判例データベース
鉄道会社(可部鉄道部・日勤教育)控訴事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- 鉄道会社(可部鉄道部・日勤教育)控訴事件(パワハラ)
- 事件番号
- 広島高裁 − 平成17年(ネ)第34号
- 当事者
- 控訴人兼被控訴人(第1審原告)個人1名A
鉄道会社労働組合(原告組合)
鉄道会社労働組合広島地方本部(原告組合広島地本)
被控訴人兼控訴人(第1審被告)鉄道会社(被告会社)
個人2名甲、乙 - 業種
- 運輸通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年10月11日
- 判決決定区分
- 原判決変更(控訴一部認容・一部棄却)(上告)
- 事件の概要
- 1審原告(原告)A(昭和33年生)は、昭和52年4月、当時の国鉄に入社し、昭和62年4月、旧国鉄の分割民営化により1審被告(被告)会社の従業員となった者であり、原告組合は、平成2年5月、西日本旅客鉄道労働組合(西労組)に所属していた組合員らの脱退によって結成された組合である。
平成13年12月25日、原告Aの運転する電車に添乗した運輸科長である被告乙は、原告Aが白手袋をしていなかったこと、指差喚呼を本来の右手ではなく左手で行ったこと等からこれについて注意した。これに対し原告Aは「自分で考えてプロ意識を持ってやっている」と反発し、次第に感情的な争いになり、これを目撃した乗客から苦情が寄せられた。原告Aはその後広島駅に戻ったところ被告乙に呼ばれ、改めて対応を注意されたところ、原告Aは被告乙に対し反発し、反抗的な態度を示した。
被告会社では、本件発生当時、事故等が発生した場合、原因調査や事実確認、再発防止のための指導、教育の必要から、当該社員に日勤教育といわれる指導教育を行うこととされていた。被告会社広島支社可部鉄道部部長職である被告甲は、同月26日原告Aと面談し、「支社に呼び出され、まだそんな社員がいるのかと叱られた」、「当分、日勤で一から新入社員教育をしてもらわんといけん」、「1月一杯は日勤してもらう」などと怒鳴りつけ、原告Aに日勤教育を命じた。本件日勤教育は同日から開始され、平成14年1月10、11日の面談では、被告甲は、職制の怖さを知らなかったのかと述べ、また組合の掲示板についてクレームを付け、原告Aが組合集会に参加したことを非難し、「組合に全部面倒見てもらえ」などと言った。日勤教育では、原告Aは社員の面前で「可部鉄道部箇所目標」を達成するための4つのキーワードを読み上げさせられ、就業規則の書写しや反省文の作成などの課題が与えられ、自責ノートを作成させられ、被告甲との部長面談が繰り返し行われたほか、知悉度テストが行われ、同年2月5日の3回目のテストで合格した。その翌日の6日、被告甲は朝の点呼において、本件日勤教育は終了した旨述べ、原告Aに対し乗務復帰をしてもらうと話したが、広島支社人事課長の指示で原告Aと面談したところ、原告Aの意識面での改善が十分でないとして、原告Aにはその後も日勤教育が継続実施された。また、原告Aは同月21日に被告乙に対する非違行為を理由として懲戒処分を受け、結局、本件日勤教育は同年3月4日まで69日間続けられて終了した。
本件日勤教育の期間中、原告組合と原告組合広島地本は、被告広島支社に抗議行動を行い、本件日勤教育は不当労働行為に該当するとしてその中止を申し入れた。
原告Aは、白手袋を着用すること、右手で指差喚呼を行うことについての根拠はなく、自分の行動には合理性があること、本件日勤教育は非違行為がなく必要性もないのに行われたもので、違法・無効であるとともに、原告Aを原告組合から脱退させようという意図で行われた不当労働行為であること、原告Aは日勤教育の当初から自責ノート等で反省の意を示し謝罪したにもかかわらず延々と続けられ、一旦は平成14年2月6日に終了しながら反省が足りないという抽象的理由で日勤教育を延長させたこと、本件懲戒処分は理由なくされたものであることを主張し、不法行為に基づき、被告らに対し、給与の減額分19万8204円、慰謝料500万円、弁護士費用50万円を請求した。また、原告組合及び原告組合広島地本は、組合員である原告Aの非違行為を捏造し、違法な日勤教育を長期間にわたって実施したため、その対応に多大な労力と費用を割くことを余儀なくされ、労働組合としての名誉を著しく傷つけられたとして、被告らに対し、慰謝料500万円、弁護士費用50万円を請求した。
