判例データベース
T社女性技術者(うつ病・解雇)事件
- 事件の分類
- うつ病・自殺解雇
- 事件名
- T社女性技術者(うつ病・解雇)事件
- 事件番号
- 最高裁二小 − 平成23年(受)1259号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2014年03月24日
- 判決決定区分
- 原判決一部破棄差戻し 一部棄却
- 事件の概要
- T社(原告、被控訴人、上告人)は、電気機械器具製造等を目的とする株式会社であり、X(被告、控訴人、被上告人)は、1990(平成2)年4月にT社に雇用された労働者である。
Xは2000(平成12)年頃から開始したT社におけるプロジェクトのリーダーとして従事し、この間、時間外労働を行い、休日や深夜の勤務を余儀なくされていた。
Xは2000年の健康診断で不眠を訴え、同年12月には神経科の医院を受診し、頭痛、不眠、車酔いの感覚等を訴え、神経症と診断された。翌年の2001(平成13)年10月以降は、抑うつ状態で約1カ月の休養を要するなどと記載した医院の診断書をほぼ毎月提出して、欠勤を続けた。
T社は、Xの欠勤期間が就業規則の定める期間を超えた2003(平成15)年1月10日、Xに対し、休職を発令し、その後もXが職場復帰しなかったため、2004(平成16)年8月6日、休職期間満了を理由とする解雇予告通知をした上、同年9月9日付けで解雇の意思を表示した。
これに対しXは、本件うつ病は過重な業務に起因するものであって解雇は違法、無効であるとして、T社に対し、安全配慮義務違反等による債務不履行または不法行為に基づく休業損害や慰謝料等の損害賠償、見舞金の支払い等を求めて提訴した。
原審(東京高判2011年2月23日労判1022号5頁)は、一審(東京地判2008年4月22日労判965号5頁)と同様、本件解雇は無効であるとし、過重な業務によって2001年頃発病した本件うつ病につきT社はXに対し安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償責任を負うとした上で、その損害賠償額を定めるにあたり、X自らの精神的健康に関する情報のY社への不申告等を理由に、過失相殺に関する民法418条または722条2項の規定の適用ないし類推適用により損害額の2割を減額した。この過失相殺などの判断を不服としてXが上告受理申立てをしたのが、本件である。 - 主文
- 1 原判決中、損害賠償請求及び見舞金支払請求に関する上告人敗訴部分を破棄し、同部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
2 上告人のその余の上告を棄却する。
3 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。 - 判決要旨
- 原審の判断は是認することができない。その理由は次の通りである。
Xは本件うつ病の発症以前の数カ月において時間外労働を行っており、その間、プロジェクトの一工程において初めてプロジェクトリーダーになるという相応の精神的負担を伴う職責を担う中で、業務の日程や内容につき上司から厳しい督促や指示を受ける一方で助言や援助を得られず、上記工程の担当者を理由の説明なく減員される等負担が大幅に加重されたものであって、これら一連の経緯や状況等に鑑みると、Xの業務負担は相当過重であったといえる。
上記の業務過程において、XがT社に申告しなかった自らの精神的健康に関する情報は、神経科の医院への通院、その診断に係わる病名、薬剤の処方等を内容とするもので、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、上記のように労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減する等労働者の心身への健康への配慮に努める必要があるというべきである。また、本件においては、上記の過重な業務が続く中で、Xは2001年頃から同僚から見ても体調が悪い様子であり、頭痛等の体調不良が原因であることを上司に伝えた上で1週間以上を含む相当の日数の欠勤を繰り返し、その前後には上司に対してそれまでしたことのない業務の軽減の申出を行い、従業員の健康管理等につきT社に勧告し得る産業医に対しても上記欠勤の事実等を伝えるなどしていたものである。このように、過重な業務が続く中で、Xは体調が不良であることをT社に伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し、業務の軽減の申出をするなどしていたのであるから、T社としては、そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり、その状態の悪化を防ぐためにXの業務の軽減をする等の措置を執ることは可能であった。これらの諸事情に鑑みると、T社がXに対し上記の措置を執らずに本件うつ病が発症し増悪したことについて、XがY社に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当ではない。
以上によれば、T社が安全配慮義務違反等に基づく損害賠償としてXに対し賠償すべき額を定めるに当たっては、Xが上記情報をT社に申告しなかったことをもって、民法418条又は722条2項の規定による過失相殺をすることはできないというべきである。 - 適用法規・条文
- 労働基準法19条1項、民法418条、民法722条2項
- 収録文献(出典)
- 労働判例1094号22頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 平成16年(ワ)第24332号 | 一部認容・一部棄却 | 2008年04月23日 |
東京高裁 - 平成20年(ネ)第2954号 | 原判決変更(一部認容・一部棄却) | 2011年02月23日 |
最高裁二小 − 平成23年(受)1259号 | 原判決一部破棄差戻し 一部棄却 | 2014年03月24日 |
東京高裁・差戻審 − 平成26年(ネ)2150号 | 一審原告控訴:一部認容(原判決一部変更)一部棄却、一審被告控訴:棄却[確定] | 2016年08月31日 |