判例データベース
鉄道会社(森ノ宮電車区・日勤教育等)控訴事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- 鉄道会社(森ノ宮電車区・日勤教育等)控訴事件(パワハラ)
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成19年(ネ)第2933号、大阪高裁 − 平成20年(ネ)第135号
- 当事者
- 控訴人 個人4名A、C、D
控訴人(附帯被控訴人)個人1名B
鉄道会社労働組合(控訴人組合)
鉄道会社労働組合近畿地方本部(控訴人関西地本)
被控訴人(附帯控訴人)鉄道会社(被告会社)
個人2名甲、乙 - 業種
- 運輸通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年05月28日
- 判決決定区分
- 控訴一部認容(原判決一部変更)・一部棄却(上告)
附帯控訴棄却 - 事件の概要
- 被控訴人(附帯控訴人・第1審被告)会社は、西日本地域における旅客鉄道輸送を業とする株式会社であり、同乙は被控訴人会社森ノ宮電車区区長の地位にあった者、同甲は被控訴人会社森ノ宮電車区首席助役として区長を補佐する地位にあった者である。一方、控訴人(附帯被控訴人・第1審原告)組合は会社西労組に所属していた組合員らが同労組から脱退して結成した労働組合、同近関西本は同組合の地方本部の一つでその中の大阪支部の下部組織として森ノ宮電車区分会がある。控訴人Aらはいずれも控訴人組合の組合員であり、森ノ宮電車区で勤務していた。
平成15年6月22日、控訴人Aは列車を運転していた際、入換信号機が停止信号を示していたにもかかわらず、これを確認することなく漫然と運転し、ATSが作動し、非常停止した。ところが同人は指令員に連絡せずATSの復帰扱いを行い無断で所定の停車位置まで列車を後退させて「異常なし」と報告して帰宅した。その後当直係長から報告を受けた被控訴人乙は、同日控訴人Aから午後9時頃までと翌23日にも事情聴取を行った。被控訴人乙は、2日間の事情聴取の結果を踏まえて日勤教育を行うことした。同日勤教育は、同月23日から始まり、再試験を行うなどした結果、同年9月3日までの実質45日間行われた。控訴人Aは、同年6月25日、翌26、27日に年休を申請し時季変更権を行使されたが、体調不良により両日は年休を取得した。
また、平成16年2月20日、G指導役は控訴人Aが乗務する列車に裏面乗車し、同人が基本動作である指頭確認喚呼を実施していないことを確認し、この報告を受けた被控訴人乙は同月26日から控訴人Aに日勤教育を実施した。また、控訴人Aについては、同年10月頃、便乗運転士との間で意思疎通がなされていないとして被控訴人甲から注意を受け、平成17年2月3日、運転状況の確認喚呼を怠ったまま列車を発車させたことから、被控訴人乙は同月4日から7日まで日勤教育を実施した。
平成16年4月26日、控訴人Bは放出派出所構内において列車の入換え作業に従事していたところ、線路上に茶褐色の固まりを発見し急ブレーキをかけ、無線で「雀が進路妨害をした」と連絡した。同月30日、控訴人Bは被控訴人乙から事情聴取を受け、顛末書を提出した上、同日から同年5月26日までの間のうち12日間日勤教育を受け、天井の清掃、除草等の作業に従事し、更に、同年6月1日、見習い勤務に配転された。
平成14年10月23日、控訴人Cは同Bらとともに、パンタグラフの検査を行っていたところ、控訴人Bが車両の屋根の上にハンガーが乗っているのを発見し、控訴人Cに報告したが、同人は当直等へ報告することなく、そのまま車両検査を続け、この件で被控訴人甲から反省文を求められ、平成15年3月31日、口頭厳重注意を受けた。また控訴人Cは、平成14年8月6日、木製の手歯止めを取り外さずに車両を移動させて手歯止めを割損したのにこれを隠蔽し、平成15年3月14日、代務として信号担務をした際、離席し、平成16年4月22日、車両屋根上クーラーの修繕作業に用いた工具を忘れ、平成16年9月14日、テコ扱いの業務に従事していた際、テコ扱いに遅れて電車の出区時刻を遅らせるなどの行為を行い、謝罪を求められるなどした。
