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公立高校山岳部顧問合宿死亡事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
公立高校山岳部顧問合宿死亡事件
事件番号
千葉地裁 − 平成21年(行ウ)第28号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年06月28日
判決決定区分
棄却
事件の概要
A(昭和23年生)は、昭和47年に千葉県内の高校で美術担当の教諭として勤務を始め、平成11年4月より本件高校に勤務していた。Aは、平成14年度にはクラス担任は受け持っていなかったが、従前から総務を担当し、同年度には総務部長を務めていた。また、Aは美術部顧問を務める傍ら、山岳部の第4顧問も務めていた。Aは、月、火、水、金曜日は各2時限ずつ、木曜日は4時限の週合計12時限の授業を受け持っていたが、本件高校の教諭の中には週22時限を受け持っている者もあった。

平成14年度は、規程集(校則、教務や生徒指導、進路指導等に関する規程を取りまとめた冊子)の改訂に加え、週5日制の導入、特色化選抜、シラバス(各授業担当者が生徒に向けて授業の狙いや受講に際しての留意点、評価方法について記載した書類)の導入、二次募集の実施などが行われたが、総務部長としての職務に大きな割合を占めていたのは規程集の改訂であった。

本件高校の校長が平成14年度末をもって定年退職し、平成15年度から新校長が就任することから、平成15年3月28日、市内割烹料理屋で、会費制により新校長顔合わせ会(本件会合)が開催された。Aは平成15年に30年永年勤続のリフレッシュ休暇が与えられたので、同月25日、27日及び28日を休暇としていたが、28日には出勤し、総務部長としての仕事をして本件会合に参加した。なお、本件会合は出欠が取られ、6名の欠席者があった。

山岳部の本件合宿は、同月27日から30日までの日程で、蔵王スキー場で実施され、本件高校からは部員9名及び顧問3名が参加し、5つの高校の生徒及び山岳部顧問により合同で実施された。Aは、本件会合が終わった後、一旦帰宅して仮眠を取り、午前2時頃自家用車で出発して、同月29日午前8時頃スキー場に到着した。その後Aは、服装を整え約20kgの荷物を背負って午前9時頃山岳会小舎に到着した。Aは食事をとって横になったところ、その数分後に呼吸異常を生じ、病院に搬送されたが、その途中で心停止となり、同日午前11時10分頃、心室細働により死亡した。なお、Aは冠れん縮性狭心症、僧帽弁閉鎖不全、高血圧及び痛風等の既往症があり、平成11年9月27日から6日間入院し、退院後も通院により投薬治療を続けていた。また、Aは飲酒、喫煙(1日40本の喫煙を30年間継続)の習慣があり、医師からこれらをできるだけ止めるよう指導を受けていた。

Aの妻である原告は、Aの死亡は公務災害であるとして、平成16年11月28日付けで被告千葉県支部に対し、地公災法45条に基づき公務災害の認定を請求したところ、同支部長は平成18年8月21日、本件疾病は公務外の災害と認定した(本件処分)。原告は本件処分を不服として、審査請求をしたが棄却され、更に再審査請求の途中に本件処分の取消を求めて本訴を提起した(再審査請求も結局棄却された)。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件会合及び本件合宿への参加が異常な出来事、突発的な事態に該当するか

本件疾病が公務災害と認められるためには、職員が公務に従事し、任命権者の支配管理下にある状況で過重負荷を受けたことにより災害が生じたこと、すなわち公務起因性が認められることが必要となる。

確かに、本件会合に参加することで、日々の学校業務を円滑にする効果が一定程度期待できるが、そのような効果が期待でき、かつ出席者が職務上の立場などを含めて挨拶をしたとしても、本件会合は酒食を共にする懇親会に他ならないのであって、本来の公務といえないことは明白であり、かつこれに役立つものでもない。また、本件会合には校長、教頭といった管理職が参加していたものの、参加は自由意思で、現実に欠席した者も相当数いたことからすると、その開催も私的なもので、参加に対する事実上の指示もなかったといわざるを得ない。加えて、本件会合の会費は参加者負担であり、開始時間は午後6時と勤務時間外に民間の飲食店で行われたことを考慮すると、本件会合への参加が、任命権者の支配管理下での行為であるということはできず、本件会合に公務起因性は認められない。

