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N航空会社客室乗務員雇止事件(パワハラ)

事件の分類
雇止め
事件名
N航空会社客室乗務員雇止事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 − 平成22年(ワ)第28073号
当事者
原告 個人1名
被告 航空会社、個人1名A
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年10月31日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告Aは、昭和52年9月、被告会社に入社し、客室乗務員としての業務に従事し、平成19年4月からは、客室本部羽田第2客室乗務部192グループのマネージャーの地位にあり、平成22年5月末日に被告会社を退職した者であり、原告は、平成20年5月13日、被告会社に1年間の期間を定めて雇用される契約社員として採用された者である。

原告は、入社直後の平成20年5月15日から6月27日までの間、客室乗務員としての初期訓練、同月28日から7月11日までの間OJTを受けた。しかし原告は訓練期間中「集中力が続かない」、「表情が維持できない」点が指摘され、また危険物試験で合格点に達せず、23名中唯一追試により合格した。原告は訓練終了後羽田第1客室乗務部に配属されたが、上司らから「技量面、知識面の定着が遅く、今後が心配」、「単純なケアレスミスが多い」、「意欲的に取り組んでいるが知識が行動に結びついていない」、「この仕事に不向きである」などの評価を受け、総合評価D(やや劣る)を受けた。原告と同時期にチェックを受けた客室乗務員145名中、D評価は原告を含む7名、E評価が4名であった。

2年目の契約更改に当たり、業務成績を精査した結果、原告については業務を安心して任せられる信頼性に欠け、総合評価はDとされたことから、契約更改はするものの、今後3ヶ月を限度に経過観察期間と位置付けられた。そして、その期間内の同年6月17日、出頭すべきリフレッシャー教育会場を間違えて遅刻したこと、同年9月11日には寝過ごしにより配車されたタクシーに乗車できなかったこと、マニュアルの差替えについて確認された際、終わっている旨答えたが実際は未了であったこと、マニキュアの色が規定に反していたことなどがあった。こうしたことから、被告Aは、同年9月14、15日、原告に対し、「いつまでしがみつくつもりなのかっていうところ」、「辞めて頂くのが筋です」、「懲戒免職とかになった方がいいんですか」などと退職勧奨の趣旨の言動を行った。

その後も原告の上司らは、原告について、「未だ目が離せない」、「指導を活かせず、技量の向上が見られない」、「常識的なマナーやコミュニケーション能力に欠け、チームワークを醸成できない」などと指摘し、平成22年2月、被告Aは、所属長雑感として、「前月より更に業務スキルの後退や理解力・判断力・コミュニケーション能力の欠如が露呈しており、次年度の契約更新に繋げることなく、2010年4月末の契約満了が妥当と思料する」などと記載した。そして同年3月31日、被告会社は原告に対し自己都合退職とすることも可能と伝えたが、原告は雇用の継続を主張したため、4月末日での雇止めを通告した。

原告は、本件雇用は長期継続が前提になっており、そうでないとしても原告は契約更新についての期待利益を有しているので解雇権濫用法理が類推適用されるところ、本件雇止めは予定された更新回数を経ずに正社員としての採用を拒否したもので、これまで契約社員の全員が正社員になっていたこと、原告に対する評価は被告Aの悪意に満ちた主観的・感情的なもので、その評価は不公正であることなどから、合理的な理由がないとして、本件雇止めの無効による従業員としての地位の確認を求めた。また原告は、平成21年9月まで、被告Aから執拗で人格権を侵害する違法な退職強要を受けるとともに、被告会社による本件雇止めを受け、甚大な精神的苦痛を被ったとして、不法行為に基づき被告らに対し慰謝料500万円を請求した。
主文
1 被告らは、原告に対し、各自、20万円及びこれに対する平成22年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、これを40分し、その1を被告らの、その余を原告の各負担とする。

4 この判決の1項は仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件雇止めに解雇権濫用法理の適用あるいは類推適用があるか

(1)解雇権濫用法理の適用について

本件雇用契約は、契約期間の存在が明記され、また、業務適性、勤務実績、健康状態等を勘案し、被告会社が業務上必要とする場合に契約を更新することがあるという条件が明示され、契約の自動更新について何らの定めがない雇用契約であるから、契約社員の2年目の契約が自動的に更新されることあるいは雇用期間が通算3年に達した後に正社員として雇用されることが原告と被告会社間の雇用契約の内容となっているということはできない。したがって、契約社員の雇止めについて、当然に解雇権濫用法理の適用がある旨の原告の主張は採用することができない。