これに対し控訴人A、同B及び同Cは、被控訴人らの行った日勤教育、注意、叱責等はいずれも正当な理由なく行われたもので、同原告らはこれによって著しい精神的苦痛を被ったとして、原告それぞれに対し慰謝料200万円、弁護士費用20万円の支払を請求した。また、控訴人D及び同組合及び同関西地本は、配管工事に伴い被控訴人会社が掲示板を一時的に移転するに際し、新掲示板を縮小し、見やすさの点で見劣りする場所に移転したこと、控訴人組合の掲示物を、労働協約の定めに違反するとして被控訴人会社が掲示物を撤去したことは不当労働行為に当たるとして、被控訴人らに対し控訴人D、同組合、同関西地本それぞれに対し、慰謝料100万円、弁護士費用10万円を支払うよう請求した。
第1審では、控訴人Bに対する日勤教育は違法であるとして、被控訴人らに15万円の損害賠償を認め、控訴人関西地本の掲示物の撤去が違法であるとして3万円の損害賠償を認めた外は、いずれも控訴人らの請求を棄却したことから、控訴人らはこれを不服として控訴に及んだ外、被控訴人らは敗訴部分の取消しを求めて附帯控訴した。 - 主文
- 1 原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人らは、連帯して、控訴人Aに対し40万円、控訴人Bに対し50万円、控訴人組合に対し2万5000円、控訴人関西地本に対し17万5000円及びこれら各金員に対する被控訴人会社については平成17年11月29日から、被控訴人甲については同月27日から、被控訴人乙については同年12月14日から、各支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人会社及び同甲は、連帯して、控訴人関西地本に対し10万円及びこれに対する被控訴人会社については平成17年11月29日から、被控訴人甲については同月27日から、各支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(3)控訴人C及び同Dの請求並びに控訴人A、同B、同組合及び同関西地本のその余の請求を、いずれも棄却する。
2 本件附帯控訴をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、1、2審を通じて、別紙訴訟費用負担表記載のとおりの負担とする。
4 この判決は、1項(1)及び(2)に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 判決の骨子
当裁判所は、原審とは異なり、骨子次のとおり判断する。
(1)控訴人Aに対する平成15年6月23日からの日勤教育は違法であり、被控訴人らは、慰謝料及び弁護士費用合計40万円の損害賠償義務を負う。
(2)控訴人Bに対する平成16年4月30日からの日勤教育は違法であり、被控訴人らは、慰謝料及び弁護士費用合計50万円の損害賠償義務を負う。
(3)控訴人Cに対する措置について不法行為又は債務不履行に該当するとは認められない。
(4)本件掲示板に関する措置は不当労働行為には該当しない。
(5)掲示物の撤去は不当労働行為に該当する。上記掲示物の撤去により、控訴人関西地本は、掲示物1枚につき無形損害及び弁護士費用合計5万円及び2万5000円の損害を受けた。被控訴人らは、掲示物の撤去についての損害賠償義務を負う。
(6)控訴人D独自の損害は観念し難い。
2 控訴人Aに対する措置等の違法性
(1)原判決の補正・変更
被控訴人乙による事情聴取が2日に及び、長時間に及んだのは、控訴人Aの説明が管理者らにおいて容易に納得し得るものではなく、矛盾を指摘されると黙り込んでしまうなどしたためということができる。この点控訴人Aは、事情聴取に時間がかかった責任は専ら被控訴人ら管理者らにある旨主張する。しかし、事情聴取中の管理者らが、嘘を言っているのではないか、寝ていたのではないか、病院に行った方がいいのではないか、などと執拗に追及したり、内容的にも穏当さを欠いたり、事情聴取を受ける者への配慮に乏しい発言を行っていたことを踏まえると、控訴人Aが黙り込んでしまったことにはやむを得ない部分があったということはできるが、本件のような長時間の事情聴取は被控訴人会社においても異例であることが窺われ、被控訴人乙、同甲及び管理者らにおいて、ことさら控訴人Aに対し長時間の事情聴取を行う理由は見当たらず、本件の事情聴取が長時間に及んだ原因が専ら被控訴人ら側にあるとまでは認められない。