判例データベース
滋賀(派遣従業員)機械挟まれ死事件(派遣)
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- 滋賀(派遣従業員)機械挟まれ死事件(派遣)
- 事件番号
- 大津地裁 − 平成20年(ワ)第762号
- 当事者
- 原告 個人3名 A、B、C
被告 個人1名 M
被告 株式会社(被告X社)
被告 株式会社(被告Y社) - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年06月22日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 被告X社は、窯業・土石製品等の製造・販売を業とする株式会社であり、被告Y社は、衛生陶器の製造販売等を業とする株式会社であり、被告X社との間で製造委託契約を締結し、従業員を被告X社の滋賀工場内での作業に従事させており、被告Mは被告Y社の従業員で、滋賀工場内での作業に従事していた。また、補助参加人P社は貨物自動車運送業等を業とする株式会社であり、被告X社との間で製造委託契約を締結する一方、人材派遣を業とするS社との間で業務請負契約を締結していた。一方、J(昭和43年生)は、事故当時、S社に雇用され、P社へ派遣されて滋賀工場内での作業に従事していた。
Jは、平成11年8月24日以降、S−3Jラインに配置され、平成13年5月頃から乾燥後のタンクの蓋の検査及び修正の作業、平成17年10月頃からは乾燥前のタンクの蓋の検査及び修正の作業を行うようになり、平成19年5月7日以降は、1組の欠員補充の実習を行うようになった。
平成17年、大分県にある被告X社の工場について、労働局から派遣と請負を適正化するようにとの指導がなされ、これを受けて被告X社の各工場の担当者が検討したところ、機械等の貸与の点、指揮命令の点等多数の問題点が発見され、適正な請負契約に改善することとなった。滋賀工場では、被告X社の従業員が下請業者の従業員に直接作業指示をする実態があり、偽装請負と指摘されるおそれがあったことから、被告X社は請負適正化に取り組み、平成19年1月、3交替制のS−3Jのうちの1勤務と2交替制のS−J5勤務の2勤務を被告Y社が請け負うこととなった。
労働者に対し直接指示等を行うのは組長であり、被告Mは1組の組長としてJらを指揮監督していたが、平成19年5月14日、蓋の生産が遅れていたため、休憩時間に入っても蓋成形機を停止させずそのまま成形を続けていたところ、Jは蓋点検場に入って蓋点検作業を行い、その後機械の間でJがしゃがみ込んでいるのを同僚に発見され、病院に搬送されたが、当日死亡した。
被告X社が作成した事故報告には、本件事故の原因として、成型機内でトラブル発生の場合は、オペレーターに連絡し、オペレーターが処置するのが基本ルールであるのに、点検者自身が自ら不具合を改善しようとした事、自動のまま成型機の間に入って行った事が原因である旨記載されていた。同年9月20日付けで、被告X社は本件死亡事故について記者発表を行い、その後被告側弁護士から、事故の原因はJがマニュアルを遵守せず、機械を止めずに自ら処理をしようとしたことに尽きる旨の見解が示された。
同年8月6日、労働基準監督署は、遺族補償年金・遺族特別年金について、保険給付として年額201万3618円、特別年金として年額3万3165円、遺族特別支給金として300万円、葬祭料として61万5540円を支給する旨の決定を行った。
Jの両親である原告A及び同B並びにJの兄である原告Cは、被告Mは組長でありながら適切な指導教育を行わなかったこと、実態として被告Mは被告X社の派遣労働者であり、被告X社は被告Mを指揮監督していたこと、Jが事故に遭った蓋成形機は被告X社滋賀工場の一部であり、その設置又は管理に瑕疵があったこと、被告Mは本件事故発生後、Jの家族である原告らに情報を提供すべきところこれを怠ったこと、本件事故後被告X社は責任回避の態度をとるなど、不誠実な対応に終始したことなどを主張し、Jの死亡による逸失利益3690万円、葬祭関係費用490万5000円、死亡慰謝料4000万円、弁護士費用811万円、原告A及び同B固有の慰謝料275万円、原告A、同B及び同Cに対する情報提供義務違反による慰謝料55万円、誠実対応義務違反による慰謝料330万円を請求した。 - 主文
