酌するのが相当である。そして、被控訴人Aの業務の過重性及び同人のAVMの態様・特徴。同人の現在の状態等の諸般の事情を考慮すると、本件では、被控訴人らの損害を算定するについて損害額の40%を減額するのが相当である。
被控訴人Aの損害額は、2億7151万5323円の40%を控除した1億6290万9194円であり、既に4835万3916円の支払いを受けているから、損害の合計額は1億1455万5278円となり、弁護士費用は1100万円と認めるのが相当である。被控訴人Aの父(承継者としての被控訴人C)及び被控訴人Bの固有の慰謝料は各500万円の40%を減額した300万円、弁護士費用は各30万円と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法31条、45条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1029号37頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
大阪地裁 − 平成16年(ワ)第3670号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2008年04月28日 |
大阪高裁 − 平成20年(ネ)第1455号 | 一部認容(原判決一部変更)・一部棄却(確定) | 2011年02月25日 |