また早期に事実を把握したい被控訴人乙が、かかる控訴人Aの対応に業を煮やして、同じ趣旨の質問を繰り返したり、語気を強めたことがあったにせよ、その程度のことは質問の態様として通常許容される範囲内のものというべきである。また、管理者らが穏当さを欠いたり配慮に乏しい内容の発言を行うなどして控訴人Aが事情聴取したことが認められるが、被控訴人乙がこれらの発言以外に本来の目的を逸脱して、執拗に質問を繰り返し、罵声を浴びせたり、大声で怒鳴りつけたり、控訴人Aを侮辱するなどした事実を認めるに足りる証拠はない。途中休憩を挟むことなく2時間ないし3時間に及ぶ事情聴取が続けられたことは、相当とは言い難いものの、事情聴取が長時間に及んだ原因には、控訴人Aの説明が要領を得なかったり、時に黙り込んでしまうこともあるということができる上、控訴人Aが休憩を求めたのにこれを拒否したという事情もないことに鑑みれば、休憩を与えなかたことが違法とまでいうことはできない。
ATS作動の件は、信号機を確認せず漫然と列車を運行させた点、指令員の指示を受けることなく無断でATSの復帰扱いを行い、列車を後退させた点、発生した事象を直ちに報告しなかったばかりか、事実を隠して「異常なし」と報告した点において、いずれも重大事故に繋がりかねない過ちであり、列車の運行の安全上看過できない問題ということができる。この点につき、控訴人Aは、前日に線路内に侵入している人影があったため、また侵入者がいるのではないかと停止指示に気付くのが遅れたなど漫然と運転していたことを否定するが、同控訴人が運転操縦以外のことに意識を逸らし、信号確認を怠った上、停止位置目標を行き過ぎるという不適切な運転操縦を行ったことには変わりがなく、同控訴人の主張は採用できない。前方注視を怠った原因が被控訴人会社の施設管理の懈怠にあるとする控訴人Aの主張も到底採用できない。
最終の事故から6年経過後の事故とはいえ、これまでの事故の多さと、ATS作動の件自体が有する重大性・危険性に鑑みれば、控訴人Aに対して、再発防止に向けた教育を行う必要性を認めることができる。控訴人Aは、大阪電車区は停車駅や列車の両数の種類が様々で停止位置誤りは防ぎきれず、同控訴人以外の運転士にも停止位置ミスは後を絶たなかったし、いずれもやむを得ない事情があり、「事故歴の多い社員」として日勤教育の必要性を述べるのは誤りである旨主張するが、同区の運転士の多くが控訴人Aのように多数の事故を起こしていることを認めるに足りる証拠はないから、同控訴人の過去の事故歴を今回の教育の必要性に当たり勘案することは相当である。
控訴人Aが平成15年6月25日に行った同月26日及び27日の年休申請に対し、被控訴人乙が時季変更権を行使した理由は、事実経過の把握が未だ不十分であり、原因究明と教育方針の確定を行うという点にある。しかしながら、当時控訴人Aが受けていた日勤教育は、他の複数の研修員とともに短期間に集中的に高度な知識・技能を修得し、これを職場に持ち帰ることによって職場全体の業務の改善等に資することなどを目的とした教育ではなく、ただ1人で過去の不相当事業を振り返って、今後の再発防止に向けて受ける教育であり、事実経過の把握等が年休取得申請された日に行わなければ日勤教育の目的を達せられないものではなく、同両日に控訴人Aが年休を取得しても事業の正常な運営を妨げる場合には当たらないというべきであり、被控訴人乙は時季変更権を行使できる場合に当たらないにもかかわらず、これを行使したものである。しかしながら、控訴人Aは、体調不良のため、当初の申請の通り年休を取得したのであるから、被控訴人乙の行った時季変更権の行使は、結果として違法性を帯びるには至らないというべきである。
(2)平成15年6月23日からの日勤教育の期間についての判断
