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葬祭会社(不倫関係)損害賠償請求事件(パワハラ)

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
葬祭会社(不倫関係)損害賠償請求事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 − 平成22年(ワ)第41862号
当事者
原告 個人1名

被告 個人1名 A
 X社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2012年06月13日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告(昭和44年生)は、母親の勤務先の理事長から紹介を受け、平成20年4月1日に被告会社と労働契約を締結し、斎場の運営、営業業務等に従事していた女性であり、被告A(昭和35年生)は、被告会社の代表取締役と親戚関係にあって、被告会社の葬祭事業部統括本部長の職にあった既婚男性である。

 被告Aは、原告が入社して間もない時期から原告に好意を示し、平成20年4月30日には、原告を誘ってドライブに行き、翌月には原告の自宅を訪ね、原告の母に会うなどした。また、同年5月20日、原告の紹介者である理事長へのお礼の趣旨で食事会が開かれ、被告Aはバスの中で原告の手を握りしめるなどした。更に、同月下旬、被告Aは原告を飲み屋に誘い、飲食中に夫婦の性関係、家計状況を尋ねたり、言う通りにすればお金を稼げるようにするなどと述べて、原告の手を触るなどした。その後も被告Aは、原告をデートに誘い、原告がこれを断ると不快感を露わにし、業務中わざと原告だけを無視するなどした。

 同年6月上旬、被告Aは公休日に原告を車に乗せ、ホテルを探すよう命じ、原告が「お酒を飲まないとそういうことはできない」と告げたところ、酒を購入してホテルに入り、酒を飲んで酩酊状態になった原告に対し性行為に及んだ。被告Aはその後も月1回程度、原告の公休日と自らの宿直明けの日が同じになるようシフトを調整し、数回にわたってラブホテルで性行為に及んだ。また、被告Aは、勤務時間中、周囲に人がいないときを見計らって、原告の服の中に手を入れて下半身や胸を直接触るなどした。

 同年9月頃になると、被告Aは、原告と性行為をすると、翌日は原告に嫌がらせをし、1、2週間後になると急に優しい態度をとって業務中に原告の身体を触ったり、性行為を要求するなどした。原告は、平成21年2月頃になると、被告Aからの誘いを断固拒否する態度をとることにし、同年3月上旬、被告Aからホテルへ誘われたが、これを拒否したところ、被告Aは、原告に仕事を与えない、無視するなどの嫌がらせを行った。

 同年8月頃、被告Aは原告に対し、月2回の宿直を指示したところ、当時被告会社では女子従業員には宿直をさせない扱いになっており、また原告は子供が小さいこともあって宿直はできない前提で入社したことから、当初は宿直を拒否したが、結局月2回の宿直に同意させられた。原告が宿直を担当した同月6日夜、原告が女子更衣室で1人で過ごしていたところ、被告Aが入室し、キスをせがんだが、原告はこれを拒否した。被告Aは原告に対し、一緒に宿直するよう指示し、嫌がる原告を押さえつけて強引に性行為に及んだ。その後も被告Aは社内において、原告のスカートの中に手を入れて下着を触ったり、ブラウスの中に手を入れて胸を触るなどのわいせつ行為をした。

 原告は、平成22年1月22日、母と同席の上、被告Aに対し仕事中に身体を触るなどのセクハラ行為を止めて欲しいと抗議し、母もこれを求めたことから、被告Aは、以後セクハラ行為をしないと誓約した。被告Aは、その後しばらくセクハラ行為を控えていたが、同年3月下旬になると原告を外回りに同行させ、胸を触るなどしたり、宿直の際に性的な発言や性的接触行為などのわいせつ行為を繰り返した。原告は、被告Aからの悪質なセクハラを受け、心身の不調が増大したこともあって、同年7月1日から休職した。

 被告会社は、原告がセクハラを受けたとの連絡を受けてから直ちに事実調査を行い、原告代理人と交渉を行ったところ、原告は被告会社に対し、10年分相当の賃金3776万円、退職金最高額682万6300円の合計額を解決金として要求した。被告会社は、仮に原告の主張が外形的に100%正しいとしても、原告と被告Aとの間の行為が原告の意思に反していたと評価することは困難、不自然であり、原告の請求は合理的な限度を超えている旨回答した。その後原告と被告会社との間の協議は打ち切られ、同年10月15日、休職期間満了を理由に原告の雇用は終了した。