第1審(広島地裁平成16年12月22日判決)では、1)被告乙の原告Aに対する指導は業務命令の範囲内にあるから、これに反抗した原告Aには指揮命令系統に違反した非違行為が認められること、2)本件日勤教育は正当な理由と不当労働行為意思が競合しており、原告Aを教育する必要性は認められるが、平成14年2月7日以降の日勤教育は不当労働行為意思に基づくもので違法であること、3)原告Aの被告乙に対する反抗は懲戒事由に該当するから本件懲戒処分は適法であること、4)原告組合及び原告組合広島地本に対する被告甲の一連の発言は支配介入に当たり不当労働行為に該当することとして、原告Aについては減収となった手当分7万1851円、慰謝料10万円、弁護士費用4万円を、原告組合及び原告組合広島地本については、それぞれ慰謝料10万円、弁護士費用2万円の支払を命じたとから、原告・被告双方ともこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決中、1審原告Aの1審被告鉄道会社及び1審被告甲に対する金員支払請求に関する部分を次のとおり変更する。
(1)1審被告鉄道会社及び1審被告甲は、1審原告Aに対し、連帯して33万1851円及びこれに対する平成14年3月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)1審原告Aのその余の請求をいずれも棄却する。
2 1審原告Aのその余の控訴並びに1審原告鉄道会社労働組合及び1審原告鉄道会社労働組合広島地方本部の控訴をいずれも棄却する。
3 1審被告鉄道会社及び1審被告甲の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は、第1、2審を通じて、1審原告らと1審被告鉄道会社及び1審被告甲との間においては、1審原告らに生じた費用の20分の1を同1審被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、1審原告らと1審被告乙との間においては、前部1審原告らの負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 当裁判所は、原告らの本件請求は、原告Aにおいて、被告会社及び被告甲に対し、不法行為に基づく損害賠償金33万1851円及びこれに対する本件日勤教育が終了した日である平成14年3月4日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払う限度でいずれも理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、原告組合及び原告組合広島地本においてそれぞれ、被告会社及び被告甲に対し、不法行為に基づく損害賠償金12万円及びこれに対する本件日勤教育が終了した日である平成14年3月4日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める限度でいずれも理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し。原告らの被告乙に対する請求についてはいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。
1 非違行為の有無
被告会社の就業規則は、「(3条)社員は、会社業務の社会的意義を自覚し、自己の本分を守り、会社の命に服し、法令、規程等を遵守し、全力をあげてその職務の遂行に専念しなければならない」、「(48条)職制は、別表1に定める職名、職務内容及び指揮命令系統とする」と定め、別表により、運転士は、助役・係長の指揮命令系統下に置かれている。そして、本件当時、被告乙は可部鉄道部運輸科長であったから、運転士であった原告Aは被告乙の指揮命令下にあったと認められる。かかる状況下において、原告Aは、被告乙から白手袋を着用し、右手で指差喚呼を行うよう指導されたところ、列車の運航中で、しかも運転席と客室の間に遮蔽がない構造の列車であったから運転席の声は客室にも聞こえることは容易に推認される状況で、「それは絶対ですか」、「自分でプロ意識を持ってやっています」などと感情的に声を荒げて被告乙の指導に反発したり、広島駅到着後も「なぜそれがいけないのか」と述べるなど、被告乙の指導に従わずに反発し、旅客の面前で反抗的態度をとったことが認められる。もっとも、被告乙の指導は業務命令としてなされたものであって、同人に広範な裁量は認められるものの、その指導内容が合理性を欠き濫用にわたる場合には、もはや業務命令の範囲を超えた指導というべきであり、そのような指導に従わなかったとしても非違行為には該当しないと考えることができる。
