判例データベース

Y電機・A労働者派遣会社派遣労働者暴行事件(派遣・パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
Y電機・A労働者派遣会社派遣労働者暴行事件(派遣・パワハラ)
事件番号
大阪地裁 − 平成21年(ワ)第19941号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社(A)株式会社(B)個人1名(C)
業種
卸・小売業、サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年09月05日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告Aは電機製品の販売等を業とする株式会社、被告Bは一般労働者派遣事業等を主たる業とする株式会社であり、原告(昭和57年生)は被告Bに派遣労働者として雇用され、平成20年3月1日、被告Aの本件店舗に派遣されてレジ業務を行っていた女性である。また、被告Cは原告と同年齢の被告Aの男性従業員で、本件店舗で販売を担当していた。

原告と被告Cは、本件店舗の3階で勤務し、同じ喫煙者でもあったことから、被告Bからの派遣労働者であり原告と交際していたDも含めて3人で遊びに行く仲になった。Dは平成20年6月末頃、被告Cから1万5000円を借り、その後5000円を返済した。原告と同僚は、被告Cが居住する社宅に泊まり、原告はその翌朝帰宅する際、被告Cの居室玄関の予備鍵を持ち出し、その後被告Cにこれを見せつけた。Dは期限になっても被告Cから借りた残金を返済することなく、8月上旬に更に1万5000円を借り、被告Cは返済期限の同月15日、電話でDに対し2万5000円の返済を催促したが、Dが待ってくれるよう言ったため口論となった。結局、Dの交際相手である原告がこれを立て替えることになり、原告は被告Cと落ち合って2万5000円を支払ったが、その際原告は被告Cに対し、「人の話を最後まできけや」などと言って、腕組みする被告Cの腕に押し込むように金銭を渡した。被告Cは、返済が遅れた上、原告から暴言を吐かれたり、手を押し付けるようにして返金されたため、その後原告やDと距離を置くようになった。

同月24日、被告Cは喫煙室で喫煙していたところ、原告の姿を見かけ、以前に原告から居室の鍵を見せられたことを思い出し、隣にいた女性を通して原告にその旨尋ねたところ、原告は「知らない」と答えた。被告Cは、原告がとぼけていると思い、原告に鍵を返すよう求めたところ、原告がこれを無視した上、被告Cを睨みつけるような仕草をとったことから、被告Cはカッとなって、右手拳で原告の頭部左側を1回殴打した(本件暴行)。

原告は同日頭部のCTを含む各種診察を受けたが、明らかな異常は認められず、左側頭部打撲として5日間程度の加療見込みと診断された。原告は、同日から平成21年6月17日にかけて約70回にわたり、耳鼻咽喉科、内科・精神科等を受診し、耳鼻咽喉科の医師から左感音性難聴との診断を受けた外、精神科の医師からパニック障害との診断を受けた。

原告は、本件暴行により左耳の聴力を失った外、PTSD及びパニック障害となり、これらの後遺症により仕事に就けない状態にあるとして、被告C並びにその使用者である被告A及び派遣元である被告Bに対し、42年間の逸失利益3015万1634円、慰謝料855万円、弁護士費用412万円等合計4529万8300円の損害賠償を請求した。
主文
1 被告Cは、原告に対し、12万7982円及びこれに対する平成20年8月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告の被告Cに対するその余の請求並びに被告株式会社ヤマダ電機及び被告アデコ株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 原告は、本件暴行により、いかなる損害を受けたか

原告は、被告Cによる本件暴行により、左耳の聴力を失い、またPTSD及びパニック障害に罹患したと主張する。しかし、原告は、生後1歳半頃から左耳滲出性中耳炎を繰り返し、小学校3年生頃から左耳が難聴になり、平成13年には左耳はほぼ全聾との診断を受けていた。原告自身、本件暴行の数ヶ月前に、自分は左耳が聞こえないとブログに書き込んでいたことなどの事情によれば、原告は本件暴行を受ける前から左耳失聴の状態にあったと認めるのが相当である。本件暴行によりパニック障害に罹患したとの主張についても、原告は平成12年にも自らがパニック障害であると訴えて精神科を受診しているほか、平成20年2月から7月にかけて、ブログに、自傷行為や自殺願望がある旨、頭痛及びめまいに悩まされている旨などを書き込んでおり、実際にも同年6月から7月にかけて、めまいや嘔吐の症状があると訴えて診察を受けている。これらの事実からすると、原告は、本件暴行を受ける前から強い不安感を主な症状とする精神疾患に罹患していた疑いが強く、本件暴行の翌日に自らブログに書き込んだ内容に照らしても、原告が本件暴行によりパニック障害に罹患したと認めることはできない。結局、原告に生じた傷害のうち、被告Cによる本件暴行と相当因果関係を認めることができるのは左側頭部打撲のみに留まる。

これを前提として原告の受けた損害を産出すると、治療費5820円、通院交通費200円、5日間の休業損害4万9562円、慰謝料20万円が認められ、原告の労働能力の喪失を認めることができないから、逸失利益はゼロとなり、弁護士費用は3万円をもって相当と認める。なお、被告Cは本件暴行による慰謝料、治療費等として、原告に対し15万7600円を支払ったことが認められるから、これを控除する。

2 被告Aは本件暴行について使用者責任を負うか

本件暴行は、本件店舗内で行われたものとはいえ、本件店舗の従業員のみが入場できる地下1階フロアの勤怠打刻機前で行われたものであり、しかも原告及び被告Cの勤務時間外における行為であった。本件暴行に至る経緯、本件暴行が行われた場所及び時間等の各事情に照らせば、被告Cによる本件暴行が、被告Aの事業の執行行為を契機としたものであるということも、これと密接な関連を有するものであるということもできない。

これに対し原告は、平成20年5月から6月頃、業務上の過誤を繰り返していた被告Cに対し、その過誤を指摘したことがあり、被告Cがこれを逆恨みして本件暴行に至ったと主張する。しかし、被告Cが業務上の過誤を繰り返していたとか、原告が被告Cの過誤を指摘していたなどの事実を認めるに足りる証拠はない。また、被告Cは、同年5月頃、原告の自殺願望とも取れるブログの記載を見て、同ブログに、「頑張れ!頑張ればいつかは自分にプラスになる」などと、およそ原告を逆恨みする者によるものとは思われない書込みをしており、その頃原告を逆恨みしていたと認めることもできない。更に原告は、本件暴行の翌日、「昨日あいつに殴られた。鍵を取った取らないのはなしで」とブログに書き込んでおり、本件暴行は鍵の返却の有無に関するトラブルを原因とするものであることを自認している。これらの事情に照らせば、原告の上記主張は採用し難く、被告Aが本件暴行について、原告に対し、使用者責任を負うことはない。

3 被告Bに安全配慮義務違反があったか

本件暴行は、原告と被告Cとの間の私的なトラブルを原因として、突発的に発生したというべきものであるし、被告Bは自社の複数の従業員を本件店舗で勤務させ、原告を含む派遣労働者から業務上の悩みや対人関係上の問題などを聴取する体制をとっていたところ、被告Bの従業員が、本件暴行前に、原告から職場環境や対人関係などで苦情や悩み相談を受けたことはなかったというのであるから、被告Bが原告に対する安全配慮義務に違反したと評価することは困難というべきである。したがって、被告Bが本件暴行について、原告に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うことはない。
適用法規・条文
地方公務員法28条1項、行政事件訴訟法10条2項
収録文献(出典)
労働経済判例速報2125号7頁
その他特記事項