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P大学飲酒セクハラ控訴事件(パワハラ)

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
P大学飲酒セクハラ控訴事件(パワハラ)
事件番号
大阪高裁 − 平成23年(ネ)第3042号
当事者
控訴人 学校法人P大学
被控訴人 個人1名 
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2012年02月28日
判決決定区分
控訴認容(原判決取消)(上告)
事件の概要
 被控訴人(第1審原告)は、昭和55年から本件大学に勤務し、その教授の地位にあり、Aは平成19年4月から本件大学准教授に就任した女性である。

 被控訴人は、平成19年11月下旬頃、下校途中で偶然Aと一緒になり、飲酒を誘ったところ、Aは気が進まないため明確な返事をしなかった。同年12月7日、Aは被控訴人からやや強い口調で確認を求められたため、職場の付き合い上1回くらいは仕方がないと考え、平成20年1月16日(本件当日)の飲酒を約束した。その後被控訴人は、本件当日の飲酒について、メールにより確認した。

 本件当日、被控訴人とAは居酒屋で2時間半ほど飲食を共にしたが、その間、Aは被控訴人から「おまえ」と呼ばれたり、年齢や婚姻の有無を尋ねられたりして不快を感じたほか、被控訴人にカウンターの下から右手で左太股を叩かれるなどした。Aはこれにショックを受け、左手で被控訴人の右手をつかんで振り払い、「やめてください」と拒絶したが、被控訴人は「まあ、ええやないか」などと言って、その後も同様の行為を繰り返した。

 被控訴人とAは、その後地下鉄に乗って帰宅したが、帰宅に際し、被控訴人が購入した切符をAがより安い切符に交換し、一緒に地下鉄に乗った。車内はやや混雑しており、被控訴人とAが並んで立っていたところ、被控訴人がAの左腕の二の腕をつかんできたため、Aは被控訴人の腕を動かして手すりを持たせるようにした。被控訴人とAは、午後9時30分頃、阪急G駅で別れたが、その際、Aは右手を差し出し、お礼を言いながら被控訴人と握手したところ、被控訴人が握手した手をAの身体に回そうとしたため、Aはその場から逃れた。Aは、被控訴人が不快に感じたのではないかと懸念し、直ぐにお礼のメールを送信する一方、被控訴人もAに対し、お礼のメールを送信した。

 同月22日、被控訴人は大学構内でAを見掛けて手を振ったところ、Aはこれに応じることなく去って行き、その後話をすることもなくなった。被控訴人は、このようなAの態度を受けて、同月24日、Aに不愉快な思いをさせたことを詫びるメールを送信したが、Aからの返信はなかった。

 Aは、本件飲食後急激に精神状態が悪化し、カウンセリングを受けるなどし、同月22日、学部長と非公式に面談し、被控訴人にセクハラを受けたことを訴えた外、同年3月19日には、学部執行部に対し同様の訴えをした上、同年4月4日、防止委員会に対し、救済を求める申立書を提出した。

 本件大学を設置する控訴人(第1審被告)は、Aからの訴えを受け、調査委員会を設置して調査をした上、被控訴人に対し、セクハラ行為によりAの教育・研究環境を悪化させたなどとして、平成21年2月26日、懲戒処分として、平均賃金の1日分の半額、2ヶ月分の減給処分を行ったところ、被控訴人はセクハラ行為を否定し、本件懲戒処分の付着しない労働契約上の地位にあることの確認と、減額分の賃金の支払いを求めて提訴した。

 第1審では、Aが主張するようなセクハラ行為があったとは認められないとして、本件処分を無効としたことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 原判決を取り消す。

2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、第1、2審を通じて、被控訴人の負担とする。
判決要旨
1 セクシャル・ハラスメント行為の有無について

 一般に、セクシャル・ハラスメントとは、「相手の意に反する性的言動」と定義されるところ、本件大学におけるセクシャル・ハラスメント防止規程においても、「セクシャル・ハラスメントとは、他の者の意に反する性的な言動であり、本人が意図するとせざるとにかかわらず、他の者にとって不快な性的言動として受け止められ、他の者にさまざまな不利益を与えたり、不快感、脅威、屈辱感を与えることによって教育・研究環境及び就業環境を悪化させることをいう」と定義されているところである。

 これを本件についてみると、本件当日の被控訴人の行為は、本件店舗内において、右隣に座っていたAの左太股に手を置き、これにAが不快感を示したにもかかわらず、複数回にわたって同様の行為を繰り返した上、「おまえ」と呼びかけて、年齢や婚姻の有無を尋ねたり、地下鉄車内でAの二の腕をつかむなどしたというものであって、これらの行為は、明らかに相手の意に反する性的な言動であり、相手に対して不快な性的言動として受け止められ、不快感、脅威、屈辱感を与えるものであったというべきであるから、セクシャル・ハラスメントに該当すると評価するのが相当である。

 この点、被控訴人は、Aの供述は信用できないと主張する。しかしながら、本件当日の経緯に関するAの証言等は、具体的かつ詳細で、迫真性もある上、終始一貫しており、その内容等に特段不自然・不合理な点はないし、Aが虚偽のセクシャル・ハラスメント行為を作出して被控訴人を陥れようとする動機は何ら想定することができない。むしろ、Aは本件大学に着任して間もない准教授の立場であり、本件大学において自己のキャリアを積み重ねていこうとしていたものであるから、大学内部においてセクシャル・ハラスメントの被害を訴えることが自己のキャリア形成等にマイナスになるのではないかと考えて、救済申立に至るまでに相当逡巡した様子が認められることからしても、Aにおいて、自己に不利益が及ぶ危険をかえりみず、あえて虚偽のセクシャル・ハラスメント被害を作出したものとは到底考えられない。また、Aは、本件当日以降、それまでの表面的態度を一変させて被控訴人を避けるようになったところ、これは被控訴人からセクシャル・ハラスメント行為を受けたためであると考えられ、同行為があったことの証左というべきである。そして、被控訴人もこのようなAの態度の急変に気付き、謝罪するメールを送信しているのであって、この点もAが被害を受けたことを推測させるというべきである。加えて、Aはその後に心身に変調を生じているところ、その症状はセクシャル・ハラスメントの被害者に見られる症状と一致しているとの専門家の所見があり、この点も被控訴人によるセクシャル・ハラスメント行為の存在を錐認させるものである。