控訴人らは、そもそも日勤教育の実態は労働者の恐怖心をてこにした労務管理であり、懲罰に他ならない旨主張するが、労働者の教育をいかに行うかは基本的に使用者の裁量に委ねられており、被控訴人会社において、安全安定輸送の実現のため、社員一人一人の安全意識の向上、基本の徹底、知識・技能の向上を理念として掲げ、その理念の徹底を図る方策として、社員に対する個別の教育という方策を用いることは、必要かつ有効な一つの方法であると認められ、事故等が発生した場合や服務規律違反があった場合に、その再発防止の観点から、事故等の状況に応じて、更なる知識・技能の習得、事故防止に対する意識・意欲の向上等を目的として教育を実施することは、その必要性を肯定することができる。そして、その方策として日勤教育を行うこと自体は許されるというべきである。また、日勤教育に際し、事実関係を正しく把握するために、顛末書を作成させたり事情聴取を行い、客観的な事実の違い等があれば問い質すことも、必要なものと認められる。
しかしながら、例えば運転士が日勤教育に指定されると、その期間は月額約10万円の乗務手当が支払われず、実質的な減給になることからすると、いかに必要な教育のためとはいえ、その教育期間は合理的な範囲のものでなければならない。加えて、日勤教育は、少なくとも一部の者にとってはペナルティとして恐怖心をもって受けとめられていたことに照らせば、被控訴人会社の経営方針や業務内容、経営環境、受け手となる労働者の能力等のほか、特に教育の原因となった事象の内容との均衡を勘案した上でも、いたずらに長期間労働者を賃金上不利益でかつ不安定な地位に置くこととなる教育は、必要かつ相当なものとはいえず、使用者の裁量を逸脱して違法というべきである。
控訴人Aの当該日勤教育についてみると、日勤教育の期間は73日間、実勤務日数だけでも45日間と長期にわたっている。また、あらかじめ教育の予定期間や教育計画、到達目標等が本人に明示されず、本人にとっては、いつ、どのような状態になれば教育が終了になるのかわからないという不安定な地位に長期間置かれていたことになる。
この点、福知山線脱線事故調査報告の資料として被控訴人会社から事故調査委員会に提出された資料によれば、再教育総数363件のうち、事故の種別を問わず最大のものは44日間であり、控訴人Aと同種のATS直下作動では最大値41日で、平均値は13.4日であったから、これらと比較すると、控訴人Aの当該日勤教育は極めて長期であるといえる。もっとも、控訴人Aの問題とされた事象は、単に停止位置を行き過ぎたことのみが問題とされたものではなく、禁止事項に違反することを認識しつつ無断でATS―Pを開放扱いとし、無断で後退し、更に意図的に報告せずに退出したことが併せて問題とされたものであって、単純にATS直下作動の場合の教育日数とを比較することはできない。また期間中漫然と日勤教育が行われていたわけではなく、区切り毎に知悉度試験等が実施され、その成績に応じて再教育を実施するなどの対応が取られており、結果として日勤教育が長期に及んだのは、知悉度試験の成績が上がらず、シミュレーターを利用した確認試験の際に、ATS作動の件と全く同じ禁止事項違反を犯すなど、控訴人A自身に問題が残っていたからであるということはでき、この点で教育期間が長期にわたったのは同控訴人の取組み等に問題があったからに他ならないとする被控訴人らの主張も理由があるかに思える。また、教育の内容や方法については基本的に被控訴人会社の裁量に委ねられるものであることからすれば、予め期間を定めず、またその告知もしないという教育方法について、それのみをもって直ちに違法ということはできない。
しかし、控訴人Aに対する教育内容と期間を個別に見ると、例えば平成15年6月23日から7月3日まではレポート作成による時系列の把握や意識面の整理が行われていたが、より短期間でこれを行うことができなかったのかには疑問がある。そして、同年7月4日からのATSに関する5日間の教育や、3日間の追加学習、運転取扱実施基準規程などについて6日間の教育、同年8月14日から9月1日までのシミュレーターを使用しての確認と出区点検による車両に対する理解度の確認試験やそれに不合格だった際の再教育(実日数5日間)などは、違法とはいえないことは前記のとおりであって、被控訴人らにおいて敢えて日勤教育を長引かせたとはいえないが、予め達成目標が本人に明示されずに、結果として73日間にも及んだ日勤教育は、いたずらに労働者を不安な地位に置くものであり、また賃金の面でも過分な不利益を与えるものといえる。したがって、控訴人Aに対する当該日勤教育は、全体として教育として必要かつ相当なものとはいえず、使用者の教育に関する裁量を逸脱したものとして、結果として違法というべきである。