本件合宿自体は、本件高校で認められた部活動である山岳部の活動の一つであることは明らかで、職務として教諭がこれを引率することには公務遂行性が認められる。しかし、Aがこれに参加しようとしたのは勤務を要しない日であり、またそれを公務というには旅行命令が発せられる必要があるというべきところ、本件合宿の参加についてはAに対しては旅行命令が発せられておらず、他の引率者には発せられており、Aにおいて事前に旅行命令の発令を受けることができなかった事情は見当たらない。更に行為の客観的評価をみても、本件合宿には山岳部員9名に対し3名の顧問が引率しており、場所もごく一般的なスキー場であったことからすると、人的体制は十分であったといえる上、Aが合流しようとしたのは本件合宿の3日目になってからであり、日程の半分が経過した時点で更に引率者を増員しなければならない理由は見当たらず、Aは自ら自家用車を運転して夜を徹して走行して本件合宿先に到着しているところ、このような睡眠不足の状態で寒冷地でのスキー合宿の引率という体力を消耗する職務を行わせることは極めて不適切である。このようなことからして、客観的に見ても公務とはいい難く、Aに対して事前にかかる態様での出張が命令されたとは認め難い。以上のことからすると、Aが本件合宿に参加したことについて公務起因性は認められない。

2 認定基準により本件疾病は公務上の災害と認められるか

本件疾病が発症する前のAの1ヶ月間の時間外労働時間数は、校内での時間外勤務時間28時間46分、自宅作業時間4時間36分であり、各週の時間外労働時間数は、3月2日の週は8時間06分、同月9日の週は2時間45分、同月16日の週は3時間40分、同月23日の週は17時間56分となり、認定基準に照らして甲が通常の日常業務と比べて特に過重な業務に従事していたとは認められない。

原告の指摘する規程集の改訂について、確かにAは、従前の職務内容をただ踏襲するのみならず、総務部長としての職務も積極的にこなしており、規程集の改訂にも同様な姿勢で熱心に取り組んでいたと推認されるが、規程集の改訂についてのAの具体的な職務内容は、各部に依頼した原稿を取りまとめ、定まった書式に整えたり、目次の作成をするといった程度であり、規程集の改訂がAにとって質的に重い負担になっていたとまでは認められない。また、原告は、本件高校では、平成14年度に、週5日制の導入、特色化選抜の実施、シラバスの導入、二次募集の実施などが行われたため、総務部長であるAの負担は著しかったと主張するが、特色化選抜及び二次募集によって影響を受けるのは担当する教務主任であり、シラバスについてもAは1枚作成するだけであるから大きな負担になったとは認められない。その他の総務部長としてAがしていた職務には「入学のしおり」作成責任等があったが、これは各部が作成した内容の取りまとめであり、さほど質的に過重とはいえない。更に原告は、Aは236名の生徒を受け持ち、生徒の作品の評価には多大な時間を要すると主張するが、Aは平当時かなりのベテランであり、特に平成14年度において通常以上の過重がかかっていたとも認められない。他方、Aは、平成15年3月21日から23日は休日のため公務に従事せず、25日、27日、28日にはリフレッシュ休暇を取り、各日4時間前後の勤務をしているに過ぎないのであって、これ以前の公務により何らかの疲労があったとしても、この間に相当程度回復していたものと解される。

以上を踏まえると、Aの本件疾病発症前1ヶ月間の時間外労働時間は、一般的に公務上の災害と認められる場合の基準よりもはるかに少ないものであり、Aが担当していた職務の性質も、Aにおいて特に著しい負担を感じていたとも認められず、その後十分な休養も得られていたから、これら職務が本件疾病発症に影響を与えるほどのものであったとはいえない。
適用法規・条文
民法709条、715条1項、722条2項
収録文献(出典)
労働経済判例速報2119号19頁
その他特記事項