 原告は、被告Aの継続的なセクハラ行為により、就労環境が悪化し、心身の不調を来して休職を余儀なくされた上、雇用を打ち切られたとして、被告A及び被告会社に対し、セクハラ行為がなければ得られた逸失利益として2年分の給与相当額712万6934万円、精神的苦痛に対する慰謝料1500万円、弁護士費用220万円を請求した。

 一方、被告らは、原告自身がラブホテルの会員になり、自分の好みでラブホテルを選択するなど積極的に性行為を行っていたこと、被告Aに対し「2番目の女は嫌だ」という発言を繰り返したこと、原告は被告Aに対し高価な贈り物をしたことなどから、被告Aと原告との間の性交渉等は両者合意の不倫であったとして争った。
主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して220万円及びこれに対する平成22年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを10分して、その9を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告Aの不法行為責任の有無

 被告Aは、原告が被告Aに好意を抱いており、原告と被告Aとは不倫関係にあったとして次の事実を主張する

(1)被告Aの誕生日に高価なプレゼントを贈ったことについて

 原告は、平成20年7月1日の被告Aの誕生日の前後に、1万円の高価なシャープペンシルをプレゼントしている。確かにセクハラを受けているとされる人物に対して高価な贈り物をするのは違和感がないわけではないが、原告としては、被告Aから一方的に贈り物をされたことに対するお返しの趣旨で品物を贈ったと述べており、それ自体不自然とはいい難いから、高価なプレゼントを贈ったことをもって、原告が被告Aに対し好意を抱いていたとまでは認め難い。

(2)4回ドライブに出掛けたことについて

 原告と被告Aは、平成20年4月、8月、秋、11月の4回ドライブに出掛けている。この点原告は、被告Aから強く誘われたために行ったもので、自ら望んだものではないと述べており、そうだとすると、ドライブに行った事実は、原告が被告Aに対して好意を持っていたことを示すものではない。

(3)2回目以降の性交について

 原告と被告Aは、平成20年の原告の誕生日祝いの食事の後、ラブホテルで性交をし、その後も同年8月、12月、翌21年2月にもラブホテルにおいて性交をした。この際、被告Aは勃起不全であるとしてバイアグラを使用していたことが認められるが、このことをもって、原告との性行為が同意に基づくもので、セクハラに当たらないといえるものではない。また、原告と被告Aは、1回目の性交の後も4回ほどラブホテルで性交していることが認められるが、原告によれば、全て被告Aから言われて応じたものであり、その間、原告にとって被告Aが上司である状況には何ら変化がなかったことからすれば、かかる事実をもって、本件がセクハラではなく、不倫関係であったことを裏付ける事実とはいい難い。

(4)原告が被告Aから金品を受け取っていたことについて

 被告Aは、クリスマスプレゼントとしてブーツを欲しがる原告のために2万円を渡したとか、原告の子供達のためにケーキや肉を買って渡したと主張する。確かに、被告Aが原告に対して金品を渡したり、贈り物を贈っていた事実は認められるが、かかる事実は、被告Aが原告の歓心を買おうとしたことを意味するにすぎず、原告と被告Aの関係が同意に基づく不倫関係であったと認めることはできない。

(5)母親が被告Aに原告を売り込んでいたという主張について

 被告Aは、入社当時から原告は夫と別居中であり、2人の子供と母親の生活を支えるためにも、再婚相手を探しており、被告Aと進んで不倫した、原告の母親も被告Aと原告の交際を黙認しており、被告Aに原告を売り込むなどしたと主張する。しかしながら、母親は明確にかかる事実を否定しており、原告が再婚相手を探しており、被告Aと進んで不倫をしたという主張についても、事実を裏づける証拠はない。