(2)解雇権濫用法理の類推適用について

一方、被告会社において契約社員制度が採用された経緯、客室乗務員は全て契約社員として採用されてその後正社員に登用されるのであって、別に正社員として採用される制度が存在しているわけではないこと、被告会社の募集要項にも、雇用形態として「契約社員(1年間の有期限雇用。但し契約の更新は2回を限度とし、3年経過後は、本人の希望・適性・勤務実績を踏まえて正社員への切り替えを行います。)」と記載されていること、このような募集要項を前提として採用された原告を含む契約社員においては、将来正社員として採用され、長期間雇用されることを通常期待されるであろうし、原告もそれを期待したこと、被告会社も団体交渉において、契約社員について「余程のことがない限り、契約を更新するのは当たり前」と述べていることなどからすれば、契約社員についての雇用継続に対する期待利益は法的保護に値するものがあるといえる。

以上からすれば、本件雇用契約において、その雇用期間経過によって雇用契約が当然に終了するというのは相当ではなく、本件雇止めに当たっては、解雇権濫用法理が類推適用されると解すべきである。

(3)本件に解雇権濫用法理を類推適用する場合の考え方

雇止めが「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」かどうかの判断に当たっては、解雇権濫用法理が当然に適用される期間の定めのない雇用契約の場合と同一とはいえず、当該雇用契約の性質、内容を十分に考慮した上での判断が求められているというべきである。

航空機の運航の安全を確保するためには、運行に関する基準・手続きが定められ、客室乗務員の業務手順・業務知識等はかかる運行に関する基準・手続きを遵守するために必要であるとともに、客室乗務員が業務を行うに当たっては、かかる手順・知識に従った業務を行う必要があり、また、客室乗務員は、緊急時の保安要員として乗客の安全に重大な責任を負う立場にあると認識されていること、更には、一般に航空機の乗客は、客室乗務員に対しては高い水準のサービスを求め、客室乗務員はこれに応ずるべき立場にあるといえることからすれば、被告会社が契約社員制度を採用した理由について、不合理ということはできない。そうすると、被告会社において、採用した契約社員について、育成プログラムによって指導するとともに、その期間中、客室乗務員として業務適性を欠くと判断される契約社員を雇止めにすることには合理性が認められる。

(4)契約更新条項について

原告は、2年目契約においては、雇用期間を延伸することがある旨定められているにもかかわらず、本件において、原告はこの延伸について何らの協議も行われないまま雇止めされているから、本件雇止めは契約条項に反し、当然に無効である旨主張する。しかし、2年目契約においては、勤務実績の総合評定が一定基準に達しない場合などには、被告会社と原告の双方の合意に基づき契約の雇用期間を延伸することがあり、合意に至らない場合は雇止めとすると定められているのであるから、延伸について打診、協議がされずに雇止めがされたとしても、それをもって契約条項に反するとはいえない。

2 本件雇止めの効力

被告会社においては、原告について、既に入社4ヶ月を経た平成20年9月の時点で「技量面、知識面、どちらも定着が遅い。今後が大変心配」と、平成21年2月の時点で「D評価、実務・知識は標準レベルに達しておらず、注意力・判断力・業務処理の確実性等に課題が残る」などと判断したこと、また原告に対し、同年3月には、業務への取組み姿勢が弱く、業務知識の定着も不十分、注意力・判断力が不足等と指摘し、契約更新はするものの3ヶ月を限度に経過観察期間と位置付けられた「部長注意書」が、同年7月には業務姿勢に対して猛省を促す趣旨の「次長注意書」がそれぞれ交付されたこと、そして、同年8月まで経過観察期間は延長され、同年9月のパフォーマンスチェックシートにおいて、原告はE評価(極めて劣る)を受け、タクシー不乗、マニュアル差替え不実施、美容基準逸脱について「指導書」が交付され、平成22年に入ると、被告Aは同年4月末の契約満了を妥当とする旨の報告を行うようになり、最終的には、2年目契約の更新に当たって、被告会社は、原告の課題及び職務遂行レベルのこれ以上の改善は困難と判断するに至ったとして、本件雇止めを通告したことが認められるところ、客室乗務員の職務内容を考慮すると、それまでの評価・判断の妥当性を考慮した上で、被告会社における最終的な評価、判断が不合理なものといえないとすれば、本件雇止めは相当なものであって、これが無効になることはないというべきである。