2 控訴人Bに対する措置等の違法性について
(1)平成16年4月30日からの日勤教育について
控訴人Bと信号担当者とのやりとりを見れば、信号担当者が報告の意味を理解できず聞き返さなければならなかったとか、非常事態に備えて対応を迫られたという状態になかったことは明らかであって、控訴人Bの報告が信号担当者に誤解を与えるおそれのあるものであったとは解し難い。加えて、緊張感に欠ける業務態度であるという被告らの主張は、結果として雀であったことを捉えて行う主張に過ぎず、雀であることを確認できない段階で控訴人Bが非常ブレーキをかけたことを責めることはできない。また一旦非常ブレーキをかけた以上報告をしなければならないこところ、とっさに「雀が進路妨害している」と表現したことをもって緊張感に欠けるとする理由もない。また、被控訴人らは、控訴人Bが工具忘れの件を即答できなかったことは、区全体としての取組みを全く理解認識していない証拠であるとして、時にはこれこそが当該日勤教育の必要性を最も基礎付ける事実であるかのようにも主張する。しかし、控訴人Bが工具忘れの件を即答できなかったことのみをもって、日勤教育の必要性があるとは解し難い。
被控訴人らは、控訴人Bは一旦停止標の手前10mで停車させた後、警笛を鳴らすと雀が線路から退いたので、ノッチを投入しようとしたが、一旦退いた雀がまた線路に乗ってきて車止めに向かって移動してきたので停車を続けた上、信号担当者に「雀が線路を妨害している」と連絡したが、冷静に対処すれば警笛を鳴らす必要も停車する必要もなかったから、同控訴人の対応の背景には業務に対する弛緩した意識が認められ、教育の必要性は優に認められると主張する。そこでこの主張について判断すると、控訴人Bが雀の動静に苛立ったとはいっても、当初雀を石と誤認してブレーキをかけたこと自体を責めることはできないことなどを考慮すると、これをもって緊張感に欠ける行為と評価することは直ちには理解し難い。むしろ、被控訴人乙が控訴人Bに緊張感が希薄であると判断した大きな要因は、事情聴取において工具忘れの件を即答できなかったことにあると窺われるが、これをもって日勤教育の必要性は認められないというべきである。
当該日勤教育の必要性が認められない以上、日勤教育として控訴人Bに業務を命じたことは、それ自体根拠のないものというほかない。その上、控訴人Bに命じられた業務は、構内運転係員作業標準の構内運転士偏の書写しと、顛末書やレポートの作成のほかは、車両の天井掃除と除草であったが、後者については、当該日勤教育の理由との関連性が明らかとはいえないにもかかわらず相当日数をかけて実施され、とりわけ天井清掃は4日間に及ぶ重労働であったということができる。この点被控訴人らは、天井清掃作業や除草作業は、車両係である控訴人Bの本来の業務として予定されていると主張する。確かに、外注業者等による定期的な清掃とは別に、車両管理係において適宜天井や扇風機等の清掃、除草を行う必要があり、現に車両管理係の社員やその他教育を受けている者以外にも、天井等の清掃や除草作業を行っている者がいることは認められる。しかし、控訴人Bは教育のためとして天井清掃や除草業務を命じられたものであり、同控訴人についてはそもそも教育の必要性が認められないのであるから、天井清掃や除草作業が車両管理係の業務であることを前提としても、控訴人Bに対し日勤教育としてこれらの業務を命ずることは、やはり必要性のないものであって、違法なものというべきでる。
(2)平成16年5月26日からの信号見習い業務指示について
控訴人Bに対する信号操作担務から放出派出所への配置転換は、森ノ宮電車区全体の社員の運用という観点から、定期的に本区と派出所間で在勤地の変更を行っている中で、その一環として行われた措置であること、資格を有する社員のほとんどが本区の信号業務に一応対応できるような状況にあって、控訴人Bにもそれが期待されていたことが認められ、不当な目的によるものと認めるに足りる証拠はない。また原告Bも、放出派出所でも信号担当の代わりに信号扱いを行うことはあったこと、本区の信号業務と派出所のそれとの違いは、専ら作業環境の違いであることを認めており、被控訴人らが故意に控訴人Bに教育を行わず、不合格と判断したような事情は窺えない。そして、控訴人Bが期待するような教育を受けさせてもらえなかったからといって、そのことが直ちに控訴人Bに対する被控訴人らの債務不履行または不法行為を構成するものではない。
