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化粧品販売会社販売目標未達成罰ゲーム事件(パワハラ)

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
化粧品販売会社販売目標未達成罰ゲーム事件(パワハラ)
事件番号
大分地裁 − 平成23年(ワ)第277号
当事者
原告 個人1名

被告 K化粧品販売株式会社
個人4名 A、B、C、D
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2013年02月20日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告会社は、化粧品販売等を目的とする株式会社であり、被告Aは被告会社大分支社販売部課長、被告Bは同係長、被告Cは同主任で、いずれも原告の上司の立場にあり、被告Dは業務部課長であった。一方原告は、K化粧品に有期契約社員として契約更新を重ねて在籍している女性であり、出向した被告会社において美容部員として勤務していた。

 被告会社が実施した平成21年7月度及び8月度の拡販コンクールにおいて、原告の販売数は販売目標数に達しなかった(未達)。同年10月27日に被告会社において研修会が行われ、被告Bは、同年7月及び8月に目標未達成であった原告を含む美容部員4名に対し、それぞれコスチュームを選ばせ、着用するよう指示した。原告は易者のコスチューム(本件コスチューム)を着用し、研修会終了後の清掃の際にも本件コスチュームを着用していた。そして、同年11月半ば頃、本件コスチュームを着用した原告の姿を含む本件研修会の様子がスライドで投影された。

 同年11月30日、原告は精神保健クリニックの医師から、「身体表現性障害」として、同日から同年12月31日まで休養加療を要する旨の診断を受け、同様に、同医師から、同病名にて、5回にわたり、平成23年3月31日まで休養加療を要する旨の診断を受けた。原告は、平成21年12月1日以降休業し、平成22年6月1日にK化粧品との契約が更新された後、平成23年5月末日付けでK化粧品の雇用期間が満了した。なお、平成22年8月頃、原告が休業している間に、被告Dは、原告が通院していた精神保健クリニックに対し、産業医であるF(F医師)を介して、原告の診療情報提供を依頼した。

 原告は、平成22年4月6日、労働委員会に対し、申立事項として、「パワハラ行為について会社として責任を取ること」、「今回パワハラ、セクハラ行為をした者への処分をすること」等を求めてあっせんを申請した。その後、大分支店長は減給処分を受けて転勤となり、被告Aは減給処分、降格処分を受けて異動となり、被告Cも転勤となった。

 原告は、被告A、被告B及び被告Cが主催した本件研修会において、同被告らから本件コスチュームの着用を強制され、「次は未達の人にマジックで太い眉を描く」などと言われ、その様子をスライド放映されたところ、これは未達であったことに対する罰を与え、原告に対し屈辱感等極めて強い精神的苦痛を与えるものであるから不法行為に該当するとして、同被告ら及び被告会社に対し、慰謝料290万円及び弁護士費用29万円を請求するとともに、被告DがF医師を介して精神保健クリニックの医師を騙して原告の医療情報を詐取しようとしたとして、同被告及び被告会社に対し、慰謝料10万円、弁護士費用1万円を請求した。
主文
1 被告K化粧品販売株式会社、同A、同B及び同Cは、連帯して、原告に対して、22万円及びこれに対する平成23年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、原告に生じた費用の10分の9と被告K化粧品販売株式会社に生じた費用の10分の9と同A、同B及び同Cに生じた費用との合計については、その10分の9を原告の、10分の1を被告K化粧品販売株式会社、同A、同B及び同Cの負担とし、また原告に生じた費用の10分の1と被告K化粧品販売株式会社に生じた費用の10分の1と被告Dに生じた費用との合計については原告の負担とする。

4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告A、被告B及び被告Cの行為の不法行為該当性及び原告の損害の程度

 被告A、被告B及び被告Cは、その職務上の立場から本件研修会の内容を決定し、これを主催する立場であったところ、同被告らの行為によって、原告その他未達であった者は、会社業務として出席を義務付けられている本件研修会において、被告らから、予告を受けることなく、また拒否できるなどといった意思の確認をされることもなく、7月度コンクールの際に予めコンクール参加者の美容部員に対して周知されていたものとは全く内容を異にする本件コスチュームの着用を求められ、更には被告Bからは早く着用するよう促され、原告は、本件研修会当日、終日、本件コスチュームを着用したまま参加し、予定された発表を担当している。被告Cは、本件コスチュームを着用した原告を含む本件研修会の様子を写真撮影し、これらに加えて、被告らは、別の研修会において、原告に了解を得ることなく、本件研修会のスライドを投影した。その後、本件研修会のスライドの投影後に間もなく、原告はクリニックへの通院を始めており、上記被告らの行為を含む被告会社との軋轢について愁訴し、休業加療を要する状況にあるとの診断を受けて休業し、その後労働委員会に対し、上記被告らの行為についてあっせんを求めている。