 被控訴人は、地下鉄車内は混雑しており、被控訴人は左手に鞄を持ち、右手でつり革を持ち、多くの乗客の目がある中でAの二の腕をつかむようなことは不可能であり、また、阪急G駅付近でAと別れる際、同付近は極めて目立つ場所であるから、Aの身体に手を回して抱き寄せるような痴漢と間違われかねない行為に及ぶとは考えられないから、Aの証言等は信用できない旨主張する。しかしながら、上記地下鉄車両内で被控訴人がAの二の腕をつかむことが物理的に不可能であったとまでは認め難く、本件店舗内で隣席のAの左太股の上に手を置くことを繰り返した被控訴人であれば、周囲の目がある中においても、Aの左腕二の腕をつかみ、Aと握手した手をAの身体に回そうとしたとしても不自然ではないから、Aの証言等が信用性がないとはいえない。

 ところで、被控訴人は、飲酒の機会に話に興じたときに相手の膝を相づちを打つようにポンと叩く癖があり、本件店舗においても、カウンターの下に右手を置いていた際に、その癖が出て、Aの左膝をポンと1回叩いたが、そのほかにはAの身体に接触していないなどと供述する。しかしながら、本件カウンター席の状況に照らすと、隣席に座った相手の膝を相づちを打つように叩くとすれば、相手の膝に届くように意識的にカウンターの下に深く手を差し入れる必要があると考えられるが、飲酒の席でこのような姿勢をとることは不自然である上、このような状態から隣席の女性の膝を触る行為が、「相づちを打つようにポンと相手の膝を打つ癖」の発現として説明できるものでないことは明らかである。しかも、被控訴人は、これを癖による無意識の行動であったかのように説明するが、上記行為が何ら性的意図のないものであったとしても、被控訴人は、その直後にAから手を払うようにされ、Aが驚いたことが分かったというのであり、通常の社会人であれば、自己の行為がAに性的言動として受け止められ、あるいは少なくとも不快感を与えたことは容易に想像できたというべきであるから、直ちに謝罪するなどとすることが自然と考えられるにもかかわらず、被控訴人は何らの対応をすることなく、「その後は、右手を意識的にテーブルの上に置くようにした」などと述べるのみであって、このような態度や弁解も不自然といわざるを得ず、被控訴人の上記供述はにわかに採用することができない。

 また、被控訴人は、1)Aが飲酒の誘いに応じたこと、2)本件店舗において途中で席を立つなどしていないこと、3)帰宅の際にも被控訴人と同一のルートを通ったこと、4)別れ際に握手を求めたこと、5)別れた後に電車内から被控訴人に対する感謝といたわりのメールを送信していることは、本件当日に何らのセクシャル・ハラスメント行為もなかったことを証明するものである旨主張する。しかしながら、Aが被控訴人からの飲酒の誘いに応じるなどしたのは、被控訴人が本件学部の教授の地位にあり、発言力があると感じており、これを拒否すると自己の本件学部内での立場に不利益が生じないとも限らないと考えたためであったと認められ、また、隣り合わせ飲酒の席でセクシャル・ハラスメント行為を受けたからといって、直ちにその席を立って帰宅するなどとすることも容易ではないものと考えられ、Aは、本件学部における被控訴人と自己との関係を考慮し、被控訴人の機嫌を損ねることを避け、自己に不利益等が生じないようにしたいと思って、本件店舗で最後まで同席したり、同一のルートを通って帰宅し、別れ際に握手を求めたり、謝礼のメールを送信したりしたものと認めるのが相当である。そして、Aが被控訴人に対して拒否的な態度や不快感を明確に示さなかったからといって、Aが被控訴人の言動に対して何ら不快感を抱かなかったといえるものでないことはもちろん、セクシャル・ハラスメント行為がなかったことを錐認させるといえるものでもない。

なお、被控訴人は、Aとの間には何らの上下関係もないと主張するが、被控訴人は長年本件大学に勤務し、学部長の経歴も有する教授である一方、Aは本件学部に着任して1年に満たない准教授であり、約20歳の年齢差もあることからすれば、本件学部の人事システム上、被控訴人がAの人事に直接的に関与する権限を有さず、また、教授への昇任人事についての審査委員会に関与する可能性も高いものではなかったとしても、准教授から教授への昇任が本件学部の教授会において決定されることに照らせば、Aにおいて、被控訴人に影響力があるものと感じ、被控訴人の機嫌を損ねるなどすることが本件学部での自己の立場に影響を及ぼすのではないかと懸念したことはごく自然と考えられるから、被控訴人の上記主張を採用することはできない。

2 本件処分の手続の適法性について

 本件処分の経緯を見ると、被控訴人は、本件調査委員会において2回の事情聴取を受けるとともに、詳細な事実経過説明書を提出したものであるから、懲戒処分手続要領の定める弁明の機会を十分に与えられたというべきであって、その手続には何らの違法もないと考えられる上、被控訴人には本件処分を了承した大学協議会の審議結果に対する不服申立ての機会が与えられ、その申立ても行ったのであるから、本件処分に至る手続の違法性があるとする被控訴人の主張は採用できない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例1048号63頁
その他特記事項
本件は上告された。