- 1 被告らは、連帯して、原告A及び原告Bに対し、それぞれ3070万3035円及びこれに対する平成19年5月14日から支払済みまで念5分の割合による金員を支払え。
2 原告A及び原告Bのその余の請求並びに原告Cの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告A及び原告Bと被告らとの間においては、これを5分し、その2を原告A及び原告Bの負担とし、その余を被告らの負担とし、原告Cと被告らとの間においては、原告Cの負担とする。
4 補助参加により生じた費用は、補助参加人の負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 被告Mの過失の有無
被告Mは、本件事故が発生するまでの間に、本件トラブルが発生した際の復旧方法として、本件方法が用いられていることを知っており、自らも本件方法により蓋成形機の復旧をしたことがあったが、本件方法は、客観的にみて高度の危険性を有するものであるから、組長として、労働者が作業手順を守り、かつ安全に作業を進めるように労働者を監視し、教育すべき立場にある被告Mとしては、本件マニュアルで定められているとおり、蓋成形機の作動中は蓋成形機の間に入り込まないよう、組員に対する指導教育を行うべき注意義務があったというべきである。しかるに、被告Mはこれを怠って本件事故を発生させたものであり、本件事故により生じた損害について、民法709条に基づく損害賠償責任がある。また、その使用者である被告Y社も、その事業の執行中に生じた本件事故による損害について、民法715条1項に基づく損害賠償責任を免れない。
2 被告X社の使用者責任の成否
被告Mは、雇用契約上では被告Y社の従業員であったが、滋賀工場における請負の適正化に伴って、通常必要とされる約1年間の実習を受けることなくS−3Jライン1組の組長になり、本件事故当時被告X社の従業員であるEの指導を受けていたこと、そもそも滋賀工場で請負の適正化が行われるに至ったのは、専ら被告X社のためであった上、S−3Jの1組を被告Y社の請負とする案を推したのも被告X社であり、S−3Jに配置する労働者の選定も大筋で被告X社の案通りに決められていたことからすると、被告Mを組長とすることは被告X社の強い意向によるものと推認されること、そして組長は、被告X社の従業員である工場長、部長、課長及び係長の指揮を受けるべき立場にあり、係長や課長から、安全パトロールの結果判明した事項について、早急に改善するよう求められたり、危険な箇所にカバーや鎖が付されていないとして改善の指摘を受けたこともあったこと等の事実を指摘することができ、これらの事実を総合すれば、被告X社と被告Mとの間には、実質的な指揮監督関係が存在していたと認めるに十分である。そうすると、被告X社は、被告Mの実質的な使用者として、その事業の執行中に生じた本件事故による損害について、民法715条1項に基づく損害賠償責任がある。
この点につき、被告X社は、被告Mは被告Y社の指揮監督を受けており、本件事故の時点では請負の適正化がなされていたとして、被告Mとの間の指揮監督関係の存在を争うが、被告Mが被告Y社の指揮監督を受けていたとしても、そのことから直ちに被告X社との指揮監督関係が否定されるものではない。また、請負の適正化のための配置変更等が行われたことは事実としても、本件事故が発生した段階では請負の適正化はいまだ不十分であったといわざるを得ないから、この点に関する被告X社の主張は採用できない。
3 被告Mの情報提供義務違反の有無
原告らは、被告Mが本件事故後速やかに原告らに適切な情報を提供しなかったとして、そのこと自体が独立の不法行為を構成する旨主張するが、本件事故後の混乱した状況の下で、被告Mが直接原告らに事故情報を提供しなかったからといって、それが社会的相当性を逸脱した違法な行為であるとはいえないし、それ自体により原告の法益が侵害されたということもできないから、原告らの上記主張を採用することはできない。
4 被告X社の誠実対応義務違反の有無
