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国・旭川労基署長(電信電話会社北海道支店)心臓疾患死控訴事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
国・旭川労基署長(電信電話会社北海道支店)心臓疾患死控訴事件
事件番号
札幌高裁 − 平成21年(行コ)第20号
当事者
控訴人 国
被控訴人 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
-0001年11月30日
判決決定区分
控訴棄却(確定)
事件の概要
K(昭和18年生)は、昭和37年に電電公社に入社して旭川事務所に配属になり、経営が現会社に代わった後も一貫して同事務所に勤務していた。Kは、平成5年の定期健康診断で異常を指摘され、陳旧性心筋梗塞(合併症として高脂血症)と診断されて手術を受けた。Kは指導区分「要注意C」に区分され、時間外労働、過激な運動、宿泊出張は原則として禁止されていた。

会社は、平成13年、構造改革の一環として、1)繰延型(退職し新会社に採用され、65歳まで勤務可能)、2)一時金型(1)のうち退職時に一時金支給)、3)60歳満了型(60歳まで継続雇用し、全国転勤・業績評価)の3つの雇用・処遇形態を用意し、Kは3)を選択した。会社はKを法人部門に異動させ、平成14年4月24日から6月30日までの間、札幌と東京で研修を行うこととし、医師と協議の上、Kに本件研修の受講を命じたところ、Kは札幌での研修の終了後、同年6月9日、旭川の先祖の墓の前で死亡しているのが発見された。

Kの妻である被控訴人(第1審原告)は、Kの死亡は業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づき、労働基準監督署長に対し、遺族補償年金等の支給を請求したが、同署長はこれを不支給とする処分(本件処分)をした。被控訴人は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。

第1審では、Kの死亡と業務との間に相当因果関係を認め、本件処分を取り消したことから、控訴人がこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
Kは、60歳満了型を選択した結果、新たに担当することになったソリューション業務に必要な技能等を習得することを目的として本件研修への参加を命じられたことが認められるが、Kは本件研修を通じて、従前担当していた業務とは異なる新しい業務に対する適応上の不安が増大したり、遠距離の異動により単身赴任を余儀なくされることへの不安が拡大したりしたものであり、本件研修が終了に近づくにつれて、精神的ストレスが更に増大していったものと推認される。そして、専門検討会報告書、厚生労働省テキストには、心筋虚血のリスクファクターとして、ストレス等が挙げられていること、ストレス対策のために事業場から提供を受けるべき組織レベルの情報として、事業場で進行しつつあるか又は将来予想される組織の変化について、終身雇用制の中止、早期退職勧奨や人員削減、大幅なアウトソーシング等が、事業場や職場の組織・作業上の特徴や問題点について、リストラや雇用不安、単身赴任等がそれぞれ挙げられており、これらのストレスの原因及びその背景事情等については、会社の事業構造改革に伴う雇用形態・処遇体系の選択をめぐってKが置かれていた状況等と、共通ないし類似した点がみられることなどを併せ考えると、雇用形態選択に端を発し本件研修中にも増大したKの精神的ストレスは、その心臓疾患を自然的経過を超えて増悪させたことに相当程度悪影響を及ぼしたものというべきである。

控訴人は、Kが家族性高コレステロール血症に罹患し、30年近い喫煙歴がある男性であって、こうした危険因子が業務と関係なく心疾患の急激な悪化を招いたと主張する。確かに、専門検討会報告書には、心筋虚血のリスクファクターとして、年齢、家族歴、高血圧、高脂血症、ストレス等が挙げられていることなどから、Kは虚血性心疾患のリスクファクターを有していたということができる。しかしながら、Kは死亡当時8年半を超えて禁煙していたのであるから、喫煙によるリスクは相当程度減少していたといえるし、平成13年6月及び平成14年1月の心電図及び胸部レントゲンによれば、Kの心臓は比較的安定していたということができる。またKのコレステロール値は、管理目標値を超えていたとはいえ、一定程度コントロールされていたと評価することが可能である。このようにみると、上記の家族性高コレステロール血症等のKの危険因子は業務と関係なく虚血性心疾患を突然悪化させたとまでは認められないというべきである。

以上によれば、Kにとっては身体への負担が大きかった本件研修に参加したこと、雇用形態の選択を求められたことから始まり、本件研修中にも続いていた異動の可能性等への不安が、Kにとって大きな肉体的及び精神的ストレスとなり、これらがKの陳旧性心筋梗塞をその自然の経過を超えて増悪させる要因となり得たものというべきである。

他方、Kは家族性高コレステロール血症に罹患していたが、Kのコレステロール値は一定程度にコントロールされていたから、これに罹患していたというだけでは急性心筋虚血の確たる発症因子ということはできないし、死亡当時は喫煙によるリスクは相当程度減少していたといえるから、喫煙習慣も急性心筋虚血の確たる発症因子ということはできず、他に急性心筋虚血の確たる発症因子の存在が窺われないところである。

以上、本件研修への参加、雇用形態の選択から本件研修中も継続していた異動の可能性等への不安による肉体的及び精神的ストレスがTの陳旧性心筋梗塞をその自然の経過を超えて増悪させ、急性の虚血性心疾患を発症させたものとみるのが相当であって、その間に相当因果関係の存在を肯定することができるというべきである。したがって、Kの死亡は、労災保険法にいう業務上の死亡に当たるというべきである。
適用法規・条文
労災保険法7条1項、16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例1012号5頁
その他特記事項
(注)本件は、「札幌地裁-平成20年(行ウ)18号」2009年11月12日判決の控訴審