平成11年5月から可部鉄道部ではNO1運動の一環として、信号確認時に白手袋を着用するよう定められていた。NO1運動の取組みの対象であった信号確認とは、列車を運転しているときに行われるものであるから、可部鉄道部では白手袋を着用して運転することがNO1運動の取組として業務の内容となっていたというべきである。また、可部鉄道部の運転士のほとんどが白手袋を着用して列車を運転していたと推測されることからすれば、白手袋を着用して運転すべき旨を内容とする被告乙の指導は、合理性を有するということができる。
また、被告会社広島支社では、原則として右手で指差喚呼するが、ブレーキ弁ハンドルを操作しているときには例外として左手で指差喚呼するよう指導されていたこと、被告乙は原告Aに対して平成12年5月11日春の面談で、列車停止中には左手で指差喚呼を行わないように指導していたことがそれぞれ認められる。そして、安全確保への取組を至上命題とする被告会社においては、運転士各人が自己流の運転操作を行ったがために、会社全体としての安全施策に支障を来し、ひいては旅客の生命、身体、財産を害する結果につながる危険性があることは想像に難くなく、1つの組織体として決められた特定の方法によって、安全確認のための指差喚呼を正確に反復継続することが重要と考えられるところである。被告会社広島支社において右手による指差喚呼を特定の方法として定め、従前、これを遵守するよう指導がされていた以上、右手で指差喚呼すべき旨を内容とする被告乙の指導は、合理性を有するというべきである。そして、本件における問題は、白手袋を着用することや、指差喚呼を右手で行うことに真実合理性や科学的必然性があるか否かということではなく、原告Aが一応の合理性を有する被告乙の指導に特段の理由なく反発し、反抗的態度をとったか否かということであって、被告乙の指導は一応の合理性を有しており、業務命令の範囲内にあると考えられるから、特段の理由がないのにこれに原告Aが反発・反抗した以上、原告Aにつき就業規則で定められた指揮命令系統に反したとの非違行為を認めるのが相当である。ところで、被告乙も感情的になって指導していたことが認められるが、被告乙は原告Aの上司であり、原告Aは被告乙の指揮命令系統下にあるところ、被告乙の指導内容には一定の合理性が認められ、その指導を感情に任せた全く不合理なものと評価することはできない。
2 本件日勤教育の適法性について
(1)本件日勤教育の必要性
原告Aには就業規則上の指揮命令に反した非違行為が認められるが、これら原告Aの行為はヒヤリハットなどといった過失に基づくものではなく、上司の指導に対し反発・反抗したという故意に基づくもので、態様が過失行為に比してより悪質といわざるを得ない。また、被告会社では、経営理念として客本位のサービス提供を掲げ、旅客の信頼確保を行動規範としているところ、本件における原告Aの言動は一般乗客からの苦情を招来するなど、その信頼を裏切りかねないものであった。これからすれば、原告Aを教育する必要性は十分に認められるというべきであって、原告Aの勤務種別を変更することについての業務上の必要性を認めることができるから、本件日勤教育は必要性を欠いており違法であるという原告らの主張は採用できない。
(2)本件日勤教育の業務命令権の逸脱濫用の有無
本件日勤教育の内容を検討すると、主に与えられた課題に基づき自責ノートを作成する方法で実施されたが、この自責ノートの作成作業は原告Aを教育するという目的で実施されたと認めるのが相当である。けだし、本件日勤教育の原因は上司への反発・反抗という原告Aの非違行為にある以上、同人に被告会社における会社組織全体の有様を学ばせることは必要であって、社員の服務、職制や指揮命令系統などに関する就業規則、労基法、動力車乗務員作業標準、会社の概要等の基本的な事項を学ぶことは、まさに組織の実態の基礎を学ぶことといえるからである。また、原告Aの非違行為は白手袋の着用や指差喚呼の方法についての指導に端を発するものであるから、安全対策という観点からすれば、指差喚呼方法等の基本動作や異常時の取扱いについての規程を書き写すという課題にも教育目的があることは否定できないし、原告Aの所為は一般旅客からの苦情を招くなど客の信頼を損ないかねない行為ともいうべきであるから、被告会社の経営理念や接客サービスマニュアルを学ばせるという課題にも教育目的を認めることができる。更に、非違行為を行った社員に対し反省を求めることは当然に必要な教育であるから、反省文や自己改革のレポートを書かせることにも教育目的が認められる。
