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Y証券会社(懲戒解雇)事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント解雇
- 事件名
- Y証券会社(懲戒解雇)事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成27年(ワ)第16404号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 金融業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2016年07月19日
- 判決決定区分
- 一部容認、一部棄却
- 事件の概要
- Y社(被告)は、有価証券の売買等を目的として2001(平成13)年に設立された株式会社であり、世界規模の金融機関クレディ・スイス・グループの日本における拠点として、総合的に証券・投資銀行業務を行っている。X(原告)は、2010(平成22)年9月22日に、Y社との間で期間の定めのない雇用契約(以下、「本件雇用契約」とする。)を締結し、同年11月15日からY社における業務を開始した労働者である。
2015(平成27)年4月15日、XはY社から論旨退職(以下、「本件論旨退職」とする。)の通知を受け、同月20日までに退職届を提出することを勧告された。Xがこれに同意しなかったため、同年5月27日付けでXは懲戒解雇(以下、「本件懲戒解雇」とする。)された。
本件論旨退職決定の理由は、同僚の訴外Aに対するセクハラ行為、2013(平成25)年6月の電子メールによる社外活動に関する相談、改ざんした電子メール記録提出等であった。
これに対しXは、就業規則所定の懲戒事由に該当する事実は認められず、本件懲戒解雇は無効であるとし、Xが雇用契約上の地位にあることの確認等を求めるとともに、本件論旨退職及び本件懲戒解雇は懲戒事由に該当する事実の有無について十分な検討を怠った懲戒権の行使として、少なくとも過失による不法行為を構成し、重大な精神的苦痛を被ったと主張して、Y社に対し不法行為に基づく損害賠償等を求めて提訴した。
本件の主な争点は、(1)Xの行為が懲戒事由に該当し、懲戒解雇は客観的に合理的な理由があり社会通念上相当と認められるか否か、(2)Y社による本件論旨退職及び本件懲戒解雇に基づく不法行為の成否である。 - 主文
- 1 原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、平成27年6月から本判決確定の日まで、毎月25日限り月額100万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、7万4565円及びこれに対する平成27年5月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用はこれを二分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)について。(イ)2014(平成26)年10月頃、Xによる同僚訴外Aへのセクハラ行為が、訴外Aからの申立てにより発覚した。Xは訴外Aに対し、「どうやってお客さんを攻略してるの?」「『枕』とかやったの?」等の発言や、性交渉を持った男性の人数を尋ねる等、訴外Aの女性としての尊厳を踏みにじる行動を繰り返した。Xの各発言は訴外Aに相当の不快感、嫌悪感を抱かせ、精神的苦痛を与えたものと認められる。これは悪質なセクハラ行為であって、就業規則所定の懲戒事由に該当するといえる。但し、訴外Aは、これらのセクハラ行為の被害を直ちにY社に申告しておらず、2014年10月になって2年近くセクハラ行為を受けている旨Y社に申告したものであって、こういった被害に遭っていた期間に当たる同1月には、Y社に秘密裡に行う社外活動のアイデアに関する相談のやり取りを電子メールでしており、その内容はむしろ親しげなものであることからすれば、訴外Aの不快感ないしは嫌悪感や精神的苦痛は、ある程度割り引いて考えるのが相当である。Xのセクハラ行為は悪質であり、Xの品位ないし品性を疑うに十分であるが、被害者である訴外Aの精神的苦痛については、必ずしもY社の主張する通りであるとは解されず、この点では、Xのセクハラ行為の悪質性を過大評価すべきではない。
(ロ)Xが2013(平成25)年6月、Y社の元従業員であるFに対し送った電子メールは、X及びFらがY社の業務とは無関係であるものの、Y社と関連があるような外観を呈する案件に関与して、そこで得られる手数料の一部を個人的な利益として取得し分け合うことを合意する内容であると認められる。このような社外活動は、Y社の正常な業務を阻害するとともに、社内秩序を乱し、ひいてはY社の社会的信用を毀損するおそれがあり、Xらがかかる不適切な社外活動の準備を進めていたことは、就業規則所定の懲戒事由に該当するといえる。但し、この電子メールから相当程度の蓋然性をもって推定できる事実としてはこの限度にとどまるのであって、実際に当該社外活動が実行に移され、Xらが手数料の一部を取得し分け合ったこと等までは推定することはできず、あくまで、そのような可能性が相当程度疑われるにとどまる。そうすると、Xのかかる行動は不適切であるものの、実際に経済的利益を取得していた場合等とは異なるものとして考えるのが相当である。
(ハ)Xは、Y社に対し、訴外Aが不適切な社外活動を行っており、そのことを裏付ける電子メールも存在するなどと述べ、証拠として、同人との間の電子メールの記録を一部提出し、その後Y社の依頼でさらに電子メールの記録を一部提出したところ、これらの記録では訴外Aのメッセージに対するXによる応答が削除されていた。このようなXの行動は、訴外Aが不適切な社外活動をしようとXを勧誘してきて、Xは全くの受け身でいたように見える外形的事実を作出するものであり、訴外Aに責任を押し付ける意味を有するから、他人を陥れようとしたものとみられてもやむを得ないところがあり、懲戒事由に該当する。但し、仮にXが電子メールの記録全てを提出するとすれば、これはX自身の不適切な社外活動に向けた言動を申告することにほかならず、このようにXが申告すれば問題にされることが予想されるX自身の言動についてY社から申告を求められたりしていなくても、Xの側から積極的に申告等をする法的義務まで本件雇用契約上認められることはできないこと等を考慮すると、Xの行動の問題を過大評価すべきでない。
以上により、たしかにXの各行為は懲戒事由に該当し、Xは相応の懲戒処分を受けて然るべきと考えられるが、いずれの行為についても懲戒処分を検討するに当たって考慮すべき事情等があり、従前注意、指導といった機会もなかったのであるから、懲戒処分における極刑といわれる懲戒解雇と、その前提である論旨退職という極めて重い処分が社会通念上相当であると認めるには足りない。したがって、本件懲戒解雇は無効である。
(2)について。以上によると、本件懲戒解雇と本件論旨退職はいずれも無効であるが、このことから直ちに不法行為が成立するわけではなく、別途、不法行為の成立要件を充足するか否かを検討すべきである。本件論旨退職及び本件懲戒解雇が無効とされるのは、これらの懲戒処分は社会通念上相当と認められないからであって、Xの各行為はそれぞれ懲戒事由に該当し、その内容からしてXは相応の懲戒処分を受けて然るべきと考えられること等を考慮すれば、本件論旨退職及び本件懲戒解雇が不法行為法上違法な処分であるとまでいうことはできない。したがって、本件論旨退職及び本件懲戒解雇が少なくとも過失による不法行為を構成する旨のXの主張は、理由がない。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1150号16頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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