原告らは、被告X社が積極的に原告らの遺族感情を害し続けたとして、そのこと自体が独立の不法行為を構成する旨主張する。本件事故後の経緯のうち、1)本件トラブルが発生した際には、本件方法により復旧を行うことが常態化していたのに、事故報告にはそれに反する記載がされ、あたかもJの一方的過失によって本件事故が発生したかのように記載されていた点、2)ホテルにおける会合においても、被告X社側から原告らに対し1)と同様な説明がされていた点は明らかに事実に反しており、これらが加害者側の不誠実な態度として、本件事故により原告A及び同Bが被った精神的苦痛に対する慰謝料額を算定するに当たり、増額事由となることは明らかである。しかしながら、被告X社の対応が、それ自体社会的相当性を逸脱した違法な行為とまではいえないから、原告らの上記主張を採用することはできない。
5 損害額
Jは、高校卒業後、幾つかの会社を経てS社に就職し、平成18年の1年間に367万1841円の収入を得ていたが、本件事故当時39歳であり、なお将来における収入増額の蓋然性が認められるから、本件事故により死亡しなければ67歳までの28年間にわたり、平均して、平成19年賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・高卒男性労働者の全年齢平均賃金額である492万4000円を下らない年収を得られたものと推認される。そこで、この金額を基礎とし、生活費としてその5割を控除し、ライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除して(係数14.8981)Jの逸失利益を算定すると、3667万9122円となる。
Jは、長年にわたり健康な日々を過ごしていたのに本件事故に遭遇し、生死の淵を彷徨った挙げ句、尊い生命を絶たれたJの苦しみ、無念さ、原告A及び同Bの悲嘆を考慮すると、Jはもとより同原告らの心中は察するに余りある。加えて、本件事故後、加害者側が明らかに事実と反する説明をするなど不誠実な態度をとっていたこと、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故によりJ及び同原告らが被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は、同原告ら固有の慰謝料を含め、2500万円をもって相当と認める。
6 過失相殺の可否及び損益相殺
被告らは、1)Jが蓋成形機の背部に入る際、ヘルメットを着用していなかったこと、2)本件事故の際の復旧方法としてJが奥の光電管を手で遮ろうとしたこと、3)本件方法は組長及びオペレーター経験者しか行っていなかったところ、Jはオペレーターの経験がないにもかかわらず、本件方法による復旧を行おうとしたことを指摘し、過失相殺を主張する。
1)については、蓋成形機の大きさ、重量等に鑑みると、本件事故当時、仮にJがヘルメットを着用していたとしても死亡という結果を回避し得たかは甚だ疑問であり、本件マニュアルを定めながら、作動中の蓋成形機の間に立ち入るというこれに反する行為を容認・放置してきた被告らの態度こそ非難されるべきであって、1)の点をもって過失相殺するのは相当でない。2)については、Jが行った方法が、被告ら主張の方法と比較して特段危険性が高いとまではいえないし、3)については、組長及びオペレーター経験者のみが本件方法により復旧を行っていたとは認められないから、被告らの指摘は前提を欠くものというほかない。以上のとおり、過失相殺をいう被告らの主張は採用することができない。
労働基準監督署から支給された遺族補償年金、遺族特別年金及び遺族特別支給金のうち、遺族補償年金は上記の逸失利益から控除されるべきであるが、遺族特別年金及び遺族特別支給金は、損害の補填のために支給されるものとはいえないから、これらを控除することはできない。よって、平成19年10月15日以降に振り込まれた579万9210円のうち、遺族補償年金として支給された570万5251円と、平成22年4月分として支給が確定している16万7802円の合計587万3053円を、上記逸失利益から控除すべきである。
弁護士費用は、560万円の限度で被告らの上記不法行為と相当因果関係があるものと認める。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条1項、労働組合法7条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1012号25頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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