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土木建築業社内更衣室盗撮事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 土木建築業社内更衣室盗撮事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成24年(ワ)第6166号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 X株式会社 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2013年09月25日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告は、土木建築の請負等を業務とする株式会社であり、原告(昭和38年生)は、平成8年に被告に採用され、千葉支店で正社員として勤務していた女性である。
原告は当時千葉支店長であったCの紹介で被告に入社したものであり、Cは平成20年1月に定年退職するまで同支店長であった。Cは被告を定年して間もなく、東京地裁に対し、被告を相手取って、財産を一時的に預託することを合意し、その合意に基づいて6282万1622円を預託した等と主張して、預託金返還請求権を含む1億0150万円の支払を請求する訴えを提起した。一方、同年、被告は、同裁判所に対し、Cを被告として、Cが支店長の地位を利用して、受注先に請負代金を水増し請求させて、水増分合計4億円余を着服した等と主張して、労働契約上の債務不履行に基づく損害賠償として3億円余の支払を請求する訴えを提起した。同訴訟において、被告が管理しているはずの書類をCが書証として提出したことから、被告は情報漏洩を疑い、平成20年頃本社及び千葉支店での盗聴器を探索したことがあり、また平成22年頃、千葉支店において、被告代表者らが、原告及びCの後任の支店長Bに対し、被告の書類等を第三者に渡すことは窃盗罪になることを注意し、原告立会の下、書類の管理場所の点検を行ったことがあった。
千葉支店の事務室には、平成19年頃から防犯カメラが設置されており、このことは被告社員には周知のことであった。平成23年2月頃からは、被告千葉支店に従事勤務する社員はBと原告の2名だけであり、原告は、毎朝出勤後、ロッカー室で着替えをしていたところ、Bは原告の着替えを覗き見る目的で、同年6月29日朝、千葉支店のロッカー室において、紙袋の中に隠し置いたビデオカメラにより、着替え中の原告の姿を録画撮影した。Bはこうした盗撮行為を少なくとも同年6月初旬から同月28日頃まで週1、2回行っていた。同月29日、原告はビデオカメラの作動を発見し、これを持って警察に被害を申告し、併せて総務部長に一連の経過を連絡した。
同年7月1日、総務部長はBから事情聴取を行ったところ、Bは本件盗撮行為を認め、6月30日付け退職届を提出したが、総務部長は懲戒解雇があり得るとしてこれを受理しなかった。原告は被告に対し、Bを即刻懲戒解雇するよう申し入れたが、総務部長は刑事処分の結果を見てから検討すると回答し、その後盗撮映像を確認したことから、同年7月7日の取締役会で、就業規則62条、表彰および懲戒規定4条2項9号「セクシャル・ハラスメントにより円滑な職務遂行を妨げ、就業環境を害し、または一定の不利益を与えるような行為を行ったとき」に該当するとして、Bを懲戒解雇することを決定し、その旨Bに伝えた。
原告は、被告が被用者の盗撮行為を防止すべき雇用契約上の義務を怠り、また盗撮発覚後に事実をもみ消そうとする不誠実な対応をしたとして、被告に対し、慰謝料200万円を請求するとともに、平成23年12月分の賞与のうち不足分10万円の支払を請求した。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件盗撮行為は「職務の執行につき」なされたものか
「職務の執行につき」とは、使用者の事業ないし被用者の職務の範囲内に属する行為、ないしはその外形を備えている行為をいう。原告は、被告千葉支店のロッカー室において、直接の上司であった千葉支店長のBから、私服から事務服に着替える様子をビデオカメラで撮影される被害を受けたことが認められるが、Bの本件盗撮行為は、原告が着替えする姿を見たいというBの欲望を満たす行為であって、事業上の必要性に基づくものではなく、その態様も、被告の業務用ビデオカメラを使用しているものの、原告に気付かれないよう隠匿したビデオカメラで隠し撮りをするというものであって、Bの職務上の権限や上司としての地位を利用したものとはいえないから、被告の事業の範囲ではなく、Bの職務の範囲内に属する行為でもなく、その外形を備える行為でもない。したがって、本件盗撮行為は「事業の執行につき」行われたものと認めることはできない。