本件日勤教育では、自責ノート作成以外にも、広島駅・可部駅間の移動の際に上司が同伴して、運転席の背後から運転の状況を見学することとされたり、朝の点呼時に可部鉄道部箇所目標と4つのキーワードを読み上げることとされたりしたが、指差喚呼の方法など基本動作を学習し、かつ、客の視点からの理解を深めるために他の運転士の動作を客室から観察することも有意義ということができるし、普段は他の運転士の行うキーワードの読上げについても、可部鉄道部に所属する運転士として同部の目標を認識させ自覚を深めさせることは、原告Aの非違行為の内容を考慮すると有用なものというべきであって、これらも教育目的をもって実施されたと認めるのが相当である。そして、知悉度テストは、これら教育の効果が出ているかを判断するために実施されたものであり、教育の成果の判断が恣意的にならないようにテストという客観的な基準を判断材料の1つとすることはむしろ望ましく、不合理なものとはいえない。したがって、本件日勤教育は原告Aを教育する目的で行われたもので相当程度の合理性を有すると認めるのが相当である。
(3)本件日勤教育の不当労働行為姓
平成13年12月26日の部長面談において、被告甲は原告Aに対して、どの組合が1番かを確かめればわかるという趣旨の発言をしたことが認められるが、これは原告組合に所属する原告Aが同組合を脱退して他の組合に加入することを慫慂する発言と解することができる。そして、被告甲の発言は、本件日勤教育の部長面談の場で被告会社上級管理者の立場で述べられたものであり、被告会社に帰責されるべきであるから、原告ら組合活動に対する支配介入として不当労働行為に該当するというべきである。
平成14年1月10、11日には、被告甲は組合掲示板を撤去できると述べたり、組合集会に原告Aが参加したことを非難したりしている。当時、原告Aはいつ終わるともわからない本件日勤教育の最中であり、不安・焦燥などに駆られた精神状態にあり、このような状況下で、日勤教育に強い影響力を有する被告甲から組合活動を非難されれば、活動に対する妨害・抑制となるといわざるを得ない。したがって、この被告甲の発言は原告らの組合活動を妨害する行為であるから、支配介入として不当労働行為に該当するというべきである。また被告甲は、原告Aが終業後に原告組合広島地本事務所に寄っていることを批判し、原告Aの組合活動を妨害する発言をしたり、原告組合がストライキに出れば組織としてなくなると牽制したりしたが、かかる発言も同様である。「わしの機嫌とった方が絶対ええって」、「そっちの味方は誰かいるんかい」などの被告甲の発言、組合活動によって原告Aが苦しむことになるとの被告甲の発言も支配介入に該当すると考えられる。
以上によれば、本件日勤教育の初日である平成13年12月26日から部長面談において被告甲の発言の中には脱退慫慂等の支配介入があり、不当労働行為意思が推認されるが、その前日に原告Aは非違行為を行い、その具体的態様も被告乙の指示に反発して反抗的態度をとるというものであって、過失行為に比してより悪質で、一般乗客からの苦情も出ており、原告Aを教育する必要性は十分にあり、原告Aの勤務種別を変更する業務上の必要性が認められることから、原告Aに反省を促し、再発防止の観点から教育を行う目的で原告Aを日勤教育に指定したものであって、本件日勤教育の開始は不当労働行為意思に基づくものではなく、正当な教育目的に基づくものであったというべきである。
平成14年1月中は原告Aには必ずしも十分な反省、悔悟の情が認められなかったところ、原告Aは同月24日と31日に行われた知悉度テストは不合格で、同年2月5日の3回目のテストで合格とされた。そして、翌6日に、被告甲が多数の社員を前にして本件日勤教育を終了する旨述べており、同日を経過する段階においては、本件日勤教育を継続する理由及び必要性は既に実質的にはほとんど消滅していたものといわなければならない。したがって、平成14年2月6日までの本件日勤教育は、正当な教育目的から実施された合理的理由を有するものであり、不当労働行為意思に基づくものではないというべきである。他方、同月7日から同年3月4日までに実施された本件日勤教育については、教育目的という合理的理由は存しないから、不当労働行為に該当し、被告会社及び被告甲の業務命令権を逸脱濫用するものとして違法というべきである。また、同月6日以前における被告甲による前記支配介入行為は、不当労働行為であるとともに、被告会社及び被告甲の業務命令権を逸脱濫用するものであり、違法というべきである。
原告らは、被告乙が長年長門市への転勤を希望していた原告Aに対して、平成14年3月1日に指導職になって長門に帰れと述べたことを捉えて不当労働行為に該当すると主張する。しかしながら、西労組組合員で被告会社の下級管理者である被告乙はこれまで原告Aに不当労働行為に該当する発言を行ったことは認められないこと、上記被告乙の発言がなされたのは、同年2月7日を最後に被告甲の部長面談が行われなくなって久しい頃で、原告Aに対する本件日勤教育終了の直前で、実質的には本件日勤教育の終了が事実上決まっていた段階のことであり、たまたま原告Aと被告乙が2人だけで同室した際に、個人的な雑談の中で出た発言であるから、個人的立場から忠告したとの疑いが払拭できず、直ちに不当労働行為に該当すると断定することはできない。