被告会社主張の原告の言動の事実を裏付ける多数の証拠が存するところであり、それらの各証拠が意図的に作出された不自然不合理なものであることは考えにくいことからすれば、原告の上司らが、原告に対して行った評価・判断が、その基となる事実関係を欠く不当なものと認めることはできない。そして、原告が客室乗務員としての業務適性を欠く旨の評価は、原告と同乗フライトをした被告Aを含む複数の上司らの概ね一致した判断であるところ、原告の上司らが、特に原告について業務適性以外の面で契約更新に消極的な意見を述べるべき事情、あるいは原告を特に個人的に嫌悪するべき事情は認めるに足りず、むしろ、一部上司においては、原告に特に配慮して指導に当たり、原告がこれに対して感謝していたことが窺える。これらの事情を総合考慮すれば、原告の本件雇止めに関する被告会社の最終的な評価・判断は不合理なものとは認められない。

確かに、原告はその勤務期間中に被告会社に明らかな損害を与えるような過誤を生じさせたわけでなく、一つ一つの過誤を取り上げてみれば、他の客室乗務員においても起こり得ることといえる。しかし、原告の場合には、それが極めて多数回に及びまた繰り返されていることに問題があり、それが原告が客室乗務員としての業務適性を欠く大きな理由であることは、原告の上司らの見解が一致しているところである。また、原告が勤務開始の初期の頃から業務適性に疑問が呈されたことから、更には2年目契約時には経過観察期間とされたことから、上司らが原告の業務内容を注意深くチェックしたことにより、他の客室乗務員と比較して過誤とされる個別事象が積み上がったという面が無いわけではないにしても、それは自ら招いたことであって、その事実が多いことをもって、上司らによるチェックが意図的に原告を退職に追い込もうとするためのものということはできない。

したがって、本件雇止めに解雇権濫用法理が類推適用されるとしても、同法理によって無効なものになるとはいえない。

3 被告A及び被告会社における不法行為の成否

退職勧奨を行うことは、不当労働行為に該当する場合や、不当な差別に該当する場合などを除き、労働者の任意の意思を尊重し、社会通念上相当と認められる範囲内で行われる限りにおいて違法性を有するものではないが、その説得のための手段、方法が上記範囲を逸脱するような場合には違法性を有すると解される。

認定事実によれば、平成21年5月末時点において、被告Aは、原告は客室乗務員としての業務適性に欠ける部分があるとして、将来の雇止めや自主退職も視野に入れて指導を継続していたこと、原告は上記時点において、被告Aに対し、自主的に退職するつもりはない旨の意思を表明していたこと、被告Aは、その後も同年7月にかけて、原告に対し自主退職を促すかのような言動をとり、同年8月には原告も自主退職を検討していると理解できる意向を示していたが、同年9月5日には自主退職する意思のないことを明確に表示したこと、同月14日及び15日に至り、被告Aは原告に対し、「いつまでしがみつくつもりかっていうところ」、「乗務員としての資格はないので辞めていただくのが筋です」、「懲戒免職とかになった方がいいんですか」、「自分で身を引くのが美学です」といった言動をとったことが認められる。

同年9月14日及び15日の退職勧奨を趣旨とする被告Aの言動は、原告が同月5日付け書面で明確に自主退職しない意思を示しているにもかかわらず、強くかつ直接的な表現を用い、また懲戒免職の可能性を示唆するなどして、原告に退職を求めているものであり、当時の原告と被告Aの職務上の関係、同月15日の面談は長時間に及んでいると考えられることなどの諸事情を併せ考慮すると、上記言動は、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱している違法な退職勧奨と認めるのが相当である。そして、被告Aの上記不法行為は、被告会社の業務執行に関してされたものであるといえるから、被告会社もまた、この点について使用者責任を負うというべきである。

4 損害

上記不法行為の態様等諸般の事情を考慮すれば、これについての慰謝料としては20万円を相当と認める。
適用法規・条文
国家賠償法1条1項、地方公務員法3条3項
収録文献(出典)
労働判例1041号20頁、労働経済判例速報2130号3頁
その他特記事項