控訴人Bは、配置転換により異なる現場で異なる業務に就かせるのであれば、必要な教育を行うのは使用者の義務であるところ、被控訴人会社は控訴人Bに十分な教育を施さず、更に係長らにおいては新しい信号用語の掲示すら同控訴人に見せないという嫌がらせを行っているから、被控訴人らの行為は違法である旨主張する。しかし、控訴人Bについては既に放出派出所の信号業務に就いていたことから、連動装置や信号に関しての基礎的な致死区は有していると考えて机上訓練を実施せず、放出派出所と本区との入出区の件数、時間的余裕、方向テコ設置の有無等に関しては、実務訓練として信号本務者の基本動作を見ることから始まる見習い勤務の中で教育を行うこととしたとしても不相当とはいえず、これが通常と異なる取扱であるとも認められない。
3 控訴人Cに対する措置等の違法性について
(1)ハンガーの件
ハンガー落失は安全の見地から看過できない重大な事象あるいはそれを惹起する具体的な危険性のある行為とはいえず、少なくともハンガー作業の担当者でない控訴人Cが、抽象的な危険を予測せず、発見後約2時間経過して報告したことが「軽視できない事態」として、事情聴取、反省文作成や口頭厳重注意に値する事象とすることはできず、同控訴人についてのみ「報告の遅れ」を掲示板で公表することは、合理的な根拠のない差別的取扱である。
しかし、被控訴人会社においては、ハンガーバーに落失の危険のある激しい電極が発見された場合には即座に取り替えるとされていること、控訴人Cの主張にあるハンガーが脱落している箇所に対しても別途の対応がとられており、放置されているとは認められないこと、ハンガーの件の報告を受けた電力指令は広範囲の巡視等を速やかに行っていることなどから、ハンガーバーの落失が抽象的な危険とは到底いえず、具体的な危険が生じる虞があるものとして注意や指導を行うのは当然というべきであり、また責任の所在や態様、他の社員への注意喚起の必要性等は様々であるから、掲示板への公表の有無をもって直ちに差別的取扱で違法ということはできない。これまで現場において、必要に応じて事実上作業手順を変更することもあり、これについて注意や指摘を受けたことがなかったというのが仕業検査の現場の実情であったことが認められる。もっとも、本来仕業検査は決められた作業手順に従って行うべきものであり、作業手順の現場における変更に気付いた被控訴人甲がこれを注意することについて違法ということはできない。
控訴人C及び同Bは、ハンガーの件に関し、被控訴人甲が同控訴人らに対し、「隠蔽しようとしたんだろ」、「隠蔽を認めろ」、「そんな社員はいらない」などと一方的な憶測のもとに恫喝し、精神的に追い詰めた旨述べ、控訴人Cは労働契約法3条4項の趣旨からいっても許されないと主張するが、その発言やそうした追及をもって損害賠償請求権を発生させるような違法な行為とまでは認められない。
(2)手歯止め割損の件
被控訴人甲が、本当に知らないと言えるのか、などと控訴人Cを執拗に追及し、誰が嘘をついているのか裁判でハッキリさせろなどと言って追及したことが認められるが、同控訴人に話をしたと事情聴取で述べた者がいたためその食い違いを正す必要があったことからすると、知らないと一貫して述べていた同控訴人に対する事情聴取が厳しいものになったとしてもやむを得ない面があったというべきである。このような事情聴取が控訴人Cが控訴人組合に所属していることを嫌悪しての差別的不利益取扱であったことは窺われず、最終的に何らの処分も措置もなされていないことからも、事情聴取自体をもって損害賠償請求権を発生させるほどの違法なものとまではいえない。また、控訴人Cは、除草作業の命令は手歯止め割損の件を否認したことに対する報復とみるほかなく、違法な業務命令であるし、控訴人Cが控訴人組合に所属していることに基づく差別的取扱である旨主張するが、除草作業は事情聴取を予定されていた社員全員に対し命じられていたこと、除草作業は一応車両管理係の業務といえることに照らすと、隠蔽に対するペナルティであるとか、差別的不利益取扱いであるとは認められない。