3 本件懲戒処分の適法性について
原告Aは被告乙の指示に従わずに反発・反抗した非違行為を行ったことが認められる。したがって、「法令、会社の諸規程等に違反した場合」、「上長の業務命令に服従しなかった場合」という懲戒事由に該当することになる。また被告会社は、安全・正確な輸送の提供、客本位のサービス提供を経営理念とする鉄道業を営む者であるところ、原告Aの行為は、旅客からの苦情を招くなど、その信頼を損ないかねないものであったから、「職務上の規律を乱した場合」という懲戒事由にも該当するというべきである。そして、本件懲戒処分は所定の手続きに従ってなされたと認められるから適法である。
4 原告らに対する不法行為の成否について
本件日勤教育の平成14年2月6日以前における被告甲による個々の支配介入が、不当労働行為に該当すると同時に職務命令権を逸脱濫用するものであり、この行為は、原告組合及び原告組合広島地本の団結権を侵害するものとして両原告に対する不法行為が成立するだけでなく、原告Aの人格権を侵害するものとして同原告に対する不法行為も成立する。そして、平成14年2月7日以後における被告甲及び被告会社による本件日勤教育の再開継続もまた不当労働行為に該当すると同時に業務命令権を逸脱濫用するものであって、この行為も原告組合及び原告組合広島地本の団結権等を侵害するものとして両原告に対する不法行為が成立するだけでなく、原告Aに対する不利益取扱であって同原告の人格権を侵害すると共に経済的不利益を与えるものとして同原告に対する不法行為も成立する。
被告乙については、原告らの主張する殊更原告Aを陥れる不法行為があったとは認められず、また同被告につき不当労働行為が成立するとも認められない。したがって、被告甲及び被告会社は、共同不法行為ないし使用者責任に基づき、原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
5 損害について
(1)原告Aについて
被告会社において、乗務勤務の運転士が日勤勤務に指定された場合、諸手当の不支給等によって、一般的に1ヶ月につき平均10万円の減収になることが認められ、かかる事実からすれば、原告Aについても、平成14年2月分の手当として9万8012円、同年3月分の手当として9万2670円が減額になったことが推認される。そして、本件日勤教育が実施された69日間のうち、原告Aに対する平成14年2月7日から同年3月4日までの26日間の本件日勤教育は不当労働行為として違法である。したがって、2月分と3月分の手当の減額分を基準として、69日のうち26日に相当する期間の手当の減額分を按分計算によって算出してこれを財産的損害とするのが相当であり、その額は7万1815円となる。
原告Aは、被告会社及び被告甲の不当労働行為によって1ヶ月近く日勤教育の継続を余儀なくされ、その間不安な日々を過ごし、また部長面談において被告甲から前記のとおり平然かつ露骨に組合からの脱退慫慂等が繰り返され、不安、焦燥などの精神状態となり、高血圧傾向を示すなど体調にも影響が出たこと、他方、原告Aの経済的損害の回復は別途認められていること、本件事件の発端は原告Aの職制を無視した反抗的言動にあったことなどの事情にその他諸般の事情を総合考慮すると、原告Aが被った精神的苦痛を慰謝するには20万円が相当であり、弁護士費用は6万円が相当である。
(2)原告組合及び原告組合広島地本について
原告組合及び原告組合広島地本は、同組合員である原告Aに対する原告組合からの脱退慫慂が繰り返された上、原告Aの日勤教育が再開継続されるなど、被告甲及び被告会社広島支社による業務権限を濫用逸脱した不当労働行為によって団結権が侵害される危険が生じたこと、本件日勤教育での部長面談等の様子を録音したテープの反訳などの煩雑な作業を行わざるを得なかったことなど諸般の事情を考慮すれば、原告組合及び原告組合広島地本が被った精神的損害を慰謝するにはそれぞれ10万円を要するというべきであり、弁護士費用はそれぞれ2万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条1項、719条、労働基準法39条4項、労働組合法7条
- 収録文献(出典)
- 労働判例932号63頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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