 以上によると、被告A、被告B及び被告Cの行為は、単に原告に対して勤務時間中の本件コスチュームの着用を求めたにとどまらず、未達であった他の3名と共にではあるものの、本件研修会の出席が原告に義務付けられており、その際に原告の本件コスチューム着用が予定されていながら、それについて原告の意思を確認することもなされず、原告が本件コスチュームを着用することについて予想したり、覚悟したりする機会のない状況の下、同被告らが、職務上の立場に基づき、本件研修会開催日の終日にわたって原告に本件コスチュームの着用を求めたものであり、これを前提にすると、たとえ任意であったことを前提としても原告がその場でこれを拒否することは非常に困難であったというべきで、更に、別の研修会において、原告の了解なく、本件コスチュームを着用したスライドを投影したという事情を伴うものであるから、本件研修会が1日であったこと、原告が本件コスチュームの着用を明示的に拒否していないことなどを考慮しても、目的が正当であったとしても、もはや社会通念上正当な職務行為とはいえず、原告に心理的負荷を過度に負わせる行為といわざるを得ず、違法性を有し、これを行った同被告らには当該行為によって原告の損害が発生することについて過失があったものであり、同被告らの行為は不法行為に該当するというべきである。

 上記被告A、被告B及び被告Cの行為が不法行為に該当するとしても、当然に同被告らに賠償責任を負わせる精神的損害が原告に発生しているとはいえないものの、原告においては、本件コスチュームを着用するに至る経緯及びその態様に加え、本件研修会のスライドが投影された後、間を置かずして精神保健クリニックへの通院を開始しており、本件コスチュームの着用が通院開始の際の愁訴に含まれており、労働委員会のあっせん事項に含まれていたことに照らせば、原告が本件コスチュームの着用及びスライド投影を含むこれに伴う状況によって精神的に相当の苦痛を感じたことは明らかというべきである。他方、精神保健クリニックの愁訴には、その他の被告会社への不満も含まれており、診断された「身体表現性障害」の発症時期については本件研修会以前の平成21年8月頃とされていることなどをも考慮すべきである。そうすると、被告A、被告B及び被告Cの行為によって原告が本件コスチュームを着用したことと相当因果関係にある原告の精神的苦痛は、20万円と同程度のものとすることが相当と認められ、弁護士費用として2万円の限度で本件と相当因果関係にある損害と認められる。

2 被告Dの行為についての不法行為該当性及び原告の損害の程度

 被告Dが、その職務の一環として、原告の医療情報を取得しようとして、大分労働衛生管理センターを介してF医師に依頼し、同医師が「最近本人と連絡がつかず、病状の把握ができない」と記載された情報提供書を作成し、精神保健クリニックに対して医療情報の照会を行い、これに対して原告は、当該依頼に同意せず、精神保健クリニックは被告会社が医療情報提供を求めてきたことを問題視して愁訴をしていることが認められる。以上の事実を前提にすれば、被告Dの行為の目的は職務上相当のものであって、当該行為の結果、原告が医療情報の提供に同意しなかったことによって、被告会社に提供されなかったものであるから、原告Dが医師に虚偽の事実を告げたか否か、またこれに伴って不法行為に該当するか否かにかかわらず、原告に被告Dに損害賠償責任を負わせるだけの損害が生じたとは認められない。

3 以上によれば、原告の請求のうち、被告A、被告B及び被告Cの行為に係る請求は、同被告らの職務上の行為について不法行為があったものと認められ、これと相当因果関係のあった損害として22万円につき、民法709条及び719条1項に基づいて損害賠償請求をすることが認められ、同被告らの行為は、職務として行われたものであり、同被告らは、平成21年10月当時、被告会社において業務を行っていたものであるから、被告会社においても、民法715条1項本文によって、同金額について使用者責任を負い、他方、被告Dの行為に係る請求は、不法行為に基づく損害賠償請求の前提となる損害が発生しているとは認められないので、同請求は認められない。
適用法規・条文
民法709条、715条1項、719条1項
収録文献(出典)
労働経済判例速報2181号3頁
その他特記事項
本件は控訴されたが、平成25年7月2日、高裁で和解が成立した。