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私立大学特任教授性的関係懲戒解雇事件(パワハラ)

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
私立大学特任教授性的関係懲戒解雇事件(パワハラ)
事件番号
京都地裁 − 平成22年(ワ)第2953号
当事者
原告 個人1名
被告 学校法人甲大学
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2013年01月29日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 原告(昭和19年生)は、平成19年3月にA大学を定年退職した後、被告大学の特任教授として任期3年で採用された者であり、M(昭和54年生)は、修士課程を修了した平成19年4月、A大学の博士後期課程に入学した女子学生である。

 原告及びMは、平成19年7月29日、A大学の研究会及びその後の宴会に参加し、宴会終了後、2人でタクシーに同乗した。原告は、Mの下宿が原告の利用する駅の近くだったことから、タクシーを降りてMの下宿前まで行き、そこから駅に向かった。その直後、激しい雨が降り出したため、Mは傘を持って駅まで原告を追いかけ、原告に傘を渡したところ、原告は、飲み直そうとMを誘って駅付近を歩いたが、居酒屋は既に閉店していたため、2人は再びMの下宿前まで行き、原告はMにキスをして帰宅した。この直後、原告がMに傘のお礼のメールをしたところ、Mから、無事に帰宅できたかを気遣う内容と共に、「私の心は闇です」という記載があり、それ以降、2人は頻繁にメールを交わすようになった。

 原告は、同年8月5日、Mとホテルで飲食をした後、Mの下宿へ行き、Mの部屋でシャワーを浴びた後、Mと性交に及んだ。原告は、その際、Mの手首に切り傷の跡があることに気付いた。その後も原告とMは、数回、Mの部屋で性交をした。原告及びMら大学院生は、同年10月5日から10日まで、学会全国大会に参加し、同月9日、Mの部屋で原告はMと性交した。その後も2人は性的関係及びメールの交換を続けたが、Mは平成20年2月、原告に対し、「赤ちゃんが欲しい」と言ったり、原告の出張に当たり「1ヶ月も離れたら寂しい」、「妊娠しているかも知れない」などのメールを送ったりした。Mは同年5月頃、他の男性と肉体関係をもったことを原告に打ち明けたところ、原告はMとの性交を止めると返信したが、Mは原告の対応を非難し、同年6月以降のメールは日常的なものに戻った。

 同年8月20日、Mは友人男性の乙に原告との性交をセクハラとして伝え、乙は同日原告に対し、Mが原告のセクハラによって精神的ストレスを負い、NPO法人に原告のセクハラを訴える考えがある旨のメールを送った。その後も原告とMとは日常的なメールの交換をしていたところ、同年10年16日に2人は性交(最後の性交)し、その後再びMのメールが原告に対する恋愛感情を表すものになった。その後Mは、同年11月7日深夜から未明にかけて、原告に対し、「死にたい」、「さようなら」などとメールをし、これ以降原告に対し抗議のメールを頻繁に送り、被告に対し、平成21年6月5日、原告から望まない性的関係を強要されるセクハラを受けたとの申立てを行い、被告は新規程に基づきこれを受理した。被告は、平成20年9月から施行されたハラスメント規程(新規程)に基づき、調査委員会を設置し、同委員会は原告及びMに対する各2回のヒアリング、提出された書面、セクシャルハラスメント調査委員会作成の調査報告書、原告提出に係る大量のメール(本件メール群)の検討などの調査を行い、同年11月30日に問題委員会に調査報告書を提出し、同委員会は、同年12月4日被告大学学長に対し、原告を懲戒解雇とするのが相当とする勧告を行った。学長はこれを受けて、原告から弁明書などを求めた上、原告がMに対し望まない性的関係を強要したとして、平成22年1月28日原告を懲戒解雇した(本件処分)。原告は、同年2月7日、学長に対し、本件処分について異議を申し立てたが、被告はこれを認めず。本件処分は同月16日に確定した。

 これに対し、原告は、被告との労働契約期間は平成25年3月末まであること、Mとの間に支配従属関係はなく、性的関係は合意によるものであるから新規程に定めるセクハラには当たらないこと、倫理的過ちを犯したものの、それにより被告の教育、研究及び就労環境を損なったということはできないから、懲戒解雇は明らかに裁量権を逸脱していること、本件申立は旧規程に基づいて取り扱われるべきとこと、被告は新規程を遡及して適用しているから手続的相当性を欠くこと、被告は重大な事実誤認及び違法な手続きによって本件処分を行った注意義務違反による過失があること、本件違法・無効な本件処分をマスコミに公表したことにより、社会的評価が大きく傷つけられたことを主張し、被告に対し、懲戒解雇の無効の確認を求めるとともに、被告の名誉毀損行為により著しい精神的損害を被ったとして、慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 原告と被告との労働契約期間について