確かに、被告は原告によるCへの情報漏洩を疑っていたことは優に認められ、そうすると、被告本社がBに対し、原告の千葉支店内の言動に注意するよう指示していた事実は認めることができる。しかし、被告代表者らが情報漏洩の原因の探索をしたのは平成20年や平成22年頃であったから、平成23年5月時点に至って原告のロッカー室での言動を秘密録音してまで採取する必要性は乏しい。また、仮にBがロッカー内の原告の着替えの姿を見たいと欲して本件盗撮行為に至ったとしても、ロッカー室の女性の着替えを盗撮する行為は秘密録音から自然の勢いで発展する行為とはいえず、時間的隔たりもあるから、本件盗撮行為が、会社の事業の執行行為と密接な関連を有する行為に当たると認めることはできない。したがって、Bが、原告の千葉支店内の言動を監視するという業務命令に基づき、原告の行動を注意していたとしても、本件盗撮行為は、これと密接な関連を有する行為とは認められない。
2 本件盗撮行為は被告の防止義務違反により生じたものか
本件盗撮行為は軽犯罪法に違反する犯罪行為であって、Bにおいて原告はもちろん他の被告社員にも知られぬように行うものであり、被告においてかかる本件盗撮行為を予測し、防止することはできなかったと認められる。そうすると、被告が本件盗撮行為を予測して、その防止のため女子更衣室を設けたり、ビデオカメラの保管を厳重に行ったりする義務があるとはいえず、本件盗撮行為が発生したことについて被告に防止義務違反があるとは認められない。また、本件盗撮行為という軽犯罪法に該当する行為をしないこと、及び被告の備品を業務以外に使用しないことは、従業員として当然の責務であるから、被告がBに改めてこれを注意指導する必要があるとはいえず、注意指導をしなかったことと本件盗撮行為との間に相当因果関係があるとはいえない。
3 本件盗撮行為後の被告の調査、対処につき誠実義務違反があるか
被告は、本件盗撮行為発覚後、B及び原告から事情聴取を行い、本件盗撮映像の確認をして本件盗撮行為の裏付けをした上、本件盗撮行為が発覚した日の8日後にBを懲戒解雇したことが認められる。そうすると、被告が、本件盗撮行為後の調査義務、適正対処義務に違反したとはいえず、この点に誠実義務違反はない。
原告は、総務部長は、殊更懲戒解雇に消極的な態度をとり、原告の懲戒の申し出をあきらめさせようとした旨主張する。確かに、総務部長が、早期に懲戒処分をするよう求める原告に対し、本件盗撮行為の裏付けとなる盗撮映像の確認をしていないため刑事処分の結果を見てから検討する等と述べたことはあるが、懲戒処分は、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は権利濫用として無効となるのであるから、被告が客観的証拠の裏付けがないと懲戒処分ができないとしたのは理解できる態度であり、殊更懲戒解雇に消極的な態度をとっていとは評価できない。
原告は、総務部長が原告に対し、Bに対する懲戒解雇の通知書を外に出さないよう強く確認したり、Bの懲戒解雇を社内で公表しなかったりしたことが、被告の適正対処義務違反になる旨主張する。しかし、懲戒解雇は、被告とBとの個別的な労使関係においてなされる処分であるから、特段の事情がない限りこれを社内に公表する必要はないもので、本件において、被告が原告に懲戒解雇の通知書を外部に出さないよう要望したことや、懲戒解雇したことを被告社内で公表しなかったことが違法になるとはいえない。
4 平成23年12月の賞与不足金として10万円の請求権があるか
被告の社員賃金規程には「賞与は、会社の営業成績、並びに各人の職務能力、勤務成績および貢献度等を考慮し、原則として年2回(7月、12月)支給することがある。ただし、業績を考慮して支給しない場合もある」旨の定めがあることが認められる。この規程によれば、被告とその被用者との間における賞与請求権は、被告がその金額を決定して初めて労働者の具体的権利として発生すると解するのが相当である。したがって、支給された賞与額に不足分があり、不足分についての賞与請求権があるとの原告の主張は理由がない。 - 適用法規・条文
- 民法415条、709条、715条1項
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2195号3頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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