(6)原告が被告Aの誘いを拒否しなかったとの主張について

 被告Aは、原告が誘いを拒否しなかったことをもって、合意の上で性的関係をもったと主張している。しかしながら、セクハラとは、相手方の意に反した性的な性質の言動を行い、それに対する対応によって仕事をする上で一定の不利益を与えたり、またこれを繰り返すことによって就業環境を著しく悪化させることであり、職場における上司と部下などの上下関係、優劣関係を背景に、圧倒的な力の差を利用し、隠微かつ狡猾な手段で脅迫・強制が行われること、被害者は職場の上司である加害者を怒らせないようにして自分を守ろうとする無意識の防衛本能が働くため、加害者に逆らうことができず、喜んで従って見えることがあるから、一見して性行為の強要があることがわかりにくいとされている。

 本件において、被告会社内における被告Aの地位と、原告の地位との差は歴然としており、原告は被告Aの指揮命令を受ける立場にあった。そして、原告が被告Aと食事に行ったり、ラブホテルに行ったり、ドライブに行ったのも、被告Aからの誘いによるもので、原告から誘ったことは認められない。また、原告と被告Aの性行為に至る経緯は、被告Aからの働きかけから始まる一方的で唐突なものであり、男女間の自然な恋愛感情が醸成されていくような経緯は全く認められない。更に、録音テープとその反訳文からすると、被告Aの原告に対する性的行為・言動の態様・内容は、通常の女性の感覚であれば受入れ難いものが多く、かかる被告Aに対して、原告が自然な恋愛感情に基づいて自由意思により原告Aとの性的関係に至ったとは考えにくい。

(7)原告の希望や都合を聞いた上で、原告と被告Aは食事に出掛けたり、ドライブに行っていたとの主張について

 被告Aは、原告と食事やドライブに行くときは、原告の希望や都合を聞いたと主張するが、原告は、そもそも被告Aと食事やドライブに行くこと自体嫌であり、いつも被告Aが行き先を決め、何度か断っても強引に誘ってきた旨述べているところであり、仮に被告Aが主張するような事実があったとしても、そのことだけから原告と被告との関係が不倫関係であったと認めることはできない。

(8)原告が被告Aに対しプライベートな事実を告げていることについて

 被告Aは、原告が、子宮頸がん検診を受け、その後しばらく定期的に産婦人科に通っていることなど、プライベートな事実を原告Aに告げていることをもって、原告と被告Aの関係が不倫であったと主張しているが、かかる事実から、被告Aが主張するような事実を錐認することはできない。

(9)原告が被告会社の勤務を継続し、セクハラについて相談報告もしていないとの主張について

 被告Aは、原告が2年以上にわたって、被告会社の勤務を継続しており、被告Aからセクハラを受けているなどの相談報告を女性従業員、指導者、被告会社への紹介者にもしていないことをもって、本件が不倫であると主張する。確かに原告は昭和44年生まれの、一定の社会経験もある女性であるから、被告Aからセクハラを受けたとしながら、周囲に何ら相談していないことについては不自然であるといえる。しかしながら、セクハラを受ける女性の中には、職を失うことへの不安や、セクハラを受けていることによる気恥ずかしさなどから相談をためらう者がいることもまた事実である。したがって、被告Aが主張する事実をもって、本件が不倫であったと錐認することはできない。

(10)以上からすると、原告と被告Aの関係は不倫であり、全て合意の上での行為であるとする被告Aの主張はいずれも理由がない。被告Aは、原告が被告会社に入社した当時から原告に好意を寄せており、職場上の上下関係を利用して、原告に対し、性行為を含めた性的な関係を強要してきたものといえ、かかる行為は、セクハラに該当し、被告Aは民法709条の不法行為責任を負うものと解する。

2 被告会社の使用者責任、職場環境整備義務違反の有無

 被告Aのセクハラ行為は、被告会社における上下関係を利用してなされたことは否定できず、被告会社内において性的な発言や性的な接触行為等のセクハラ行為がなされたり、被告会社の宿直の際に性行為の強要があったこと等からすると、被告会社の事業の執行に関してセクハラが行われたといえるから、被告会社は使用者責任を免れない。なお、原告が主張する職場環境整備義務については、その注意義務の内容が具体的に特定されていないし、被告会社には使用者責任が認められるところであるから、職場環境整備義務違反については判断するまでもない。