(3)離席の件
当日はダイヤ改正の実施日であって、被控訴人甲ら管理者も夜間に放出派出所に詰めているという通常とは異なる緊張感をもって業務に臨むべき日であったことを考慮すれば、その場にいる管理者に明確に告げずに喫煙のため信号室を離れた控訴人Cに対し、通常とは異なって被控訴人甲が厳しく叱責したとしても、やむを得ないところがあったというべきである。また、控訴人Cは、被控訴人甲が控訴人Cに対して殊更に離席という事象を捉えて執務の厳正を注意したのは、控訴人組合の活動によって信号担当者に対する指示を中止させられたことへの意趣返しであって、明らかに不当労働行為である旨主張するが、主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(4)工具忘れの件
工具忘れの直接の原因が、前任作業員にあることは明らかであるものの、控訴人Cを含む後任作業員も、前任作業員との間で工具の引継ぎの有無を予め確認せず、最後に作業全体を見返すことなく、また全ての工具が返還されているかを確認することなく作業を終了したという点で、一定の責任を免れない。この点控訴人Cは、あくまで後任作業員は残り1両について業務指示を受けたに過ぎず、前任作業員から作業を引き継いだものではないと主張する。しかし、直前まで前任作業員が同じ作業を行っており、その残りの作業を指示されたものであることは、控訴人Cも認めるところであるから、前任作業員から作業を引き継いだものと解するのが相当である。以上のとおり、前任作業員と控訴人Cを含む後任作業員の作業は、作業自体は独立したものとはいえるが、だからといって、引継ぎの関係にはないとする被控訴人Cの主張は採用できない。したがって、後任作業員が前任作業員の作業の結果を点検したり、工具類が残されているかどうかを見返す義務まではなかったとする同控訴人の主張は採用できないし、同控訴人に何ら責任を負うべき事実がないことを前提に、日勤教育や訓告処分がなされたこと、夏季手当を5万円カットされたことが労働契約上許されない違法な処遇であるとする主張も採用できない。
(5)決定通知書読み上げの件
平成16年7月21日、被控訴人甲は、控訴人Cの訓告処分についての苦情処理会議の通知書について、他職員のいる前で大声で読み上げたところ、被控訴人甲の対応が控訴人Cに対する配慮に欠けるものであったことは否定できないものの、読み上げた内容は、双方委員に意見の相違があったので棄却するという極めて簡略なものであって、控訴人Cが申し立てた苦情の内容が明らかにされたわけではなく、通知書が読み上げられ場所は、職場の1室であり、被控訴人甲及び控訴人Cのほか、同席していたのは助役等4名である。また労働協約によれば、苦情処理会議は、労働協約及び就業規則の適用についての苦情を審議の対象としていること、棄却の結論の意味するところは、労働協約及び就業規則等の適用を改めることが適当であるとの意見に達しなかったというにすぎないことが認められ、棄却決定が、即ち申告者の非違行為や不利益処分の存在を推測させるという関係にもない。そうすると、前記のような決定通知書が余も挙げられたことをもって、控訴人Cのプライバシーが、慰謝料の支払いが必要なまでに侵害されたと評価するには足りない。
(6)テコ扱い時機の件
平成16年9月14日、控訴人Cは放出派出所において信号を操作するテコ扱いの業務に従事していたところ、テコ扱いの時刻を過ぎ、列車の出区が30秒遅れたことから、被控訴人甲から暗に謝罪を求められた。列車の運行に直接関わるテコ扱いの時機を誤ったことの重大性は明らかであり、しかもその責任はひとえに控訴人Cの不注意にあることからすれば、責められても仕方のない事態であって、言葉厳しく注意され、反省を促されたとしても、これを違法という理由はない。
控訴人Cは、テコ扱い時機を誤ったことによっても、列車の放出駅への到着時刻に遅れはないから、それ相応の注意に留めるべきであるにもかかわらず、被控訴人甲は重ねて不必要な謝罪を要求し不当労働行為にも当たる旨主張するが、結果として列車がダイヤ通りに運行されたことを考慮しても、信号を操作するテコ扱いという重要な業務を、用便のほか喫煙までして失念したことは厳しい叱責に値する行為というべきである。