 原告は、被告との労働契約期間について、平成22年3月31日までであったが、更に3年間期間が延長されることが通例であり、平成21年6月、被告から契約期間延長の内示を受けていた旨主張する。しかし、被告においてそのような慣行があったこと又は被告から契約期間延長の内示があったことを認めるに足りる証拠はない。したがって、本件処分の当否にかかわらず、原告と被告との労働契約は、平成22年3月31日には終了していると認められる。そうすると、原告の現在における労働契約上の権利の確認を求める請求は理由がない。

2 原告とMとの性的関係がハラスメントに該当するか否か

 本件メール群のうちMが原告との性的関係に関して原告を非難する内容のメールがあるが、それらとは反対に、Mが原告に対する愛情を表明するものや性交について肯定的に表現するものが多数存在する。そうすると、性的関係については非難する上記メールから直ちにMが原告との性交当時性交に同意していなかったと推認することはできない。

この点について、被告は、M作成に係る各意見書(M意見書)を引用して、上記のメールがセクハラ被害者の行動として不自然ではないと主張する。M意見書の説明は、概ね、一般にセクハラの被害者が加害者に好意を寄せているような文面の手紙、メール等を送ることは珍しくなく、自分の職場環境等の悪化の可能性に配慮し、「迎合メール」を送ることがあり、本件においても、Mは原告を喜ばせるようなメールを送っている。また、Mは、申立を決意して攻撃的なメールを送った後に、原告から無視され、原告との関係を修復するために積極的に原告との性的関係を求める文面のメールを書かざるを得なかった。Mは、博士論文指導の環境が破壊される、論文発表の場がなくなる、あるいは原告により悪い評判が流布されるなどの危険性から、単純に原告との関係を断つのではなく、原告に非を認めさせなければならないところ、そのためには、当面原告との関係を繋ぎ止めておかなければならない。「原告と肌をくっつけると安心する」、「恋をすると触れたいって強烈に思うし、とても求めるのよ」、「原告には恐ろしいくらい感じるの」などがそのようなメールであるが、M意見書中本件メール群の説明に関する部分は、次のとおり、にわかに信用することができない。

 まず、Mは、性交の直後に性交を振り返って肯定的な感想を述べるメールを送信しているところ、仮に、Mが意に沿わない性交を強いられたとすれば、当該性交の記憶は最も忌まわしいものであり、なるべくそれを思い出さないように当該性交の話題を避けるのが通常と思われる。そうすると、積極的に性交を振り返って感想を述べるMの行動は、性交を強要された者の行動として不自然である。上記のメールは、M意見書が言うような、単に表面上の恋愛関係を装うものや、セクハラ加害者との関係を当面繋ぎ止めておくためのものとは明らかに性格が異なるというべきである。また、本件メール群の中には、Mが、敢えて原告の容姿や発言を茶化すようなメールが存在する。この点、M意見書において、セクハラの被害者は、自分の就労環境当を守るため、加害者の暴力的な振る舞いを避けるため、あるいは相手の気持ちが自分から離れることを期待して、加害者に迎合的な態度をとることがあると説明されている。しかしながら、これらのメールについては、上記のような目的と関連性がなく、迎合メールとみることには疑問がある。以上のとおり、M意見書は、一般論としては十分理解できるものの、本件メール群のうち、原告とMとの性交にMの同意がなかったことを前提とすると不自然と思われるものについて説得的に説明しているとはいい難く、にわかに信用することはできない。

 以上によれば、原告のMに対する一連の行為は、大学教員としての品位を損なう不適切な行為であるとはいえるものの、相手の望まない性的な言動ということはできないから、新規程3条2項に規定するセクハラに該当せず、就業規則59条7号の「ハラスメント」に該当するということはできない。したがって、本件処分は違法、無効である。

3 本件処分における被告の過失の有無

 使用者は、被用者を懲戒解雇する場合、懲戒解雇事由の有無につき十分に審査を尽くした上、合理的な事実認定を行い、それを前提に当該行為が解雇相当かを合理的に判断すべき義務を負っていると解すべきであり、使用者が事実認定を誤って被用者を懲戒解雇したが当該解雇が違法、無効であったときは、原則として、使用者は上記義務に違反したものとして不法行為責任を負うべきであると解するのが相当である。もっとも、使用者が、事案の性質に照らしその方法及び態様等において十分な調査を行い、当該調査の結果得られた資料を検討した結果、誤った事実認定をした場合であっても、当該事実誤認をしてもやむを得ない特段の事情がある場合には、上記義務違反は生じない。