3 被告会社の事後措置義務違反の有無

 原告は、昭和44年生まれの女性であり、被告会社に中途入社する以前に夫の経営する店で働くなど、それなりに社会経験を有している。そして、被告会社には、原告に対して好意を持つ者や、女性社員、被告会社の紹介者がいたにもかかわらず、原告は被告Aからのセクハラについて、具体的に被害の申告や相談をしていない。こうした外形的事情からすると、本件は、内気でかつ威圧的な男性に対して恐怖心を抱きやすい性格であった原告が被害申告をすることができず、被告Aとの関係を継続させてしまった面があるが、他方で、原告と被告Aが不倫関係にあり、被告会社に秘匿して交際していたとみる余地がないともいえず、被告会社において、社内調査の結果、被告Aと原告の関係は不倫であったという結論に至ったことが、直ちに必要な調査を尽くしていなかった調査義務違反によるものということはできない。また、録音と録音反訳文によれば、確かに、被告Aと原告の間で性的な会話がなされており、被告Aが主導的に性的な話をしていること、被告Aが原告に対してかなり執拗かつ積極的に性的な接触行為を繰り返ししようとしていることが認められるが、原告においても被告Aの話に適当に調子を合わせたり、笑いながら拒否する場面などもあり、一方的なセクハラ行為がなされていたと判断することは困難な面もある。更に、被告会社において社内調査を行った際、聞き取りをした他の社員から、被告Aが原告に対してセクハラ行為をしていたという申出を受けている事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、被告会社には、事後措置義務を怠ったとは言い難く、その他、被告会社において事後措置を執るべき注意義務が課せられていたとは言い難く、被告会社に事後措置義務違反は認められない。

3 損 害

(1)逸失利益について

 原告は、逸失利益として2年分の賃金相当損害金を請求しているが、被告Aのセクハラ行為は平成20年4月に原告が入社して間もなく始まったとされながら、原告が休職したのは平成22年7月1日のことであり、休職時において診断書の提出もなく、休職の原因がいかなる心身の不調によるものなのかも明らかではない。また、原告が精神科を受診し始めたのは、平成22年8月24日以降のことであり、被告Aのセクハラ行為と原告の精神科受診までに長期間が経過していることからすると、直ちに両者の間に相当因果関係があるとは認め難い。また、原告は、平成22年7月に休職した後、同年9月から11月まで3ヶ月程度他社で稼働しており、休職当時、原告が就労不可能な精神状態であったといえるかも疑問である。以上からすると、原告が被告Aのセクハラ行為により稼働できないような心身の不調を来して就労できなくなったと認めるに足りる証拠はなく、逸失利益を求める原告の主張に理由がない。

(2)慰謝料等について

 原告は、長期間にわたって被告Aから性行為を含むセクハラを受けており、その精神的苦痛は大きかったと認められる。また、原告は、性行為以外にも、他の社員のいる前などで被告Aから性的言動を投げつけられたり、性行為に応じなくなってからは、職場で辛く当たられるなどしており、こうした点においても精神的苦痛はそれなりに認められるところである。もっとも、原告においても、被告Aに対し、高価な贈り物をしたり、「2番目の女は嫌だ」等と誤解を生じさせるような言動をとっていることが認められる。また、原告が明確に拒否してから、性行為は宿直中の1回を除いては行われなくなっているし、被告会社に被害申告をした後は、セクハラという認定は受けられなかったものの、被告Aは懲戒解雇されており、被告会社としても男女関係には厳しい姿勢で臨んでいたといえる。更にいえば、原告の周囲には、原告に対して好意的な態度をとる男性社員もおり、セクハラ被害を相談しやすい女性社員もいたし、原告も当時相当の社会経験を積んだ女性であったことからすれば、セクハラ被害について周囲に相談できないような状態であったとは認め難い。そうすると、被告Aのセクハラが長期化したのは、原告の対応にも一因があったものといわざるを得ない。以上の諸事情を総合的に考慮すると、原告の精神的苦痛を慰謝する金額としては200万円が相当と解され、弁護士費用としては、20万円が相当である。
適用法規・条文
民法415条、709条、715条1項、722条2項、労働契約法5条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2153号3頁
その他特記事項