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医療法人Y会(I病院)事件

事件の分類
賃金・昇格職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
医療法人Y会(I病院)事件
事件番号
京都地裁 平成25年(ワ)第774号
当事者
原告…個人、被告…医療法人
業種
医療保健業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2013年09月24日
判決決定区分
一部容認、一部棄却
事件の概要
X(原告)は、病院、診療所、介護老人保護施設を経営し、看護、介護及び医療等の普及目的とする医療法人であるY(被告)において1998(平成10)年4月、短時間労働者として採用され、2003(平成15)年4月から2013(平成25)年1月31日まで看護師として勤務していた。

Xが2010(平成22)年9月4日から同年12月3日まで育児休業を取得したところ、Yが、Xの当該3ヶ月間の不就労を理由として、2011(平成23)年度の職能給を昇給させず(1)、また、2011年度終了時点において受験要件である標準年数が経過しておらず人事評価の対象外とみなしたため、Xは昇格試験を受験する機会を得ることができなかった(2)。そこでXは、Yのこの行為[(1)及び(2)]が、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児・介護休業法」と略記する。)10条に定める不利益取扱いに該当し、民法90条における公序良俗に反する違法行為であるとして、Yに対し、不法行為に基づき、昇給・昇格していた場合の給与及び退職金と実際のそれとの差額に相当する損害の賠償、並びに慰謝料の支払いを求めて提訴した。
主文
1 Yは、Xに対し、15万円及びこれに対する2013年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 Xのその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを4分し、その3をXの負担とし、その余はYの負担とする。

4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 (1)について。Yにおける就業規則に添付された育児・介護休業等に関する規定(以下、「育児介護休業規定」と略記する。)9条3項において、昇給については、育児休業中は本人給のみの昇給とする旨を定めている。Yが実際の運用として3ヶ月以上の期間育児休暇を取得した者について、育児休業期間取得年度の翌年度における職能給の昇給はないとしてきたこと等に照らして解釈すれば、明文規定はないものの、本条項は、3ヶ月間以上の育児休業を取得した従業員について、その翌年度の定期昇給において、職能給の昇給がなされない旨の規定であるというべきである。

 育児・介護休業法10条は、事業主において、労働者が育児休業を取得したことを理由として、当該労働者に対し、解雇その他の不利益な取扱いをしてはならない旨定めているところ、そのような取扱いが公序良俗に反し、不法行為法上も違法となるのは、育児・介護休業法が労働者に保障した同法上の育児休業取得の権利を抑制し、ひいては同法が労働者に前記権利を保障した趣旨を実質的に失わせる場合に限られると解釈すべきである(最高裁1988年12月14日判決[日本シェーリング事件]、最高裁1993年6月25日判決[沼津交通事件])。これを本件についてみてみると、3ヶ月間の育児休業取得年度においても、本人給の昇給は行われること、2011年度に職能給の昇給がなされなかったことによりXが受けた経済的な不利益がXの収入の1.2%にとどまること等を鑑みると、育児介護休業規定9条3項に基づく取扱いは、育児・介護休業法10条の趣旨からして望ましいものではないとしても、労働者の同法上の育児介護休業の権利を抑制し、ひいては同法が労働者に前記権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまで認められないため、公序良俗に反する違反なものとまではいえない。したがって、Yが、2011年度、育児介護休業規定9条3項を理由に、Xを昇給させなかったことは、違法とはいえない。

 (2)について。YはXが2010年度に育児休業を取得し、3ヶ月間不就労であったことから、同年度が人事評価の対象外であり、Xが昇格試験を受験する要件を満たしていなかったことを主張するが、Yの就業規則上、3ヶ月間以上の育児休業を取得した者は人事評価の対象とならない旨の規定は存在しない上、人材育成評価システムマニュアルには、評価期間中における勤務期間が3ヶ月に満たない者は評価不能として扱う旨明記されている。この人材育成評価システムマニュアルの規定からすると、勤務期間が3ヶ月以上の者については、人事評価の対象になると理解するのが自然である。そしてYは、実際に、Xが育児休業を取得した2011年度について、人材育成評価マニュアルにおいて定めた手続きに従い、Xを評価している。また、育児介護休業規定9条3項は、3ヶ月以上の育児休業を取得した者について人事評価の対象とならない旨を定めたものと解することはできず、したがって、Xの育児休業取得年度である2011年度を人事評価の対象外であるとすることはできない。そうすると、3ヶ月以上の育児休業を取得した場合でも、その期間が9ヶ月間以下であれば人事評価の対象となるというべきであり、育児介護休業規定9条3項の定めをもって、3ヶ月間以上の育児休業を取得した場合に、翌年度の職能給の昇給を制限する趣旨を超えて、人事評価をしつつもその結果を昇格するための標準年数に算入しない趣旨とまで解することはできない。以上より、育児休業取得年度である2010年度をXの標準年数に算入しない根拠はなく、Xは2011年度の終了により標準年数を経過したのであるから、2012(平成24)年度に昇格試験を受験する資格を得たというべきであり、正当な理由なくXに昇格の機会を与えなかったYの行為は違法というべきである。
適用法規・条文
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律10条、民法90条
収録文献(出典)
労働判例1104号80頁
その他特記事項
本件は控訴された。