 調査委員会は、原告とMとの間でMの望まない性的関係があったとの事実認定を行ったが、この事実認定が是認できず、これを前提とした本件処分が違法、無効であることは前記のとおりである。しかしながら、原告はMに対しても一定の指導上の影響力を持っているということができるところ、Mと原告の年齢が30歳以上離れていること、原告とMは平成19年4月に会食の場で紹介されたのが会った最初であること、その後原告とMとの間に恋愛感情を窺わせるようなメール等のやり取りは存在しないにもかかわらず、2回目に会った同年7月29日にはキスに及び、同年8月5日には性交に至っていること、Mは最初の性交時生理中であって、通常は性交を避けることを望む女性が多いと思われることからすると、一般的には、原告とMが純粋に恋愛関係にあったとは考えにくいことは否定できない。更に、Mが、同年10月10日、学会全国大会の帰りに、原告と行動を共にすることを避けるために予め関西国際空港のホテルを予約した上、そこに宿泊し、同ホテルから原告に対して明確に拒絶の意思を表示するメールを送信したというMの供述する事実経過は自然なものといえるので、上記事実は、Mの供述の信用性を高めるものということができる。そうすると、上記の原告とMとの関係、本件メール群の内容及び本件事実関係の特殊性に照らし、調査委員会がMの供述は十分な信用性を有すると考えたこともやむを得ない面があるといえる。加えて、Mが原告に送信した本件メール群には、Mがあたかも原告との性交を望んでいなかったかのようなメールと、逆に原告と恋愛関係にあるかのようなメールが交互に入り交じっているところ、その精神状態の理解については、専門家間においてさえ意見が分かれるほどであり、本件に適用し得る経験則の選択に当たって困難を生じさせていたということができる。

 以上のように、本件事案は、原告とMが現実に性的関係にあり、Mの申告内容や供述も不合理であるとして直ちに排斥できないことなどからすると、被告において、原告がMに対しMが望まない性的な言動をしたと考えたこともやむを得ないということができ、前記特段の事情を認めることができる。調査委員会は、約3ヶ月間にわたり、原告及びMに対する各2回のヒアリング、原告及びMから提出された書面、A大学セクシャルハラスメント委員会作成に係る調査報告書及び原告提出に係る大量のメール等の検討などを含む調査を行ったところ、Mに対するヒアリングは、予断を持ってMの申立てを全面的に信用するなどといった態度は窺われず、原告に対するヒアリングについても、原告への偏見から原告を糾弾するといったものではなく、かえって、原告の弁解を遮ることなく丁寧に聴取しており、公正な態度で臨んでいたということができる。そうすると、手続的な面からみても、被告の調査に過失があったということはできない。したがって、被告に過失があったということはできず、原告の本件処分による不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

4 本件処分の公表が違法な名誉毀損に当たるか否かについて

 被告は、少なくとも京都新聞社に対して、本件処分対象者の所属学部、被告への赴任時期、年齢が60歳代であることを明らかにした上で、同人が平成19年7月頃から平成20年11月にかけて、大学院生に強要して性的関係を結んだことを公表したこと(本件事実摘示)が認められる。そうすると、本件摘示事実を基に新聞報道がされた場合、当該新聞の一般の読者において、若干の調査をすれば、本件処分の対象者が原告であることを特定することが可能であるといえる。そして、本件事実摘示により原告の社会的評価が低下することは明らかであるから、本件事実摘示は客観的に名誉毀損に該当する。

 もっとも、被懲戒者である原告の地位及び学生に対するセクハラを理由とする大学教授の懲戒解雇という本件事案の性質から、被告において最低限の情報を提供して社会に対する説明責任を果たす必要性は高いといえること及び本件摘示事実の内容に照らすと、本件摘示事実は、公共の利害に関し、専ら公益を図る目的に出たものと認められる。そして、被告において原告がMに対しMが望まない性的言動をしたと考えたこともやむを得ないといえる特段の事情が認められる以上、被告において本件指示事実を信じるにつき相当な理由があったということができる。したがって、名誉毀損行為について被告の故意・過失を認めることができず、名誉毀損に係る原告の請求は理由がない。
適用法規・条文
労働契約法15条、民法709条、723条
収録文献(出典)
判例時報2194号131頁
その他特記事項
本件は控訴された。