4 本件掲示板に関する措置等の違法性(略)
5 本件掲示物に関する措置等の違法性(略)
6 損害の発生及びその数額について
(1)控訴人Aについて
控訴人Aに対する措置等のうち、平成15年6月23日からの日勤教育は、日勤教育に指定すること自体は必要性及び相当性が認められ、その間の教育内容も是認できるものが多いが、期間については、不安定なまま長期に過ぎることにより必要性及び相当性を欠き、違法である。このように日勤教育が指定された期間、その間の指示された業務の内容及び程度等のほか、給与や賞与に対する影響や心身への影響等、本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば、上記違法行為により控訴人Aが被った精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料は、30万円をもって相当というべきである。そして、弁護士費用として10万円を相当因果関係のある損害と認める。
(2)控訴人Bについて
控訴人Bに対する措置等は、平成16年4月30日からの日勤教育について、必要性がないのに日勤教育の指定を受け、日勤教育として不必要な業務に従事させられたという点で違法である。控訴人Bは、日勤教育期間中に通常の検診業務に就いていた場合に得られたはずの徹夜勤務手当等合計9万5605円を得られなかったことが認められる。そこで、日勤教育が指定された期間、その業務の内容及び程度、手当額や給与や賞与に対する影響等、本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば、上記違法行為により控訴人Bが被った精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料は40万円をもって相当というべきである。そして、弁護士費用として10万円を相当因果関係のある損害と認める。
(3)控訴人Cについて
控訴人Cに対する措置等は違法とはいえないから、同控訴人の損害を判断する必要はない。
(4)控訴人組合、同関西地本及び同Dについて
本件掲示板に関する措置等は違法といえないから、控訴人組合等の損害を判断する必要はない。本件掲示物に関する措置等は、不当に撤去されたという限度で違法であり、これらが撤去されたことにより、その団結権に基づく組合活動を侵害される損害を被ったものと認められ、この無形損害を金銭に換算すると、掲示物1枚につき3万円、合計15万円をもって相当というべきである。そして、弁護士費用として10万円を相当因果関係のある損害と認める。
(5)被控訴人らの責任
控訴人Aに対する平成15年6月23日からの日勤教育及び同Bに対する平成16年4月30日からの日勤教育並びに平成15年9月から平成17年2月に行われた掲示物の撤去は、被控訴人乙の承認のもと、同甲によって行われた共同不法行為ということができる。そして、被控訴人会社は、被控訴人乙及び同甲の使用者として、同控訴人らの上記各不法行為に対し使用者責任を負う。また、平成15年2月に行われた掲示物の撤去は、当時の森ノ宮電車区長の承認のもと、同甲によって行われた不法行為ということができ、被控訴人会社は同甲の使用者として、上記不法行為に対し使用者責任を負う。 - 適用法規・条文
- 労働基準法38条の2、41条、91条、114条、民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例987号5頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
大阪地裁 − 平成17年(ワ)第11051号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2007年09月19日 |
大阪高裁 − 平成19年(ネ)第2933号、大阪高裁 − 平成20年(ネ)第135号 | 控訴一部認容(原判決一部変更)・一部棄却(上告)、附帯控訴棄却 | 2009年05月28日 |